第418話「お席の予約が完了しました」(ブラン視点)





「……今頃、真祖センパイと会ってる頃かな」


 伯爵が名もなき墓標を踏破したプレイヤーパーティを粉砕する様子を見ながら、ブランは遠い空の下にいるフレンドに思いを馳せた。

 光になって消えていく異邦人たちを見届けた伯爵がブランのつぶやきに答える。


「まあ、そうやもしれぬな」


「伯爵、なんか落ち着いてますね。心配じゃないんですか?」


「何を心配する事があるのだ。我の見立てでは、我が主と魔王陛下はおそらく気が合うはずだ。何しろ魔王陛下はブラン、お前と仲良く出来るくらいなのだからな」


「何ですかそれどういう意味ですか。

 いや、会ってからの事はなんだかんだ言ってもレアちゃん外面そとづらいいし心配してないけど、問題は会う前ですよ」


「会う前であればそれこそ問題など起きようがあるまい」


「いきなり城ごと吹き飛ばしたりしないかなって」


「……問、題ない、だろう。そのはずだ」


 伯爵は胸を押さえて脂汗を垂らした。

 普通に考えれば伯爵は真祖吸血鬼の眷属だろうし、今伯爵が無事でいるという事実こそが両雄の邂逅が平和的に成された事を証明していると言える。

 まだ接触していない可能性もないではないが、レアの性格ならまっすぐ最短距離を飛んでいくだろう。もし事が起きるとしたら、今頃伯爵の命は無いはずだ。


「さすがにレアちゃんも伯爵と知らない仲ってわけじゃないし、問答無用で何とかインパクトとかはやらないだろうしよっぽど大丈夫だと思いますけどね」


「……なら何故言った」


 ブランが何となく思いを馳せているというのに伯爵が全く動じていない様子だったのが少し悔しかったというだけの事である。それほど深い意味はない。


「今日はもう異邦人たち来ない感じですかね」


「おい答えんか。──まあいい。

 異邦人たちも勝てぬとわかっている勝負がしたいわけではないのだろう。今のところ、同じ顔は見ておらぬし、二度目の挑戦をするのなら我の攻略法を思いついてからという事なのだろうな」


 伯爵は律儀に毎回、初見の相手には少しずつ言い方を変えながら丁寧に西方大陸のプレゼンを行なっている。

 そのため一度会ったプレイヤーの顔は覚えているらしい。

 恐るべき記憶力というか、INTが高いとはそういうスペックも高いということなのだろう。

 数値的には伯爵よりもブランの方が高いはずだが、ブランは言われるまでその事に気付いていなかった。これについてはプレイヤーであるから仕方ない事ではあるが、そもそも挑戦者の顔などいちいち覚える気がないというのも大きい。

 ハーフェン大森林を吹き飛ばした時のレアではないが、よほど記憶に残るような行動でもしない限り、有象無象のプレイヤーについて意識にとどめておくのは難しい。


「今日はちょっと日も陰ってきて、わたしたち吸血鬼にとっては過ごしやすい天候なんですけどねー。こういうときにたくさん来ればいいのに」


「お前も異邦人なのだから、そのように誘導でもしてみたらどう──おい待て、日が陰ってきただと? そんな馬鹿なことがあるか。ここは雲の上なのだぞ」


「え? でもほら」


 ブランは屋上の床を指した。

 半分ほどが影に覆われている。


 しかし伯爵の言う通り、雲の上で日が陰るというのはおかしい。

 雲というのはその種類によって高さがまちまちであり、この塔より高い雲が存在しないわけではないが、普通それらはまとまった大きさでなかったり薄ぼんやりとした形であったりと、日が陰ったと体感できるほどの影を落とすことはない。


「じゃあこの影っていったい──なんじゃありゃあ!」





 見上げたブランの視界に入ったのは、空一面を覆わんばかりの巨大な何かだった。視界に入ったというか、正確に言えば視界に入り切っていない。それほど大きい何かだ。





「──あれはまさか! しまった、まずいぞ!」


 伯爵はそれを目にすると唐突にしゃがみこみ、床に両手を当てた。


「何してるんすかあれ何なんですか知ってるんですか伯爵!」


「一度にいくつも質問するな! 今我は塔の強度を一時的に補助している! あの影はおそらく「最高の空」だ! 以前、どこかで書物を読んだことがある!」


 質問するなと言いつつ律儀にすべて答えてくれる辺りが伯爵の素晴らしい人柄を表している。


「最高の空とは、この世のすべての空を支配する至高の存在のことだ! 常に世界中の、雲より高い空を飛び続け、稀に休むために止まり木を探すという! 当然ながら、雲より高い場所にしか止まることはない! 今まさに、この墓標を止まり木に選んだのだ!

