第439話「ライバルに差をつけろ」(バンブ視点)





「バンブ様」


「おう、ガスラークか。どうした」


「……このままでよろしいのですか?」


「……うん? あー……、うん? すまん、急に言われても何の事だかわからんのだが」


 何かしなければならないことでもあっただろうか。

 普段、自分からはあまり意見を言わないガスラークが、わざわざ誰もいないタイミングを見計らってこうして声をかけてきたくらいだ。

 よほど重要な案件なのだと思われるが、考えてみても思い当たるものは無い。


「はぁ……そんなことで大丈夫だと本気で思っておいでなので?」


 ガスラークは呆れている。

 これは相当重要な案件のようだ。

 まずい、とは思うが、本当に心当たりがない。


「いや、そうだな。俺も何とかしないととはその、漠然と思っちゃいるんだが。ただどうすりゃいいのか具体的な案が浮かばなくてな。

 すまんが何かいい案がありゃ言ってくれねえか。参考にするからよ」


 バンブはガスラークに水を向ける事でお茶を濁す作戦に出ることにした。

 普段バンブはそういう小賢しい逃げ方はしないのだが、実直なガスラークがこうまで言ってくるほどである。おそらくバンブが何か重要な事を忘れてしまっているのだろう。そして忘れているくらいだし、バンブはその件を重要だとは認識していない可能性がある。

 その件に対する重要度の認識がバンブとガスラークでズレてしまっているせいでこういう行き違いが起きていたのだとしても、どういう内容の問題か分かりさえすれば思い出す事も出来るはずだ。


「そういうことでしたら、僭越ながら。

 まず、南方大陸についてはライラ様が赴かれたと聞いております故、バンブ様が出来る事は少ないでしょう。あの方が行かれたのなら、あの大陸の未来もそう長くはありますまい。

 そして極東列島についてですが、こちらはブラン様が向かわれているとの事。ブラン様については私めでは読み切れないところもございますが、スガル殿、ヴィネア殿、エンヴィ殿が帯同しておられるとのことなので、おおよその事態には対処してしまわれるでしょう。こちらもバンブ様の出る幕はございませぬ。

 あとは西方大陸ですが、これは我が陛下がすでに問題を解決してしまわれたようです。そのサポートには森エッティ教授様が尽力なされたようですので、今さらバンブ様が行ったところでどうしようもありませぬ。

 やはりここは初心に戻り、この中央大陸を改めて平定するのがポイントを稼ぐ上で重要な──」


「待て、待て待て。すまん、何の話だ?」


 聞いてはみたものの、どういう内容の問題なのかさえ分らなかったし、当然何も思い出す事は出来なかった。

 というか、やはり知らない問題だ。

 今ガスラークが列挙したマグナメルム勢の動きを知らないというわけではない。具体的に何をしたのかまでは知らないが、各々がどこに行っているのかくらいは聞いている。

 ただ、その話がバンブとどう繋がってくるのかはいまいち理解できなかった。

 あと、ポイントってなんだ。稼ぐとどうなるのか。


「なっ! まだそのような寝ぼけた事を! そんなことではライバルたちには太刀打ち出来ませんぞ!

 よろしいですかバンブ様。今、我らがマグナメルムは空前の開拓ラッシュの真っただ中にあると言えます。想定外の事態を懸念した陛下は最高幹部自らが開拓の陣頭指揮を執る事を推奨しておられるようで、陛下ご自身、ライラ様、ブラン様、森エッティ教授様のそれぞれが西、東、南へと直々に赴かれて活動しておられます。

 この事態にあって、バンブ様が陛下の御心を射止めるためにしなければならない事は何なのかをもう一度よく──」


「やっぱりか! 途中から何かそういう方向なんじゃねえかなって思っちゃいたが、まだそんなこと言ってんのかよ! その件は核地雷がそこかしこに埋まってるから関わらん方がいいって言っといただろうが!」


「何を気弱な! カクジライ? とかいうものが何かは存じませぬが、それが何だというのです!

 ライバルであるライラ様やブラン様も、今こうしている間にも成果を上げて陛下の好感度をも上げているやもしれぬのですよ! それどころかあの森エッティ教授様でさえ陛下のお傍で功績を──」


「うん? いや、うん? いや、いやいや、だから違うって」


 姉であるライラや同性のブランまでもがライバルになっている。一瞬聞き間違いかと思ったが、聞き間違いようがない内容である。

 今の時代、性的嗜好についてはあまりうるさく言われなくなっているし、本人たちがそれでいいのならそれでいいというか、性別に関わらずそういう対象として素直に受け止めているガスラークはかなり先進的な考えを持ったゴブリンだなというか、もしかしてそういう話を本人たちから聞いていたりするのかとか、だとしたらさすがに少し見る目が変わるなとか、あまり面識がないガスラークにさえあの森エッティ教授とか言われているのかとか、色々考えてしまったが、最終的には疲れてきたので考えるのをやめた。


「……もういいや。めんどくせえ。

 陛下の御心とやらはともかく、確かに俺だけ自宅でのんびりってのも何かダセえなとは思ってたところだ。かと言って今さら海を渡ろうにも、そんなノウハウもなけりゃ伝手もねえ。

