第533話「姫とエルフと下僕と骨と」(バーガンディ視点)





 あのオークキングに勝てたのは僥倖だった。

 戦ってみてわかったのだが、オークキングはバーガンディより格上の魔物だったようだ。


 バーガンディもエルンタールの街を守って結構経つ。

 主であるブランももう少し経験値を回してくれてもいいと思うのだが、なかなかそういう機会は来ない。

 一方で新入りのジズであるインディゴや、特に働いているわけでもない妹分、死天使グラウにはかなりの経験値が割り振られているらしい。

 これは本人たちからふんわりと聞いただけなので定かではないが、会って感じる威圧感からするとおそらく間違いない。

 そしてそれをバーガンディが感じているということは、格上である彼女たちもバーガンディの弱さがわかっているということだ。


 それについてはやるせない気持ちになる。

 が、バーガンディにとってもあの2人は可愛い後輩である。

 自分が主に忘れられているのではないかという懸念は置いても、彼女たちが強化されること自体は喜ばしい事であった。


 そう、バーガンディが今大会に参加を決めたのは、主君に忘れられているのではないかと思ったからだった。


 聞けばインディゴやグラウ、そしてアザレアたちには「参加しないように」という通達があったらしい。

 しかしバーガンディにはなかった。

 これがバーガンディを出場させたいという主の希望によるものなのか、それとも本当に忘れているのかはわからない。


 ただ朗報だったのは、バーガンディの予選突破、そして本戦一回戦突破を主は殊の外喜んでいたということだ。

 であれば忘れられていた訳ではないはずだ。

 そう、きっと主は自分を見せびらかしたいのだ。そうに違いない。


 昨今では鎧獣騎とかいうバーガンディもどきが異邦人たちの間で幅を利かせているという。

 エルンタールにやってくる雑魚どもがそうしたものに乗ってくることはないので直接見たことはないが、主ブランはおそらく今大会で本家の威厳を見せつけたいと考えているのだろう。


 であればその期待に応えるのが配下としての努めだろう。


 まったく世話のかかる主を持つと苦労する。





《──それでは、闘技大会本戦! 二回戦、【バーガンディ】VS【姫とエルフと下僕たち】! 試合開始!》









 開始の宣言と同時にバーガンディはすべてのデバフと『死の芳香』をアクティブにした。

 宣言前は抑えておかなければならないのは面倒だが、そういうルールなら仕方がない。


 敵は異邦人が8人、すべて女だ。

 女というとバーガンディにとっては鬼門である。

 なにしろ周りにいるほとんどの強者が女であり、しかもどれも性格的に始末が悪い。

 無意識に警戒を高めるバーガンディだった。


 いつもの敵であれば、バーガンディのデバフ効果範囲に入る前に何らかの対策を練るか、あるいは無視して突っ込んできて勝手に弱っていくか、そのどちらかである。


 今回の敵は前者だった。


「『セイントブレス』!」


 エルフらしい女性が魔法を放つと、敵全員が光のオーラを纏った。『死の芳香』を打ち消す防御魔法のようだ。

 知らない魔法である。バーガンディは警戒を更に高めた。

 しかしあのエルフ、いつも見ている異邦人のエルフより少し耳が長い、ような気がする。


「ありがとうなっちゃん!」


「ちょ、姫までなっちゃん言うな!」


「お、なっちゃん照れてんの?」


「うるさい! はよ行け! 特攻しろ!」


 何だかイチャイチャし始めた。


 このバーガンディを前に余裕の態度である。

 理解し難いが、油断しているというのなら好都合だ。


 バーガンディは骨の翼をはためかせ、浮かび上がると『飛翔』を使って一気に距離を詰めた。

 ここは守るべきエルンタールではない。

 いちいち敵が攻撃してくるのを待っていてやる道理などなかった。


「っ来た!」


「総員退避!」


 踏み潰してやるつもりで上空から振り下ろした前脚は、ただ大地を陥没させるだけに終わった。

 8名全員がその場から飛び退すさり、回避したのだ。


 いつもの異邦人たちであれば、こういう場合は集団にひとりかふたり混じっている大型の盾持ちが味方を庇うところだが、見たところこの8人の中には盾を持っている人物はいないようだった。


 ならば耐えきれそうにない攻撃を加えてやれば容易にひとりずつ減らす事が出来る。

 バーガンディはそう考え、3つの首でそれぞれ3人のターゲットを狙い噛み付き攻撃を仕掛けた。


「おおっと!」


「いける! 見えるよ!」


「遅いわよ! あのミイラとは比べ物になんないわ!」


 しかしそのすべては回避されてしまった。

 いつもの異邦人たちとは動きが違う。

 オークキングにさえ通用していた自分のオーラを物ともしていないのも理由かもしれない。


 先ほど発動していた『セイントブレス』とやらはなかなか優秀な魔法のようだ。敵は全員うっすらと白く光っている。

 やはりバーガンディの知識の中にはないものだ。


「隙有り! 『ストレイトブロウ』! もういっちょ! 『スクレイプブロウ』!」


 武器を何も持っていなかった女に噛み付こうとしていた頭部──クリムゾンヘッドがカウンター気味に二連撃を受けた。


 ──グオォォォォ……!


