第557話「罪深きもの」(ビームちゃん視点/ガスパール視点)





 聖女アマーリエは強く、優しく、美しい。

 これは神聖アマーリエ帝国に参加しているプレイヤーたちの共通認識だ。


 しかしそんな聖女も、名もなき墓標の支配者である吸血鬼には敵わなかった。

 その吸血鬼でさえ、海洋の支配者たる人魚女王には手も足も出なかった。


 どちらも地形効果を最大限有効に使った上での結果ではあったが、そうだとしても聖女には得意な地形があるわけでもない。こちらが大幅に有利になるのならともかく、あちらが有利でなくなるだけなら、あの時の結果が覆るとは思えなかった。


 人類の希望として立ちあがった聖女であったが、この広い世界の中ではあまりにもちっぽけだ。


 もちろん、だからといってビームちゃんたちの信仰が薄れることはない。

 人類が弱いなどと言う事は初めから分かりきっている。

 それは一夜にして滅んだヒルス王国を見れば明らかだ。


 ヒルスを滅ぼし、ペアレの王都を瓦礫に変えたあの巨大な災厄、闘技大会優勝者のマグナメルム・セプテム。


 あれが世界最強。この世のいただき


 神聖アマーリエ帝国があるこのウェルス地方でセプテムが暴れたことはない。

 彼女がおおやけにこの地に現れたのは、旧ウェルス王国の最後の王を倒した時だけだ。建国後、反乱軍との戦場になった聖都で見かけた気がするという報告もあったが、どうせ見間違いか何かだろう。

 田舎の遺跡を強奪したとかSNSで話題になっていたが、聞けば対価として大量の金貨を支払ったという話である。それは強奪とは言わない。


 つまりウェルス地方において聖女アマーリエを立て、ハセラが国を興す事が出来たのは、マグナメルムの介入が無かったからに過ぎない。現状のプレイヤーズ国家の中で断トツの最大規模を誇る神聖帝国に対して、嫉妬も込めてそう揶揄する者もいる。


 しかし残念ながら、それは事実だ。

 逆にマグナメルムの加護を受けていると公言している災厄神国ハガレニクセンや、モンスターの国であるMPCも今では神聖アマーリエ帝国に迫る勢力だが、どちらも良い意味でマグナメルムの介入を受けている。


 良くも悪くも、マグナメルムの影響力は強すぎる。

 それはおそらく、神聖帝国が大国オーラル王国と同盟を組んでいたとしても大差はない。


 聖女がいかに強いとはいえ、それはあくまで人の範疇での事。

 マグナメルムのような強大な存在の前では、ほんの気まぐれで翻弄されてしまう。

 美しい聖女が美しい災厄に翻弄されるという字面にはちょっとわくわくするものを感じたが、それはひとまず脇に置いておいた。


 しかもあのマグナメルム・セプテムは近いうちに最後の災厄を蘇らせ、これを討伐するという。

 最後の災厄、黄金龍は北の極点に封じられているという話だが、もしかしたらその影響が神聖帝国まで来てしまうかもしれない。

 そうなれば他人事ではいられないだろう。


 世界中を巻き込むわざわいうずに、これから神聖帝国は否応なく巻き込まれていく。

 聖女も悪女も、人も魔物も関係ない。

 強ければ生き残り、弱ければ死ぬ。


 しかしこんな、ビームちゃんたちでも思いつくような当然のことは、聖女もすでに承知しているのだった。









「──オーラル王国へ参ります」


 闘技大会が終わって数日。

 聖女アマーリエが神聖帝国のプレイヤーらを集めてそう言った。


「え、旅行ですか?」


 呑気に尋ねたハセラの後頭部をはたく。


「馬鹿! この不安定な時期に旅行なんてするわけねえだろ! 聖女様、オーラル王国にはどのような用件で……?」


 ビームちゃんが尋ねると聖女は厳かに頷き、オーラル王国へ向かう理由を話し始めた。


 まず聖女の口から語られたのは、闘技大会で敗北してしまった事への謝罪だった。

 聖女の騎士たるビームちゃんたちこそ謝罪しなければならない話だったが、それを言い始めるとこれまでさんざんしたように堂々巡りになってしまうため、忸怩たる思いを抱きながらもとりあえず黙って聞いた。


