第433話「研磨」(ライラ視点)
「この短期間でこれほどの汚れた心臓を回収してくるとはな。さすがは言うだけのことは──いや、さすがは我が娘ということか」
「そりゃどうも」
研究所に戻ったライラはアクラージオにレーゲンヴルムたちが狩ってくれた悪魔の心臓を渡した。
あの盗み聞きの後、悪魔たちには手を出さず、探索もそこそこに撤収してきた。
せっかくこれから人類の国を攻めると言ってくれているのである。邪魔をするのは野暮と言うものだ。
それにこれから全軍を挙げて連邦に攻め入るということなら、あの巣を探索するとしてもその戦争の最中か、終わってからの方が楽になるはずだ。
「──ふむ。そう際立って高ランクのものはないようだが、安定して質が高いな。よほど奥地まで行って狩ってきたと見える。よくぞ見つからずに退却してこられたものだ」
「それだけあれば、例のスエルトディオス君は起動できるかな」
「起動するだけならばどのようなコアでも可能だ。ただ十全な性能を発揮できないというだけだ。詳しくは、これらの心臓をひとつひとつ調べてみなければわからんが……。この質の良さだ。いくつか合成してやればかなりいい物が作れるかもしれんな」
「それはなにより。ところで──」
研究所内に
力強いフォルムだ。
確かに大きな力を内包しているのだろうが、これが完成したところで神に匹敵するほどの存在になるとは思えない。
準災厄級に見えた前回の試験起動時が4割の力だったとすれば、全力稼働でも単純にあれの2.5倍の力ということになる。
その程度では神どころか邪王さえ殺せない。
「もし、適合するコアが完成したらどうするんだったかな。このスエルトディオスで悪魔の森にでも攻め込むの? それとも獣人の帝国の方かな?」
「なぜ、私がそんなことをしなければならん」
アクラージオは鼻で笑った。
なぜ、とか言うが、国の予算を湯水のように使って研究しているのであれば、その成果を国のために役立てるのは当然の事だ。他人事ながら、ライラも国家を運営する者の端くれとして少々の苛立ちを感じてしまった。
どこの間抜けがこんな女を国営の研究機関の所長になどしたのだろう。ライラが大統領──首長だったら責任を取らせて首を切っている。
「私が考えうる中で最強の力を持ち、最高の姿を持つスエルトディオスが完成するという事は、汚れた心臓を合成することでいかなる力も得られるようになるということだ。その暁にはこのディオスを量産し、私の悲願を達成する事が出来るはずだ」
なるほど量産か。
確かにこれによって建造ノウハウが蓄積できるのであれば、量産するのも不可能ではないだろう。
ただ、それはたいへん結構なのだが、それなら自分のポケットマネーでやるべきだ。
ライラとしては別にこの国の経営に携わっているわけではないし、どうでもいいと言えばどうでもいいのだが。
「──博士の悲願って、最強の鎧獣騎の軍隊とか?」
その軍隊を使って神を殺そうというのだろうか。
話の流れでさりげなく聞いたつもりだったが、アクラージオは心臓を物色していた手を止めた。
「ふん。お前には関係ない。そもそも、その鎧獣騎などと言うセンスのない呼び名も、私ではなく後世の軍人どもが勝手に付けた名だ。私にとってはこれは鎧ではなく刃だ。まあ、今さらそれはどうでもいいが」
話しながら再び手を動かし始め、いくつか選別した心臓を持って歩いていく。
その先には三次元スキャナのような器材がある。
器材の台座に心臓を置くと、レバーのようなものを握ってMPを流し始めた。
「──これの生前の特性は尾と鱗か。蛇行がないということは、トカゲ型か。ちょうどいいな。次は──」
心臓から元の持ち主の特性を調べるアイテムのようだ。
ライラが鎧獣騎の量産を視野に入れた場合、不可欠になるアイテムである。操作も簡単そうだし、ここをトンズラする際にはぜひあれもいただいていきたい。
アクラージオは選別した心臓をすべて調べ終わると、そのうちのいくつかを心臓合成器に投入した。
そして合成器を稼働させながら話を続ける。
「私が望んでいるのはただひとつ。神をも殺せるだけの力だ。その力をこの手で生み出し、世界にその傲慢を悔い改めさせるのだ。そして私はこの仕組まれた世界を──」
アクラージオはそこで言葉を止めた。
何か口は動いていたように見えたが、声に出しては言わなかった。
やはり、アクラージオの目的は神殺しだった。
