第388話「みんな自分の成果を見せたくて仕方がない」
複合魔法。
ずいぶんと懐かしい言葉を聞いたような気がする。
その概念を初めて耳にしたのは確かそう、今レアたちがいるこのノイシュロスの森、ここでとあるプレイヤーたちと協力してダンジョンアタックをした時の事だった。
あの時行動を共にしたしいたけやトンボなどの名前は時折見かけるが、リーダーのタンクマンの名前はSNSでも見かけない。元気にしているだろうか。
そんな場所で、その時は敵だったバンブの口からその言葉を聞くことになるなど、ライラではないが運命的な巡りあわせを感じてしまう。
もし本当にバンブが仕様として複合魔法というテクニックを発見したというのであれば、きっとそれはレアにとって重要なものになるだろう。そんな予感がする。
「──見つけたというの? 複合魔法を」
「ああ。といっても、正式には複合魔法じゃあなく、「事象融合」って言うらしいがな」
「……ん? スキルとかじゃないのに名前付いてるの? 落下ダメージだってプレイヤーが勝手に言ってるだけなのに。どこで聞いたのそれ」
「ああ、いや、まあその、そいつは言えねえ。ちょいと色々あってな。守秘義務要項に抵触する恐れがある」
「……怪しいな。こいつ怪しいよレアちゃん。何か隠してるよ」
「何か隠してるのはみんなそうでしょう。それぞれにそれぞれの切り札とか奥の手とかもあるだろうし」
「まあ……。それはそうかもだけど」
それにバンブが何を隠しているかは見当がついている。
おそらく先日言っていたコピー人形の件だ。その存在について明かさないという意味では、バンブから謝罪を受けた際にレアも運営に誓約を交わしている。
それに関係しているとなると、バンブが言った「自分だけの力で見つけたわけじゃない」という言葉の意味も想像がつく。
レアをコピーしたレプリカドールが使用したのだ。その事象融合とやらを。
バンブが言うように仕様であるなら、データ的にそういう能力を持っていなかったとしても、方法さえ知っていれば使用する事が可能なはずだ。
まだ試作段階で戦闘行動のパターンがしっかり練られていなかったレプリカドールが、自動的に最適な行動を選択してしまい、その結果偶然目にした未知のテクニック。
そしてその事実をはっきりと言う事が出来ないバンブが、自らの力でそれを再現し、今伝えようとしている。
謝罪の際についでに言えば良かったものを、はっきりと形にしてから公開しようとするその態度は悪くない。
レアもあれから色々とすることがあり、忙しかった。あの時聞いていたとしたらこのタイミングで解明できていたかどうかわからない。
ガスラークが黙っていたのも、やはりバンブに頼まれたからだろう。
ここのメンバーたちを驚かせてやりたいという子供じみた自己顕示欲だ。バンブにしては珍しい行動傾向だが、気持ちは分かる。
「それで、どういうものなのかな。その事象融合とやらは」
「じゃあちょっと実演してみるとしようか。広場の隅に穴が空いちまうな」
バンブが合図をすると2体のホブゴブリンが姿を現した。
「ああ、カタくなってやがるな。
事象融合はタイミングがシビアでな。100%成功させるのは実は難しい。もし失敗しても笑って見逃してやってくれ」
そう言われても、ホブゴブリンが緊張しているのかどうかはレアたちでは見てもわからない。
別に失敗しても何か言うつもりもないし、気楽にやってくれればいいのだが。
「まあ、まずは先に失敗事例をやっておこう。緊張もほぐれるだろう」
バンブの命令に頷き、ホブゴブリン2体がそれぞれ手を掲げて広場の隅を睨みつける。
その直後に魔法が発動し、じゅっという音を立てた。
うっすら湯気が漂ってはいるものの、特に何かあったというわけでもない。
魔法が相殺されたのだ。
しかし、『魔眼』で見えたマナの動きからすると大した事のない魔法のようだが、随分と遠くをターゲットに定めている。
「見ての通り、普通に同じ座標を狙って撃ったんじゃあ、こんな風に相殺される。例えばこれが同属性だったりしたら爆発するがな。
──じゃあ次だ」
再びホブゴブリンたちが広場の同じ場所を睨みつける。
今度は先ほどよりも時間をかけて集中し、魔法を発動した。
すると一瞬、ホブゴブリンたちのそれぞれの手に、脈動するマナの塊が現れた。通常の魔法の発動ではありえない現象だ。属性に応じた色が付いているらしいそのマナの渦は、吸い込まれるように発動地点へと流れていく。
直後、周囲の音が消えたように思えた。
いや、音が消えたわけではない。
爆発音によってかき消されたのだ。
広場の隅が一瞬光り、周辺に衝撃波を広げながら爆発的に燃え上がるのが見えた。
発動した魔法が低位のものだったせいか、威力はそこまででもないようで、衝撃波もレアたちの元に来る前に消え去っていたようだが、爆風は届いた。と言ってもダメージを伴うほどでもなく、埃っぽい突風という程度だが。
「──ああ!? クッキーが飛んでった!」
「ハーブティのポットもだね。木製でよかったな。割れずに済んだようだ」
ブランは相変わらずだが、教授は素早く周囲の被害を観察した上での発言だ。
事象融合の威力を見ているのだろう。
「ふむ。見たところ、同属性での爆発の倍ほどの威力、と言ったところか。MP効率を考えると素晴らしい成果だな。これが狙って起こせるのであれば、その有用性は計り知れない」
