第508話「未来の世界の犬型ロボット」(ユスティース視点)





「──街なかに魔物!? しかも見た事のないタイプ!」


 ユスティースは咄嗟に腰の剣に手をやり、使節団を背中に庇って前に出た。


「はっはっは。落ち着いてください皆さん。あれは魔物などではありませんよ。

 あれこそは鎧獣騎。我々人類が誇る最強の守り神です」


 槍を手にした衛兵が朗らかに笑う。

 見渡してみれば確かに街の住民たちは警戒の色を見せていない。むしろその鎧獣騎とやらの登場に子供を中心に騒いでいるくらいだ。


 プレイヤーたちも警戒して武器を触っている者と呆然と立っている者に分かれている。呆然と立っている者の目の中には期待と憧れの光が見えるようにも思える。あれがどういうものなのか、見て分かったということだろうか。ユスティースには金属製のモンスターにしか見えないのだが。


「まっ、守り神!? 守り神ってなんなんですか? あれって中に人入ってるんですか? それとも自律行動を?」


 プレイヤーの中で呆然としていた者たち。そのうち何人かが衛兵に詰め寄った。


「あ、こら!」


 勝手な事はしないでほしい。ここへはあくまで国交を結ぶための交渉に来ているのだ。

 もし文明的な相手と接触出来なかった場合は彼らプレイヤーの力も最大限借りるつもりだったが、状況はそうなっていない。この大陸の人々にとってはオーラル王国の人間だろうが所属を持たない傭兵だろうが関係ない。等しく「海外人」だ。

 こんなことならやはり抽選などではなくちゃんとした面接で希望者を選別するべきだった。

 抽選だとか言い出したのは一体誰だろう。やり方からしてプレイヤーが関わっているのは明らかだが、ユスティース以外に王国上層部にコネクションを持っている者がいるのだろうか。

 ユスティースも最近はSNSへの書き込みなどもしていないし、他に黙ってそういうプレイをしている者が居ないとも限らない。一度調べてみた方がいいかもしれない。


 ともあれ、目下の問題は今ここにいるプレイヤーたちだ。

 アリーナに目をやると、彼女はひとつ頷いて部下の騎士たちに指示を出した。

 騒ぐプレイヤーたちはすぐに騎士によって取り押さえられ、外交官が街の衛兵たちに謝罪する。

 外交において、正式に謝罪するという行為がもたらすデメリットはユスティースにもわかる。いきなり余計なアドバンテージを相手に与えてしまったようだ。





 いつまでも漁港で立ち話もなんだから、ということで街なかへ案内してくれる事になった。

 向かっているのは領主の館だと言う。

 すでに先触れが向かっているそうなので、このままこちらの代表が領主と面会する事になるらしい。

 代表はオーラルの外交官と、その護衛としてユスティースとアリーナだ。

 他の騎士たちとプレイヤーたちは宿へ案内してくれるそうだ。部屋が足りないのは明らかなので、一部は民泊のような形になる。

 いたれりつくせりというか、警戒心が薄すぎると言っていい。

 ということは、かつての中央大陸のように南方大陸では人類間での戦争などは起きていないのだろうか。あの鎧獣騎とかいう兵器も対魔物のために特化したものであり、対人戦は全く想定されていない、ということなのか。

 言うまでもなくそのあたりは外交官もわかっているだろうが、もし尋ねないようならユスティースから聞けそうであれば聞いてみたい。


 連れていかれた領主館は非常に大きかった。

 と言ってもそれは大きさだけだ。もちろん建築技術がある程度の水準にある事は確かだが、貴族が住むような優美な館として大きいという意味ではない。

 近いイメージで言えば、そう、体育館だろうか。

 何しろ、この領主館は例の鎧獣騎の格納庫も兼ねているらしいのだ。


 その証拠に、先ほど見かけた金属の獣たち──大きすぎる上に角ばっているのでピンとこないが、おそらく犬型──が裏門と思われる方向から館の中へ入っていくのが見える。あの様子だと、領主館は正門よりも裏門の方が大きそうだ。正門は人用、裏門は出撃用で分けられていると言うべきか。

 しかし格納庫に仕舞うのであれば、あれは自律行動するゴーレムのようなものではなく、中に人が乗り込んで操縦するタイプだと考えるのが妥当だろうか。

 いずれにしても、交渉がうまくいけば教えてもらえるかもしれない。


 通された応接室には調度品などはさほどなく、ソファも柔らかそうだがデザインは質素なものだった。

 ゲームの中、特にオーラル王国のライリエネの部屋などで見慣れた貴族然とした部屋と違い、どちらかというと現実世界の企業の応接室に近い印象を受ける。

 また剣などを取り上げられなかった事に驚いた。やはり人類だから無条件で信頼されているのだろうか。とはいえ、ユスティースはともかくアリーナは剣を取り上げられると戦闘力が大幅に低下してしまう。護衛という観点で言えば助かる話ではある。

