第447話「声可愛かったからスか?」(丈夫ではがれにくい視点)
「ジョー。お客さんだよー」
「客? 俺に? なんで?」
「何でかは知らないよ。本人に聞いたら?」
ジョー・ハガレニクスこと、丈夫ではがれにくいはクランハウスで事務作業をしていた。
クランハウスと言ってもプレイヤーに分かりやすいようにそう言っているだけで、実際は国家運営における最重要拠点、政府執行機関が置かれた建物である。
事務作業というのはNPCの住民リストのチェックだ。
国民数はヘスペリデスの園に行けば確認できるが、その国民がどこにいるのかまではわからない。実態を把握するにはゲーム内で地道に調べるしかない。ジョーがしていたのはその照らし合わせである。
最初ジョーたちは、災厄神国ハガレニクセンというふざけた名前や信仰対象が人類の敵である事から、NPCの国民を増やすのは絶望的だと考えていた。
そこで参加を表明するプレイヤーには申し訳ないが課金アイテムを購入してもらい、そのアイテムで適当なモンスターをテイムし、INTを上げて国家について教え込む事で国民を増やし、それをもって勢力拡大に努めていくつもりだった。
クランに参加するプレイヤーの数がそのまま国民数として見なせるというわけだ。
ところが蓋を開けてみれば、この災厄神国に庇護を求めたいというNPCは思いのほか多かった。
建国地に選んだのはヒルス王都の最寄りの宿場町の近くだったが、その宿場町で店を営んでいるNPCの大部分がそう申し出てきたのである。
現在ヒルス地方に住んでいるという事もあり、彼らの目下の関心事はセプテムの動向だろう。あれはある意味で自然災害みたいなものだから、天気予報で台風の位置をチェックする気分と似ている。
災厄神国を名乗り、マグナメルム支持を公言することから、ハガレニクセンに庇護を受ければその自然災害の被害を受けずに済むと考えたのかもしれない。
もちろんそんな事はない。
災厄神国だのなんだのというのはジョーたちが勝手に言っているだけだし、公式にマグナメルムのフォロワーだと認められていないだろうことは、建国時に名前が使えなかったことから明らかだ。
いかに支持し、信仰さえしていると言っても、いつ彼女たちの気まぐれで消し飛ばされないとも限らない。
その点は他の国家と同じ、いや名前を利用して目についている分他の国家より危険度は高いかもしれない。
しかしそれでも災厄神国に加入したいと彼らは言ってきた。
それが口先だけの事ではないのはヘスペリデスの園で確認した国民数で明らかとなった。
この数からすると、少なくとも王都近郊の宿場町のほとんどのNPCは災厄神国の国民になってしまっている。
これだけの国民がいれば、クランハウス一軒が領土だなどとは言っていられない。
宿場町を現在まとめているというNPCの青年と協議し、宿場町全体を災厄神国の領土とすることで話がついた。
出来れば宿場町を事実上仕切っているウルバン商会、その会頭グスタフ氏にも挨拶をしたいところだったが、残念ながら彼は新規事業の立ち上げのために遠出しているという事だった。
宿場町をまとめる青年もこのウルバン商会の人間らしく、会頭の許しは得ているということだったので、今回は彼らの言葉に甘えることになったのだった。
「どうする? 通してもいい?」
「お客が来てるんだったらそりゃ対応しないとだろ。チェックはまあ、後でもいいや」
「そんなの、ジョーじゃなくて他の誰かにやらせればいいじゃん。けっこう手伝ってくれてる人いるでしょ」
「誰もやってくれないから俺がやってんだろ! みんなしてグッズだのハッピだの……。アイドルかよ! アイドルだった!」
「……通すねー」
ジョーの渾身のノリツッコミも華麗にスルーし、コトノハは執務室に客を通した。
入ってきた人物には見覚えがあった。
情報提供などで度々力を借りている老舗クランのマスター、TKDSGだった。
*
「話というのは他でもない。
この災厄神国ハガレニクセンと俺たちのクラン、風林火山陰雷とで提携しないかという提案だ」
「提携? っつっても今だって割りと仲良くしてるし、わざわざそんなもんちゃんとする必要ってあるかな。
自分で言うのもなんだけどさ、ウチって結構アレな国だし、なあなあにしておいたほうがお互いにとっていい事もあると思うけど」
マグナメルムを信奉していると公言しているハガレニクセンにとって、マグナメルムがどう行動するかは非常に重大な問題だ。
