第519話「触覚あります」





「ここがセプテントリオン! でかーい! 説明不要!」


 妖鳥ジズの背中に揺られ、始源城からやってきたブランがそう言った。

 インディゴからは他にジェラルディンとゼノビア、メリサンドも降りてくる。


「……こんなもの、いつの間に作ってたの」


 そしてフレスヴェルグのカルラが連れてきたのはライラとバンブに森エッティ教授だ。

 ライラと教授は地底王国や魔法王国には配下を置いてあるそうだが、始源城までは行ったことがなかった。

 それならついでに、ということで、トレの森を集合場所にして集め、まとめて連れてきたのである。


「しばらく前だよ。建造した当初はハコだけで中身スカスカだったけど、最近は中央大陸から連れてきたリザードマンとかハーピィとか、INT上げたオークとかも繁殖させて住民にしてたりするから、結構賑やかになったかな」


「ああ、それで服着た豚だのトカゲだのがいるんだ。リザードマンって服着て意味あるの?」


「自前の鱗より強いんならそりゃ意味あるでしょ。クィーンアラクネア製の布の服を着せてる」


「最強の布の服ですな! ついでに世界樹の棒きれとか僅かなゴールドとか持たせて、それで魔王を倒してこいとか言って送り出すわけだね!」


「送り出すほうが魔王なんじゃねーか。誰倒させるんだよ。勇者か?」


「そりゃあ相手は竜王っていうか、黄金龍なんじゃない? そんな事より案内してよ。城の中も外と同じくらい豪華なのかどうか見てあげる」


 魔皇城セプテントリオンは街でありながら要塞であり、城でもある巨大建造物である。

 カルラとインディゴが降り立ったのは上層にある発着所だ。ヘリポートのようなものである。

 ここから入ると会議室まではそう遠くはない。

 対空防御という意味ではあまり褒められた構造ではないが、そもそも大抵の城は航空爆撃や空挺降下などに対応出来るようには作られていない。これについては考えても仕方がないとして気にしないことにしていた。

 空から攻撃されたとしても、カルラ率いるハーピィ部隊やユーベルの防御を掻い潜ってセプテントリオンに近づけるような者はそういない。もしいた場合はどのみちレアが直接当たらなければ対応できない事態だ。城の防御性能などあってもなくても同じである。





「──あら、これはもしかして、私の城を参考にしたのかしら」


 発着所から城に入り、廊下を見たジェラルディンが呟いた。

 この城を建造したのは配下の魔王アルヌスだが、細かい装飾やカーペットなどにはレアも口を出した。


「うん。わたしが見たことある中で一番美しい内装だったからね。勝手にごめん」


「いいえ! 全然構わないわ! 趣味が似ているというのは大切なことよね」


「え、うん、まあそうだね? ……何か近くない?」


 頬を擦りよせてくるジェラルディンを押しのける。歩きにくい。


「えーと、えーと、あ! じゃああれ! あれとかケラ・マレフィクスの影響を受けてたりするんじゃないかな!」


 ゼノビアが壁にかけられている魔法の燭台を指差した。


「……いや、あれもどちらかと言うと始源城に」


 燭台はカーペットのふちの模様に合わせてデザインされている。

 始源城に似た物がかかっていたので、と言おうとゼノビアの方を向いたら、押しのけていた手をすり抜けてジェラルディンがさらに擦り寄ってきた。


 しかしそこに、ぺらぺらで漆黒の腕がするりと割り込み、レアからジェラルディンを引き離した。


「──そこまで。まったく。私は心が広いから多少の事なら見逃すけどね。それも1日あたり2秒までだよ」


「みじか! 心せまっ!」


 割り込んできたのはライラの『邪なる手』だった。戯言たわごとにはブランがツッコミを入れた。問題なのは短さではなく、そもそもレアの交友関係をライラが勝手に判定する事だと思うのだが。


「レアちゃんもレアちゃんだよ。そんな優しい嘘なんてつかないで、正直に言ったらいいのに。そう、参考にしたのはヒューゲルカップ城ですってね!」


「普通に違うし、そうだとしてもライラが偉いわけじゃなくない? あといつまで触ってるの? その手って触覚あるの? もしあるんだったら殺すけど」


「いきなり命まで!? 心狭いのは姉譲りだった!」









「──さて。前回のお茶会からはかなりの時間が経ってしまっているけれど、そのせいもあっていろいろと報告や相談が溜まってしまった感があるよね」


 一同を会議室に通し、ティーカップが行き渡ったところでそう切り出した。

 メリサンドには足元に水を張ったタライなどを用意した方がいいか聞いてみたが、そういう気遣いはいらぬと断られた。擬態している間は人魚形態時とは違った環境適正になるらしい。それならなぜあんなにも薄着なのだろうか。魔皇城は魔法建築であるため、一応空調が効いているはずなのだが。


