第431話「鎧獣騎のコア」(ライラ視点)
研究所でアクラージオ博士の手伝いをするにあたり、まずライラがやったのはアクラージオの研究助手を『使役』することだった。
NPCに対して『使役』を発動する際のデメリットは事実上存在しない。それは最重要警戒対象であるアクラージオに発動した際にも気付かれた様子がなかったことからもわかる。もちろん、配下にするのが躊躇われるほど品性に問題があるとか、眷属にするとかえって邪魔になるような理由でもあるなら話は別だが。
助手のアンリは細身のエルフの男性で、見かけの割にかなり長く生きているようだった。
例の不幸な女エルフ隊長と親戚だったりしたらさすがのライラも気まずいなと思ったが、そういうわけではなさそうだったのは良かった。
次にやったのは、護衛兵士のペルリタに辞表を出させた事だ。
旅の間に意気投合し、今では親友とも呼べる間柄になった。だからライラ──オクタヴィアに合わせて自分も研究所で働く事に決めた。という風にアクラージオには説明した。
本来、鎧獣騎と紐付けされるライダー──鎧獣騎を操縦する専門職のことらしい──は基本的に軍から離れる事は出来ない。
これは考えるまでもなく当然の仕組みだ。ライダーが軍を離れるという事は、紐付けされた鎧獣騎も戦力として使えなくなることを意味している。下手をすれば外部への流出の恐れさえある。認められるわけがない。
しかしここでアクラージオに協力するメリットが活きてきた。
彼女の権限を使い、ペルリタの所属を軍属から研究所付きに変更させたのだ。
軍にいた頃同様に常に所在の報告の義務があり、有事の際には最寄りの部隊の指揮下に入らなければならなくなるなどの制限はあったが、基本的には研究所の仕事だけしていればいい。ライダーは研究所にとっても貴重なサンプルであるため、稀にだがそういう処置もあるそうだ。
当然、彼女の乗っていたトラ型鎧獣騎の「マカロン」も研究所付きになる。
ペルリタを軍に戻さず、研究所で働かせる事にしたのは、私室を彼女と同室にするためだ。
あの得体の知れないアクラージオ博士のいるエリアに、ログアウト中のアバターを無防備に晒しておくなど考えられない。要は睡眠中の警護役である。
また、ペルリタはこの研究所に戻るためのマーカーでもある。違和感なく移動を行なうためには同室であることが望ましい。
これらは男性である研究員のアンリ助手では出来ない役割だ。
いや出来ない事もないが、余計な詮索をされるのは不快だ。
ただでさえライラはこの研究所では所長の隠し子として色眼鏡で見られている。
*
「──これがその新型機とやら?」
「ああ。コードネームは「スエルトディオス」。まだまだ荒削りで未完成だが、これが完成さえすれば──いや、その事はいい。
お前の仕事はこれの核となる素材の回収だ」
研究所の別棟の中心、もっとも大きな研究室に鎮座するそれは、恐竜型をベースに霊長型、四足獣型をブレンドしたような、言ってみれば「ドラゴンのパーツでケンタウロスを作った」ような姿をしていた。大きさは巨大化したどこかの主教と同程度であろうか。
あれと比べても単純に強そうである。
軽く『鑑定』してみたところでは、そのスペックは準災厄級といったところだ。これはライラの配下で言えば、トゥルードラゴンに匹敵するほどの力を秘めた戦力であると言える。少なくともガルグイユのアビゴルでは勝てそうにない。そういえば最近彼を見ていないが、元気にしているのだろうか。
「鎧獣騎の核、我々はコアと名付けているが、このコアにはある特性があってね。
おっと、その前に、鎧獣騎とライダーはペアになるという事は知っているかな。ライダーとペアになった鎧獣騎には他の人間が乗り込むことはできなくなる。正確に言えば乗り込む事が出来ても同調できないのだが」
その事ならばよく知っている。
つい先日も、そのために尊い命が失われてしまったばかりだ。
「この時、実はライダーの方も、ペアリングした騎体以外とは同調できなくなるのだ」
それは初耳だった。
つまり、1キャラクターにつき1騎という制限ありのコンテンツ、というわけか。
ということはもしかすると、あの時譲ってもらった恐竜型鎧獣騎にライラが登録しようとしていた場合、何らかのエラーが出て登録できないようになっていたのかもしれない。同じ技術かどうかは不明ながら、ライラは同じカテゴリのコンテンツであろうベヒモスとすでにペアリングしている。
ペルリタからそういう内容の話は聞いていないが、おそらく軍人にとっては常識なのだろう。
しかしそれは現役のライダーが動かせるのは自騎のみであることを意味しており、だとすると軍属だったペルリタが研究の役に立てる事は少ない。
「でもそれだと、ペルリタを研究所付きにしたことは貴女にとって大してメリットがなかった事になるね。なぜ、彼女の異動に手を貸してくれたんだい? 私の協力に対する礼のひとつのつもりかな」
「そういうわけではない。何せまだ、私はお前が役に立つところを見てはいないからな。そこまでしてやる価値はお前には今のところない。
ところでペアリングした鎧獣騎をフリーに戻すにはどうすればいいか、知っているかな?」
