第532話「リ・リベンジ」
闘技大会本戦二回戦。その第一戦はレアの試合である。
そして相手はウェインたちだった。
試合開始前、今回もウェインは鎧獣騎の上に仁王立ちしている。
ただし今回はウェインだけでなく、ギル何とかや明太何とかも同様だった。
「……こうして対峙していると、あの時のことを思い出すな」
突然ウェインが語り出した。
あの時とはどの時だろう。初めてレアがヒルス王都で敗北した時のことだろうか。
なぜ急にそんな事を言いだしたのか。
あの時のこととやらは、当然レアにとっていい思い出ではない。わざわざ蒸し返して、挑発でもしているつもりなのか。
「あん時ゃ、あんたがデカい鎧の姿で、俺たちは生身だった。
今回は逆だな。こっちもあの時と比べれば格段に強くなってる手応えがある。それにこいつは一回限りのイベント試合だ。あん時みたいに倒した後に復活してリベンジ、なんて都合のいい事にはならんぜ」
ウェインに続いてギルがそう言い、不敵な顔をした。やはり挑発しているらしい。
レアの一回戦の戦いぶりを観ていなかったのだろうか。鎧獣騎など、乗り込んでいようがいまいが大差ない。この自信がどこから来るのか不明だ。
「ま、正直そこまでうまくいくとは思ってないけどね。でも、今後マグナメルムの活動を止めるにしても支持するにしても、この戦いが僕らのレベルを測る上でいい物差しになると思う。
今日は胸を借りるつもりで戦わせてもらうよ」
明太リストの言葉は比較的常識が感じられるものだった。
SNSの彼の書き込みを見る限りでは空気を読むのが苦手なようだが、今回はちゃんと空気を読めたようだ。
いや、挑発するようなウェインたちの態度こそが彼らグループのスタンダードだとするなら、彼らにとっては空気が読めていないという事になるのかもしれない。
しかしギル何とかと言えば、ウェインの仲間たちの中でも比較的常識人という印象があったのだが、先ほどのセリフからはそういうものは感じられなかった。
何か違和感があるような気がする。
「ええと、セプテムさんにおかれましては、初めましてですかね。
初戦のすげーの観てました。あれ、事象融合ですよね? どうやってひとりで発動させたんですかね。あと、魔法陣ぽいエフェクトは出てなかったみたいなんですけど、『儀式魔法陣』ナシで発動させたのは一体どうやったんでしょ。
あ、観戦エリアで試合見てるんですよね。後でそっち行ってもいいですかね」
「聖リーガン!」
次は鎧獣騎に乗っていない、魔法使いらしき姿の男が話しかけてきた。
聖リーガンというと、教授なきあとSNSの考察系のスレッドで存在感を示しているプレイヤーだ。この手のプレイヤーはやはり倫理観より知識欲の方が強いらしい。
聖リーガンを止めたのはウェインだが、ハウストや蔵灰汁は止めようとはしなかった。あの3人にとっては今の言葉は総意という事のようだ。
「教えるつもりはないし、教えても多分きみたちでは真似できないよ。
それに、わたしは言ったはずだ。協力する者は拒まないと。にもかかわらず、わたしがきみたちの顔を知らないということは、きみたちはわたしたちに協力する気がないという事になる。
なんで協力する気もない連中に丁寧に教えてあげなければいけないんだ」
突き放すように言ってやった。しかし聖リーガンたち3人は気を悪くする風でもなく、何かを考えるような表情になった。もしや、今更になって知識を得るためにマグナメルムに降ろうと考えているのだろうか。
レアが言えた事ではないが、節操がないにもほどがある。度し難い連中だ。もうちょっと信念を持って行動して欲しい。
「──久しぶり、だな」
今度はヨーイチである。
久しぶりと言われても、敵対関係にあるプレイヤーの中ではヨーイチとは比較的会っている方である。言うほど久しぶりな気もしない。インパクトの強すぎる姿のせいで、特徴のないウェインたちと違って忘れにくいからかもしれないが。いや、本当なら今すぐ記憶から消し去りたいところである。
「俺が貴女に、正統な理由で矢を射るのは久しぶりだ。本当にな」
久しぶりとはそっちのことか。
という事は、地底王国でのことは彼なりに反省しているらしい。
いや、そもそも正統な理由で射られた事などあっただろうか。
「……きみ、正統な理由さえあれば誰にでも矢を射掛けたりするの? わたしが言うのもなんだけど、やめたほうがいいと思うよそういうの」
