黄金の影

第402話「こちら相席よろしいですか?」(教授視点)





 フィールドワークにおいてもっとも重要なのは、現地で信頼関係を構築する事だと言える。


 本来その前に言語や文字の習得などがあげられるのだが、このゲーム世界においてそれは必要ない。

 どういうシステムかは不明だが、どうやらある程度の知性を得た種族や民族が言語を開発する場合、必ず公用語が採用されるように調整されているらしい。


 つまり大陸が離れていても言葉が通じないといった問題が起きる事はない。

 また通貨も共通のようだが、これはさすがに自然発生的に同じデザイン、同じ材質になったとは考えにくい。

 西方大陸から中央大陸に通貨が渡って来たのか、それとも逆なのかは調べてみないとわからない。


 種族全体の経済規模の差を考えれば中央大陸から西方大陸に渡ったと考えるのが妥当だろうが、シェイプの王城に遺されていたという書物によれば、中央大陸の金貨は前精霊王が用意したものだったらしい。

 その精霊王がどこから現れたのかについての記述はなかったものの、彼がもし西方大陸から中央大陸へ渡ってきたのであれば、金貨のルーツが西方大陸であってもおかしくはない。

 精霊王の出自が不明な以上、同様の事は樹海に覆われた南方大陸にも言える。

 こちらは南方大陸で現在使用されている通貨がわからなければ何とも言えないが、いずれライラが明らかにするだろう。確か南に行ってみるとか言っていた。


 もし全ての大陸、全ての島で使用されている通貨が共通だとしたら、これはあらかじめ運営が用意したものである可能性が高い。

 ゲーム内での過度なインフレーション、またはデフレーション、またはスタグフレーションを防止する目的で、運営だけが通貨を増減させて金融操作を行なえるよう完全管理しているという事だ。

 例えば中央大陸の至る場所にある傭兵組合、あれを中央銀行の端末として機能させ、さりげなく金貨の流通量を調整して全体的な物価の安定を図る。

 つまりプレイヤーが現れる事で不安定化する市場経済を見越し、ゲーム内でその数百年以上前から下準備をしていたという事である。


 そうだったとしたら、おそらく調べたところで金貨の起源はわかるまい。

 一応頭の片隅に入れてはおくが、とりあえずは優先事項から外しておいていい。


 ともかく、言語や通貨が問題ないのであれば、差し当たって現地での生活については問題ない。

 安心して信頼関係の構築を進める事が出来ると言うものだ。

 幸い、西方大陸に足を踏み入れた頃だったかに運営から連絡があり、少額ながら何者かから定期的に金貨が貰える事になった。大した金額ではないが、最も費用がかかる装備品は基本的に仲間内での物々交換で賄っているため、贅沢をしなければ食うに困る事はない。









「──なるほど。町の人は危険だから外には出ないようにしているのか。しかし外から買い付けに来る人があるということは、町の外にも何らかの形で集落のようなものはあると言う事だね。よくわかった。ありがとう」


「もったいないお言葉です、教授」


 教授は手を振り、宿の女中を下がらせた。


 本来であれば民俗学などのフィールドワークとは年単位で行なうべきものだ。

 理由のひとつは現地での信頼関係の醸成があるが、もうひとつの理由として、季節ごとのイベントなど通年でなければ調査不可能なことなどがある。


 しかし信頼関係なら今宿泊している宿のように従業員をすべて『使役』してしまえばいちいち構築に頭を悩ませる必要はないし、イベントに関しても信頼関係がカンストした状態の現地民からいくらでも聞けばいい。本物の学者なら実際に目にしなければ調査にはならないのだろうが、教授は別にそこまで求めてはいない。


「……この港町に関してはこれ以上得られる物はなさそうかな。グスタフさんは船着き場一帯の現地民を『使役』したみたいだし、宿と船着き場が押さえてあるなら、この町の経済は事実上マグナメルムが掌握したと言っていいよね。市場いちばも大した規模じゃないし、町長みたいな人もケリーさんが支配するとか言ってたし……」


 気になるのは時折町に買い物に来るという外部の人間についてだ。

 教授たちが出港した、中央大陸のライスバッハの商人が危険を冒してまで西方大陸との貿易をしている理由に、この大陸でしか採れない植物や魔物の素材などがある。

 宿の女中から話を聞いた限りでは、この町の人間はほとんど外には出ないとのことだ。であれば、その素材を町に供給しているのは外部の人間で間違いない。


 この町も中央大陸との貿易が無ければ立ち行かないだろうことは明らかだし、町の生命線をすべて外部の人間に委ねているという経済的な脆弱性は気になるが、それは教授が気にしても仕方がない。

