第547話「被害者の会」





 力で以て止めに来い、と言っておきながらどこにいるのかわからないではさすがに公平性に欠ける。

 挑戦者にはレアの居場所を広く教えてやる必要があるだろう。


 レアとしては出来れば自分だけの都市、魔帝国セプテントリオンで待ち構えたいところだったが、プレイヤーたちがひと月程度でそこまで到達できるとは思っていなかった。

 何せ地底王国から出発するにしても、巨大植物園やロック鳥の住む山脈、謎の水生モンスターが泳ぐ湿地帯に真祖が統べる始源城など、障害は山ほどある。

 そういう障害をクリアしながら向かってくるのを歓迎したい気持ちもあるが、いかんせん時間がない。そういうのは黄金龍が落ち着いてからゆっくりやってくれればいい。


 ということで、分かりやすく空中庭園アウラケルサスにて挑戦者を待ちうける事にしていた。

 この件はハガレニクセンのプレイヤーを通じてそれとなく広めている。


「それはいいんだけど、意外と少ないな、挑戦者」


 いないわけではないが、そのわずかな挑戦者もマグナメルムを止めたいと思っているわけではなく、純粋に上位入賞者と戦いたいという者ばかりだった。

 つまり、表向きの抵抗勢力はゼロと言える。

 もっともそれは中央大陸に限った話であり、他の大陸については定かではないが。


「まぁあの試合見て、よし止めようって思える人はそういないんじゃないかな。もともと簡単に勝てる相手じゃないし、前回通用した戦術がもう通用しないって事は十分わかってるだろうしね」


 ライラがため息と共にそう言った。

 他ならぬ自分自身がそれで失敗し敗北したからだろう。


 あのアーティファクトの事はずっとレアの心にあった。

 ライラが言った通り、地形効果に注意を払わず発動を許してしまったのはレアの慢心の結果だが、使わせないのではなく使わせた上で叩き潰せるようになりたいと思っていたのは確かだ。

 しかし実際に再び使われたことで、あれは使われてしまえば対抗など出来ない類のアイテムだという事がわかった。何しろ抵抗に失敗したというメッセージさえ出ないのだ。

 だが同時に、そのために用意していたわけではなかったものの、くる身代わり人形の有用性を証明する事も出来た。


 かつての精霊王が作った使い捨てぶっ壊れアイテムに、レアが作った使い捨てぶっ壊れアイテムが対抗出来たと考えれば、これは勝ったと言っていいだろう。

 あの大会から常にレアの腰にはウサギのぬいぐるみが揺れている。


「ハガレニクセンの方にゃ、黄金龍討伐に協力したいって連中が結構来てるみたいだがな。勝ち馬に乗りたいってところだろうよ。

 しかしそのぬいぐるみ、相手を処刑してやるぞってシンボルじゃなかったのか。何で首吊ってんだよ……」


「首? ああ、ぬいぐるみは構造上頭部が大きいからね。ここに紐を引っ掛けて固定するのが一番合理的だからだけど」


「せめて首輪とかのデザインをだな……」


「くる身代わり人形は完成した時点で形状が決定されてるから。後付けで首輪なんて作ろうと思ったら普通の裁縫技術がいるんだよ」


「それでいいだろ。たまにゃ普通のことしろよ……」


「今さらレアちゃんに普通なんて説いてもしょうがないよ。ね、ブランちゃん」


「……そうっすね」


 ライラに話を振られたブランは目を逸らせてレアの影に隠れた。


「何で距離取るの?」


「……自分の胸に聞いてみろや」


「……そうじゃぞ、自分の胸に聞いてみよ」


 呆れたようにバンブが言い、メリサンドも追撃した。

 マグナメルム内でライラ被害者の会が結成されつつあった。





「──陛下」


 会議室兼食堂でダラダラしていたところにディアスがやってきた。

 ディアスには今、珊瑚城の門番を任せてある。

 サリーたちの研究室がある要塞は今はかなり戦力の充実が進み、ディアスの守りはそこまで必要なことでもなくなっていた。

 またレアが空中庭園にいると知られている今、空中庭園へアタックしてくるプレイヤーと言えばレアへの挑戦者くらいである。その挑戦者が少ないという事は襲撃者も少ないという事だ。はっきり言って暇だった。


「ディアスか。どうしたの」


「いつもの方々がお見えです」


「そう。今日は誰?」


「バンブ様をご指名です」


「ここに来て堂々と対戦相手を指名するのなんてあの子くらいだよ。凄い贅沢だよね」


 確かに贅沢ではある。

 しかし、そうするだけの実績はあった。


 席を立ち、窓から見下ろせば、湖の向こうに集まる8名の女性プレイヤーが見えた。

 彼女たちは、ここにくるわずかな挑戦者のグループのうちのひとつだった。

 あの怪物揃いの闘技大会において、人間の形を保ったままで三回戦に出場したというのは大したものである。

 というかレアとしては予選を突破しただけでも十分評価に値すると感じているため、もし望むのであれば彼女ら──姫とエルフと下僕たち以外の本戦出場プレイヤーがこの城に修行目的で来たとしても、ある程度優遇して相手をしてやるつもりではいるのだが。