 くそ、だがこの大陸は周回ルートには入っていないはずだ……! 何か奴の気を引く物でもあったのか……!?」


 伯爵が説明している間にも最高の空は徐々に近づいてきている。

 明らかに塔を目標に降下するルートだ。

 塔は確かに巨大だが、あの大きさの生物が止まり木にするにはいささか細すぎる。ぽっきりいってしまったりしないだろうか。


「──この塔は我が友のための墓標! 我が友が生きた証だ! 破壊などさせぬ!」


 プレイヤーが来なくなった理由も何となくわかった。

 明らかにヤバい巨大生物が塔に近づいてきていたからだろう。

 しかし、イベント見たさに登ろうとする者はいるかもしれない。そういう者たちはこれからやってくるはずだ。

 登れば確かに何らかの大型イベントは見られるのだろうが、死ぬのは確実である。伯爵が手を放せる状況でない今、仮にプレイヤーが来たとしたらブランが相手をするしかない。好奇心は何とかを殺すと言うし、それを覚悟で登ってくるというのなら遠慮なく殺す。


 そう考えている間にもプレイヤーの影が見えた。

 階段の出口から恐る恐るこちらの様子を窺っている。


「……今それどころじゃないんだよ。出直してこい! 『血の霧』! 『血の杭』!」


 片腕を赤い霧に変え、階段の出口周辺を丸ごと覆うと、そこにいたプレイヤーたちの急所を次々と『血の杭』で貫いた。

 必死で塔を守る伯爵の邪魔はさせない。


 最高の空はゆっくりと塔に足をかけ、塔の上部を包み込むようにしゃがんだ、と思われる。大きすぎてまったく見えていないため想像でしかないが。

 そのまましばらく、後から後から湧いてくるプレイヤーをキルしながら様子を窺っていると、おそらく股の間と思われる羽毛の中から白くて丸い何かがブランの頭上に落ちてきた。









「──とまあ、そういう事があったわけでして」


 レアに謝らなければならない事が出来た。


 そう連絡を入れたところ、それならついでに真祖吸血鬼への挨拶を済ませたという報告もしたいからと、わざわざ墓標まで来てくれた。

 ディアスたちはすでに職場に戻ってしまっている。最寄りのどこかの眷属のところから飛んで来たらしい。


 そして今、そのレアに事の次第を説明したところである。


「それでその、最高の空? とかいう奴はどうなったの? また飛んでいったの?」


「ううん。その産卵て命がけらしくて、産んだらすぐに死んじゃったんだ。死体は塔の下に集まってたプレイヤーを押しつぶしながら落下したから、エルンタールからバーガンディを呼んで運んでもらったの。そのままにしておくわけにもいかないし」


「……運んだって、どこに?」


 それこそが今、レアに詳細を説明している理由でもある。


「ちょっとあの、事後承諾みたいになっちゃったのは申し訳ないと思うんだけど、でかすぎて置く場所がなくて……。それでしょうがないから、とりあえずおっきい樹の生えてた広場に……」


「トレの森だね。それで直後に世界樹からも連絡が来たのか」


「あの、ごめんなさい。死体は好きにしていいから」


「え? いいの? 話を聞く限りだと、あの死体は先代の「最高の空」なんだよね? それってつまりエンヴィ──リヴァイアサンだとかベヒモスだとかと同格の存在なんだと思うんだけど、その死体となると相当な稀少素材の塊なんじゃ」


 ブランとしては叱られるのを覚悟で、いかなる償いでもするつもりで報告したのだが、レアの態度は拍子抜けするほどあっさりしている。むしろあちらが申し訳なさそうな空気を醸し出しているほどだ。


「全然いいよ! 好きにしちゃって! ほんとにごめんね。勝手になんか、レアちゃんちの庭に鳥の死体を投げ込むような真似しちゃって……」


「……そういう言い方をされると若干微妙な気分になるけど。価値観の違いというか、投げ込まれた物は死体と言っても宝の山みたいなものだし、くれるっていうならありがたくもらっておくことにするよ。ブランもそんなに気にしなくていいよ」