よく知っている。ライダーを殺せばいい。簡単な話だ。
アクラージオの言いたいことがわかった。
「……なるほど、つまりペアリングした鎧獣騎の方を破壊すればライダーがフリーになる、というわけか。コアの話から派生した事を考えると、正確には鎧獣騎のコアを破壊すれば、かな」
「察しが良くて結構だ。それでこそ私の「娘」だな。
ライダーの魂はこのコアと共鳴することで紐付けがされるからな」
その素材をライラに回収してこい、というわけだ。
新型騎の開発研究をしていく上で、テストライダーが1人だった場合、新型騎を建造する度に前回テストした騎体のコアを破壊していくことになる。
コアというのが量産可能なものなのかは知らないが、どちらにしてもすぐに足りなくなるだろう。
ペルリタをテストライダーとして使うつもりなら、マカロンのコアは破壊する事になる。それは軍との取り決め上問題ないことなのだろうか。たぶん駄目だろう。この女なら黙ってやるだろうが。
「──見ろ。あれがコアだ」
ライラたちの目の前でスエルトディオスの胸部が開けられ、そこから鈍い赤色に輝く拳大の宝石が取り出された。スエルトディオスは巨大であり、かがんだ状態であってもその胸部は地上から数メートルほどの高さにある。人間に出来る作業ではないため、作業着を着たスタッフがキリンのような形状の作業用鎧獣騎を乗りこなし、器用に作業を行なっている。
キリン型は実際のキリンとは違い、脚部が太くどっしりしていた。歩くことより安定して立つ事を優先して作られているのだろう。またその頭部にはクレーンゲームのアームのような物が取り付けられており、見るからに作業用という感じだ。
先ほどの話からすると、このスタッフもこのキリン型以外に乗ることはできないのだろう。これが生涯の仕事というわけだ。それはそれでキツイ事のような気がする。
スタッフの人生はともかく、スエルトディオスのコアには見覚えがあった。
血の様な禍々しい色をしているが、あれは天使のドロップアイテム、清らかな心臓に見える。
しかしこっそり『鑑定』してみたところ、表示された名は──
「あのコアは「汚れた心臓」と言ってね。悪魔を倒した時に手に入れる事が出来る。
この心臓は悪魔の個体ごとに微妙に違っていて、その個体によってコアの性質に差が出てくる。
かつては単純に相性のようなものだと考えられていたが、それは違った。コアにした心臓のもともとの持ち主の悪魔、その形状に近い形の騎体でなければ十全な性能を発揮できない事がわかったのだ」
アクラージオは得意げに解説してくれているが、かなり狂気に満ちた話をしている。
悪魔とはライラも実際に接触したし、マグナメルムにもいるから知っているが、普通に意思疎通が出来る。そういう生物から取り出した素材を使って兵器を、それも生前の姿に酷似した兵器を作るなど、正気の沙汰ではない。
しかもライラの知る限り、悪魔は普通は人型である。この大陸の異形な悪魔たちのほうがおかしいのだ。
「……人型の悪魔というのは少ないのかい? 鎧獣騎はどれも獣のような形をしているけれど」
「うむ。本来であれば人型悪魔の心臓が一番入手が容易ではある。弱いからな。しかしそれでは出力が足りず、人を越える戦闘力を持った騎体を動かす事は出来ないのだ。人が同調して乗り込まなければならない以上、鎧獣騎は必ず人より大きなサイズになるからな。
この大陸の悪魔は見ての通り、さまざまな進化を遂げているのでね。その点は良かったと言えるな」
この大陸、と言うからには、アクラージオは別の大陸を知っているという事になる。
例の参謀青年が樹海の向こうを全く知らなかった事を思えば、これだけで異常なことだ。
そして人型悪魔の心臓の入手が容易だという話。
少なくともライラはこちらの大陸に来てから人型の悪魔には会っていないが、アクラージオはどこで見たというのか。
いや、それよりも今問題なのは、鎧獣騎の騎体の形状とコアの素材にする悪魔の外見が似通っていなければならないという点だ。
「……では、もしかして私が回収すべき素材というのは、このスエルト何とやらに見た目がそっくりの悪魔の心臓だ、とかいうつもりじゃないだろうね」
先にオーダーメイドでガラスの靴を作っておいて、その靴に合う人物を探してこいというようなものだ。どうかしている。
「さすがにそのような事は言わないさ。
重要なのは、悪魔の姿がこの心臓に情報として焼きつけられているということだ。
生まれたばかりの悪魔がどれも人に近い姿をしている事を思えば、悪魔たちは適切に処置してやれば後天的にああした異形に変化させることも容易だということだ。そしてそれによって変異した結果は心臓に記憶される。
私に必要なのは心臓だけだからな。わざわざ悪魔の方の形を合わせなくても、心臓にさえその情報を刻みつけることが出来れば事は足りるはずだ。
そこで私は複数の悪魔の心臓を組み合わせ、それぞれの性質を継承させた新しい心臓を生み出す事を思いついた」
言いながら彼女は研究所の隅にある謎の器材の元へ歩いていく。
