第396話「古馴染」(ディアス視点)





 空中庭園アウラケルサス。


 現在のディアスの主君である魔王レアが付けた名だが、実に美しい響きだ。

 空中庭園の元となった天空城は、かつての主君、精霊王ゴルジェイが研究していたらしい設備だが、武一辺倒のディアスは関わっていない分野であった。

 その手の研究を手伝っていた機関は大天使覚醒の折に滅んだのだろうし、今となっては詳細を知る者はいない。


 その空中庭園に建造された要塞の守護というのが、ディアスに与えられた使命である。

 正確には要塞の地下を守るのが使命であって、要塞と言っても地下研究所のふた程度の役割しか与えられていないのだが、それは重要ではない。誰も通すなと命じられたのならそうするだけだ。


 しかし実際のところ、ディアスの元まで不届き者が来た事はなかった。

 ディアスと同じく防衛を命じられた天魔ヴィネアが頻繁に要塞の外をうろついているせいだ。

 要塞にいろという主君の命令からは外れているが、その行動自体は結果的に要塞の地下を守ることにつながっているため、ディアスもうるさく言うのはやめておいた。

 もとよりヴィネアの戦闘スタイルとして、建物の中では真価を発揮できないという事情もある。

 最大効率を発揮するためにあえてそうしているというのなら、合理性を重んじる主君ならきっと理解するだろう。事実、それほど強く叱られているという感じでもない。


 しばらくはヴィネアのフォローをしつつ、要塞の警護をするのだろうと考えていたが、ある日レアから呼び出しを受けた。

 『召喚』によって喚び出された先はヒルス王城の謁見の間であり、当然そこにはジークもいた。


 主君によれば、用があるのはディアスとジークの2人にらしい。

 かつてのディアスたちの同僚らしき者が見つかったので、暇を出すから会いに行ってやったらどうか。

 そういう用件だった。









「──ヴィンセント! 貴様、ずいぶんと、はははは! 痩せたな! 色男が台無しだ! ざまあみろ! ははは!」


 ──オオオ……! ──オオオオ……!


「はっはっは! 何を言っているのかさっぱりわからんぞ! その調子では、お得意のナンパもうまくいくまい! いい気味だ! どうしたヴィンセント、かかってこないのか?

 そうか、その影から出られないのか! まさかとは思うがお前、まだ太陽を克服していないのか! 生前夜遊びばかりしていたからだバカめ!」


 ディアスやジークは日向にいるが、ヴィンセントは建物の影から出てこない。

 建物と言っても、中にあるのは下り階段だけだが。


 ここは精霊王ゴルジェイの墓。

 歴史書から名を抹消された、偉大なる始祖王の墓標、その屋上である。


 この墓はデ・ハビランド伯爵の計らいにより、雲をも凌ぐ高さにまで到達しているため、昼間は日が陰る事がない。

 伯爵自身やディアスたち、日光を克服した者にとっては大した問題でもないが、デスナイトであるヴィンセントには辛い環境だろう。


「ん? なんだ? この鎧が気になるのか? これは現在の我が主君よりたまわったものよ! ディアス殿もお揃いだぞ!」


 ディアスとジークが現在身につけている鎧は、レアの友人である森エッティ教授が新たに『錬金』によって開発した、魔法合金アダミスアロイで作られた最新型だ。

 少し前までは、デスナイトの頃に着ていた鎧が転生の際に肉体と同時にリファインされた物をそのまま身にまとっていたのだが、性能的には魔鉄製の鎧と同程度で大した鎧ではなかった。

 そこで新たに開発された金属の性能試験も兼ね、今どきのデザインで作られた新しい鎧を賜ることになったのである。

 デスナイトやスケルトンナイトもそうだが、人型の魔物は生まれながらに装備している武器や防具であっても着替える事が可能だ。

 部下のアダマンアルマたちは鎧と肉体が同化しているようで装備の変更はできないらしいが、そのあたりが魔法生物と人型アンデッドの違いなのだろう。彼らはどちらかと言えば中身入りのリビングメイルに近いというわけだ。