 ユスティースとアリーナは外交官が座るソファの後ろに立った。完全武装したまま座るわけにはいかないし、座ってしまえば咄嗟の危険に対処できない。









「──なるほど。皆さまは北の大陸からいらっしゃったのでしたか。北にも大きな大陸があるという言い伝えはありましたが、言い伝えだけを頼りに危険を冒すわけにもいきませんでしたのでね。そんな余裕もありませんし。それがまさか、皆さまの方からいらっしゃることになろうとは」


「実は我々の大陸は今、大きな転換期を迎えておりまして。

 目まぐるしく変化していく情勢に対応していくためには、新しい風を──」


 外交官と相手の領主は和やかに会話を重ねていく。

 感触は悪くない。

 もともと敵対的な雰囲気はなかったのだ。これでこじれるようでは外交官失格である。


 後ろで話を聞いていて、おおよその事はわかった。


 まず、もっとも気になるあの金属の獣だ。

 衛兵が言っていた通り、あれは「鎧獣騎」という兵器であるらしい。

 内部に人間が乗り込む事で起動し、鎧獣騎とライダー、いわゆる操縦者が一体となる事で行動できる。

 他にも色々と説明があったがかいつまんで言うと、人が搭乗した時点でスキルやステータスが鎧獣騎のものに上書きされるということのようだった。


 明らかに重要な軍事機密だが、相手がこれをあっさりと明かしたのにも理由があった。

 鎧獣騎が開発された経緯だ。

 実際にベースとなる基礎研究を誰が固めたのかについては定かではないようだが、現在の使途は明らかである。状況を考えればそのために開発されたとみて間違いない。

 北に広がる大樹海に住む悪魔たちを駆逐するため、そして南にある獣人たちの帝国に対抗するため。そのために鎧獣騎は開発され、実戦で運用されて戦果を上げている。

 そういう事だった。


 これにはさすがにユスティースも驚いた。

 外交官やアリーナはその強固なポーカーフェイスでもって、驚きを表すような無様な真似はしていなかったが、内心ではユスティース同様に驚いていたはずだ。

 言われてみれば確かに、エルフやドワーフは見かけるものの獣人の姿は街には無かった。

 まさか戦争状態だったとは。

 オーラル王国はヒューマンの国家であるため、使節団にはヒューマンしかいない。

 幸い抽選で選ばれたプレイヤーたちにも獣人は含まれていない。もし、これが抽選ではなく面接だったとしたら、あるいは獣人プレイヤーも参加していたかもしれない。針の穴に糸を通すような確率だが、結果的にここへ獣人を連れてこなかったのは幸運だった。

 そういう事情もあり、この大陸の国にとってはヒューマン、エルフ、ドワーフは無条件で同朋だという印象であるらしい。


 これはこの国の政治形態にも関係している。

 この港街アリクビは、規模としてはそこそこの街程度のものしかないが、これでもれっきとした国であるらしい。

 では目の前の人物は領主ではなく国王なのかと言えば、それも違った。

 制度上、街を治めてはいるが、その立場は正確には代官に近いもののようだった。というのもこのアリクビの正式な首長は現在別の場所に長期出張に行っているようなのだ。


 前述した「この国の政治形態」というのはアリクビの事ではない。

 アリクビを含む、南方大陸に数多ある都市国家の全てを繋ぐ連合国家、ウィキーヌス連邦という超巨大国家の事だ。

 北の大悪魔、南の獣人帝国に対抗するためには、小さな国がいくつあっても仕方がない。

 その状況を打開するため、各都市国家が力を合わせ、ひとつの巨大な連邦国家を樹立した、らしい。

 アリクビの国家元首が出張している先というのもその連邦の首都である。

 連邦は首都となる国で議会を運営しており、国家の指針はその議会でおおよそ決められているようだった。


 そうしたことからアリクビの代官を含む民衆たちにとっては、突然現れた海外の騎士たちも「ちょっと時代遅れの新しい国の仲間」といった印象であるらしかった。口が軽いのも警戒心が薄いからというのは確かなのだが、その理由はオーラル王国を無意識に下に見ているからこそなのだ。技術的に優れている鎧獣騎を自慢したい気持ちもあるのかもしれない。

 悪気はない、のだろうが、あまりいい気はしない。

 とはいえ外交は個人の感情で行なうものではない。ましてやユスティースは一介の騎士に過ぎない。

 鎧獣騎が優れた兵器であるのかどうかは戦闘行動を見てみなければ判断できないが、一般人と大差ない兵士たちでも戦えるようになるのであればそれなりに有用なのかもしれない。

 それがオーラル王国の利益につながるのであれば、多少下手に出てでも手に入れる価値はあるのだろう。




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