第559話「爆発しろ」(ジャネット視点/エリザベス視点)





 聖都グロースムントにレジスタンスたちが攻めてくる。


 ジャネットがそれを聞いたのはライリーからだ。

 それと同時にセプテムからの指示ももらった。


 レジスタンスの襲撃から聖都を守り、神聖アマーリエ帝国に味方すること。


 神聖アマーリエ帝国と言えばプレイヤーが作った泡沫国家のひとつだ。泡沫国家というにはいささか大きくなり過ぎているが、マグナメルムと比べれば他の雑魚と大差はない。

 ジャネットたちもそのレジスタンス、元王族のNPCたちと共に一度襲撃に参加したことがある。

 それが今度は真逆の立場で「守れ」という。


 仮に今回助けたとしても、神聖帝国の人々は前回攻めた獣人たちの姿を目にしている。今さら味方と認識してもらえるとは思えない。

 そう言ってはみたが、神聖帝国の上層部とは話は付いているとのことだった。異邦人プレイヤーたちは聖女が帰ってから説得するらしい。


 なぜセプテムが神聖帝国ごときを気にするのか、一体どういう伝手があるのか、さっぱりわからなかったが、そういう指示なら仕方がない。ジャネットたちとしては従うだけだ。


 ちょうど、セプテムによって授けられたエンドコンテンツ用の力も試してみたいところだった。

 相手があの坊ちゃんレジスタンスでは、試し切り役として力不足も甚だしいが、素振りよりはマシだ。

 そう考えればこのイベントも、セプテムがジャネットたちの肩慣らしのために用意してくれたのかもしれない。


 そういうことなら、と思った矢先にモニカから「あ、建物への被害は無しでお願いします」と釘を刺されてしまった。









 神聖アマーリエ帝国の聖都であるグロースムント、その住民たちは、聖教会の誘導により中央のイベント会場に集められていた。

 城門で耐えている間に避難を済ませ、一ヶ所に集まって全力で守る事で被害を最小限に抑える作戦らしい。

 戦闘員である聖教会の構成員は皆聖女の眷属であるらしく、死んだところで大した被害にはならない。

 死んでも困らないのは協力している異邦人も同様であるため、一般市民を守るという意味では護衛対象を一ヶ所に集めるのは合理的なやり方ではある。住宅は捨てる事になるが、災害時の避難では住宅を捨てて逃げるのは基本だ。