 いや、それよりもヴィンセントとジークの醜い言い合いを止めねばならない。

 もっともヴィンセントは言葉を話せないようで、本当に醜く言い争っているのかは実際は不明だが。


「やめよジーク。久方ぶりに会った同僚だぞ。そのような狭量な振る舞いは、ひいては我らが主君、魔王レア陛下を貶めるものと知れ」


「──はっ。これは失礼しました。つい……」


 畏まるジークを見て、ヴィンセントが得意げに何度も頷いている。そういう態度がジークをさらに煽る事になるのだが、彼はもうディアスの同僚ではない。あれを注意するのはディアスの役目ではない。


「今言ったように、我らが会うのは本当に久しぶりのことだ。そのようにはしゃいでしまうのもわからぬではないがな」


「いえ、そのようなことは……」


 生前、ヴィンセントとジークはこのように顔を合わせれば言い争いをするような仲だった。


 第二騎士団長だったヴィンセントは位の高い貴族の出だったが、ジークの生まれは平民と変わらないほどの下級貴族だ。そうした軋轢や、貴族であり、騎士団長でありながら軽薄なヴィンセントと、真面目一辺倒のジークでは馬が合わなかったということもあるのだろう。


 なぜ、ヴィンセントの生家が高い地位にあったのか。

 そしてそんなヴィンセントがなぜ貴族らしからぬ軽薄な振る舞いをしていたのか。

 それについては、年嵩であり位も高かったディアスは知っていたが、敢えて誰かに話した事はなかった。


 ジークは口ではヴィンセントを嫌いながらも、その実力や少なくとも職務に対しては真面目に取り組む姿は認めていたようであるし、ヴィンセントに至っては、実に分かりにくい態度ではあったがジークを気に入っているようにも見えた。

 そういう仲であるのなら、ヴィンセントの抱える闇について知るとしても、それは本人の口から聞いた方がよいだろうと考えていたためだ。


 あれから幾百の時が流れたのか。

 正確なところは不明だが、精神的に大人になったというにはいささか長すぎる時間が経った。

 にもかかわらずこの様子というのは、元第一騎士団長として頭が痛い限りであるが、本気で咎める気にならないあたり、ディアス自身もこうした光景を無意識のうちに渇望していたのかもしれない。


「──失礼しました。伯爵閣下。旧知の仲とは言え、閣下の配下に対してジークめがご無礼を……」


「いえ、気にする事はありません。不死者の王よ」


「おやめ下さい閣下。閣下はゴルジェイ陛下の、そして今はレア陛下のご友人。なれば膝をつかねばならないのは我らの方です。どうか以前のようにお話しください」


「そうか。ふふ」


 伯爵は堪えきれないと言った様子で笑みをこぼした。


「どうかされましたか?」


「いや、最近は誰も彼も、我に同じように言ってくるなと思ってな」


「他にも誰ぞ、同じような事を?」


「うむ。ブランという、元は我の寄子よりこのような者なのだが……」


「ああ……」


 ブランの事ならよく知っている。

 主君の友人であり、いっときは護衛のような事もしていた仲である。

 彼女であれば確かに、寄親よりおやとも呼べる伯爵にかしずかれれば泡を食ってやめさせるだろう。

 その光景が目に浮かぶようだ。


「なんだ、知り合いであったか。そうか、魔王陛下の絡みだな。まあそういうことだ」


 レア主催の茶会で顔をあわせたことのあるジークも頷いている。

 ヴィンセントはブランとディアスたちの間に面識があるのが不思議なようだ。そんな顔をしている。


「──うん? ああ。以前に言ったろう。知人の中に魔王陛下がおられると。このディアスとジークは今や、その魔王陛下の眷属なのでな。この姿、不死者の王も魔王陛下のお力によるものだ」


