第563話「多芸」(バンブ視点)





 バンブが珊瑚城に戻ると、教授がひとりで呑気にケーキを食べていた。


「何だこのケーキは。何でひとりでこんなもん食ってんだ」


「皆忙しいのだよ。女の子とイチャイチャしていればいい君と違ってね」


「イチャイチャはしてねえよ。てかケーキ食ってるだけの奴にだけは言われたくねえんだが。しかもひとりで」


「まるで私が独り占めしているかのような言い草だが、残念ながらこれはどちらかと言うと罰ゲームだよ。この大量の──」


「てか他の連中はどこ行ったんだ」


「聞きたまえよ……」


 教授が菓子を独り占めしているというなら問題だが、罰ゲームで食べているのなら問題ない。

 何をしたのか知らないが、教授が罰ゲームを受けるというシチュエーションは実に自然な成り行きに思えるからだ。疑問の余地はない。


「レアの奴がどっか行こうとしてたのは知ってるが、ブランたちはどうした。メリサンドは?」


「皆出かけていったよ。ブラン嬢はライラ嬢に拉致された。メリサンド嬢はエンヴィ嬢とふたりでクルージングだ」


「何言ってんのかさっぱり分からん。報告は正確にしろよ」


「おおむね間違ってはいないのだがね」


 それからバンブが不在の間に起きた事について教授に話を聞いた。

 聞いたが、よくわからないという事がわかっただけだった。

 どのメンバーも単独で行動しているわけではなさそうだし、暴走して大事になる危険はそうないだろう。ブレーキ役がいるのかいないのかよくわからない組み合わせばかりではあるが。


「まあ、出かけちまったもんはしょうがねえ。しかし、どうするかな……」


「何がだね」


「いや、水晶姫っていうプレイヤーの後に別のグループも来たんだがな。出来ればセプテムに挑戦したいっつうんだよ。ハガレニクセンだったか? あそこの連中だから、黄金龍復活を止めたいってより単純に戦闘経験を積みたいって話だろうけどな。

 レアが出かけるのは俺も知ってたから多分居ないって答えたんだが、それならブランかメリサンドに会いたいっつってな」


「なるほど。つまり君は、女の子が去り男が来たから戻ってきたというわけか」


「おい言い方」


「しかしレア嬢目当てに来たのなら、ライラ嬢の名は上がらなかったのかね。外見上の好みとしては方向性が同じだと思うのだが」


「それな。俺がそう言い出す前にオクトー様以外でオナシャスって言われちまったよ」


「なるほど。中身が大切と言うわけだな」


 そういう次元の話でもない気もするが、闘技大会の試合を見てライラと戦いたいと思う者もそうはおるまい。いたら正気を疑う。


「ゼノビアやジェラルディンでもいいっちゃいいんだろうが、あいつらはまだあんまり顔が売れてねえしな。てか居ねえし」


「ふむ。そういうことなら、私の出番だな」


 教授がフォークを置いて口元を拭きながら言った。

 そこはかとなくドヤ顔をしているように見える。


「話聞いてたのかてめえ。ニュアンス的にどう考えてもあちらさんは女性をお望みだろ。あと中身が大切って今自分で言ったんじゃねえか」


「なればこそだが?」


「頭わいてんのか?」


「ふふ。まあ見ていたまえ。ラタトスクは扇動者。扇動に必要であればその外見さえも武器にするのだ」


「いや、だから中身だって……」


 バンブのツッコミを無視して教授が立ち上がり。


「『変身』」


 宣言するなり、その身長がみるみる縮んでゆく。

 何だタヌキに戻るのか、と思いきや、どうもそういうわけでもなさそうである。

 どうやらこの『変身』は『変態』のワード変更ではなく、ブランも使っていたスキルの方の『変身』であるようだ。

 『二枚舌』といい、ラタトスクと言うのはとことん相手を騙す事に特化した種族らしい。


 数秒後、そこに立っていたのは、教授のスーツを着た可愛らしい少年だった。袖やズボンの裾が随分と余っている。


「どっかで見たことあんな……。研究棟だっけか? アインだかツヴァイだか忘れたが。ホムンクルスの」


「その通りだよ」


 答える教授の声は高い。声変わり前の少年の身体なのだから当然である。


「しかしそれ、男の子だろ。あいつらが会いたがってるのは女だっつっただろ。やっぱ話聞いてねえんじゃねえか」


「ふむ。バンブ氏のその常識人ぶりは美徳ではあるが、常識にとらわれ過ぎるところは足かせでもあるな」


「何が言いてえんだてめえ」


 普通に苛つく言い方である。常識人の何が悪いのか。非常識よりよほどましではないか。


「落ち着きたまえ。悪意があって言ったわけではない。

 いいかね。このゲームには、とある重要なセーフティがかけられている。たとえ男女が同衾したとしても、プレイヤーでは性的なあれこれは行なえない、というものだ。せいぜい夜通しシリトリをするくらいが関の山だ。