見覚えのある形の器材だ。ガラス管がふたつ並んだサイフォンのような──というか、これはどう見ても小型のアルケム・エクストラクタである。
さりげなく触れてみたところでは、その能力はわからなかった。アーティファクトではないらしい。
『鑑定』してみると、器材の名前は「心臓合成器」。効果は名前の通り、心臓系のアイテムの合成が出来る、とある。用途が限定されすぎていてアーティファクトまで至れなかったということだろう。
しかし、これが作れるという事は、アクラージオはその気になればアルケム・エクストラクタさえ建造できるということかもしれない。
大悪魔が女性体であったこと。
アクラージオが少なくとも準アーティファクト級のアイテムを製作できるだけの頭脳を持っていること。
生まれたばかりの悪魔の姿を知っているかのような言い方。
そして心臓だけを変化させた方が効率がいいというニュアンスの証言。
それらの事から考えて、あの悪魔の軍勢を生み出したのは、おそらくこの女で間違いない。
アクラージオ博士が大悪魔を生み出し、アルケム・エクストラクタのような設備を使って異形悪魔を量産したのだ。そして取り出した汚れた心臓を使い、鎧獣騎という兵器を作り出した。
そういうことだろう。
鎧獣騎が生み出されたのは、青年参謀との雑談によれば数百年以上前の事だという。開発者の名前は残されていないとのことだ。詳しい資料は闘争の歴史の中で失われ、今や知る人間はいない。
アクラージオ博士が開発者だとしたら、その頃からずっと生きている事になる。異常な長寿と言えるが、魔精であればそのくらい生きるものなのかもしれない。サンプルがないためわからないが。
そして人類が悪魔の心臓を利用して兵器を製造しているとなれば、悪魔たちも戦争を止めるわけにはいかないはずだ。単に生息域を侵犯されているからというだけの理由でなく、生命としての尊厳までも奪われていると言えるからだ。
そうだとしたら、アクラージオ博士の目的は単純に強い鎧獣騎を生み出すことなのだろうか。
いや、それは単なる手段に過ぎないような気もする。
この仮説が正しいとしたら、この大陸で起きている争いの火種はほとんどこの女が作った事になる。この女が何もしなければ、そもそも鎧獣騎は存在しなかったはずだし、何なら悪魔も生まれていない。
アクラージオには何か目的があり、そのために悪魔を生み出し、鎧獣騎を生み出した。
ではそれは一体なんなのだろうか。
「──今、心臓を取り外したのは、試験起動時にマッチングがうまくいかなかったからだ。建造した騎体から計算される規定の能力値を確保できなかった。
理論値に対して100%の再現性まではさすがに求めてはいないが、最低でも7割は突破してほしいところだな。現状では4割がせいぜいだ。これではとても完成とは言えまい。
さて。もうわかっただろう。
お前の仕事は悪魔を狩り、汚れた心臓を回収してくる事だ。なに、私の『鑑定』にすら抵抗してみせたほどの力だ。悪魔ごとき物の数ではあるまい?
一般的な悪魔の心臓ではこのように、いくつか合成してもスエルトディオスのコアにするには力不足だ。
そこでお前にはより多くの悪魔を狩り、その心臓を回収して来てもらいたい。合成する際の遺伝の法則はまだほとんどわかっていない。サンプルが少ないからな。ただ、効率は落ちるものの数さえ揃えればマッチングのパーセンテージも上がっていく傾向にあることは分かっている。
だが合成でマッチング率を上げるには、正規ルートで研究所に支給される心臓の数ではとても足りんのだ」
*
鎧獣騎のエンジニアという意味では、すでにアンリという人材は確保してある。
聞けばアンリはアクラージオ博士の助手としては長いほうで、今では騎体の建造についても任される事があるほどだという。
あのスエルトディオスにも設計段階から計画に携わっているそうだ。アクラージオ博士が独自に設計したブラックボックス部分もあるため同じものを建造するのは難しいが、そういうよくわからない機能を制限してコストを抑えた量産型であれば設計は不可能ではないと言っていた。
であれば、もうこの地でライラがアクラージオ博士の手伝いをする理由は薄いと言える。
今すぐベヒモスの元に戻り、あれに乗って中央大陸に帰るべきだ。
騎体は作れる。コアの汚れた心臓はどうにでもなる。
つまり、鎧獣騎は量産可能だ。
しかし、アクラージオ博士が何を目論んでいるのかは気になる。
スエルトディオスを完成させる事が目的だと言っていた。
それは本当だとしても、完成させてどうするのか。お国のためというのは有り得ない。そもそも戦争はあの女のせいだからだ。その償いというのはもっとあり得ない。そんな殊勝な質ではない。
アクラージオの願いが結実した時、何が起きるのか。
その影響が中央大陸にまで波及してくるという事はないだろうか。
それを確認しておくためにも、ライラはアクラージオ博士への協力を続けることにした。
彼女をすぐに始末してしまわないのはもちろん、その研究の行き着く先が有用そうなら横からかすめ取るためである。
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