第507話「技術力の差」(ウェイン視点)





「南の海は西より魔物が落ち着いてんな。今まで交流がなかったんだよな? 何でなんだ」


 海風に髪を靡かせながらギルが言った。

 ワイルドな風貌のギルがそうしていると海の男と言われても納得してしまいそうになる。


「オーラルからじゃあ遠回りになるし、しょうがなかったんじゃない? ポートリーには樹海もあるしさ」


 一方の明太リストはそれとは正反対の印象を放っている。

 無理して太陽の下に出てきたもやしっ子、はさすがに言い過ぎだろうか。


「何にしても、南方大陸に上陸するプレイヤーは俺たちが初のはずだ。今回はオーラル騎士団も同行してるし、新しく交流を始めるための使節団って意味合いもあるみたいだから、あんまり妙な事はしないようにしないとね」


 そう、ウェインたちが乗るこの大型船にはオーラル王国の外交官やその護衛の騎士団が同乗していた。

 というよりもその使節団に一部のプレイヤーが同行させてもらったというのが正しい。


 もちろん、同行を希望するプレイヤーはたくさんいた。

 しかし当然ながら全てのプレイヤーが船に乗れるわけではない。

 そこでとある有志のプレイヤーの発案で、普段行動しているパーティ単位で抽選が行われることになり、ウェインたちは見事それに当選したというわけだ。

 ギルや明太リストには「やっぱ持ってんな」などと言われたりした。









 中規模イベントの後。

 

 壊滅したライスバッハはもはや復興不可能と思われた。

 しかし西方大陸でしか採れない資源や、逆に中央大陸から西方大陸へ輸出している品物があることもあり、貿易自体は何らかの形で継続しなければならなかった。


 そこで手を上げたのがオーラル王国だ。

 西の海に面しているのはシェイプとオーラルだけであるし、シェイプが無理ならオーラルから船を出すしかない。

 考えてみれば当然のことなのだが、一部のプレイヤーにはオーラル王国の一国独占体制を警戒している者もいた。


 しかし、では他にやりようがあるのか、プレイヤーが独力で海を渡るのを待っていては、いつになるのかわからないのではないのか。そうした声も大きく、オーラル王国陰謀論は次第に下火になっていった。


 そうこうしているうち、新たな港街ダンツァが完成し、西方大陸との貿易再開と南方大陸への貿易開始が正式に発表された。

 多くのプレイヤーたちはそれを素直に「新エリア開拓」だと喜んでいたが、ウェインは単純に喜んでいいのかどうか迷っていた。


 中央大陸に大悪魔の情報が伝わっていたという事実は、以前は南方大陸と何らかの形でやりとりがあった事を示している。

 それがなぜ今は失われているのかはわからない。

 中央大陸に当時の事が何も残っていないように、南方大陸にも何も残されていないのかもしれない。それさえもわからないのだ。

 もし、以前の中央大陸と南方大陸との関係がよくない形で終了していたとしたら。

 その場合、この船は使節団ではなく侵略者として扱われる事になる可能性もある。

 そういう展開になったとしたら、オーラル王国としてはどう出るのか。

 大人しく踵を返し、中央大陸に取って返すのか。

 しかしそうだとしても、プレイヤーたちは新しいエリアを諦めることはできないだろう。

 幸か不幸か、南の海は魔物が少ないようだ。自力で船を用意し、強引に上陸しようとする者が出てもおかしくはない。


 荒れた時代が来る、かもしれない。

 中央大陸で起きた戦乱をさらに南方大陸にまで広げる事になるのかもしれない。


 あの時、ウェインたちは何も出来なかった。

 それどころか、戦争という名の巨大な獣をただいたずらに刺激しただけだった。


 今度はどうだろうか。

 もし、気が逸るプレイヤーがいるのであれば、それを止める事くらい出来るかもしれない。









 南方大陸に到着してからも、すぐに上陸するような事はしなかった。

 浅瀬であれば大型の海洋性魔物も寄りつく事はないし、そういう立地なら街や村があってもおかしくないからと、まずは穏便に接触できそうな場所を探す事にしたようだ。

 これは国から予め与えられていた指示らしい。


 南方大陸を左手に見ながら南下し、文明の痕跡を探す。

 長らく交流が途絶えていた相手である。もし昔は人がいたのだとしても、今もいるとは限らない。


 しかし幸いにして、しばらくして港湾設備を持つそれなりの規模の街を発見する事が出来た。


 港湾設備といっても街の規模の割には小さめな船着き場があるだけだ。大型の船舶を利用するためではなく小型の漁船用だろう。

 せっかくの港ではあるが沖合に停泊して小舟で接岸するしかない。


 当然ながら、最初に小船に乗ったのはオーラル騎士団の者たちだ。

 これから正式な国交を結ぼうというのだ。まさかプレイヤーのような傭兵から先に上陸させるわけにはいかない。

 また漁港の様子や集まってきた民衆の姿から、そう大きな危険は無さそうなのはわかっている。それは『真眼』で視えるLPからもうかがえる。どの民衆も普通の村人程度のLPしか持っておらず、衛兵らしき者でさえ民衆と大差ないレベルだ。