「──全て、私の力不足によるもの。であれば、これを挽回しようと思うのなら、さらなる高みを目指すより他ありません。主もそれをお望みでしょう」


 つまり、聖女は力を求めているということだ。ただでさえ強く、優しく、美しい聖女がさらに強くなろうとしている。

 聖女が困難を乗り切る手段として力を求めるというのはちょっとどうなのかと一瞬思わないでもなかったが、同時にそれでこそ常に先頭に立って戦ってきた聖女アマーリエだという気もする。

 幸い、教義的にも問題なさそうだ。聖女が主と呼ぶ相手となれば聖教会が崇める神に他ならない。

 その神が本当に望んでいるのか、そもそも存在するのかどうかもビームちゃんたちにはわからないが、本人がそれで納得しているのなら問題ない。


「オーラル王国に旅行に行くと、強くなれるんですか?」


「だから旅行じゃねえって──」


「ふふ。いいのです。ツェツィーリア様やライリエネ様ともご無沙汰してしまっておりますし、ご挨拶にも寄ろうかと考えております。そう考えればちょっとした旅行のようなものです」


「やべえ! 聖女たんと旅行だ!」


「様をつけろ! てかなんでお前も付いていく前提なんだ!」


「もちろん、希望するなら皆さんも一緒に行きましょう。あまり多くなり過ぎると困りますが」


 聖女はハセラに甘い。

 以前にもそう苦言を呈した事があるが、ビームちゃんがその分厳しいからバランスが取れていいのではないかとやんわり躱されてしまった。


 聖女との同行を希望する者は大勢いたが、話し合いや殴り合いの結果、最終的に闘技大会に出場したパーティメンバーで落ち着いた。大会に出られるだけの実力があるのだから当然の結果だ。


 こうして聖女一行は一時国を空け、オーラル王国を目指すことになった。


 聖女が同行者を許した理由は道々で語られた。

 SNSでも一部で話題になっていた、転生システムを開放する遺跡が目的だったらしい。

 聞けば、今回聖女が目指しているその遺跡はまだプレイヤーたちの情報にはない場所であり、当然その分危険が予想されるため、戦力として同行者を求めたということだ。

 ハセラが言い出さなかったら聖女自ら同行を乞うつもりだったようで、感謝されたハセラは煮すぎた餅のようになっていた。とても老人子供には見せられない。

 あの罪深き美食は今もなお、人々の命を奪い続けているのだ。





***





「──聖女とその取り巻きが街を出ました」


「そうか」


 側近の近衛騎士の報告を聞き、ガスパールは腰を上げた。

 出陣のときだ。


 聖女にうつつを抜かしているのは異邦人だけではない。

 元はウェルスの国民だった者の中にも、そうした愚か者はいる。


 つまり、グロースムントにはヒューマンも大勢住んでいるということだ。


 しかもグロースムントは人々の往来を規制していない。

 移住や永住を望む場合は制限しているようだが、観光や商売をする分には街門でちょっとした審査を受けるだけで入ることが出来る。

 ガスパールたち【正統なる断罪者】は商人や観光客に紛れさせ、数名の騎士を送り込んで情報収集をしているのだった。


 例の闘技大会とやらに出場した聖女とその側近たちがしばらく街を離れるらしいという情報を得たのもそこからだ。


 闘技大会の事を考えると、少し苦い気分になる。

 ガスパールや協力者であるエルネストなど、組織の上層部は危険を避けて近寄らなかったものの、やはり情報収集は必要だとの判断から末端の兵士の数名は観客エリアとやらに偵察に行かせていた。

 その者たちの報告によれば、そこで目にした戦いはまさに凄まじいの一言であり、出場者の中には王都でガスパールの父である前王ジェロームを弑した純白の魔物もいたという。


 聖女たち一行はそのような戦いに出場し、結果を残した強者なのである。

 エルネスト擁する元ポートリー王国第三騎士団の団長、ロイクが予選であっさりと負けてしまったことを考えると、もはや正攻法で聖女たちを倒すのは不可能と言っていいだろう。


 目も見えぬ、あのたおやかな聖女がそこまでの強者だというのは信じがたいものがあるが、末端の兵士とはいえ配下の報告を信じないほどガスパールは愚かではない。


 聞けば本戦とやらには以前に別れたイェシュケ卿らも出場していたと言うし、やはり聖女と事を構えるのなら獣人どもの協力が不可欠か、次はどうやって言いくるめるか、と考えていたところに、今回の聖女一行の外出である。


 この機を逃すわけにはいかない。

 もはや神が味方しているとしか思えない。

 やはり聖女など眉唾なのだ。真なる神は正統なる断罪者と共に在る。


「──ではゆくぞ、お前たち。聖戦だ」






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