 たとえ外的要因によって物流が滞る事があろうとなかろうと、この地には遠からずプレイヤーがやってくる事になる。

 彼らの運搬能力や生存能力の高さを考えれば、弱小市場など一晩で吹き飛んでもおかしくない。

 この程度の規模の町が経済的に自立しているかどうかなど、大した問題ではない。むしろ最初から国内の生産力に期待していない方がダメージが小さいまである。


「……不定期とか言ってたかな。今日は来るのかな。もし来たら、ちょっと話しかけてみようかな」









 問題の外部の民は、町に来た時はまず宿に一泊し、その翌日取引をし、それが済んだらすぐに帰っていくらしい。


 そういうわけで、宿を支配している教授はすぐにその動向を掴むことが出来た。

 女中から連絡を受けた教授は宿の1階に開かれている食堂に降りていった。

 するとそこで、例の怪しいローブの2人組と外部の者と思われる人物が2人、ひとつのテーブルについていたのである。

 たまたま同じ宿に宿泊していた、というか宿は町にひとつしかないので当然だが、彼らもこの食堂で外部民と偶然会ったらしい。

 それでなぜ同じテーブルで話しているのかは謎だが、見かけによらずコミュニケーション能力が高いのかもしれない。

 いずれにしても教授も出遅れるわけにはいかない。


「──やあ。君たちは……確か私と同じ船に乗っていた人たちだね。中央大陸の人だな。そちらの2人は覚えがないが……」


 怪しいローブも教授の姿は目にしていたはずだ。であれば全く見知らぬ仲というわけでもない。

 話しかけても不自然ではないだろう。


「む。貴方はあの船の……。商人の方と、護衛の方はご一緒ではないのですか?」


「彼らはこの町の町長と知己のようでね。そちらの方に宿泊している。護衛の2人も私ではなく友人の護衛だから、私は1人寂しくこちらの宿に泊まっているというわけだ」


「そうでしたか。貴方はこの町にはよく来られるのですか?」


「いや、初めてだが」


「……差し出がましいようですが、ご自身用に護衛を雇われた方がいいのでは? 見たところ、それほど荒事に慣れているようにも、戦闘力が高いようにも思えません。ここは中央大陸よりも危険な場所であるようですし、油断は危険かと」


 アドバイスを受けてしまった。

 いったい何を根拠に、と思ったが、『真眼』か何かでも持っているのだろう。隠者のチョーカーによって偽装された教授のLPの輝きを見て、大したことがない人物だと判断したようだ。余計な御世話極まりないが、それを細かく指摘してやるわけにもいかない。


「なるほど、確かにそうかもしれないね。ご忠告どうもありがとう」


「明らかに聞いてねえっつうか、一応頷いとこうみたいな雰囲気だな。まあ死ぬのは俺たちじゃなくてあんただし、好きにすりゃいいけどな」


 黒い方のローブが毒づいてくる。

 わかりにくいが、これも教授に対する注意喚起のつもりらしい。

 口調の割に随分と常識的で親切なプレイヤーたちだ。


「肝に銘じよう。ところで、座ってもいいかね」


 ローブの2人と外部の2人に許可をとり、教授も同じテーブルについた。


「ありがとう。

 それで、何の話をしていたのかな。白黒ローブのお2人は私と同郷のようだが、そちらの君たちはこの大陸の人だろう。何か共通の話題でもあるのかね。

 ──すまない! こちらのテーブルに酒と料理を! 支払いは全て私でいい!」


 料理は少し時間が欲しいとの事だったが、酒はすぐに運ばれてきた。


「これは知り合えた事への感謝の気持ちだ。遠慮なくってくれ」


 プレイヤーはゲーム内で飲酒をしても本当に酔うわけではない。ゆえに現実での年齢制限は関係がない。教授も構わず酒を口にする。

 飲み過ぎると状態異常の酩酊にかかることもあるが、教授に限ってはその心配もない。フィールドワークでアルコールを口にする事もあるだろうと、キャラメイク時に経験値20ポイントを支払って「うわばみ」という特性を取得していたからだ。

 代わりに美形など対人において有用な特性は諦めざるを得なかったが、それも課金転生時のリメイク処理によってクリアした。キャラクター作成時にしか取得できない一部の特性を、ある程度の経験値を得てから後天的に選択できると言う意味では、あれはまさに課金アイテムにふさわしい効力を持っていると言えよう。


「……初対面なのに、なんだか申し訳ないな。

 俺たちはここから西の方にある集落の住民だ。基本的に自給自足をしているんだが、武器に利用する金属なんかは中々調達出来なくてな。鉱石みたいなものは採れるが、それを金属の姿にすることが出来ないんだ。それでこの町にそういう物を買いに来ているんだ」


「金属だけあっても、って部分もある。鍛冶屋みたいな設備はあるが、修復がメインだからな。だから、どっちかっていうと武器を買いに来てる感じだな」


 ひとりはエサ、もうひとりはパシと名乗った。ふたりとも獣人だ。


 流れで白黒ローブも自己紹介をしてきた。

 聞けばSNSでよく目にする名前だった。なるほどこの男たちが有名な変態コンビだったのか。

 噂とは当てにならないものである。

 彼らの姿は確かに怪しいが、物腰はまともな人間のそれだし、変態と言うにはいささかインパクトが弱い。


「私の名前は、そう、ウルススという。中央大陸で学者をしている者でね。今回はこの西方大陸の人々の生活を知りたくて、こうして海を渡ってきたと言うわけだ」






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