 その避難場所であるイベント会場を包囲したレジスタンスが、今まさに最後の突撃を仕掛けようとしていた。


 ジャネットとエリザベスはその様子をグリフォンに乗って上空から見ていた。

 聖都に襲撃してきたレジスタンスたちはほとんどはここに集まっているし、こいつらをまとめて返り討ちにすればミッションコンプリートである。


 そう考え、レジスタンスの首魁ガスパールの号令に合わせて降下しようとした瞬間。


 一番後ろにいた、エルフの自称国王エルネストの後ろに、突然誰かが現れた。


 まるで、ずっとそこにいた事にたった今気付いたかのような感覚。

 これはおそらく『隠伏』だろう。すぐそばにもう1人現れた事を考えれば『範囲隠伏』かもしれない。

 ライリーが得意なスキルだ。いつの間にか背後に立っていたりするため心臓に悪いスキルである。


 そして心臓に悪いのは、ジャネットにとってだけではなかった。


 エルネストの背後に現れたその青年は短剣を抜き、何かの攻撃スキルを発動し、エルネストの心臓を背後から刺した。


 落馬し、動かなくなるエルネスト。

 少ししてから次々と倒れていくエルフの近衛騎士。

 それを見て動揺するガスパールや他の騎士たち。

 近衛騎士以外のエルフの騎士たちも、突然の国王の死に動きを止めている。


〈……これは予想外だわ〉


〈つか誰なのあれ。あいつも……種族はエルフに見えるけど〉


〈一緒にいる女もエルフかな〉


〈あ、逃げてくよ。いいの?〉


 エリザベスにそう問われ、少し考える。

 今回言い渡された任務は聖都の民を守る事と神聖帝国と繋がりを持つ事だ。

 その任務の行方によっては、あのエルネストもジャネットたちの手で始末する事になっていただろう。

 それを代わりにやってもらったと思えば、あの2人には感謝こそすれ、攻撃をする理由はない。


 しかし、エルネスト暗殺についてはセプテムからは聞いていなかった。

 これがもしマグナメルムの計画外の事であり、この事が別の何かの引き金になるような事になればまずいかもしれない。


〈よし、あっちは私が見てくるから、こっちはエリザベスに任せるわ。ひとりで大丈夫でしょ?〉


〈全然おっけー! だと思う〉


〈街壊さないでよ〉


〈問題はそれなんだよなあ。カッコ困惑〉


〈声に出して言うな痛いわよそういうの〉









 2人組はレジスタンスから離れるとすぐに『範囲隠伏』を発動し、建物の影に隠れ、壁をつたいながら徐々に距離を取って行った。

 レジスタンスは動揺しつつもとりあえず彼らを追う事にしたようだったが、建物の影に隠れられた時点で見失っていた。無理もない。

 ジャネットが捕捉し続けていられるのは上空からずっと見ているからだ。

 そこにいる、とはっきりと見えていれば『隠伏』の効果で見失う事はない。とは言え『真眼』には何も映らないため、集中していないとすぐに見失ってしまうが。


 そうやって街から脱出した2人組は『範囲隠伏』を発動させたまま南に去っていく。

 スキルの効果を確実にするためか、手をつないだままだ。

 まるでカップルか何かのようである。


 ──今日のデートはぁ、暗殺にしない?


 ──お、いいねえ。誰にする?


 ──ポートリーの元王様なんかいいんじゃなぁい? 死んでも誰も困らないしぃ。


 ──よーし、俺の短剣捌きを見せてやるぜ!


 ──きゃー。すってきー。


 そんな会話を勝手に想像し、ジャネットはひとり苛ついた。





 ある程度街から距離が離れたところでジャネットは2人の目の前に降下した。


「うおっ!?」


「何ごと!?」


 突然現れたグリフォンに乗ったジャネットに2人は驚いた顔を見せる。

 追われるものという自覚はあるようでずっと背後を気にしながら走っていたが、さすがに頭上にまでは注意を払えなかったらしい。


「そんなに急いでどこに行くの? ちょっとあんたらには聞きたいことがあるんだけど」


 ジャネットが声をかけると、2人はグリフォンの上のジャネットに視線を向けた。


「グリフォンライダー! まさか、闘技大会に出てた奴か!」


「間違いないよ、見覚えあるもん!」


 闘技大会の観客だったようだ。

 あの大会は誰でも観戦が可能だったが、まさか暗殺者カップルまで見ているとは。

 デートでわざわざあんな血生臭い出し物を見に行くなど、やはり暗殺者になるような人間は頭がおかしいらしい。


 それだけ頭がおかしいのであれば、ジャネットの質問に答えてくれるかわからない。

 また暗殺者であるなら依頼主について応えるとも思えないが、どちらにしても聞いてみなければ始まらない。


「あんたら、エルフのカップルだよね。なんでエルフが元エルフの王を暗殺するの?」


「カカカ、カップルじゃないって!」


「そ、そうだぞ! 俺たちは別にその、そういうんじゃ……」


 ジャネットは頭を抱えたくなった。

 そこはどうでもいい。どうでもいいが、とりあえず爆発しろ。





***





「グ、グリフォン!? いや、その方……まさかツヴァイクレ卿か!」


 エルネスト暗殺による動揺によって乱れた隊列を必死に正そうとするガスパールの前に、エリザベスは降り立った。

 このままイベント会場に突撃されるのは困る。

 隊列が乱れているのなら、そのまま乱れてくれていた方がいい。


 呼びかけられたツヴァイクレとは誰のことだったか一瞬わからなかったが、確かジャネットが適当に付けたエリザベスの偽名だ。

 本人すらも忘れていたというのによく覚えていたものである。


「なぜ突然ここに……!? 我らの加勢に来てくれたのか?」


 レジスタンスの前回の襲撃の折、客観的に見て獣人たちがガスパールに見捨てられたのは間違いない。

 エリザベスにしてみれば、あれはジャネットとマグナメルムに言われて付き合っただけだったが、それでも見捨てられていい気分はしない。付き従ってくれた獣人NPCの中には死亡した者もいる。

