第520話「またなんかやっちゃいました」
「ふむ。では次は私たちだな」
教授がティーカップをソーサーに置いた。
「西方大陸だっけ」
「その通りだ。
まず私は、地底王国に残されていた文献を改めて集めるところから始めた。王城というか、中央塔の書庫は崩壊してしまったのでね。あの書庫にも良い書物がたくさんあったのだが、あれは残念だったな。
しかし過ぎた事は仕方がない。常に未来を見据えて行動する事にしている私は──」
「そのくだり、いる?」
「……まあ、そういうわけで色々あって、かつて魔法王国が事象融合に関する実験をしていた事が知れたので、ライラ嬢の手を借りて魔法王国の遺跡を探していたのだよ。
西方大陸には設置型アーティファクトはあまりないようで、遺跡自体はすぐに見つかった。
魔法王国がそもそもどうやって事象融合を発見したのかについては謎のままだが、それに対してどうアプローチをしようとしていたのかは遺跡に遺されていた文献によって明らかになった。
ご存知の通り、事象融合は他人同士ではタイミングを合わせるのがほぼ不可能である。我々はこれをひとりで行なう事で解決を図ったわけだが、魔法王国の彼らはそのタイミング合わせの成功率を引き上げる専用スキルを開発することでクリアしようと考えたようなのだ。
その成果が遺跡にあった祭壇だな。あれにマナを流すことで、祭壇と自身との間に一時的に魔力的つながりが出来、該当の新規スキル『儀式魔法陣』がアンロックされる。これが元々そういう設定なのか、それともゲーム世界の中でNPCが新たに開発したスキルだからそういう仕様のアンロック条件なのかはわからないがね。
ただ、単に遺跡の祭壇に触れただけでは全ての条件は満たせないようで、少なくともゲーム内で『儀式魔法陣』と「事象融合」という文字を目にしていなければダメらしい。これは『錬金』などのレシピ解禁における素材の目視と同様の──」
「もうこれ結論まで聞いたよな。これ以上は蛇足だろ」
「……結果的には、その地に遺されていた、『儀式魔法陣』について書かれたごく初歩的な文献を『複製魔法』で増やして、それを置いてきた形だ。
最初に訪れたプレイヤーにのみ大まかなレクチャーをして、後は任せてある」
「なんかアレなプレイヤーとかが来たら、そのコピーした薄い本って持って行かれちゃったりしないのかな」
「ブランちゃん、コピー本とか薄い本とかって表現はちょっと」
「対策と言うほどではないが、オリジナルは私が保管しているから失われてしまう事はないよ」
SNSを見ている限りでは大丈夫そうではあるが、盗賊のようなロールプレイをする者であればその文献をターゲットにすることもあるだろう。
それはそれで仕方がないし、レアとしては盛り上がって楽しそうだという程度の感想しか思いつかなかった。
「そういえば、ジェリィやゼノビアはそういうのやったことないの?」
「そういうのというと、その『儀式魔法陣』の事かしら」
「ないね。話には聞いたことあるような気がするけど。そもそも根本的に、僕らみたいなのは誰かと協力して何かするとか考えもしないし。ひとりで何でもできるから」
何でもは言い過ぎかもしれないが、確かに大抵の問題がひとりで解決できるのであれば、協力するという意識が起きにくいのは頷ける。人と言うのは出来ないからこそ努力をするのだ。
「まあそうじゃな。国の娘たちの全てが力を合わせねば出来ぬようなことでも、わしひとりで出来たりするしな」
「え、じゃあなんであんなにぽこぽこ娘こさえたの? 寂しかったから?」
「こ、こさえたとか言うでないわ!」
この場にいる中で最も露出している肌面積が広いというのに、今さら何を照れているのか。メリサンドの倫理観がいまいちよくわからない。少しはバンブを見習って色々隠してほしい。
「ともあれ、西方大陸で解禁した事象融合関連はそんなところだ。事象融合については、その組み合わせや細かな仕様について不明な点も多い。これは試行回数を増やす事でプレイヤー諸君に埋めてもらえればと考えている。放っておけばまとめサイトでも作られるだろう」
