第543話「慈悲の一撃」
三回戦の後。
レアは他のメンバーと別れ、いつもならセプテントリオンの寝室でログアウトをするところを、外に出て少しだけ魔法の実験を行う事にした。
バンブが使っていた、武術系アクティブスキルの事象融合。
似たようなものはヨーイチとサルスケも使っていたが、ソロで発動していたというのが何より重要だ。
三面六臂をオンにした状態では、バンブの上半身はある意味3人分あると言える。
それが武術系事象融合の鍵になっている事は間違いない。
レアも魔法であれば6つまでは融合する事が出来るが、あれはあくまで『魔眼』の『魔法連携』の効果で魔法の同時発動が可能になっているからだ。当然魔法以外には使えない。
しかし、他の動作もひとつだけなら、複数の魔法と同時に発動できる可能性もある。
そういうちょっとした訓練をし、ついでに慣れない裁縫などをしてからレアはログアウトした。
*
「組み合わせによっちゃあここまで来られなかったかもしれんと思えば、まあ俺もかろうじてクジ運だけは良かったって言ってもいいのかね」
「まるで他の事については運が悪いみたいな言い方をするね。別にそんなことないでしょう」
「……いや、まあ、そうだな。……そうか?」
「でも他の運はともかく、大会の組み合わせについて運が良かったのは確かなのかもね。
オクトーの試合は見たでしょう? 彼女の対戦相手はだいたい原型を留めてないからね。彼女と戦わずに済んで良かったね」
「まるで自分の対戦相手は原型を留めてるみたいな言い方すんなよ……。
それに、俺がオクトーと戦わずに済んだかどうかはまだわかんねえぜ。決勝だってあるからな」
バンブは包帯越しでもわかるくらい、ふてぶてしく口の端を上げた。
「……いい戦意だ。きみとこうして立ち合うのは、きみと初めて会った時以来だな」
「そん──、いやそうだな。そうだった」
「全力で来るといい。すべて受け止め、粉砕してやろう」
《──それでは、闘技大会準決勝! 【マグナメルム・セプテム】VS【マグナメルム・ラルヴァ】! 試合開始!》
*
試合開始の宣言がされるや、前回の対ユーベルと同様バンブは包帯を破り捨てようと自分の身体に手をかけた。
それを見ながらレアも自分の純白のローブを脱ぎ、そこらに投げた。
『暗黒魔法』をチェックしてみると、リキャストタイムはリセットされていた。
バフやデバフ同様、試合用エリアに入る前に残っていたクールタイムなども持ちこされないらしい。
前日に訓練したせいで全力を出せないなどということになったら格好がつかない。おそらくそうなるだろうと思ってはいたが、実際に確認して安心した。
「っ! てめえ、なんだ、それは……!」
バンブが包帯を解く手を止める。
ローブの下から現れたレアの格好に度肝を抜かれたようだ。
「これかい? 可愛らしいだろう」
レアの腰にはウサギのぬいぐるみがぶら下げられていた。
昨晩やっていた、慣れない裁縫仕事というのはこれのことだ。
ウサギのぬいぐるみ型のくる身代わり人形を、キーホルダーのようにぶら下げられるよう改造しておいたのだ。
くる身代わり人形については、マグナメルム内でもまだ公開していなかった。検証に使ったタケダは何か察しているかもしれないが、あの時も詳細は話していない。
公開しなかったのは何か狙いがあったわけではなく、単に忘れていただけだったが、こんな大会があるのだったら言わずにおいて正解だった。
ただ普通のぬいぐるみのままでは戦闘に支障が出るかも知れない。そこでぬいぐるみを手で持たなくてもいいようにキーホルダー型に改造したのである。さすがにキーホルダーと違って普通のサイズのぬいぐるみなので非常に邪魔だが、手で持つよりはかなりマシだ。
これまでの試合では万に一つもレアが負ける恐れはなかったが、相手がマグナメルムの幹部であれば話は別だ。
実力的にはまだまだ差はあるものの、何らかの事故で大ダメージを受けないとも限らない。
それが攻撃力に特化し、事象融合という切り札まで得たバンブであればなおさらである。
そう幹部のバンブであれば。
「んふふ……」
