第535話「ドリンクバー」(レア視点/ブラン視点)
戦闘力の差から考えてユーベルの圧勝だと思っていた。
例えユスティースの騎体が準災厄級に迫る力を持っていたとしても、同格であるアビゴルにさえ勝利したユーベルの敵ではない。
はずだった。
確かに勝ったのはユーベルだ。
しかし、この結果は快勝、圧勝とは言い難い。
となりでライラが勝ち誇ったような……というには少々強がった笑顔を浮かべている。
〈……い、一矢報いた、ってことで……〉
〈……まあ、驚いたのは確かだけど。でも勝ったのはユーベルだよ〉
〈……ま、まあ待ちなよレアちゃん。今のは言わば、前哨戦の前哨戦。真の前哨戦は別にある。そうでしょう?〉
〈すごいな。なかったことにしようとしてるのか。いや私としては今の試合もけっこう見どころがあってよかったと思うんだが。まず健闘を称えてやったらどうかね〉
〈ライラさんが言ってる真の前哨戦って、もしかして二回戦のドロテアちゃんとの戦いのこと? それで勝てなかったらそもそもレアちゃんと戦えないのでは〉
〈前哨戦じゃなくて前提じゃないか。何バカな事言ってるんだライラは〉
〈ぐ、あ! ほらほら次の試合始まってるよ!〉
「え? あ、もう終わりそうじゃん! これの次わたしだ!」
***
「その姿……。あの時の」
「久しぶりだな、その節はどうも」
「……この戦いで勝ち残る程の猛者だったか」
「まあな。悪りいが俺にも立場ってもんがある。手加減はせんぞ」
「こちらのセリフだ!」
***
ライラと睨み合っているうちにバンブがシトリーを倒していた。
一回戦に引き続き、今度もノーダメージだったらしい。
女相手でも手加減しないのはマーレと戦った頃と変わってないようだ。
LPやMPを見る限りでは2人にはそこまでの実力差はないように見えたが、そこはバンブのプレイヤースキルの高さがモノを言った形だ。
それはそれでいいのだが、そういうことをされると相手の攻撃を一度受けてから返すプロレス形式の戦い方をするレアの株が下がりそうな気がするのでやめて欲しい。
そして帰ってきたバンブと入れ替わるようにブランが消えていった。
次はブランVSジークの試合である。
***
「ヴィンセントくんは別にわたしの配下じゃないけど、その主の伯爵先輩とは知らない仲じゃないから、まあそういう意味では仇討ちみたいなもんということで!」
それで言うならこのジークの主であるレアとも友人なのだが、そこはそれである。
「左様ですか。これはまた、強力な仇討ち役が出てきたものですね」
「おっと、褒めても何も出ませんよ! 出るのは霧くらい!」
「霧、というと吸血鬼特有のスキルでしょうか。よろしいのですか? 戦う前にそのように手の内を晒しても」
「全然問題なしです!
──だって知られたからって、あなたがわたしに勝てるとは思えないからね」
《──それでは、闘技大会本戦! 二回戦、【マグナメルム・ノウェム】VS【悲嘆のジーク】! 試合開始!》
*
宣言と同時にジークが剣を抜き放ち、一瞬で距離を詰めてきた。『縮地』だろう。
しかしブランはそれに対して何も行動を起こさなかった。
怪訝な表情を浮かべつつもジークは袈裟懸けにブランに斬りつけてきた。スキルは使わないようだ。様子見ということだろう。防御も回避もしようとしないブランを警戒しているのかもしれない。
ここ最近、ブランは主にAGIに優先的に経験値を振っていた。
こうすることで自身の行動速度が上昇するのは当然だが、もう一つメリットがある。
それは動体視力の向上だ。
厳密には知覚する時間が引き延ばされる仕様であるため動体視力が向上するわけではないのだが、ブランには違いがよくわかっていない。
ともかく、そのおかげでブランの目にはジークの斬撃が手元から切っ先までしっかりと見えていた。
ブランはジークの剣の軌道に合わせ、自身の身体を部分的に『霧散化』した。
本当なら軌道ぎりぎりだけを霧に変えたかったところだが、何かの拍子にずれてしまったら大事故である。
そのためほんの少々は余裕を見て霧に変えておいた。
「なっ!?」
まるで手応えがなかったからだろう。ジークが驚愕の声を上げた。AGIがブランに劣るジークには、そこにいるのにあたかも幻を切ったかのように感じられたに違いない。
「ふっふっふ。どうしたの? そんなものかな。ヴィンセントくんを倒した剣というのは」
「……まだ、真祖へと至ってからそう時が経っていないと聞いておりましたが。よもや、そこまで力を使いこなしておられると、はっ!」
話しながらジークは返す刀でもう一度斬撃を振るってきた。
しかしそれも同様に霧化して回避する。
「なるほど。では、これならどうでしょうか! 『クリンゲ・ドゥーシェ』!」