「マジでお前にだけは言われたくねえわ!」
「そっちの黒いのには言ってないよ。きみは誰にでもそうやって噛み付くのはやめたほうがいいよ」
「うるせえ!」
叫ぶサスケをヨーイチが抑える。
とは言え、サスケも本気で騒いでいるというわけではないように見える。殺気というわけではないが、いつものような敵意は感じられない。
これがイベントで死ぬことがない試合形式だからだろうか。それとも何らかの心境の変化のようなものがあったのか。
まあ、サスケの心境などどうでもいい。
そんなことより、試合が始まる。
《──それでは、闘技大会本戦! 二回戦、【マグナメルム・セプテム】VS【ウェイン・トルッペ】! 試合開始!》
*
宣言と同時にウェインたちが鎧獣騎にそそくさと乗り込んでいく。ウェインはオオカミ型、ギルはライオン型、明太リストはウシ型だ。
最初から乗っておけと言いたい。
対戦相手が心優しいレアでなければ乗り込む前にキルされていてもおかしくない。
とは言え、他の者では乗り込む前にキル出来たかどうかはわからない。
ウェインたちを冷たく眺めるレアに、ヨーイチがすでに弓で狙いをつけていたからだ。彼らを攻撃する
レアにしても、ヨーイチの弓の腕だけは認めるところである。
武芸百般とまでは言わないが、レアも嗜む程度に弓を触った事がある。
そのレアから見てもヨーイチの腕は確かだ。
あの男なら、ダメージこそ大して受けないとしても、攻撃するにあたって最も嫌なところに矢を撃ち込んで来るはずだ。
「よっしゃ、行くぜオラァ! 『シールドチャージ・エヴォルト』!」
そうして相手を眺めていると、首尾よく鎧獣騎に乗り込めたギルが、鎧獣騎に光のバリアをまとわせて突進してきた。
知らないスキルだ。これが鎧獣騎専用のスキルなのか。
鎧獣騎は通常のキャラクターのように経験値を支払ってスキルを獲得するのではなく、専用のパーツに組み替えてスキルをセットする仕様らしい。
ギルの騎体のどのパーツがそれなのか不明だが、このスキルが紐付けされているパーツを装備しているという事だろう。
かくいうレアも、大まかな仕様こそライラやグスタフから聞いているが、鎧獣騎とちゃんと戦うのは初めてである。
これは楽しめそうだ。
しかし、鎧獣騎に乗り込まない組はなぜか動かなかった。もしやタンク役の彼が攻撃するのを待っていたのだろうか。
わからないでもないが、そんな気遣いをしようがしまいがレアは攻撃したい者に攻撃する。ヘイト管理など意味がない。
鎧獣騎に乗っていない者たちと今更戦う意味は薄い。
『儀式魔法陣』の使い手であると予想出来るが、それだけではそこまでの価値はない。
先に生身の連中を始末してからゆっくりと
レアはギルの突進を難なく躱すと、後衛に向けて手を伸ばした。
『魔眼』は使わない。ローブを着ているとは言えヨーイチを肉眼で見るのはリスクが高い。
「まずはそっちのきみたちからだ。『ダーク──』」
「避けるだけか! 明太は胸を借りるとか言ってたが、こりゃ借りるほどの胸なんてねえんじゃねえのか!」
突進を躱されたギルが反転し、盾を構えて叫んだ。
「──気が変わった。やはりお前から殺す」
レアもギルに向き直った。
どうやって殺すのが一番痛く苦しいだろうか。
「……よし! ギルのヘイト管理はうまくいってる! 今のうちに『儀式魔法陣』を!」
ギルに向き直ったことで背中を向けた聖リーガンの言葉が聞こえた。
試合前の安い挑発といい、今の失礼極まりない言動といい、すべてはレアの敵対心を煽る目的だったらしい。
だとしたら大したものだ。その企みは見事に成功している。
何しろレアはここ最近では久しく覚えがないほどの苛立ちを感じていた。
であればギルを無視して聖リーガンたちを先に始末したほうがギルは悔しがるかもしれない。
だが、それでもギルを今しばらく生かしておくのは気に入らなかったし、思い通りに事が運んだとしてもなお届かなかったと思い知らせてやったほうがより悔しがるかもしれない。
聖リーガンたちの小細工は無視し、やはりギルから先に攻撃する事にした。
『儀式魔法陣』の発動はわかっているが、『魔眼』で感じられる規模からすれば大したものでもない。
「そのおもちゃの耐久力のテストをしてやる」