「いや、可愛いかもしれんが……! なんだ、どういうつもりなんだ。あれは……ウサギの首から紐で吊ってあるのか? 首吊り? 対戦相手の未来の姿を暗示してるってことなのか? セプテムなりの新しい挑発のやり方ってわけか……」
バンブは覚悟を決めたように一気に残りの包帯を取り去り、そこらに投げると、腰を落として構えをとった。
「──悪いが、簡単に吊られてやるわけにはいかねえ。押し通らせてもらうぜ! 『解放:三面六臂』!」
凄まじいマナの放出と共にバンブの顔や腕が増える。
びりびりと空気が振動し、殺気がレアの肌をちくちくと刺す。
さすがに現実では感じた事がない現象なので、ゲーム特有の演出だと思われる。が、悪くない。
この時点ですでに、地力ではバンブは幻獣王オーク・オライオンを上回っているようだ。
「こっちの手札はもう見せた! 出し惜しみはしねえ! 『神出鬼没』!」
バンブの姿がかき消える。例の瞬間移動だ。
できればこれを発動される前に試しておきたい事があったのだが、発動されてしまったのでは仕方がない。また今度、大会後にでも個別に頼むとしよう。
バンブの姿が消えたのと同時にレアは目を閉じ、『魔眼』に意識を集中させていた。
『魔眼』には半径100メートル以内のマナの動きを精緻に把握する機能がある。日中、目を閉じていても支障なく行動できるのはこれのおかげだ。
その『魔眼』に映る、空気中に満たされているピンク色のマナの中に突如、濃いピンクの塊が出現した。レアの背後だ。
これが『神出鬼没』で移動したバンブである。
元スキルの『縮地』では、相手の背後というのは普通は動線が通っていないため移動できない。
しかし『神出鬼没』であればそれも関係ないらしい。「相手」という障害物さえ無視できるということだろう。
「──『
そして背後でバンブがふたつ目の事象融合を発動する。
黙っていれば奇襲も出来たのだろうが、こればかりはゲームの仕様なので仕方がない。
しかしいきなり『死の舞踏』とは、出し惜しみをしないというのは本気らしい。
バンブの6つの腕が高速で打撃を繰り出してきた。ひとつひとつが幻獣王の『正拳突き・フルインパクト』と同等の威力だ。
どうせ衝撃波でダメージは受けるのでそれは飲み込む事にし、直撃だけは避けるためバンブの拳のひとつひとつを対処した。
まずは振り向きざまの裏拳で最初の拳を逸らす。
次の拳には手のひらを添え、バンブの別の拳にぶつけるよう誘導する。
そしてすかさず、戻した肘でまた別の拳を叩き落とし。
下段からすくい上げるように放たれる拳には膝を合わせ。
あるいは『魔の盾』を使い強引に軌道を変え。
そうして刹那の六連撃を凌いだ、と思った瞬間、バンブは今度はレアの側面に瞬間移動し、回し蹴りを放ってきた。
レアがこれをいなすとバンブは即座に軸足を切り替え、逆の足から後ろ回し蹴りが飛んできた。
『死の舞踏』はこのように、相手が死ぬまであらゆる方位から必殺の連撃を叩き込み続ける技である。
その様子がさながら相手とダンスを踊っているかのように見えるからその名がつけられた──かどうかは知らないが、おそらく大会特有の知覚補正がなければ誰にもダンスなど見えないだろう。
このままであればレアが死ぬまでバンブの攻撃が終わる事はない。
しかし、たとえ無敵の事象融合であろうとも、途中で発動条件を満たせなくなればキャンセルされることはすでにわかっている。レアも途中で止めた事があるし、外部からでもそれが可能な事はライラVSドロテア戦で明らかになっていた。
バンブの攻撃を躱し、いなしながら、レアは攻撃に対して迎撃をしていくことにした。
拳には拳を。
脚には脚を。
手数やリーチで負けないためにアダマスで硬化した翼も持ち出し、『スクレイプブロー』などのアクティブスキルも駆使してバンブの拳と正面から打ち合う。
以前にも検証した事があるが、物理攻撃同士が激突した場合、より防御力の低いほうが大きなダメージを受ける。
バンブの拳は硬い。おそらくこの世界にある大抵のものは殴り砕けるだろう。
しかし、レアの翼も硬い。しかもアダマスによる高度な物理耐性も備えている。
これほどまでに能力値が高まっていればわずかな差に過ぎないかもしれないが、そのわずかな差が明暗を分けた。
幾度も激突を繰り返すうち、バンブの四肢にはダメージが蓄積されていき、それはやがて部位破壊判定を受けるまでになってしまう。
手足が破壊状態になってしまえば、技を繰り出す事は出来ない。
「──っぐう! 痛ってえ! くそ、マジかよお前……!」
そうして強制的に『死の舞踏』をキャンセルされたバンブはその場に膝をついた。
両足、そして6つの腕からは血が滴り落ちている。阿修羅王でも血はちゃんと赤かった。
「……いや、痛いのはこっちもだよ。余波の衝撃波もあったし、『盾』も結構削られてしまった。ここ最近では久しくなかった事だよ。素直に感心した」
なかなか手強かったと言っていい。
幻獣王があの程度だった事を思えば、おそらく近接戦闘では世界屈指の実力だろう。
さすがはバンブだ。レアが見込んだだけの事はある。
しかし、いかな世界屈指の拳士と言えども、両手両足を砕かれてしまっては何も出来ない。
「やはり、すばらしく運がいいなきみは。オクトーの相手はわたしに任せておくといい」
レアは片手を掲げ、バンブに向けた。
「……悪いが──」
バンブがレアを睨みつける。その眼はまだ死んでいなかった。
「想定内だぜ。『死の舞踏』で仕留めきれねえところまではな……! こいつが俺の切り札だ! 『カオス・アナイアレイション』!」
バンブの右と左の顔、その口から発動ワードが放たれる。
そして砕かれていたはずの腕が2本持ち上げられ、そこに白と黒のマナが収束していく。
「──腕は全て破壊したはず……! いや、そう見せかけて温存していたのか!」
バンブは両足、そして6本のうち4本もの腕をただの目くらましのためだけに破壊させ、残された腕で事象融合『カオス・アナイアレイション』を狙っていたのだ。
『死の舞踏』は強制的にキャンセルされたのではない。バンブが自分で止めたのだ。
全てを消し去らんとする暴力的な虚無の力がレアを中心に集まってくる。
『カオス・アナイアレイション』は座標発動型の魔法だ。発動後の回避は難しい。
音も、光も、闇も、何もかもを飲み込み、ただただ白さだけが空間を満たし──
「……へへへ……やったか……?」
「──きみはいつも、ひと言多いな。残念だけど、やってないよ」
クレーターの中心に、レアがぽつんと浮いていた。腰に手をやるとウサギのぬいぐるみが自己主張をしている。これが発動して助かったわけではない。
レアは『真眼』で自分の手を見つめる。いつも見ている色よりほんの少しだけ薄かった。
LPが減っていた。
周囲に浮いていた『魔の盾』もすべて消し飛ばされている。
油断していたつもりもなかったが、ここまでやられるとは思っていなかった。
「でも、さすがにちょっと驚いた。さっき、感心したと言ったけど、あれは訂正する。素直に感動した」
「……そいつは、どうも。だが、今のでダメならさすがに俺ももう無理だぜ」
「どうかな。わたしはもうきみの弱音は信用しない。だから確実に息の根を止める。『魔の剣』、『
もはやMPは残っていないため、生命力を削っての発動だ。ギリギリまで使って漆黒に輝く投げ槍を生み出した。
さらにレアの翼、そのうちの4枚に暗い闇のマナが集束する。
そしてレアは槍を振りかぶり。
「『ファイナルスロー』!
──事象融合、『
全力で槍を投げた。
4つ重ねた『致死』により、この槍には即死耐性貫通や抵抗妨害も付与されている。さらに使用した武器が破壊される代わりに絶大な破壊力をもたらす『ファイナルスロー』の効果も融合され、すべて即死効果の上昇に割り振られている。
絶対に相手の息の根を止めるという、レアの殺意を煮詰めたような攻撃だ。
「くそ──」
《──試合終了です! 勝者、【マグナメルム・セプテム】! ご観覧の皆さま、素晴らしい戦いを見せてくれた両選手に拍手を!》
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