「例の相談からのほうがいいかな。これまでにない事態だし」


 厳密に言えば同様の事態は過去にもあったが、今度のものは規模も対象も違う。


「いや、そっちはどうせ今すぐどうこうしなければならないわけじゃないし、まずは報告からでいいんじゃない?」


「そうか。そうだね」


 見渡すと一同も心得たように頷いた。


「それじゃあ、お茶会主催のわたしから。

 まずは南方大陸。前回のライラは自分だけ楽しんで帰ってきてたから、今回わたしが代わりに色々と段取りを整えてあげた感じかな」


「ライラさん言われてますよ」


「ううん……。だいたい事実だからねえ……。後始末も押し付けちゃった感あるし、それに今回は私も一枚噛んでるしね」


 確かに、全てをレアやその眷属たちで進められたわけではない。

 量産型の鎧獣騎のコストカットや新型騎開発などでライラの配下のエルフの研究者、アンリの協力は不可欠だった。

 鎧獣騎の開発者であるベルタサレナ女史亡き今、彼女の第一助手だったアンリの価値は非常に高い。第一人者と言っていいだろう。


 もちろんいかに優れていようともたった1人の技術者だけでは何もできないので、彼の言う事に全て従う助手をレアの方で何人も用意した。INTとMND、ついでにDEXも上げ、アンリの教えをすべて吸収できるよう備えた者たちだ。


「闇商人を通じてだけど、ひとまずプレイヤーたちには相当数の鎧獣騎が流通したと言っていいんじゃないかな」


「ふむ、そういえば西方大陸でも見かけたな。あの性能ならば確かに、オーク程度なら物の数ではないだろうね。ただ隠密性は皆無だから、振動を察知したのか大サソリに鉄クズに変えられていたが」


 すでにあれを西方大陸まで持ちこんでいるプレイヤーがいるらしい。

 鎧獣騎搭乗時にはプレイヤーのステータスのほとんどが鎧獣騎のものに置換される。これはシステム上はプレイヤーとひとつになっている状態らしく、鎧獣騎に乗ったまま転移装置を発動させると鎧獣騎ごと転移することが出来る。

 これを利用すれば、行った事さえあれば南方大陸から西方大陸に直接転移する事も可能だ。ただし、鎧獣騎に乗った状態だと生身に比べてかなりの額の金貨か経験値を要求される事になる。従量制なのだろうか。

 いずれにしても、鎧獣騎購入や最初の移動時の船代も含め、富裕層にしかできない芸当である。


「あ、それ聞こうと思ってたんだった! 鎧獣騎って破壊されちゃった場合どうなるの? 買い直し?」


「コアと呼ばれる心臓部があるらしいんだがね。これさえ無事なら、どれだけ壊されていても生産系の『修復』スキルで修理が可能なようだ。コアが破壊された場合は買い直しだな。どのみち、ひとりのキャラクターに付き一騎しか契約できないから、コアが破壊されない限りは買い直しても使えないが」


「へー。おひとり様限定1個なんだ。じゃあ買う時はよく考えないとだなー……」


 ブランであれば巨大化した方がはるかに強いし手間もかからないだろう。

 かくいうレアもまだ購入には踏み切っていない。どうせならこれぞという逸品を購入したい。

 ライラに無償で研究員を貸し出しているのもその一環だ。

 あれはアンリ研究員率いるチームの技術レベルを押し上げる事で、既存の技術にブレイクスルーを起こさせ、次世代騎の開発を期待しての事だった。


 その狙いは功を奏したようで、詳しくは聞いていないがワンオフの新型騎の開発に成功したらしい。チームリーダーのアンリ曰く、故ベルタサレナ女史の本来の目的に一番近い作品、との事だ。


