第556話「オーク希少種」
経験値を得ようと思うのなら、それなりの獲物を狩る必要がある。
このゲームのモンスターはある程度は自動でポップするのだが、それもあくまでゲーム内に設定された自然の摂理に縛られている。異常に速い成長速度や異常に効率の良い出産サイクルなど、現実ではありえない点はいくつもあるが、基本的には自然に生まれなければ増えていかない。
となると、狩るとするならすでに子を産んだ後の成体が望ましい。
いかに荒野の生態系の頂点にいる大サソリと言えども、身重のメスやまだ幼蟲の個体がオークを積極的に狩りにいくというのは考えづらい。
ならば元気に動き回るオークを生き餌として使えば、健康な成体だけが釣れるかもしれない。
そこでレアは適当なオークに『AGI強化』と『VIT強化』をかけ、荒野を走らせて大サソリを釣って、どこかに集めて一度に狩るのが効率がいいのではと考えた。
いわゆるまとめ狩りというやつだ。タンクやヒーラーの錬度、そしてパーティの総合火力によっては下手に行なうと戦線が瓦解する原因になるが、
ゼノビアの意見も聞きながら荒野を回って地形を調べ、大サソリやオークの集落を観察し、他のプレイヤーやNPCが来る事がないだろう場所をキルゾーンとして設定して、試しに何度かやってみた。
このトライは思いの外うまくいった。
そして徐々に大サソリの回収範囲を広げていき、狩るサソリの数も増やしていった。
それに伴いサソリたちを狩る最後の一撃もグレードアップしていくことになる。
どうやるのが一番効率がいいのか、しばらく色々試していたが、最終的には全部まとめて『
クールタイムの関係上、最大でも1日に一度しかできないものの、サソリが増えるのにも時間がかかる。オーク強化用の魔法のサイクルも考えるともう少しスパンは長くなる。
獲物にサソリを選んだのも、蟲系だからか何なのか他の魔物より繁殖サイクルが短いからだったが、それでもある程度の数が戻るまでは数日かかった。どうせ数日に一発しか撃たないのなら問題ない。
一時的にサソリが居なくなる問題については、荒野のオークが多少増えるだけで済むようだったので気にするのはやめた。
むしろ、増えたオークを狙って山脈からルフが降りてくるケースもあるようだった。
空いた時間はそういうはぐれを狩ったり、中央大陸にジャネットたちを強化しに戻ったり、セプテントリオンの様子を見に行ったりして時間をつぶした。
不在の間はゼノビアにオークの準備をさせたりし、時短も図った。
ゼノビアの『邪眼』には魅了効果を付与するものもあるらしく、レアがやるときは『精神魔法』を、ゼノビアがやるときはその『邪眼』を駆使してオークの動きを誘導した。
この手の『邪眼』はレアの『魔眼』からの派生ツリーにはないようだったが、別に『精神魔法』で十分なため問題はない。『邪眼』の場合は本体が備えている美形や超美形などのボーナスは得られないようだが、頭の悪いオーク相手ならまず失敗することはないようだった。
機動力もあるゼノビアは本作戦においてかなり役に立っていた。
この『邪眼』の効果をライラが使っているところは見たことがなかったが、ライラは有用な相手の場合は『使役』してしまうし、使い潰すつもりなら金貨か暴力で自由を縛るため、必要ないのだろう。
まるでギャングである。ブランもシェイプでマフィアを形成していたし、教授は教授だし、バンブに至っては夜光る。
やはりマグナメルムにおいてまともな幹部はレアだけのようだ。
非常識な仲間たちについてはともかく、そうして何度かまとめ狩りをしていたある時。
レアがキルゾーンで待機していると、
〈なんかいつものオークとは毛色が違うのが混じってるんだけど……〉
〈希少種かな? そんなのいたっけ〉
〈さあ。僕は見た事ないけどね。いやオークの希少種を見た事がないって意味であって、毛色が違う今回のイレギュラーは見たことあるんだけど〉