レアは眼を開き、『魔眼』で『雷魔法』をお見舞いした。金属であれば雷系の魔法に対する耐性は低かろうと考えてのことだ。
「あめえぜ! 『雷耐性』はまっさきにチューンナップしてあるっつうの!」
しかし、ギルの鎧獣騎はそれらの魔法に耐えてみせた。
さすがに無傷とはいかないようで、鎧獣騎のLPはいくらか減っている。
とは言えレアの魔法で死なないというのは驚きだ。かなり高度な耐性を有していると見える。
これは解体して詳しく調べてみなければ、と考えていたところで、背後の『儀式魔法陣』が完成した。
「いくぞ!」
「こいつでどうだ!」
「事象融合、『キュモロニンバス』!」
その瞬間、レアを中心に風が集まってきた。
風は水分を伴い、荒れ狂い、次第に電荷を帯びていった。
その現象はみるみる激しくなっていき、やがて真っ黒い霧の壁に閉じ込められたかのような光景になった。
まるで地上に突如積乱雲が発生したかのようだ。
──これは『風魔法』、『水魔法』、そして『雷魔法』か。
声に出して呟こうとしたが雨と風と雷鳴にかき消されてしまった。
しかし、この位置で発動するとなるとギルの鎧獣騎も巻き込むことになる。
それはいいのかと目をやると、ギルは盾を構えたまま微動だにせず、レア同様に魔法に耐えていた。
──なるほど。『雷耐性』はこのためでもあったのか。となると、水と風に対しての耐性も持っている可能性があるな。
一騎の鎧獣騎に対して複数の耐性を持たせる事が出来るのかもよくわからない。
グスタフあたりに聞けば教えてくれたかもしれないが、せっかくなので自分でおもちゃを手に入れてから色々遊んでみたかった。俗に言うブンドドというやつだ。ライラはすでに遊んでいるだろう。羨ましい事だ。
レアを飲み込んだ積乱雲は、内部のモノにしばらくダメージを与えながらその場に停滞していたが、最後に激しく電光を瞬かせ、霧散した。
「……驚いたな。総ダメージは前回の幻獣王のパンチ一発よりも大きいのか」
あの幻獣王は『正拳突き・フルコンタクト』をまだまだいくらでも打てそうだった。
『幻獣化』による奇襲こそ一度限りだろうが、彼のSTRなら腕を大きくしたまま振り回すこともそう難しくはないはずだ。
それと比べると、3人ものキャラクターの属性魔法ひとつと引き換えに放った今の攻撃が与えるダメージとしては物足りないような気もする。
しかし、一般的には雑魚でしかないプレイヤーが、部分的にしろ永く生きた災厄級を上回るダメージを叩き出したという事実は素直に称賛に値するものだった。
目の前には水に濡れ、ところどころがショートしているように見える鎧獣騎がうずくまっている。
耐性ありだとしてもギルにとっても今の攻撃は堪えたのだろう。
「きみ、前回も確かそんな役回りをしていたな。確かわたしの腰に──」
「まだ終わっちゃいねえぜ! 受けな!」
「事象融合、『クロスファイア』!」
サスケとヨーイチの声だ。
声と同時に2人から何かが飛来する。
いつかのように手で掴んで止めようかと考えたが、飛来物はビームかなにかのようであり、掴めそうな感じではなかった。
おそらくヨーイチの弓スキルにサスケの投擲スキルをかけ合わせたものなのだろうが、事象融合によって何かふんわりした遠距離攻撃に変換されているらしい。もしかしたら『アローバウンス』のような、物理遠距離攻撃無効系のスキルで対抗出来ないように、という措置かもしれない。
仕方なく盾で受けた。
が、盾を貫通して本体にダメージを負った。もちろん、減ったのはMPだが。
盾も貫通されてダメージを受けたものの、破壊にまでは至っていない。
となると、おそらくこれは貫通属性の多段ヒット攻撃だ。
もしかしたら今使用した元々の投擲スキルと弓スキルにそうした効果が乗っていたのかもしれない。
こうした武技系のスキルの事象融合はレアでは出来ないものだ。実に興味深い。
仕様上、おそらく三面六臂を解放したバンブにならば可能なのだろうが、バンブもその手の切り札になりうる小技はすべて公開しているわけではない。どのみち、教えられてもレアには出来ない。
今後の試合展開次第だが、バンブとはいずれ戦う事になるかもしれない。
その前にデモンストレーションとして今のを見ることが出来たのは運が良かった。
「……本体はノーダメージか!」
「どうなってやがんだよクソ!」
「まだだ! 『電光牙』!」