しかし同時にライラは背筋がうすら寒くなるのを感じた。
仕組まれた世界。
それ自体は間違っていない。
この世界はゲームの運営会社によって造られた物だ。
多くのイベントやキャラクターの動きなどはゲーム内世界の自然な流れに従うが、場合によっては運営が介入し、時代の流れに大きな変化をもたらす事もあるかもしれない。
アクラージオがもし、その事に気付き、その仕組みを破壊しようとしているのであれば恐るべきことである。
これまでそんなNPCは見た事もなかった。
この女はそういう方向性でのイベントエネミーなのだろうか。いわゆるメタ方面担当というか。
しかしこの世界全体が作られた偽物に過ぎないという事実に気付いているにしては、アクラージオは少し情熱的に過ぎる気がする。
そんな事実に気付いてしまったとしたら、普通はもっと自暴自棄になるものではないだろうか。
だいたい、仕組まれた世界の枠組みを破壊したいのはいいとして、破壊してどうするのか。
いずれにしても、「機械仕掛けの神」とやらが文字通りの意味ではなく慣用句の方だった事が確定した。
この女が破壊したがっているのは機械で出来た神ではなく、この世界を動かす舞台装置の方らしい。
しかしなぜそうするのか。物理的な軍隊などでどうするつもりなのか。
そういったアクラージオの真意は今の段階ではわからないが、大きく状況が動くような事でもあれば何か見えてくるものもあるかもしれない。
ちょうど、アクラージオと関係が深いらしい悪魔の軍勢がもうすぐ攻めてくる。
その関係性についての裏を取ることは出来なかったが、それもその時分かるだろう。
*
悪魔たちが大攻勢をかけてきた、という報を、ライラは研究所で聞いた。
ライラが回収してきた汚れた心臓の数は多く、アクラージオはその解析と合成で手いっぱいで、今はこれ以上の狩りは必要ないと言われていたからだ。
下手に前線に行って余計な騒動に巻き込まれるのもごめんだったし、研究所で大人しくしている事にしたのである。
そんな中での、襲撃の報だった。
「──だが、まだ理論値の7割の出力しか確認されておらん! もうあと一歩なのだ! もうあと一歩で望みの性質のコアを──」
「──しかし所長! もう時間がないのです! 悪魔どもはすぐそこの街まで来ておるのですぞ! 空を飛ぶ悪魔には、バリケードはほとんど役に立ちません! この研究所もいつ襲撃に遭うか……。
スエルトディオスが起動可能ならば、研究所の防衛に回して──」
大攻勢の一報が研究所に届いた頃には、すでに前線は崩壊していたとのことだ。
なんでも、これまで数々の英雄的戦果を上げていたというどこかの基地の指揮官が、大攻勢の直前に
そのせいで士気がガタ落ちになった前線は連鎖的に崩壊し、立て直しの目処も立たないまま敵の国土浸透を許してしまったとか。
不幸というのは重なるものである。同情せざるを得ない。
副所長たちのチームが研究していたという次期主力機候補の鎧獣騎はすでに首都防衛のため徴発されている。仕様上、テストライダーもセットでだ。
コスト度外視で実用性皆無という超ロマン仕様のスエルトディオスとはいえ、この状況下で軍が目を付けないわけがない。
しかし、アクラージオも以前は確か「せめて理論値の7割」とか言っていた。今7割の出力が確保できているのであれば、別にそれでいいという気もするのだが。
ライラがたくさんの心臓を持ってきてしまった事で欲が出てきたのだろうか。
アクラージオと副所長の押し問答は、最終的にはあとひとつだけコアを合成して試すということで決着したようだった。
悪魔たちの軍勢はそれから程なくして首都へと到達した。
アクラージオはスエルトディオスとそのコアにかかりきりであり、ライラの方を気にする様子はない。
研究所の他の研究員たちは、最初からアクラージオの隠し子という触れ込みのライラにはあまり触れようとしない。
つまり、今この状況でライラについて気にしている者はいなかった。
ライラはいつもの『迷彩』と『隠伏』で姿を隠すと、こっそりと三次元スキャナを懐に仕舞い、研究所を抜け出し、『天駆』で上空まで駆け上がった。
心臓合成器も頂いていきたかったが、あれはアクラージオがずっと操作している。盗み出すのは無理だった。
上空から俯瞰した首都はいたるところから煙が上がっており、悪魔の襲撃が首都に少なくないダメージを与えている事が感じられた。