ジークが舌を噛みそうな技名を叫び、剣を持つその手元がブレた。
直後、無数の斬撃がブランを襲った。
これはいわゆる乱打技だ。格闘ゲームなら、キーンとか音が鳴ってからゲージを一本か二本消費する系の必殺技である。技名の系統も普段プレイヤーたちが使っているものとは毛色が違う。
一瞬でブランの身体が真っ赤な霧に変わった。
もちろん、細切れにされたわけではない。
単に全身を『霧散化』しただけだ。ついでに『血の霧』も発動させておいた。
確かにブランの回避方法ではあのような連続の斬撃を避けるのは手間がかかるが、別に全身を霧に変えてしまえばいいだけである。
「そうすると思っておりましたよ! 『ブレイズランス』!」
そこへジークは『火魔法』を放ってきた。
剣しか使えないと考えていたのだが、そうでもないらしい。
ただ範囲魔法でないなら回避するのは難しいことではない。全身を『霧散化』すると同時に発動させた赤い霧に、ブランはすでに自身の身体を同化させている。
霧を通じた瞬間移動でジークの背後に身体を移した。
範囲魔法を使われていれば多少のダメージは通っていただろうが、剣が届くような至近距離に範囲魔法を撃てば自分も巻き込む事になる。まともな神経をしていれば普通はそんなことはしない。
そしてジークの前方、炎の槍によって穴を穿たれた霧の周辺から赤い杭を生み出し、ジークに向かって飛ばした。
「雑な反撃ですね! 多少はダメージを与えられたようだ!」
しかしこれはジークの剣によって弾かれてしまった。
そう思わせるためだけの攻撃だったが、雑だと言われると少々へこむ。過去にはこれで一撃だったプレイヤーもいたのだが。
そうやってジークに架空のブランと戦わせながら、徐々に『血の霧』を濃くしていった。
『血の霧』が濃くなっていくにつれ、ジークを襲う『血の杭』の硬度も数も増していく。
これがはまれば勝ったも同然だ。
特にこの
「くっ……! あたりの血を濃くして攻撃密度を上げているのか! さすがは真祖ですね! ならば! 『不死者の威圧』!」
《抵抗に成功しました》
何かをしたらしいが、抵抗してしまった。
前回ヴィンセントのMPを高速で減らしたデバフフィールドだろうか。
何であれ、抵抗に成功した以上意味はない。
徐々に攻撃密度を増す杭の中には、数発に一発程度の割合だが、ジークの剣を掻い潜り鎧にダメージを与えるものも出始める。
ジークの鎧はレアが用意したものであり、かなりの性能を持ってはいるが、ブランの杭なら貫けない程ではない。
さすがに急所は避けているようだが、杭が直撃した箇所はへこみ、中には完全に破損してジーク本体にダメージを与えているところもある。
いわゆる「削り」というやつだ。
例えガードをしていても、ブランによるすべてのダメージを防げるわけではないのである。
激しい攻撃にジークは反撃の糸口を見いだせずにいるようだ。
魔法を撃てば反撃出来るが、その隙を与えるような事はしないし、仮に魔法を撃たれてもそこにブランはいない。
そうしてジークの防御とLPを少しずつ削り、しばらく。
「──そろそろいいかな」
「何っ!?」
突如背後から聞こえたブランの声に、ジークが動揺したように声を上げた。
その動揺を利用し、ブランは『血の杭』による攻撃をジークの前面だけでなく、全方位から行い、一気にLPを削りにかかる。
「ぐうぅおお!」
徐々に攻撃範囲を広げていればそうはならなかったかもしれないが、それまでどれだけ激しくとも前方からしか来ていなかった攻撃が、しかも背後に意識を移した直後に突然全周囲から襲ってくれば、さすがのジークでもすぐに対応するのは難しい。
そしてその一瞬だけ、対応されなければ問題なかった。
ブランはこれにてジークのライフをすべて削りきる事に成功した。
「だが、『死背者』があれば!」
「そうだね。あればね。MPが」
「……なっ!」
防戦一方で魔法もスキルも使っていなかったためか自身のMP残量を確認していなかったのだろう。
ジークのMPはすでにレッドゾーンである。
『血の杭』はブランのLPを削って発動するコストの重いスキルだが、追加効果に「被弾した相手のMPを奪う」というものがある。
ジークの『不死者の威圧』が効いていれば我慢比べになっていたかもしれないが、ブランの残りLPから考えるとそれでも勝っていた可能性が高い。
「──すでにあなたのMPはいただいてありました。ごちそうさま」
《──試合終了です! 勝者、【マグナメルム・ノウェム】! ご観覧の皆さま、素晴らしい戦いを見せてくれた両選手に拍手を!》
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