「ご指名はラルヴァか。ならわたしは今日は時間が空いたってことだね」


 レアは窓から離れ、椅子に掛けてあったローブを羽織った。


「どっか行くのか?」


 全身の包帯にほつれがないか確認し、自分も外出の準備をしながらバンブが聞いてきた。

 半裸の状態は大会で十分見せつけているし、もういいのではと思わないでもないが、バンブは頑なに半裸にローブを羽織ろうとはしない。

 何をこだわっているのか知らないが、それ自体は文明的でいい事ではある。どこかのスネ毛に見習って欲しい。


「ついて行ってもいいかしら?」


「せめてどこ行くか聞いてから言ったらどうだいジェリィ。もちろん僕も付いていくとも」


 ジェラルディンとゼノビアが立ちあがった。


「あのー、ライラさんは連れていかないのかな?」


 ブランが控えめに手を上げる。


「露骨だなブランちゃん!」


 しかしレアは誰も連れていく気はなかった。移動は『召喚』で行なうし、あの地にはレア以外の眷属はいない。


「ひとりで行くよ。別に武力を背景に脅しに行くとかってわけじゃないからね」


「どこに行くのか知らんが、脅しに行くにしてもひとりで十分だろ。あんだけ見せつけりゃあよ」









 レアが移動したのはケリーのところだった。

 中央大陸以外の抵抗勢力を確認しようと考えての事である。

 まず手始めに、直接戦った幻獣王からだ。


 以前に南方大陸を訪れた時以来、ケリーにはユーク獣人帝国の内偵を進めさせていた。

 もっとも、それはこの帝国の頭が伝説の幻獣王なのかどうかが知りたかったためにやらせていたことだったのだが、その必要はもうなくなっている。

 それによってケリーの役目も終わっているのだが、いつかのようにこの獣人帝国でもすでにいくらかの人脈は築いているようだったし、それが落ち着くまでは継続して出張させておくつもりだった。


「お疲れ様ケリー。変わりはないかな」


 挨拶を交わしながら、ケリーが拠点にしている商会の会長室の椅子に座った。


「闘技大会といういべんとの後は少し街が騒がしくなっておりましたが、現在は落ち着いていますね」


 街、というよりこの帝国が騒がしくなったのは、皇帝ユークが敗北したせいだと思われる。

 本戦とはいえ、一回戦で敗退してしまった事で、それなら自分たちでも倒せるかもしれないと勘違いした国民が立ち上がったのだろう。

 何しろこの獣人帝国は力によって元首を決める国だ。

 トップが弱いのでは話にならない。すぐに引き摺り下される事になる。

 ただ、レアに負けたからと言って、それがすなわち皇帝の弱体化を意味するものではない。建国後何百年、かは知らないが、とにかく長きにわたって君臨し続けてきた幻獣王の力は伊達ではない。

 彼が弱かったのではなく、レアが強かっただけの話なのだ。


 力が全て、とまでは言わないものの、力を何より重要視するこの帝国の在り方は実は経済活動にも表れている。

 ケリーはここで商会を拠点にしていると言ったが、その商会が取引をする時に頼りにしているのは力である。

 何を言っているのかわからないかもしれないが、レアも最初聞いた時は何を言われたのかわからなかった。

 もちろん取引である以上、基本的には交渉もする。

 しかしその取引が決裂しそうになった場合、この国では即座に拳が出るらしい。気の短い者であれば最初に一発殴ってから取引を始めるほどだ。

 中にはそういう原始的な説得力を行使せず、純粋な交渉のみによって商談をまとめる狡知に長けた者もいるようだが、そうした輩は社会的な信用度が低い。反社会的勢力扱いされる事さえある。

 つまり、現実世界とは社会的な倫理感が逆転しているかのような国なのである。


 そんな国において、ケリーの社会的信用度はわずかな期間で驚くほど高いものになっていた。

 当然それに見合った情報も入ってくる。


「騒ぎが本格化し始めた直後に、皇帝ユークが血の気の多い者たちを城に集め、まとめて叩きのめしたようです。憂さ晴らしにも見えたとのことですが、ともかくそのおかげもあって今は静かなものですね。

 もちろん現在も諦めず皇帝の首を狙っている者もおりますが、それはこれまでと同じです」


「憂さ晴らしか。まあ心当たりがないでもない。じゃあちょっと様子を見てこようかな」


「いってらっしゃいませ。皇帝は帝城にいるようです」






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