「よかったー。ありがとう! レアちゃんは優しいなあ!」


「いや、言われるほど優しくはないつもりなんだけど、まあいいや。

 それより、その、さっきから気にはなってたんだけど、もしかしてブランの頭に座ってるのがその卵から孵ったっていう次代の最高の空?」


 レアがブランの頭の上を見ながら言った。眩しげに眼を細めているが、これは別にブランの頭が眩しいわけではなくレアの光に対する耐性が低いせいだ。


「そう! この子こそ明日の空を背負って飛ぶべくして生まれた天の支配者! その名もインディゴちゃんだよ!」


「種族は……幼鳥ジズ、か。進化先が決まっている成長型の魔物ってことかな。名前は羽毛の色から付けたの? 確かに夜空みたいに深い藍色で綺麗だね」


「でしょ!」


「でもなんか、まだまだ天の支配者と呼ぶにはちょっと力不足は否めないっていうか、そもそも飛べるのその子。妙に頭とかおっきいけど……」


 確かにレアの言う通り、インディゴはまだヒヨコのようなもので、空を飛ぶ事は出来ない。

 外見的にもそのまんま藍色のヒヨコであり、サイズ感を無視すれば祭りの夜店で売られていても違和感がないほどだ。もっともそういう動物愛護精神に反する商売が行なわれていたのも旧世紀の話で、ブランは映像資料でしか見た事はない。


「──たしかに、今はまだよちよち歩きしか出来ないかも知れない。でも、わたしは信じてる! いつかきっと、この子が大空に羽ばたく時が来ると! それまでこの子は責任を持ってわたしが育てます!」


「何か前も聞いたなそんなフレーズ。まあ、別にそこは心配してないけど。

 ああ、成長させたいなら、エサとか時間とかをかけなくても多分経験値をバカスカ与えればすぐおっきくなると思うよ」


 レアの言葉に一瞬心がグラつきかけたが、そういうのはよくない。

 いざどうしようもなくなればやらざるを得ない時も来るかもしれないが、出来ればゆっくりと心と体を成長させてやりたい。子供が外見だけ大人の振りをしても大抵の場合ロクな事にならないものだ。


「でもこれで最強の海、完璧な獣、最高の空がマグナメルムの支配下に入ったというわけだね」


「最高の空はまだ予約の段階だけどね」


「些細な問題だよ」


 レアはブランの頭上を見ながら満足げに頷いた。

 最初は怒られるつもりで話を切り出したものだったが、最終的には満足してもらえたようでなによりである。


「──お話は終わりましたか」


 頃合いを見計らい、伯爵がレアに声をかけた。

 先に謝っておこうとブランから話を切り出したが、元々レアはブランの先輩である真祖吸血鬼とのファーストコンタクトの報告のために来たのでもあった。

 伯爵としてはその邂逅の行方が気になって仕方がないのだろう。

 ダイレクトに伯爵の今後を左右する可能性のある案件であるため、当然と言える。


「そうだった。そのために来たんだった。

 伯爵。貴方の主人のジェラルディン嬢にお会いしてきたよ。実にその、個性的な方というか、まあ何と言っていいのか言葉選びに迷うんだけど、端的に結果だけ言うと──。

 あ、申し訳ない。ちょっと」


 話の途中でレアは伯爵に断って黙りこみ、もともと細めていた瞳を完全に閉じた。

 おそらくどこかからフレンドチャットが来たのだろう。


 少しの間そうやって何かをやりとりしていたが、それが終わるとレアは伯爵に頭を下げた。


「──本当に申し訳ない。急用が出来たみたいだ。すぐに西方大陸に戻らないと。伯爵、話の続きはまたいずれ」


 そう言うと空間を歪ませ、どこかへ消えていった。









「──結局のところ、我が主との邂逅はどうだったのだ」


「あの様子だと敵対とかはしてない感じですけど、まったく問題がなかったわけでもなさそうっすねー」


「……よかったなブランよ。お前の心配事だけは片付いて」


「いやあ本当にそれっすよ伯爵より先に話しておいてよかっ──痛い!」







★ ★ ★


今後明かされる事がなさそうなので書いておきますと、先代のジズが中央大陸にやってきたのは神話級の爆発を感知したからです。どこかの大森林が消えてなくなった件ですね。

誰も因果関係に気が付かないので、本編中では謎のままです。




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