「『アタックチャージ』!」
ウェインがオオカミ型鎧獣騎の牙に紫電を纏わせ、噛み付いてきた。
さらに明太リストがウシ型のツノを光らせると、ウェインの牙の光がそれに応じて輝きを増した。
ギルに足止めをさせておいて、聖リーガンたちの事象融合魔法にヨーイチたちの事象融合攻撃、そしてウェインのこの攻撃で畳み掛け、倒し切るつもりだったのだろう。
事象融合の仕様を考えると、ウェインたち鎧獣騎組以外はこのコンボで倒せなかった場合は戦闘力がかなり低下する事になる。
下手にこちらに攻撃され、メンバーの数が減ってしまわないうちに初手でやってしまえという作戦だったようだ。
それ自体は悪くないし、ダメージもなかなかだったと言える。
これなら、野生の準災厄級程度なら、万にひとつは勝機も見えるかもしれない。
「『電光牙』に『アタックチャージ』も鎧獣騎の固有スキルかな。ニンゲンが歯に電光を纏わせて噛みつけるわけないし。
まあ面白かったよ。興味深いものも見せてもらった。最初のわたしに対しての無礼な言動は許してやってもいい」
『魔の盾』を集め、ウェインの鎧獣騎の口の中につっかえ棒代わりに突っ込んだ。
『真眼』が無ければ、まるでレアを噛み砕こうとする直前に鎧獣騎が突然動きを止めたように見えるだろう。
「でもやっぱり腹立たしいからお前から片付けよう。水と風と雷には耐性があるようだったね。ならば焼け死ね。『フレイムデトネーション』」
「ぐあっ──」
うずくまったままのギルのライオンを超高温の炎で包んだ。
消えていないということはまだ生きているということだ。仮に鎧獣騎が破壊された場合に中の人がどうなるのかよくわかっていないが、突然出てきて追加で攻撃をしてこないとも限らない。
「次はきみだ、と言いたいところだけど」
目の前で動きを止めているウェインのオオカミの顎を両手で掴み、持ち上げた。レアでは小さすぎて持ち上げるまでのリーチが稼げないため、『天駆』で少し高度をとった。
「前回は途中で消えたんだったか。今回はどうかな。まだ死んでいないならそんな器用な真似は出来ないだろう。──そら!」
掴んだオオカミを聖リーガンたちに向けて投げ飛ばす。
ヨーイチたちでは回避してしまうかもしれないが、魔法主体でビルドしている彼らなら避けきれまい。
「ちょまっ……!」
「うわわわわ……!」
「まさかの圧死!?」
「『解放:翼』、『解放:金剛鋼』、『フェザーガトリング』」
さらに追撃でアダマスの羽を飛ばした。
これは聖リーガンたちというよりウェインに対するトドメだ。
あの鎧獣騎が何で出来ているのかわからないが、これによってどの程度のダメージを与えられるかでおおよその硬度を類推出来る。
「ウェイン! 『プロテク──』」
「させないよ。『解放:糸』、『斬糸』」
ふわりと指から糸を伸ばし、輝き始めた明太リストのウシのツノを斬り飛ばした。
「「──ションチャージ」! ……あれ? 発動しない?」
明太リストのサポートは不発に終わった。
やはりあのこれ見よがしに光っていたツノがスキルの発動体だったようだ。ベヒモスで言うところの真ん中のツノと同じようなものだろう。
「今のを『糸』で斬れたんだったら、大した防御力じゃないな。そのまま全部バラバラになってしまえ」
「えっ、うわ──」
そうしている間にウェインも穴だらけになり、ギルも燃え尽きて消えていた。
聖リーガンたちも死亡したらしく姿を消している。
これで戦場に残っているのはヨーイチとサスケだけだ。
「『魔の剣』」
レアはMPと引き換えにロングソードを生み出した。使用したMPはそう大した量ではない。アダマスの剣と同程度の攻撃力だ。
「……まさか、剣も使える、のか。あんたは……」
「だいたい何でも使えるよ。本職のようにはいかないけどね。例えば弓ならそう、きみの方がきっと巧い。ナイフ投げも黒いのの方が巧いんじゃないかな」
「……いい加減名前くらい覚えろや。モンキー・ダイヴ・サスケだ」
「長いな。モンキーでいいよね。じゃ、さよならモンキー」
「良くねえよサスケだろそこは──」
《──試合終了です! 勝者、【マグナメルム・セプテム】! ご観覧の皆さま、素晴らしい戦いを見せてくれた両選手に拍手を!》
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