 仮に彼らが中央大陸の者たちと相容れないとしても、使節団が危険にさらされる可能性は低いだろう。

 だが、安全については念を入れて入れすぎるということはない。

 そういう理由で最初はオーラル王国の正規の国民である騎士団から上陸する事になっていた。この中にはユスティースという騎士もプレイヤーながら例外的に含まれていた。こればかりは彼女が騎士のロールプレイを続けてきた賜物だと言える。


 騎士たちの小船が港に到着した。

 ウェインたちが残されている船からではトラブルが起きているようには見えない。現地住民はやや遠巻きに恐る恐る観察していると言った感じだが、前に出てきた衛兵とユスティースは普通に会話をしているように見える。


 続いて小船に乗ったのはオーラル王国の外交官だ。数名の護衛の騎士と共に、先に騎士たちが上陸した小船の隣に付ける。

 そして護衛の騎士はそのまま小船で本船に戻ってくる。接岸用や緊急用の小船は他にもあるが、そう広くない港に何艘も乗り入れても迷惑になるだけだ。いざという時の為に2艘を使い回して上陸する事は決めてあった。


 帰ってきた小船に、今度はウェインたちが乗る。この後降りていくのはプレイヤー勢だ。

 騎士はまだ残っているが、船を空にするわけにはいかない。

 上陸組から応援の要請などが来ない限りは残りの騎士は船を守るため待機する事になっている。





〈……見て、ウェイン〉


〈え?〉


 小船から降り、久々の大地を踏んだところで、明太リストに目配せをされた。

 明太リストの視線はオーラル外交官と港街の衛兵の手元に向けられている。


〈あれは……金貨? 同じものに見えるな。てことは俺たちが持ってる金貨もこの大陸で普通に使えるって事か。西方大陸でも同じだって言ってたかな。でもあっちは元々貿易してたしな……〉


〈ゲームなんだし、当たり前じゃね? 通貨が複数あったら、運営が市場操作する労力が跳ね上がるだろ〉


〈うん、そうなんだけどね。でも、その事実についてこの世界の人たちはどう考えてんのかなって〉


 確かに。

 中世ニホンに現れた黒船が小判を持っていたとしたら、おそらく中世ニホンの人たちは警戒しただろう。

 通貨が同じだとしたら国家間の経済力の差ははじめからある程度決まっている事になる。そこに政治が介入できる余地はない。経済力=軍事力だとまでは言わないが、概ねそれに近い比率になるのは間違いない。そうした国家としての力を背景に関税などに関する通商条約が結ばれ、さらに差は開いていくことになるはずだ。


〈現時点でどっちが金持ってんのかな〉


〈普通に考えればオーラル王国だろうね。経済力は軍事力だけでなく、技術力にもつながる。実際、交流するためにアクティブに動いたのはオーラルだ。

 コロンブスしかり、黒船しかり、距離が離れているのなら大抵の場合は技術力の高い方が先に接触しに行くから、それがそのままその後の力関係になる事が多いよ〉


 なるほど、と話をしている間に、船に残っていた他のプレイヤーたちは全員上陸したようだ。


 もし仮にこの大陸の人類が技術的、軍事的に未熟であるとするなら、それは何故なのか。

 普通に考えれば大悪魔による侵略のせいだろう。西方大陸がそうであるように、生き延びるのに必死で文化や経済が発展しづらい環境にあるためだ。

 ただ、この漁港や街並みを見る限りではそう困窮しているようにも見えない。

 もしかしたら単純に海の向こうに興味が無かっただけで、文明としては中央大陸よりも洗練されている可能性も──


 と考えながら街を見渡したところでウェインは呆然と視線を止めた。

 それに気づいたギルや明太、他のプレイヤーたちも動きを止める。


 街の規模の割にはかなり広めの大通り。

 そこを金属で出来た大きな獣が数体、悠々と歩いてきたのが見えたからだ。





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