〈つまり、結局何なの?〉
〈多分見た方が早いよ。もうじきレア様のところに現れると思う。まあいつも通りオークやサソリごと消滅させちゃってもいいとは思うんだけどね〉
要領を得ない内容だったものの、見れば分かるというのであればそれまで待っていればいいだろう。
確かに、予定通りならそろそろ大サソリに追われたオークたちが集まってくる頃だ。
*
「──なるほど、確かにいつものオークとは毛色が違う餌がいるな。
こんなところで何してるの、きみたち」
レアが作ったクレーターの中心にいたのは、レアにとっても馴染み深いプレイヤーたちだった。闘技大会でも戦った相手だ。
そんな彼らがこんなところで何をしているのだろう。
オークに追いかけられてここまで来たように見えたが、あの程度のオークに勝てないほど弱いわけではないはずだ。
もっとも下手にオークを倒されてしまうと計画が狂うので、そうされなかったのは良かったのだが。
「マ、マグナメルム・セプテム!」
狼が吠えた。確かあれの中身はウェインだった気がする。ライオンがギルで、バイソンが明太子リスだったか。
「なぜここにいるんだ!」
「いや、こっちが聞いてるんだけど」
相変わらず人の話を聞かない者たちだ。
「これは、貴女が仕組んだ事なのか! セプテム!」
そう叫んだのはヨーイチだ。
こちらも会話が成立しているとは言い難いが、いきなり矢が飛んでこないだけ成長していると言えなくもない。
そういう意味では幾分かマシ、いや、スタート地点がおかしいだけで、別にマシでも何でもなかった。
「……まあいいや。話は後にしよう。──ゼノビア」
何にしても、もう大サソリたちも集まってきてしまっている。時間がない。
なぜこんな所にウェインたちが居たのかも気になるし、話を聞くためにはまとめて消し飛ばすわけにもいかない。ここで始末してしまえば、どこでリスポーンするのかわかったものではない。
仕方がないので今回はゼノビアにも手伝ってもらい、通常の魔法やスキルでちまちま片付ける事にした。
ゼノビアもジェラルディンやメリサンドと比べると実力的に少し見劣りするところがある。黄金怪樹に吸われ続けた経験値だが、まだ完全には元の水準に戻っていないのだ。
その復旧も含めて考えれば、ここで経験値が分散するのも悪い事ではない。
「──はいはーい。しょうがないなあ異邦人くんたちは。セプテム様の邪魔ばかりするんだから。まずは『邪なる手』からの『邪眼』で──あ、ごめんごめん対象に入っちゃった」
ヨーイチたちが妙な表情でぴくぴくしている。
サソリやオークもろともに麻痺の『邪眼』を食らってしまったらしい。
能力値の差なのか別の要因なのか、ライラほどの数は出せないようだったが、それでも十分な数の『手』がクレーターの上空に広げられ、その手のひらの目がサソリとオークとヨーイチたちを次々と射抜いたのだ。
鎧獣騎のウェインたちには効いていないが、彼らにとっても戦場の真ん中で突然仲間を縛られたようなものである。下手に動くことは出来まい。
「まあいっか。でもこれで動かなくなったと思うよ。さあセプテム様! 順番に片付けよう!」
「……処理にかかる時間が気にならないなら、実はこれが一番コストパフォーマンスがいい気がするな」
麻痺の持続時間もあるだろうが、これなら逃がす心配もない。最初から頼めば良かった。
*
「──さて。お待たせ。もう一度聞くけど、こんなところで何してるの、きみたち」
邪魔なオークと大サソリを片付け、ウェインたちの麻痺が回復するまで待ってから尋ねた。
ゼノビアの話では、餌のオークに混じってマラソンをしていたらしい。まさに奇行である。一体どういう性癖があればそんな珍妙な趣味を持つに至るのか。
妙な性癖が今さらなのはヨーイチやサルスケの格好を見ればよくわかるが、まさかウェインや聖リーガンたちまでそちら側だとは思っていなかった。
朱に交われば赤くなるとはこの事だ。