 伯爵がヴィンセントに現状を説明した。

 久方ぶりに会ったというのに、そのような基本的な事さえ話していなかったのだった。これもジークが要らない対抗心を燃やすからだ。


「我もお前を不死者の王にしてやれればよいのだがな。さすがにそこまでの持ち合わせがない。宮仕えのつらいところよ。しばらくはデスナイトで我慢してくれ。

 それに我の記憶が確かなら、不死者の王に至るには、死者としての殻を破る大きな力が必要だったはずだ。それをお前が持っているのかどうか、それもわからぬ」


 ディアスは大陸各国に対する怒りで、ジークは正しき歴史が失われてしまっている事に対する悲しみで、死者としての殻を破ることが出来た。

 ヴィンセントがそれらに匹敵する感情を秘めているのかはわからない。

 常に明るくあることを演じ続けてきた男だ。

 アンデッドである以上、何らかの負の感情でなければブレイクスルー足りえないと思われるが、ヴィンセントは果たして。


「ところで閣下。そのブラン様はどちらに? 我が陛下のお話では、こちらにおられるとのことでしたが」


 知らない仲ではないし、ヴィンセントについて教えてくれたのは彼女だと言う事だ。

 会えば挨拶のひとつでもと考えていたのだが、塔の屋上にはいない。


「しばらく前のことだがな。妹の様子を見に行く、と言って飛んでいきおったのだ。妹というのはまあ、これも恐ろしい存在なのだが、こんな狭い屋上にあまりたくさんの強者が寄り集まっても仕方がないのでな。何かがあって誰かが暴れる事になれば、せっかく建てた塔が低くなってしまいかねん。ここに連れてくるのは勘弁してくれと言っておいたのだ。

 ゆえにそうしてたまに拠点に帰り、様子を見ているようだ。今日はお前たちが来るという話だったのでな。我の護衛はいらんと考えたのだろう。側仕えの3人も連れて行った。ヴァイスもな」


 ひとつ前の茶会の折に誕生させたという、死天使グラウの事だろう。

 アンデッドでありながら神聖耐性を持つという、非常に稀有な存在だ。

 弱点がないのは実に恐ろしい話だが、どうにもそう思えないのは弱点など力でねじ伏せるような者たちと日常的に接しているからだろうか。


「もともと別に我に護衛など必要ないのだがな。──噂をすれば、だ。帰ってきたぞ」


 伯爵の言葉に、塔の縁から見下ろしてみると、霧のようなものに包まれた銀髪の執事の姿が見えた。

 霧はその下に広がる雲海と色が被って非常に見づらいが、おそらくあの霧がブランだ。


 屋上まで上昇してきた執事は直立不動の姿勢で降り立つと翼をしまい、伯爵とディアスたちにそれぞれ一礼した。


「ただ今戻りました閣下。そしてご無沙汰しておりますディアス様」


「ああ、お久しぶりですなヴァイス殿。アザレア殿たちは──」


 ヴァイスに纏わりついていた霧が集まり、人の形を取った。


「──ただいまあ! いやーやっぱりグラウは可愛いですなあ! おっとディアスさんたち久しぶり! 何かすみませんね伯爵のおりを押し付けちゃったみたいで! あとアザレアたちならグラウのお世話をするって事でエルンタールに居残りです! モテモテですなあわたしの妹は!」


「……お久しぶりでございます、ブラン様」


「おい、おりとはどういう意味だ。言い方というものがあろう」


「ブラン様、私を乗り物のように扱うのはお止めください。ご自分で飛んだ方が速いのですから、ちゃんとご自分で飛んで下さい」


 ブランの登場とともに屋上が一気に賑やかになってしまった。

 主君であるレアや、あの恐ろしい邪王ライラでさえ一目置くのも頷ける。

 なんというか、ディアスにはうまく説明できないが、なんだかすごい人物である。








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