 そんな獣人たちの貴族である、と思われているエリザベスがなぜ今さらガスパールに加勢すると思うのか。


 エリザベスの不機嫌な視線を受けたガスパールもその事に思い至ったようで、表情を引き締めた。


「……違う、ということか。ならばもしや……我が友エルネストを襲ったのは、貴様らの差し金か?」


 予想外に起きた問題をすべて一緒くたにして考えたい気持ちはわからないでもないが、いささか短絡的すぎる。

 エリザベスたちの目的を考えれば、確かに結果的にそうなっていてもおかしくはなかった。しかし残念ながら違う。あれはエリザベスたちとは別口だ。

 そしてそちらはジャネットが調べに向かっている。

 こちらに残ったエリザベスたちの目的は聖都の防衛。

 今やるべきはレジスタンスの撃退であって、旧交を温める事ではない。


「……何も言わぬか。沈黙は肯定と取らせてもらうぞ。

 ツヴァイクレ卿、よくも我が友をやってくれたな……!」


 絞り出すようなガスパールの怒りの声を聞いてか、残ったエルフの騎士たちからも憎悪の視線が向けられる。

 知らない顔ばかりだが、これが後で合流したという第2、第3騎士団なのだろう。

 ずいぶんと睨まれてしまっているが、彼らの命運もすでに決まっている。気にする必要はない。


 エリザベスはグリフォンから降りると、グリフォンを優しく撫で、空へと退避させた。


「グリフォンを逃がし、たったひとりで残るとはな……。死ぬ気か? やはり、獣人など愚かな──」


「『ジャッジメントレイ』」


 発動キーの詠唱と同時にエリザベスの前方に輝く珠が現れ、そこからいくつもの光がガスパールに向かって伸びていく。

 伸びていく、というのはもちろん比喩表現である。実際には伸びる様子を目にすることなど出来はしない。そんな呑気な速度ではない。

 まさしく光の速さでガスパールに到達した神聖な光はそのままガスパールの身体を通り抜け、そばにいた騎士たちに襲いかかっていく。

 ガスパールは光が通ったあたりから血を噴き出し、馬ごとその場に崩れ落ちた。馬にも当たっていたようだ。

 さらにその直後、光に襲われた騎士たちも次々と倒れていく。


 『ジャッジメントレイ』はマルチロックオン式で複数を対象にとれる攻撃魔法だが、貫通力もそれなりにあるため、対象にとらなくても軌道上に障害物があれば貫通する場合がある。

 今エリザベスがやったのはそれだ。対象に指定したのはガスパールの後ろにいる騎士たちだった。

 ある意味でガスパールは魔法の余波だけで死亡したとも言えるが、こうする事で効率よく複数の光線を当てる事が出来たわけである。

 対象の騎士たちに与えたダメージは、もちろん途中で障害物を貫通したため低下しているが、それでも即死させるには十分な威力を備えていた。


 これも上昇したエリザベスの能力値のなせる業だ。

 幻獣人となった時にINTやMNDの上昇に必要な経験値が増し、成長効率は落ちる事になったが、その分を新たに融合した魔物の特性で補ったのである。

 セプテムがどこかから捕まえてきたというヤギに似た生物だった。最初に融合したコウモリに比べれば若干マシな気もする。


 『ジャッジメントレイ』の対象にされず、生き残った騎士たちだったが、ガスパールが崩れ落ちてから数秒後には同じように倒れていった。主君が死亡したためだ。

 それでも死なない騎士や兵士は協力者である領主の配下だろう。

 その協力者や、未だ生きているエルフの第2、第3騎士団の主君はここから少し離れた旧王都で待機しているはずだ。

 そちらへはマーガレットとアリソンが向かっている。


 ここで始末してもしなくても結果は変わらないが、マーガレットたちが主君を殺すタイミングによっては聖都に被害が出るかもしれない。注意をひきつけるという意味で適当に戦っておいた方がいいだろう。


 エリザベスは配下のグリフォンと協力し、残敵の掃討を開始した。









 その後、合流したジャネット、マーガレットらと協力して死体を処理し、アド・リビティウムの代表として正式に神聖アマーリエ帝国に会談を申し入れた。

 代表者である聖女やサポートのプレイヤーたちは居ないということだったが、聖教会の主教と名乗る老人が対応に当たってくれた。他の国の聖教会でいう総主教の地位は聖女が兼任しているらしく、その聖女が居ない今、この国の最高責任者はその主教の老人のようだった。


 どうやら残っているプレイヤーたちはあくまで聖女と聖教会のサポートという認識らしい。現状ではそもそもプレイヤーでなければ新たな国は興せないのだから、システム的にはプレイヤーたちの方がメインのはずだが、呑気なものだ。

 ただ、そういうロールプレイだと思えばさほど気にもならない。


 アド・リビティウムに参加する獣人たちは以前にこの街を襲撃した実行犯でもあるが、それはガスパールとエルネストに騙されていたからだということで話がついた。

 当時死亡したのもプレイヤーや神官、兵士たちのみであり、その全てはとうに復活している。失われた経験値はともかく、人的被害は事実上無いと言っていい。


 闘技大会で仲良くしているところを見せた事でアド・リビティウムがマグナメルムと懇意にしている事は知られていたが、マグナメルムが表立ってこのウェルスで暴れていなかった事も幸いし、それについても追及は無かった。

 プレイヤーの中には微妙な表情を浮かべる者もいたが、サポート役を自認する彼らが交渉の場で発言する事は無かった。


 聖女たちは未だ戻らずとも、こうしてアド・リビティウムと神聖アマーリエ帝国は暫定非公式ながら同盟を組むことになったのである。







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