その行動次第では世界を敵に回してしまう事になりかねない。
そのマグナメルムの行動が全く読めない以上、ハガレニクセンもいつ世論に叩かれる事になるかわからない。
シュピールゲフェルテが事実上解散した今、風林火山陰雷と言えばトップクランとの呼び声も高い。
そんな彼らがわざわざグレーなラインに立っているハガレニクセンに表立って近づいてくるメリットは薄い。
またハガレニクセンにとっても風林火山陰雷とは一定の距離を保っておきたい事情もある。
風林火山陰雷と言えば前述の通りトップクラスのクランだが、その主な活動は組織的なダンジョンアタックによる攻略情報の蓄積である。その情報によって助かっているプレイヤーが多いからこその知名度の高さなのだが、こうした活動そのものがハガレニクセンにとっては余り歓迎できない部分である。
というのも、彼らが主にアタックしているダンジョンというのは基本的に難易度が高めのものばかりであり、つまりマグナメルムの管理しているダンジョンばかりであるからだ。
マグナメルム信奉を掲げるハガレニクセンが、マグナメルムのダンジョンばかりを攻めている集団と仲良くしているなど、これほど外聞が悪い事もない。
「ああ、もちろんわかっている。ただこちらとしても事情があってな。
いくつかあるんだが、まずはひとつめ。
知っての通り、俺たちは今じゃ結構な大所帯だ。だからチームをいくつかに分けて色んなダンジョンにアタックしてるんだが、そのうちのひとつに大陸中央に
確か、ハガレニクセンに参加しているプレイヤーの中ではオーノー田がアタックしたとか言っていた。
たまたま知り合ったノーギスというダンジョンソロ専プレイヤーに協力してもらって最上階まで到達し、そこで戦う前に戦意喪失して帰ってきたとか何とか。
「その名もなき墓標だが、初回アタック限定でダンジョンボスから直々に西方大陸についての情報を教えてもらえるイベントがあるんだ。
まあこれ自体はもう有名な話だし、別にそれが渡航フラグになってるってわけでもないから塔を自分で攻略する必要はないんだけどな。だから他の大陸に興味があるってプレイヤーはもうかなり西に渡ってるんだが」
「なるほど。風林火山淫雷もそれにのっかって西に行ってみたいって事か」
「ああ、その通──今何かイントネーションおかしくなかったか?」
「何もおかしくはない」
「そ、そうか。
まあとにかくそういうわけで、俺たちは今後は西方大陸へ活動場所を移す事を検討している。そうなるともう基本的にマグナメルム関連のダンジョンにアタックする予定はなくなるわけだ」
そういう事ならハガレニクセンとしても提携するのは吝かでない。
ただ、だとしても相手のメリットが見えてこない。
「まずはひとつめ、の事情はわかった。で、他の事情は?」
「ああ。さっきも言ったが、俺たちは大所帯だ。クランハウスもそれなりに広さがいる。ただ、全員を満足させようと思ったらちょっとした城でも建てなきゃ到底無理だ」
「まあ、でしょうねって感じだけど」
「そこで俺たちは似た大きさの物件をいくつか用意する事にした。まあ無かったから新しく建てたんだけどな」
「マジかよさすがトップクランは金持ってんな!」
そう言うとTKDSGは何かを言いたげな目付きでジョーを見た。
「……え、何。俺に恋しちゃったとか? 悪いけど俺にはセプテム様という心に決めた──」
「どう解釈したらこのタイミングで俺がお前に恋することになるんだよ。そうじゃなくて……いや、まあこれだけじゃわかるわけないか。
その物件だけどな。どこに建てたかって言うと、将来性がありそうで、かつその時点では誰のものでもなかった土地だ。
早い話がヒルス王都近辺の宿場町の近くだな」
ようやくTKDSGが言いたい事がわかった。
つまり彼らはある意味ですでにハガレニクセンの住民だったという事である。
「当時はバリバリの何もない土地だったから魔物やら野盗やらに襲われる危険性もあったが、ウチは人数多いからな。ローテーションで見張りと護衛を立てたりしてとりあえずは凌いでたんだ。まあ襲われる事なんて一回もなかったけど。
そうこうしてるうちに宿場町も広がってきて、いつの間にかっていうか、目論見通りウチのクランハウスは盛り場一等地に固まって建ってる状態になった。
そこまではよかったんだが、クランなんて言ってもシステム的には個人で持ってるマイホームに過ぎない。国としての土地の支配権は別だ。マイホームの中はある意味治外法権だが、土地が国に含まれるとなれば税金は払わにゃならん。