 ガスラークが言うように、ここはひとつ足場固めの意味も込めて中央大陸の懸案事項をいくつか潰しておくってのも悪くないかもしれねえな」


「おお、ようやくその気になられましたか! して、どちらから行かれますか?」


「そうだな……」


 バンブは壁に貼られている地図を眺めた。教授によって作成され、ライラやレアによって数々の書き込みがされた地図だ。

 正確にはそのコピーである。

 コピーと言ってもコピー機があるわけでもないし、『複製魔法』で増やしたというわけでもない。

 これはレアの配下のDEX特化のアリたちが人力で描き写したものだ。人ではないので人力でもないが。


 この地図を見た家檻などは、これをどこでどうやって入手したのかたいそう気にしていたようだった。

 いつも通り協力者からの提供だと言っておいたが、この地図の書き込みにはバンブ自身もいくらか手を入れている。ウェルス王都からペアレ南部、シェイプ東部から北部までの地形情報や街など、それにポートリー地方の主だった都市についてだ。

 これはMPCが実際にイベント中に移動したルートである。

 それをよく知っている家檻は何か言いたげな顔をしていたが、何も言わなかった。

 そろそろMPCの一部のメンバーには言うべき事を言ってやる頃合いかもしれない。

 ちなみに一緒に地図を見たリック・ザ・ジャッパーやスケルトイはシェイプの西部から王都付近の書き込みの適当さが気になっているようだった。


「確か、この真ん中の塔にいるっていう吸血鬼の旦那は、西方大陸にプレイヤーを誘導したいんだったか。

 んで、その邪魔をしてるっつーか、詐欺ってぼろ儲けしてる連中がいるんだったな」


 マグナメルムという組織にとって、その吸血鬼が属する勢力が重要な取引相手であるのなら、その利益は守ってやる必要がある。

 その事業を妨害し、私腹を肥やしている者がいるというのなら、それは排除してやるべきだろう。

 あちらが詐欺というダーティな行為を繰り返しているというのであれば、こちらも気兼ねなく暴力というダーティな手段が使える。まあ相手にかかわらずいつも使っているが。


「だが、暴力の前にまずは下調べだな。

 実際に詐欺を働いているのはどこの誰なのか。組織的な動きなら、それはどこの組織なのか。その裏をとってからじゃねえと」









「──こいつが詐欺グループの使ってる裏サイトだな。特定した」


 組織的に詐欺を働いているのであれば、連携を取るために何かしらの連絡手段があるはずだ。

 詐欺の規模や内容からして、犯人グループがNPCであるとは考えにくい。十中八九プレイヤーだろう。

 ログイン、ログアウト時の交替の引き継ぎなどもあるかもしれないし、そういう場合はゲーム内チャットだけでは賄いきれない。

 おそらくバンブたちのように非公式のソーシャルサービスを利用しているだろうと踏んで調べてみたのである。


 もちろん、すでに判明している情報で素直に検索したわけではない。

 彼らの被害に遭ったプレイヤーもかなりの数にのぼっているし、恨んでいる者も多いだろう。そういうプレイヤーが復讐目的で彼らを探そうと考えるだろうことは容易に想像できる。

 であれば当然、詐欺や周辺地域に関係のあるワードを使うわけがない。

 おそらく仲間内で決めた符号のようなもので置き換え、無関係な者が見てもそれとわからないような会話になっているはずだ。


 だからバンブは今回の詐欺に限定して調べるような事はしなかった。

 詐欺グループの動きの早さから考えて、グループは詐欺を始める前から何らかの繋がりのある集団だったはずだ。

 ゲームの新展開に合わせて迷わず詐欺という行為を選択するところから考えても、普通のプレイを楽しむタイプではない。おそらくはもともと盗賊行為やPKなどを生業にしていた者たち。


 そこでバンブは、自身が最初に魔物系プレイヤーの裏サイトを発見した時と同じ様にして検索をかけ、それらしいサイトを特定したのである。

 あとはそのサイトの中で、ゲーム内で西方大陸の情報が広まり始めた頃に新たに立てられたスレッドを探し、その中で今も活発に書き込みが行なわれているものをひとつずつ根気よく見ていったのだ。

 やはりというか、いくつかはダミーらしいスレッドもあったが、そのうちのひとつに怪しい数字のやり取りをしている場所があった。

 符号を使う時は何かの言葉に置き換えるよりも、汎用的な数字に置き換えた方がいい。数字であればいくらでも解釈しようがあるし、それだけ言い逃れしやすいとも言える。

 使う側は手元に対照表を用意しておけばいいだけだ。


「具体的な符号の内容まではわからんが……。被害者が公式SNSの方に書き込んだ時間と、こっちのサイトで怪しい数字が飛び交ってる時間がだいたい一致してるな。怪しい数字の方が若干頻度が高えが、被害者も全員が全員公式SNSに報告上げてるってわけでもねえだろうしそんなもんだろう」


 被害者が被害の内容について公式SNSに上げていることを考えると、もう少し時間をかければ符号の中身も解読可能かもしれない。

 ただ、そこまでやって意味があるのかは微妙だ。

 書き込み内容の、何となく内輪感のある書き方から考えれば、このサイト自体がある程度限定されたユーザーたちによって運営、利用されている事はわかる。

 そして過去ログを辿っていけば、このユーザーたちが元々ここに集まって何をしようとしていたのかがわかるはずだ。


「──具体的な名前はここじゃ出てねえが、こういう書き込みにゃ不似合いなワードもあるな。共和制、か。このゲーム内で共和国と言やあ、ひとつしかねえ。やっぱりあそこの連中か」


 どうやら攻撃目標が定まったようである。

 もっとも違ったら違ったで、また別の目標を探せばいいだけだが。


 なんにしても相手がバーグラー共和国なら、大した敵でもない。

 今回は他のメンバーもいないし、久しぶりにバンブ個人の持つ戦力だけで行動することにした。


「私をお忘れになってもらっては困りますな」


「ついてくんのかよ!」


 バンブの戦力にガスラークを加えて行動する事にした。






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