 しかしせっかく開発した新型鎧獣騎だが、ライラはこれを自分用にはしなかった。

 まだ試作の一騎に過ぎないからという理由だけでなく、これは最初から使い道が決まっていた様子だった。


「……例の試作騎はユスティースに下賜したんだっけ」


「下賜じゃないよ。名目上は、ウテルをはじめとする西部諸国とオーラル王国との友好の証として、ウテル側からウチに進呈されたんだよ。

 あ、もしかしてあれかな? 最新式のおもちゃをレアちゃんじゃなくてユスティースちゃんにあげちゃったからって拗ねてるのかな?」


「そういうんじゃないけど別に」


「心配しなくても、あれはきっとレアちゃんを満足させる結果になると思うよ。それはこの私が保証するよ」


「心配とかはしてないけど別に。てか関係ないし」


「関係なくもないんだけど、まあそのうちわかるか。それにしてもレアちゃんは可愛いなあ」


「ぶっとばすよ」


 別に寂しいとか悔しいとかそういうことではなく、単純にライラの言い方が苛ついたのでそう毒づいておいた。


 それ以上放っておいても話が進まないとみてか、バンブが発言する。


「他にもあんだろ、南方大陸の方は。連邦の南の、獣人の帝国ってどうなったんだ? 結局俺は一瞬しか見てねえが」


「獣人帝国のほうは特に何もしてないよ。情報収集用にケリーを送りこんでるけど。ああ、そういえば連邦との小競り合いにプレイヤーが混じってたとか言ってたかな」


「どうせあれでしょ。和解の道を探るとかそういうのでしょ。懲りないよねーみんな。サービス始まる前からずっと続いてた関係なら、今さらプレイヤーがしゃしゃったところで好転なんてするわけないし、どうしてもっていうなら両方殴りつけて言う事聞かせるしかないよね」


 ライラはそう言うが、かなり成長したとは言え現在のプレイヤーたちでは獣人帝国を殴りつけて言う事を聞かせられるだけの実力はない。連邦側も同様だ。

 元首長国に責任を押し付けて引きずり下ろしたところで、大悪魔戦でのダメージが癒える訳ではない。今は連邦側に力を貸してやらなければ、関係を改善させる前に滅んでしまいかねない。

 そしてその状態が長く続けば、獣人帝国との対話はますます難しくなっていくだろう。


「南方大陸はそんなところかな。鎧獣騎に関しては今のところは大した性能のものはないから、もう少し時期を見た方がいいかも」


 とはいえ、鎧獣騎はウィキーヌス連邦の最新技術の塊だ。

 最新技術を使った製品と言うのは日進月歩、次から次へとバージョンアップされていくものである。それが戦争などの自らの存続をかけた状況であればなおさらだ。時期を見ていてはいつまで経っても買うべき時が見極められない事にもなりかねない。

 欲しい時が買い時、と言う言葉もある。このあたりは注意して見ておきたいところだ。


「じゃあ次に中央大陸。あっちの方は主に精霊王の遺産をつかった転生に関して。

 これはどうやって公開してこうかと思ってたんだけど、わたしたちが最初に発見したペアレ北部のプロスペレ遺跡、あそこにたまたまプレイヤーがアタックしに来たみたいで。

 ちょうどいいからその連中を利用して少しずつ情報を出してって、各国の聖教会の発信力も使って、未発見の遺跡の存在も周知していこうかなって考えてて、今はわりとスムーズに転生出来るようになってるはず、かな」


 実際にプレイヤーが訪れた遺跡については放っておいても彼らが広めてくれるが、それ以外の場所はそうもいかない。

 大陸中にそれとなく遺跡の情報をばらまくにはどうしたらいいか考えていたのだが、そんな時に聖教会による災厄関連の情報発信について思い出した。

 あれは主に国と共同での発表になっていたものだが、国としての枠組みが崩壊してからも一応聖教会から災厄誕生の件を民間に訴えたりはしていた。SNSに専用のスレがあるようだし、災厄情報についてチェックしているプレイヤーが一定数いるのは間違いない。

 であればそこにさりげなく遺跡についての情報も混ぜ込んでやれば、任意の情報を楽して広められるのではと考えたのだ。


「SNSじゃ、聖教会はなんかヤバい事に首突っ込んで怪しい情報を得てるんじゃないかみたいな書き込みもあったが……」


「そんなものは無視しておけばいいよ。常識的に考えて、大事な情報ソースを傭兵なんかに教えるわけないし、情報源を明かさないのは何も不自然な事じゃない」


「まあ、そうだな。お陰でウチの遺跡も売り上げがウナギ登りだ」


 バンブが阿修羅王に転生した森の事だ。

 所有権をライラに譲ってもらい、転生ラインに届かないプレイヤーを間引いて経験値を稼いでいるらしい。ライラの事だから見返りに何か要求したのだろうが、それが何なのかは聞いていない。


「世界樹の素材やらなんやらは公開しないのか?」


「してもいいけど、場所だけかな。そうすればもっとトレの森にもお客さんが来るようになるかもしれないし。

 ところで聖人とか邪人とかって何がいるの?」


「代用アイテムのこと?」


「代用アイテムって言うか、たぶん本来はそっちが正規なんだと思うけど」


 賢者の石と経験値でゴリ押しするのが正規の手段とは思えない。


「確か聖人になるのには聖水で、聖王になるのに聖杯がいるんだったかな。入手方法は知らない」


「そうなんだ。邪人は?」


「知らない」


 賢者の石の方が早そうである。

 プレイヤー諸君にはぜひ頑張って正規のアイテムを特定してもらいたい。






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