「ああ、それな。まさか発動参加者ン中で一番ステータス低い奴の数字が参照されるなんて思わなかったぜ。こっちゃ誰がやっても大抵過剰火力になるからな」
「そうだね……。それに、プレイヤーたちは4人までの発動に成功したみたいだけど、わたしたちは2人が限度だった。これはもしかしたら参加者の能力値によって参加人数にキャップが設けられている可能性が──」
「いやあ。うちの場合はたぶん協調性の問題なんじゃないかなーって」
「……まあ、別に現状わたしがあれを使いこなす必要はないからいいんだけど」
2人以上いれば8種融合も可能だろうか、と考えて試してみたのだが、結局それは出来なかった。あの時と同じメッセージが流れただけだ。
どうやら、何人で発動しようとも魔王では6種が限界ということらしい。この制限も、あるいは参加者の中でもっとも能力値が低い者に合わせられるという仕様のせいなのかもしれない。
そうであるならレア個人にとっては『儀式魔法陣』はさして価値のあるスキルではない。研究や考察はプレイヤーや配下に任せておけばいい。
「西方大陸については、そんなところだが──。あ、いや、もうひとつあったな」
教授はそう言うとレアを見た。
なんだろう、と小首を傾げるとため息をつかれた。
「……この城だよ。先ほどの会話からすると、元からあったものを接収したのではなくイチから造り上げたような事を言っていたが、一体どうやったんだね。見たところ、崩壊前の地底王国かそれ以上の技術が使われているようだが」
「ああ、それか。配下に作らせたんだよ。スキルでね。
これは取得条件が特殊だから、そうそう簡単には取得できないと思うけど、もし必要なら人材として配下をレンタルしてもいい。君らの、
「お、マジか。そりゃちょいと気になるな」
「せんせー! エルンタールもいいですか!」
「あの、カナルキアとかも出来るんかの? あれ動き回るんじゃが、そのあたりの機能は大昔からそのままでじゃな──」
「メリーサンはキャンピングカーに住みたいって事かな? まあもし無理ならキャンピングトレーラーみたいにお城を岩で引っ張ればいいんじゃないかな」
「きゃんぴん……何じゃって?」
ブランの提案にメリサンドは目をぱちくりとさせた。
その言い方で通じるわけがないが、詳しく説明する気もなさそうである。
「ていうか、メリサンドなら自分で取得できるんじゃない?」
誰も知らない魔皇城ならともかく、中央大陸であまり目立つ事をしてもいい事はないので、他の改築については時期を見る事になった。
*
「──ではそろそろ、初めに言っていた相談の方に移ろうか」
「いやちょい待ち、もう一個あるでしょ」
「あ、そうか」
ライラに言われて思い出した。
レアとライラはブランを見る。バンブと教授もブランを見た。ジェラルディン達はSNSを見られないため知らないようで、不思議そうにレアたちとブランを交互に見ている。
「……うん? わたし?」
「そうだよ。ブランちゃん、前回の事だけど、大事な報告はちゃんとしておいてもらわないと」
「え? わたしまた何かやっちゃいました?」
極東列島のアーティファクトのことだ。
レアはあの地に行ったわけではないのでわからないが、ブランの話では確か、農夫のような精霊たちばかりだったという事だった。農夫しかいないのにアーティファクトが潤沢に作られるのはどう考えてもおかしい。畑でアーティファクトが穫れるとでも言うのだろうか。
もちろん、そんなはずはない。
セプテントリオンの魔精たちがそうであったように、極東列島の精霊たちも生まれつき精霊なのだとしても、中にはドワーフ的な気質を受け継いでいる者がいたのだろう。
おそらくそうした者たちで生産系のビルドに寄っている者がおり、アーティファクト作成のノウハウを蓄積していたのだ。そして平和になったことで、それが再び開花したのだ。
しかし今、改めて取り調べを行なった結果では、
まぁそんなことだろうとは思っていたので皆驚きはない。
事情はある程度SNSから読めているし、今更どうということもないが。