「……こんなところに、というのはどういう意味だ」
「どういう意味ってどういう意味なの。ええと、こんな荒野の人気のない場所にって意味だけど、他に意味あるの?」
質問に質問で返すな、とまでは言わないが、そんな基本的な部分も通じないとは思わなかった。
どうも、彼らとレアとでは前提となっている認識がずれているような気がする。
ウェインたちはお互い顔を見合わせ──と言ってもウェインは鎧獣騎に乗っているのでよくわからないが──代表としてなのかヨーイチが口を開く。
「……俺たちがここにいたのは、オークに追われて逃げてきたからだ。次はこちらからも質問していいか?」
オークに追われていたことなど見ればわかる。レアが聞きたいのはその理由である。というか先程の「どういう意味だ」は質問には入らないのだろうか。とはいえそんな小さな事でいちいち揚げ足を取っても仕方がない。
彼らが何を聞いてくるのかにも興味があるし、とりあえず先を促した。
「あのオークを操っていたのは貴女たちだな。貴女たちはここで何をしているんだ。あれは……俺たちを狙ってやった事なんじゃないのか?」
「そっちばかり一度にいくつも聞いてきてズルいな。まあいいけど。
オークは魔法で軽く強化して、追い立てて走り回らせてただけだよ。目的はこの場所に大サソリを誘い込む事だけど……。
きみたちを狙ったっていうのはよくわかんないな。何言ってるの?」
先ほど彼らが話していた、闘技大会出場者が狙われているとかいう
いや、まだ戯言と決まったわけではない。
レアから見れば、正直彼らはクジ運が良かっただけであり、一回戦敗退のディアスやウルル、幻獣王などのほうがよほど実力があると思えるのだが、あの大会だけを判断基準にするNPCがどこかにいたとしたら、ベスト16進出というのは確かに脅威に感じるかもしれない。
マグナメルムと関わりのない勢力がそういう事を目論んでいたとしても不思議はない。
これまでマグナメルムの情報網ではそうした存在は確認されていないし、SNSでも全く話に出てはいないが、だからといって存在しないとは言い切れない。
だがとりあえず今回に関しては全くそんな事はない。
レアの狩場に彼らが侵入したというだけのことだ。
そうしたレアの返答を聞くと、ヨーイチはまた仲間たちと少しの間視線を交わし、彼らがここに来るに至った経緯を話し始めた。
最初からそうしてくれればよかったのだが。
それによると。
彼らがここにいるのは全くの偶然であるらしい。
魔法王国跡地から港町に行くにあたり、ショートカットして地底王国に寄らないルートを開拓しようとしていたようだ。
その結果レアたちの狩りに巻き込まれ、こうして邪魔をしているというわけだ。
別にレアも無造作にまとめ狩りをしていたわけではない。
西方大陸にいるプレイヤーや無関係なNPCたちに要らない負担をかけないよう最大限配慮して、なるべく誰も来ないような場所をキルゾーンに設定していた。
魔法王国跡地・地底王国間のルートや地底王国・港町間のルートは最近よく使われているようなので、そこは当然避けている。さらに荒野の重要拠点とも言えるそれらのエリアからはなるべく距離を取るように気を付けていた。
西方大陸は元々危険な地域だ。人通りが多く、定期的に魔物が狩られているルートから外れれば、恐ろしい魔物はいくらでもいる。
ウェインたちも大人しく正規のルートを通行していればこんな事にはならなかった。横着するからそういう目にあうのだ。
そう言ってやると全員気まずげに目をそらした。
横着した自覚はあるらしい。
何にしても、黄金龍復活までの時間は限られている。
協力するつもりがあるのなら、こんなくだらない事で時間を使っていないでもっと真面目にやれと発破をかけ、全員に速度バフをかけて港町まで走らせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます