第536話「得意不得意」
ジークは負けてしまったが、ブランが相手では仕方がない。
というより、あの様子では
物理攻撃は効かず、頼みの綱の『死背者』も『血の杭』によって残り時間を吸い取られてしまう。
もっともたまたまレアの知る不死者の王たちに脳筋キャラクターが多いだけで、もしかしたらリッチなどのキャスター系アンデッドから転生するルートもあるのかもしれないが。
そのブランたちの試合の後は南の大悪魔スレイマンとスタニスラフたちの試合だった。
スレイマンにとっては前試合のディアスよりもやりやすいようで、特に変わったことをするでもなく危なげなく勝利していた。
スタニスラフには残念だったが、これは仕方がないことではある。
「──おっと、次が始まるな」
《──それでは、闘技大会本戦! 二回戦、【メリサンド】VS【ジョフロア・デ・ハビランド】! 試合開始!》
***
「……まいったな。海か」
転送直後、着水しそうになったところで伯爵は慌てて翼を出し、『飛翔』で浮かんだ。
一方のメリサンドは平然と水の中にいた。ウンエイとやらがどうやってここに伯爵たちを『召喚』したのかと思えば、小舟で離れていくのが見えた。
「ふっふっふ。海じゃのう。降参するなら今のうちじゃぞ?」
人魚の女王の言葉に心が揺れる。
海というのはメリサンドの希望したフィールドだろう。
しかも相手は明らかな格上であり、そしておそらく伯爵よりも永く生きている。
海底に両手をつけることさえ出来ればまだ何とかなるかもしれないが、流石にそんなことをさせてくれるはずがない。
まず、隙を作るのも難しいだろう。
それに、この海の深さもわからない。海底までどうやって行けばいいのか。
さすがにこれは勝ち筋が見えない。
「どうやら水は苦手なようじゃの」
「……水中が大好きな陸上生物がいるというなら教えてほしいものだな」
「そりゃ中にはおるじゃろ。え、おらんのか?」
メリサンドはそんなバカなと言わんばかりに目を見開いている。世間知らずという言葉が伯爵の脳裏をよぎった。
隙を見て海底に手をつけるのも、意外とやり方次第で不可能ではないかもしれない。
「まあよいわ。お主の主人からのわしの扱いもたいがい雑じゃからな。あまり時間をかけるとまた侮られる事になりかねん。
お主自身には恨みはないが、とっとと片付けさせてもらうぞ──」
ぴしゅっ。
という音が聞こえ、伯爵の視界は突然くるくると回転した。
その目まぐるしく移り変わる景色の中で、首を失った自分の身体が海に落ちていくのが見えた。
***
「伯爵瞬殺だ! え、メリーサン強いじゃん! なんで?」
「何でってことはないでしょう。そりゃ強いよ。今更何言ってるの」
地形効果によるお互いの有利不利もあっただろうが、試合はメリサンドによる一方的な勝利で終わった。
伯爵が地形を自分で作り変えられればまた違った展開もあっただろうが、それでさえメリサンドなら力で押し切れただろう。
永く海洋を支配してきた実力は伊達ではない。
それよりも、問題は次だ。
先ほどのユーベルとユスティースの試合よりも、むしろこちらのほうが真の前哨戦だと言えるだろう。
***
「──あの巨大な鉄の塊は使わないのですか?」
「ベヒモスのこと? 使わない使わない。必要ないし」
「……そうですか。随分自信がおありのようですね。セプテム様の姉君ということですが、そっくりです」
「えへへ、よく言われる。
その言い方だと、セプテムちゃんも自信満々で君と戦ったことがあるのかな? その時の結果は聞くまでもないけど、今回も多分そうなるよ」
「そうはいきません。私がこのお祭り騒ぎに参加したのは、セプテム様ともう一度戦うためですから。こんなところで退場するわけにはいきません」
「可愛いこと言うねぇ君。でもダメー」
《──それでは、闘技大会本戦! 二回戦、【ドロテア】VS【マグナメルム・オクトー】! 試合開始!》
*
「──『邪なる手』」
ライラが一言つぶやくと、大きく開かれたドレスの背中から無数の黒い腕が現れる。
「──『解放:翼』!」
対するドロテアも漆黒の翼を大きく広げてた。枚数は6枚だ。
その色は見慣れたレアの黒とは少し違う。金剛鋼をアクティブにしているわけではないようだし、これが本来の魔王の黒なのだろう。少し紫がかっているようにも見える。
「『識翼結界』!」
そしてその紫黒色の羽根が無数に舞い、ドロテアを中心に、ライラの目前までをドーム状に羽根の結界で覆った。
結界内の発動者の能力値上昇や判定ボーナスが得られるスキルだ。
「我が主より、オクトー様は何をしてくるのかわからないとアドバイスを受けています! このまま、決めさせてもらいます!」