もともと、港街モワティエにプレイヤーを派遣させたのは、大エーギル海を横断する正規の条件を知りたかったからだった。エンヴィのような反則級の戦力でもなければ、あの海を安全に渡れるとは思えない。例え立派な船を用意できたとしても、プレイヤーが大エーギル海を渡るには誰かの助けが必要なはずだ。
幸い、賢いエンヴィは魚人たちを絶滅まではさせていなかったので、もしそんな協力勢力があるとすればそれは彼らではないかと思っていた。
その確認程度の目的だったのだが、思わぬ成果が釣れてしまった。海の先が、まさかアーティファクトが店で売られているようなエリアだったとは。
どんなアーティファクトが売られているのか、SNSに全て書き込まれているわけではないが、マーレの元には細大漏らさず報告が上げられている。どれも有用ではあるが、消費アイテムは痒い所に手が届くようなタイプのものばかりで、武器防具などもレアたちにとってはあってもなくても大差ないもののようだった。
マグナメルムという「組織」を信仰しているらしい事についても書き込みがあり、これも初耳だったので問い詰めたいところだったが、今さらどうしようもない事だし気にするのはやめる事で一致した。
今後、中央大陸で協力関係を構築し、それをもってマグナメルム関係者と名乗って極東列島に乗り込むプレイヤーも出てくるかもしれないが、それはそれで精霊たちがどういう対応をするのかの試金石になる。
面倒な方向に行きそうなら当事者であるブランが事態の収拾に行けばいい。
「これが、情けは人の為ならず、ってやつかー……。下手に人に優しくしたら後でレアちゃんに怒られるってことだね」
「色々違う。それだとわたしが凄い嫌な奴に聞こえるんだけど」
*
「今度こそ相談の件に移ろうか。もういいよね」
「ああ。そうだな。相談ってのはあれだろ。今朝届いたシステムメッセージの件だろ」
「私が条件に出しそうな事をすでに運営に先回りされてるのは気に入らないけど、それだけに断る理由がないんだよね……」
「しすてむめっせーじ、って、世界の声の事? 誰も何も言わないから、もしかしてレアさんたちには聞こえていなかったのかもって思っていたけれど、相談というのはその事だったのね」
「ああ、やっぱりジェリィたちにも聞こえてたんだ。じゃあ間違いないね。一応どういう内容だったのか教えてくれるかな。配下たちに来たのと同じかどうかをすり合わせておかないと」
「何か保留? とかいう状態にしてあるんだけど、これ了承したら僕も参加って事になるのかな」
「……よかった。これわしだけじゃなかったんじゃな。わし頭おかしくなったのかと思ったわ……」
メリサンドがほっとしている。
彼女はジェラルディンやゼノビアとともにブランと一緒にいたはずだが、ブランたちに相談したりはしなかったようだ。
もし本当に頭がおかしくなったのだったとしたら、ブランたちに嫌われてしまうのを恐れた、といったところか。
いちいち可愛らしいNPCである。
「頭がおかしくなったかどうか心配だったのなら、カナルキアに残してきたきみの娘たちに相談すればよかったんじゃないの?」
「──何を言っとるんじゃ。始源城は大陸の真ん中じゃぞ。海まで遠くてとても相談なぞ」
「そっちこそ何を言ってるの? そんなのフレンドチャットで話せばいいじゃない」
「……ふれんどちゃっと?」
ジェラルディンやゼノビアにはすでに教えてある技術だ。
もちろん、メリサンドにも教えるべき技術である。
そしてそれらの技術を教えることが出来るのはプレイヤーだけであり、メリサンドと行動を共にしていたプレイヤーはブランである。
「──ブラン?」
「……え? わたしまたまた何かやっちゃいました?」
「逆に今度はやるべき事が出来てなかったからなんだけど……。まあ、それはそのうちでいいや。
で、そのシステムメッセージの内容だけど──」
★ ★ ★
次回はそのシステムメッセージですので、本日は深夜0時にも投稿いたします。
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