道は逃げ惑う人々であふれかえり、守備隊の鎧獣騎が展開したくてもなかなか出来ない状況になっている。あんなところを攻撃されたらひとたまりもないだろう。避難民はもとより、守備隊の鎧獣騎もただでは済むまい。
ある程度のところで割り切って避難民を無視して戦闘行動を取るべきなのだろうが、戦後の事を考えるとあまり無茶な事も出来ない。
連邦制を取るこの国の首都には様々な国や地域から移り住んできた人がいる。その人々が戦火に飲まれて亡くなったというだけでも首都を防衛する宗主国の責任が問われるところなのに、死因が軍用兵器に踏み潰されたためだとわかれば、どれほどの非難を受ける事になるか想像もつかない。
たとえこの場を耐え凌げたとしても、ウィキーヌス連邦は事実上崩壊する事になるだろう。
そうなれば南部のユーク帝国の圧力に耐える事も出来なくなり、バラバラになった小国は各個撃破されて南方大陸の地図から消えることになる。
「──悪魔たちが大攻勢を決めた時点で、この国にはもう未来は無かったという事かな。いや、せめて前線がもう少し頑張ってくれれば一般市民の避難の時間も取れたのかも知れないけど……。残念だったね本当に」
あの参謀部の青年は元気でやっているだろうか。
ここまで悪魔が来ている以上、あまり愉快な状況にあるとは思えないが、敬愛する上官と再び会う事が出来るよう祈るばかりである。
そうして観戦していると、どこかから魔法が飛来して研究所のすぐ近くに着弾した。
身を隠しているライラを狙ったものではない。流れ弾だろう。あるいは無差別に街を攻撃したうちのひとつかもしれない。
直撃ではなかったが、研究所は建物全体がずいぶんと揺れ、一部は崩れてしまったようだ。
その衝撃に恐れをなしてか、副所長らしき人影が研究所から飛び出してきた。
研究所も今崩れた事務棟ならばどうかわからないが、鎧獣騎研究用の研究棟なら相当な強度を持っているはずである。
逃げるのであれば外ではなく研究所の中の方が安全だ。
連邦でも有数の頭脳を持っているはずの副所長でさえこの様である。パニックというのは恐ろしい。
その副所長を追いかけて彼の取り巻きの研究員たちも次々と逃げ出していく。
彼らも副所長同様、連邦が誇る貴重な頭脳たちだ。
あれらが死亡してしまうと、鎧獣騎の研究がストップしてしまう。
ライラの分は所長助手のアンリがいるため問題ないが、それ以外のプレイヤーにとっては大きな損失になるだろう。
旧世代のオンラインゲームとは違い、ひとりの職員の元に全てのプレイヤーが押し掛けるというわけにはいかない。多くのプレイヤーの欲望を満たすには、多くのNPCが必要だ。
面倒だが助けてやることにした。
彼らのいる方向や、その避難先に向かおうとする悪魔たちをそれとなく始末し、行く手をふさぐ瓦礫や邪魔な避難民を吹き飛ばし、問題なく逃げられるようアシストしてやる。
ついでに有事ということで軍に再編入されたペルリタに連絡し、副所長たちとは離れた場所で陽動のように暴れるよう指示を出した。新たにペルリタの上官になってしまった人物には悪いが、ペルリタにはペルリタの仕事があるのだ。そこは理解してもらいたい。
そんな彼らの安全をある程度確保したところで、ライラは研究所に戻った。
最後の心臓の合成が終わったのか、ちょうどハッチを破ってスエルトディオスがその姿を現したところだった。
普通に開ければいいのに、と一瞬思ったが、ハッチを操作すべき作業員もおそらく逃げ出している。もう他に誰も居ないのだろう。
ということはコアもアクラージオが自分でよじ登ってセッティングしたのだろうか。それはちょっと見てみたかった。
しかし、現れたスエルトディオスの放つ気配は少しおかしかった。
能力値を確認しようと『鑑定』してみても、いつかのアクラージオのように文字化けしていて正確に判断できない。
『魔眼』や『真眼』で見えるMPやLPは膨大で、ライラにさえ迫るほどのものだ。とても前回見た時の2.5倍程度の能力値で達成できる値には思えない。
何よりその全身は禍々しい気配に満ち、うっすらと金色に滲んで見えるような気さえする。
明らかに普通の状態ではない。
「──ようやく、だ。ようやく、成功したぞ。この力さえあれば、私は神をも殺す事が出来る! ははは、想定以上の出力だ! これなら量産せずとも十分だろう! 忌々しい機械仕掛けの神め! 目に物見せてくれる! 歴史の都合などに殺されてなどやるものか!」