ドロテアはそう言うと、両の瞳に魔法陣を浮かべ、6枚の翼を6色に輝かせた。
事象融合だ。それも六重である。
初手から超必殺技とは風情のないことだ。いや、それはレアもそうだった。そういうところはすでに似始めているということか。
しかし、ライラにとっては好都合。
この試合に勝つのは既定事項だが、ここでレアの切り札を敵として見ることが出来たのはよかった。
まずは、この行動自体をキャンセルさせることが出来るかどうかだ。
「チャージなどさせるものか! ってところかな。ふふふ、行け! 『邪なる手』!」
ライラの背中から帯状の黒い手が何本も勢いよく伸ばされ、羽根のドームを包み込むように覆っていく。
あっという間に羽根が全く見えなくなるほど隙間なく黒い帯が包みこんだ。
『魔眼』の仕様として目視が必要な以上、これならライラを対象に取ることは出来ない。
もちろん結界を覆う目の前の黒い手を対象にすることは可能なはずだが、あの密閉空間の中で魔法など放てば撃った本人もタダでは済まない。
「く! それなら!」
ドロテアは腰の剣を抜き、結界を覆う『邪なる手』を切り払いにかかった。
事象融合はキャンセルしたようだ。
レアもエラーとかで不発に終わっていたようだし、シーケンスを最後まで進められなければ自動的にキャンセルされる仕様なのかもしれない。そしてどうやらそれは自分の意志で止めることも出来るようだ。
ドロテアは見事な剣捌きで次々に帯状の手を切っていく。
しかしライラの『邪なる手』にも金剛鋼が練り込まれている。
ドロテアの技量によって切り裂かれてはいるものの、一度にすべてを切れるわけではなく、わずか一本ずつといったところだ。先は長い。
いやライラの『邪なる手』の本数は一応決まってはいるが、それはあくまで一度に出せる数であり、減ったのであればその分コストを支払って追加することが出来る。先は長いどころか、事実上終わりはない。
そしてなぜ、黒い手に覆われた結界の中の様子をライラに見えているのかといえば、これも『邪なる手』の効果のひとつだ。
『邪なる手』のツリーを育てていく過程で、『邪なる手』の手のひらに当たる位置に瞳を生み出すことが出来るようになっていたのだ。
この瞳はライラの顔にある瞳とほぼ同じ機能を備えており、視界の確保はもちろん『邪眼』の発動も可能だ。もちろん『真眼』や『魔眼』も使用可能である。魔王のように『魔眼』で魔法を発動させることこそできないが、『魔眼』の索敵範囲である半径100メートルという距離は『邪なる手』を伸ばした分だけ延長することが出来た。
「──さてと。じゃあ君の耐性についてもテストさせてもらおうかな。まあ、これは君の主人の実力を測る参考になるのかどうかわからないけど。『邪眼』」
ドロテアを覆う漆黒の手。
その手のひらが一斉に目を見開き、中の対象に邪悪な波動を浴びせかけた。
その波動は数の暴力とでも言うべき勢いで『識翼結界』で底上げされたドロテアの抵抗値を抜き、ドロテアにいくつもの状態異常を付与してみせた。
底上げされたドロテアの抵抗を抜けるかどうかは五分五分だったが、五分五分であるなら半分は抜けるということでもある。数の暴力とはそういう事だ。
これがレアが相手であれば、元々の能力値の高さから何発重ねても無意味に終わったかも知れないが、まだ若い災厄であるドロテアであれば造作もない事だ。
そのまましばらく待ち、『魔眼』でも『真眼』でもドロテアから生命反応が完全に消えている事を確認したライラは『邪なる手』を引き上げた。
「……うわあ」
あとにはグズグズに肉が腐った状態のドロテアが横たわっていた。
完封、と言っていいだろう。
「……聞いた話じゃ、接近戦のほうが得意だということだったけど……。アドバイスを聞くのは大切だけど、そのために自分の持ち味を殺してしまうようじゃあダメだね。というか、アドバイスをする方もそれを見越してしてあげるのがベストなんだけどね」
ライラはそうつぶやいて虚空を見た。
これまでの試合の様子から判断する限りでは、おそらくあのあたりにカメラに類する何かがあるはずだ。何も見えないが。
《──試合終了です! 勝者、【マグナメルム・オクトー】! ご観覧の皆さま、素晴らしい戦いを見せてくれた両選手に拍手を!》
***
「あの死に方……何かの状態異常、か? 『邪眼』で直接ドロテアを見ていた様子はなかったけど……」
モニターには、不敵な笑みを浮かべ、まっすぐこちらを見るライラが映っていた。
小憎らしいにもほどがある。
ライラはレアに対してはこれでようやく一勝しただけだというのに、無駄にふてぶてしい。
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