 そうであるなら、性別などプレイヤーにとってどれほどの価値があるというのか」


「む、そう言われりゃ──いや、そうか? 性別は大事だろ常識的に考えて」


「いいや、重要ではないよ。重要なのは実際の性別ではなく、見た者の認識だ。それが女性に見えるのであれば、その実、男性であっても何も問題ない」


 教授はそう言うとインベントリからヒラヒラした何かを取り出し、いそいそと着替え始めた。

 声でわかってはいたが、まだ声変わり前で喉仏も出ていない。ホムンクルスゆえか全体的に小柄で肌も白い。造形も整っており、パーツごとに見ると教授の面影があるが、全体的なバランスが違うためそっくりというほどでもない。

 若返った教授と言うより、美人と結婚した結果奇跡的に生まれた子供といった感じだ。

 まさに紅顔の美少年、その生着替えである。同性ではあるが妙に艶かしく見え、見ていてもいいものなのかどうなのか判断に困り、バンブは動けずにいた。


「──これならどうかね」


 着替え終わり、メイクもして、最後にウィッグを着け、手鏡で器用に各所のチェックを終えた教授が言った。


 そこにいたのは文句のつけようもない美少女だった。


「……やけに手慣れてやがんな。てめえまさか、リアルで女装の趣味が……?」


「失敬だな。何が悲しくて女装などするというのか。これは嗜みというやつだよ」


「……まあ、お前がそう言うんならそうなんだろうよ。別に詮索する気はねえよ。

 しかし、その格好で出ていくのか? 一応名目上は戦闘の指南だぞ。ただでさえ得意分野じゃねえ上に、激しく動いたらその、見えたりするだろ色々と」


「ふむ。問題ない。下着はドロワーズを履いているし、危険物が見えることはないよ。さらにスカートの内側には何重にもフリルを詰め込んであるし、極細のワイヤーを仕込んであるから、スカートが必要以上に捲れ上がる事もない。そして危険物さえ見えなければ、性別がどちらなのか確定させるのは難しい。確定さえしなければ、そのどちらの可能性も常に内包していると言える。

 ゆえに私はこれを【シュレディンガーのスカート】と名付けた」


「おま、謝れよシュレディンガーさんに!」


 加えて言うなら観測不能なのは箱ではなく中身の状態なので、シュレディンガー云々と言うのであれば「スカート」ではなく中の危険物なのでは。

 と思ったがさすがに「シュレディンガーの危険物」となるとますますシュレディンガー氏に申し訳なく思えてしまうため口に出すのは憚られた。


「……もういいわ。それより、ガワはそれで良くても喋りがな……」


「もちろん、抜かりはないとも。あー。ああ。あー。あー。あんっ」


 素のままでも十分少女と言える声だったが、教授の発声練習により徐々に高くなっていき、しまいには完全に女の声に変わっていく。


「──これならどうかしら。たぶんイケてると思うんだけど」


 言葉が出ない。


 しかしそのバンブの様子から察した教授は満足げに頷いた。


「よさそうね。じゃあ、行ってくるわ。──ああそうそう。ここのケーキ、残り物で悪いけど、私の代わりに片付けておいてね。これはライラお姉様から言い付けられた立派なお仕事だから、サボってはダメよ」


「……お、おう」









 無心でケーキをたいらげるバンブの耳に、外の声が聞こえてくる。

 これは地獄だろうか。いや、ハガレニクセンのプレイヤーたちにとっては天国かもしれないが。


「──みんなぁー! 今日はぁ、どうもありがとー!」


「──うおおおおおおおおお!」


「──じゃあぁ、最後の曲、いっくねー!」


「──うおおおおおおおおお!」


 挑戦はどうした。

 結局女なら何でもいいのか。

 言っておくが、そいつは女ですらないぞ。


 そう言いたくなる気持ちを抑え、フォークを動かす。

 もうすぐケーキも食べ終わる。

 そうしたら出かけよう。


「……こんな地獄にいられるか。俺はMPCに行くぞ」






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