アクラージオの声が響いた。
スエルトディオスに乗っているのはアクラージオらしい。
しかし、歴史の都合に殺される、とは。
歴史の物語の都合で殺されてしまった誰かを、アクラージオは知っているのだろうか。
そしてそれに抗うために研究を始め、それがこうして結実した。そういうことなのか。
物語の都合上用意された存在というと、むしろシステムに
だとするなら、アクラージオが目にした悲劇というのも、アクラージオにこうした思いを抱かせるために仕組まれたものだった可能性さえある。
例の行方不明になった隊長と言い、この大陸は悲劇に満ちているな、とライラは思った。
ただでさえ目立つ研究所からそんな異常な巨体が姿を現したのだ。
悪魔たちもアクラージオを目指し、首都中から殺到してきた。
「力の差がわからんのか? やはり、早々に見切りをつけて正解だったな。愚かな種族だ。貴様らなど、所詮素材にしかならんというのに!」
スエルトディオスがドラゴンのような頭部の口を開いた。
まさか、と思った次の瞬間、その
見たことのある攻撃だ。
これはおそらく『プライマルブレス』。トゥルードラゴンの持つブレス攻撃である。
だが威力はそれ以上だ。単純な能力値の差によるものかもしれないが、スエルトディオスの能力値は見る事が出来ないため分からない。
消し飛ばされ、どす黒い宝石に変わっていく悪魔たち。
しかし、スエルトディオスの行動はそれで終わりではなかった。
スエルトディオスは上半身の胸部をぱかりと開くと、その胸に収められたコアを露出させた。
何をするつもりかと見ていると、悪魔たちが残した汚れた心臓をそのコアが吸い込み始めた。
地上に落ちる前にスエルトディオスに引き寄せられた心臓は、コアに接触するとそのまま飲み込まれるように沈んでいく。もともとが同じ色をした宝石である。そうなってしまえばもうどこにいったのかも見えない。あるいはその時点ですでに融合してしまっているのかもしれない。
つまり、このスエルトディオスはあの心臓合成器の機能をも内包しているということである。
そんな事が出来るのなら最初からやれよ、とライラは思った。
あるいはこの機能こそが、理論値に足りなかった3割分なのかもしれないが。
「──おお、ああ……。流れ込んでくるぞ、悪魔たちの汚れたエネルギーが……。そして我がディオスが研磨さレ、洗練さレてイクのを感じル……。あア、オオお! アアア──」
アクラージオが無駄に色っぽい声を上げると共に、スエルトディオスの放つ金色の光が強まっていく。
強まっていく光は物理的なものだけではない。『魔眼』と『真眼』で見えるマナと生命力もだ。あの心臓を吸収したことでさらに強化されているというのか。
さらにスエルトディオスは、そのサイズさえ大きくなっている。足元の建物をバリバリと押し退けながら巨大化していく。元は金属か何かで出来た機械的なアイテムだった事を考えると、これは異常な事態だ。
声から判断するにアクラージオの様子もおかしい。とてもまともではない。いや最初から少しおかしい人物だったが、今はそう、まるで熱にでも浮かされているかのような、そんな状態に思える。
それだけではない。スエルトディオスから響いているアクラージオの嬌声は次第に野太く変化していき、いつしかアクラージオの言葉に合わせてスエルトディオスのドラゴンの口が動いていた。
いや違う。
口が動いているのは確かだが、それは話すためではない。
スエルトディオスの口が限界まで開かれ、その中から何かがぬるりと顔を出した。
文字通り、顔だ。
ドラゴンの口から現れたのはまぎれもない、アクラージオの顔だった。
開かれたままだったスエルトディオスの胸部も、いつの間にか新たに現れた装甲が覆っている。その装甲は豊かな女の胸の形をしていた。
ドラゴンで作られたケンタウロス、その上半身を真ん中から引き裂くようにして現れた巨大な女の上半身。
それがこの金色に光る禍々しい鎧獣騎だ。
「──いや、これ鎧獣騎って言っていいのかな。もっと生々しいというか、生物的な何かに見えるんだけど。名前すら変わっちゃってるし。
【黄金偽神 アクラト・バルタザール】か。名前と見た目からすると、黄金龍の関係者……なのかな」
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