 慌ててクリムゾンヘッドを引かせた。

 思いも寄らないダメージを受けたからだ。

 これはともすれば、前回のオークキングの一撃よりも重いかもしれない。


 この女がそれほど強いようには見えない。

 しかし、現実として無視できないダメージを受けている。


 〈──あの光か!〉


 〈ああ、あの!〉


 〈……どの?〉


 〈いや、今は遊んでいる場合ではない! というかめちゃくちゃ痛いのだが! お前達も一度殴られてみろ!〉


 〈断る!〉


 〈ことわ──痛ったあ!〉


 〈それ見たことか!〉


 動揺して脳内会議で言い争いをしている間に、女剣士を攻撃していたヴァーミリオンヘッドが斬りつけられた。

 骨の身体は刺突や斬撃に耐性がある。

 といっても大したものではないが、それでもこれまで戦ったような異邦人の攻撃では傷ひとつ付ける事はできなかった。

 にもかかわらず、剣による攻撃で今、ヴァーミリオンヘッドは苦痛を受けている。ヴァーミリオンヘッドがというか、痛みは全員共通なのでみんな痛いのだが。


「顔を引いた? 効いてるよこれ! さすがなっちゃん!」


「さすがっていうか『神聖魔法』のおかげだけどねなっちゃん言うな!」


 なるほど『神聖魔法』か。

 となると先ほどの『セイントブレス』は、効果を受けた対象にアンデッドの放つオーラを軽減する力とアンデッドに対する特効を付与する魔法、といったところか。


 『神聖魔法』であればバーガンディが知らないのも無理はない。

 アンデッドがメインであるブランの陣営にはそれを扱える存在はひとりしかいないし、そのひとりにしてもアンデッドに対する特効などの効果を味方に付与する魔法をあえて使うことはない。


 しかし『神聖魔法』は上位のスキルだ。

 その手の魔法を取得できるとなると、この異邦人たちはエルフやヒューマンではない。ハイ・エルフやノーブル・ヒューマンであるはずだ。

 であればいつも鎧袖一触に片付けていた雑魚どもとは格が違うという事になる。

 それが8人。


 これはまともに戦っては分が悪い。


 そう考えたバーガンディは四つ足で踏ん張り、上空へとジャンプし、そのまま『飛翔』を発動して滞空した。


 バカ正直に相手の土俵で戦ってやる義理はない。

 せっかく空を飛べるのだから、上空から遠距離攻撃で削ってやればいずれは──


「そうすると思ってた!」


 地上の手ぶらの女が、女剣士のひとりの足を掴み、身体全体を使ってぐるぐると振り回している。

 仲間割れだろうか。

 何をしているのだろう。


「どっせい! 飛んでけ!」


「うおおあああああ思ってたより超怖いけど『クラッシュザッパー』!」


 剣を構えた女剣士が飛んできた。バーガンディの翼目掛けて。


 ──グオ!?


 理解できない展開に一瞬硬直してしまう。

 そしてその一瞬で女はバーガンディの翼に到達し、剣を構えたまま衝突した。

 その体勢自体が何らかのスキルであったようで、単なる突撃以上のダメージを受けてしまった。


「──あああぁぁぁこれ終わった後の事考えてな」


 バーガンディを斬った女は、突撃のエネルギーをすべて斬撃に変換したらしく、勢いを失い真下に落ちていった。ただの人間がこの高さから落下すれば、死亡は免れないだろう。見上げた覚悟である。


 その衝突のエネルギーに神聖属性のバフも加え、さらにスキルの効果でかなりのダメージを受けてしまったが、これだけで破壊されてしまうほどバーガンディの翼は脆くはない。

 一度限りの攻撃でバーガンディに畏れと手傷を与えたことは称賛に値するが、それもここまでだ。


「二発目行くよー! 次!」


「いや無理無理無理無理!」


「こっち見ないであっちにして!」


「軽いほうがいいよねこういうのって! ほら姫! あそこに何度もダイエットに成功してるエルフがいますよ!」


「いや今それ言うのズルくない? 待ってやめて足掴まないで!」


「どっせい!」


「ほわあああああああちくしょおおおおあああ『クラッシュザッパー』!」


 二発目が飛んできた。

 だが、一度見た攻撃だ。

 空中で軌道を変えるのが不可能である以上、バーガンディが位置をずらしてやれば当たることはない。


「させない! 『セイクリッドスマイト』!」


 ──グウオオオ!