ていうか、早い話お前の名前で税金の督促状が来てるんだよ。土地建物って書いてあったし、要は固定資産税だろあれ」
「なるほどな。それはそれは……」
税金関係は面倒くさかったのでジーンズに投げていた。
そのジーンズもウルバン商会の若頭と連絡を取り、信用できるNPCを雇い入れて業務に当たらせているようだった。
そのNPC税務署員が機械的に所属物件に対して税の徴収を行なったのだろう。
そしてこれまでは誰の土地でもなかったために誰に金を払う事もなかった風林火山陰雷も驚いて、こうして詰めかけてきたというわけだ。
税金については国によってまちまちで、そもそも街以外の場所に勝手に住む分にはうるさい事は言われない。国もどうせ管理しきれていないためだ。
ただある程度整備された街に住むのであれば、その街を整備し管理するために費用もかかっている事もあるし、街の領主が税金を徴収するのが普通である。そして国はその領主から街の規模に応じた税を徴収し、国家が運営されている。もっとも、そこまでしっかりと仕組みが残っているのも今となってはオーラル王国だけになったが。
そうした税金を支払うのが嫌ならば自分で国を建てろというわけだ。
家一軒の土地でもいいのなら、プレイヤーが自分で国を作るハードルが低い事は他ならぬジョーが証明している。
「別に、自分らで国を建てるってのも悪くはないんだけどな。それはそれで面倒も増えるし。収支報告とか。
うちはあくまで攻略クランだから、戦闘員はもちろん戦いたいし、生産系のプレイヤーだって装備やアイテムの生産をやりたいんであって事務職がやりたいわけじゃない。代行してくれそうなNPCの伝手もないし、それだったら家主と話を付けた方が早いんじゃないか、って結論になったってわけだ」
「まあ、ウチの国は運が良かっただけみたいなところもあるが、確かに面倒な事はNPCに外注してるしな」
ウルバン商会様様である。
またそのウルバン商会の店舗が納める税金もかなりの金額にのぼるため、王都や空中庭園にアタックするプレイヤーたちが使う金貨の何%かは間接的にハガレニクセンに納められていると言ってもいい。
「要は、そういう部分を災厄神国ハガレニクセンさんにお任せして、俺たちは戦闘や生産だけに専念したいって事だな。
これから俺たちは西方大陸を見据えて活動していくことになる。もちろん向こうにも何らかの形で物件は借りる事になるだろうが、こっちの大陸でも帰る場所を確保しておいて欲しい、みたいな感じだ」
「そういう事ならわかった。例えばマグナメルムの動きに変化があったりして、ウチの国そのものが叩かれるようになった場合に関しちゃ何の補償も出来ないが、そういうリスクも飲み込むってんなら提携するのは問題ない。
住所教えてくれれば税金の控除も検討するぜ」
「検討するだけかよ」
「まるごと無くなっちまうと税収にどういう変化が起きるのかまではたぶん誰も把握してないからな。そこは税務署と相談してみないと……。
それより、ウチと提携するってんならはっきりさせておかにゃならん事がある」
ジョーは姿勢を正し、TKDSGを見据えた。
「な、なんだよ改まって」
「重要な事だからな。
はっきりさせておかにゃならん事って言うのはつまり、誰推しなのかってことだな。
クラン全員とまでは言わんが、少なくともマスターのあんたの意向ははっきりさせておかないと……」
それを聞いたTKDSGは一瞬、なんだそんなことかと言いたげな表情を浮かべたが、すぐにそれを正して周囲の様子をうかがった。
コトノハはTKDSGを通した後、下がっていったので、この部屋にはジョーとTKDSGの2人だけだ。
「……ここでの会話は機密扱いにしてもらえるか?」
「もちろんだ。心得ているとも」
「──実は俺、声フェチなんだ」
「こえふぇち」
「声フェチだ」
TKDSGは言った。
彼らが初めてセプテムと出会った時。
草原で聞いた彼女の声。
それが今でも忘れられないのだと。
「──よくわかりました。今後の提携については社内で検討させていただきます。本日はありがとうございました」
「おい!」
「冗談だって。わかったわかった。つまりマスターとしてはセプテム様推しだって事だな。それだけわかりゃ十分だ。
まあ、今後ともよろしく頼むわ」
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