 しかし、避けようとしたところに『神聖魔法』が置いてあった。

 直撃を受け、たまらずひるんでしまう。


 ──ガアアア!


 そして二発目の突撃を先ほどと同じ場所に受け、片方の翼が破壊されてしまった。

 バーガンディは骨の身体であるため、骨を守る皮も筋肉もない。故に部位破壊を狙った攻撃には脆弱な傾向がある。


 ──グウ!


 しかし、バーガンディには『天駆』もある。

 翼が破壊されたところで飛行できなくなるわけではない。

 落下はしてしまったが、地上に激突する直前には何とか体勢を立て直し、寸前で止まることが出来た。


「何か踏ん張ってる! ならきっと脚ね! 今なら届く高さにいるから、また上がられないうちに脚を攻撃するのよ!」


「根──拠は聞いても無駄なんでしょうね。『復活レスレクティオ』! さあもう一度参戦しなさい!」


「──はっ!? 鬼か!」


 突撃が終わり、頭から落下して死亡していた女剣士が蘇生された。

 これはバーガンディも知っている。グラウも使える魔法だ。

 あの魔法はリキャストタイムが5分ある。

 ならば、5分以内にひとりずつ殺していけば数を減らしていけるはずだ。

 それに蘇生ができる異邦人はどうやらあのハイ・エルフひとりである。ならば他の魔法も使わせてやれば5分という時間を延ばして行くことも出来る。


 そう考え、上空への退避よりも攻撃を優先してしまった。


「迎え討つ気ね! その意気や良し! マリ狼、肩貸して!」


「肩貸してって絶対普通の意味じゃな痛ったい!」


 手ぶらの女が仲間の剣士の肩を蹴り、高度を稼いでバーガンディに取り付いてきた。


 ──グォ!?


「──っとお! この! 大人しくしなさい! 『寸勁』!」


 ──ガァ!


 女はちょこまかとバーガンディの背中に回り込み、何かをしている。

 よく見えないのでわからないが、どうやら骨にしがみついて殴りつけているらしい。

 まだ切れていない『神聖魔法』のバフの効果とアクティブスキルの威力ボーナスでかなりのダメージを受けている。しかも連続的に。


「ちくしょー姫め! これで可愛くなかったらぶっ飛ばしてるところだからね! 『ハードスマッシュ』!」


 さらに、地上に残されている剣士たちもバーガンディの脚を狙って攻撃を開始した。

 こちらも痛い。あえて刃筋を立てず、剣を鈍器として攻撃するスキルのようだ。

 しかも同じ場所に攻撃を集中させている。明らかに脚の破壊を狙っている。

 脚を破壊されてしまえば『天駆』を発動させる事もできなくなる。それはまずい。


〈まずは背中の邪魔な女を振り落として──〉


〈いや、その前に上空に駆け上がるべきだろう! 脚への攻撃をまずはやめさせないと〉


〈おい、避けるぞ! 魔法が飛んでくる!〉


「『セイクリッドスマイト』!」


 ──グアアアアア!


 しかし避けきれずに食らってしまった。

 あのハイ・エルフは死んだままの二発目ふたりめを蘇生させる気はないらしい。魔法でバーガンディを攻撃しはじめた。


「もうひといき! くらえ『ハードスマッシュ』!」


 ついに脚が破壊された。


 がくん、とバーガンディの体勢が崩れる。

 『天駆』の効果が強制解除されたのだ。


〈まだだ! あのハイ・エルフ以外は攻撃するためには近づいてくるはずだ! そこを噛みつけ!〉


〈よし!〉


〈まずはそこの──ほぎゃあ!〉


「はあああああ! 『アドバンスラッシュ』!」


 背中の女が暴れたい放題だ。


「効いてる効いてる! もう一度『セイントブレス』!」


「『真空斬』!」


「『ハードスマッシュ』!」


 ──ガアアアアア……!





 それから意地と根性でもう2人、女剣士を始末したが、バーガンディはそこで力尽きてしまった。


《──試合終了です! 勝者、【姫とエルフと下僕たち】! ご観覧の皆さま、素晴らしい戦いを見せてくれた両選手に拍手を!》





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る