「何とか成功したみたいでよかったぜ。お前たち、もういいぞ。休め」
ホブゴブリンたちが去っていく。
バンブのセリフのせいか、レアの目にも心なしその後ろ姿はホッとしているようにも見えた。
「……すごいなこれは。確かに見た事がない現象だし、知らない仕様だ。言うだけの事はあったね」
「……ふん。心折れずに済んで良かったね」
「いやーすごいすごい! わたしも魔法メインだし、これちょっとやってみたいな! あとクッキーのお代わりください!」
「実に興味深い現象だった。新しいハーブティをいただきながら詳しく聞こうじゃないか」
「まあ落ち着け。話してやっからよ。それとクッキーは悪かったな。ちょっと考えが回らなかった。ハーブティは自分で淹れてこい。ログハウスの中だ」
*
「──まず、今実際に発動したケースだが、これは『火魔法』の『フレイムトーチ』と『水魔法』の『ドットフラッド』を事象融合させたもんだ。この時、発動者にはその現象の名前がわかるらしい。今回の組み合わせで言えば『スチームバング』って名前だ」
「なにそれ。水蒸気……爆発まではいかないけど、って事かな? まあ確かにそんな感じの規模だったけど」
「実際に組み合わせがどのくらいあるのかは知らねえ。それほど試したわけじゃないからな。
それで肝心の発動条件だが、薄々わかってるとは思うが、まずは指定した座標、発動のタイミングがぴったり一致していることだ。
これはどのくらいの許容範囲が設定されているのかまではわからんが、完全に一致ってわけでもないと思う。ただそこまで余裕もないはずだ。少なくとも、別々のキャラクターが何のサポートもなく合わせようとしても、まず失敗する」
再現に成功したバンブが自分では行なわず、配下を使ったのもそのためか。
なるべく近い能力値の眷属に、同時に命令を下すことで成功率の向上を図ったのだろう。
「それから他の条件、というより外的要因と言ってもいいかもしれんが、とにかく別の縛りもある。
ひとつめは発動したい属性、っつうかツリーに何かのリキャストタイムが残っている場合、発動しないということだ。
本来だったら例えば『フレイムアロー』を撃った直後、このリキャストが残っていようとも別の魔法は自由に発動が可能だ。リキャストが明ける前に別の魔法を発動すれば、後から発動した魔法のリキャストに割りこまれて、『フレイムアロー』のリキャストカウントは停止するが、別の魔法には影響がない。
だがこいつの場合、『フレイムアロー』を事象融合に使わないとしても、そのリキャストタイムが残っている限り、『火魔法』ツリーの魔法を使った事象融合は発動しないらしい」
では逆に事象融合に使った魔法のリキャストタイムはどうなるのだろう。
同様に、使用した魔法のツリー全てがしばらく使えなくなってしまうとなるとかなりのデメリットであるように感じる。
まあこれは一回試してみればわかることだが。
「ふたつめだが、これは条件というより追加コストだな。
事象融合が発動した時、その発動した事象によって追加でMPが消費される。
最初は不発の理由がわからなくてあれこれ試してみたんだが、これもどうやら現在MPが必要MPに満たない場合は事象融合は発動しないらしい。あのホブゴブリンメイジたちは魔法系に特化したビルドをしてあるんだが、今の『スチームバング』でさえ、多分数発も撃てねえだろう」
「なんだ。では取り立ててMP効率がいいというわけではないのだね」
「むしろ悪い部類だろうな。純粋な破壊力だけみりゃ、このくらいの結果を出すだけなら今の奴らなら何発でも撃てる」
「MPだったらわたしはたくさんあるから問題ない。それより、発動時の指定座標を一致させる必要があるということは、射出型の魔法では無理だということなのかな。それと、例えば3つ以上の魔法の融合なんかが可能なのかも気になるな」
「射出型の魔法の融合はまだ研究段階だな。純粋な威力型の魔法ってのは射出型が多いし、それで成功するようならかなりの戦力になるんだがな。
3つ以上の魔法の融合についても研究中だ。眷属3体以上の発動座標やらを合わせなきゃならんから、難易度もその分上がる。組み合わせとして存在しないもんもあるだろうし、そこを探しながら、しかも成功するかもわからん、となると、膨大な時間がかかる」
確かにそうだろう。
発動しなかった場合、それが組み合わせが存在しないからなのか、それともタイミングが合っていないのか、またはそもそも3種融合は不可能だからなのか、その理由を断定する事は出来ない。
ただ、複数の魔法を発動するからと言って、複数のキャラクターが必要になるとは限らない。
レアの『魔眼』の『魔法連携』であれば、指定した場所に別々の魔法を叩きこむ事は可能だ。
自分ひとりでやるのであれば、タイミングも位置もズレることはない。
本来複数人で協力し、高いチームワークを発揮する事でのみ発動するはずの事象融合。
それを単騎で実現可能とは、なんとソロに特化した種族なのだろう。
歴代魔王は皆ぼっちなのだろうか。
「──ちょっとうずうずしてきたな。
よし早速やってみよう。『フレイムトーチ』と『ドットフラッド』はもう見たし、試すなら別のがいいな。とりあえず『ダークインプロージョン』と『ホーリーエクスプロージョン』で──」
「おいバカやめろ! 俺の森を更地にするつもりか!」
慌てたバンブが止めてきた。
まるでどこかでその光景を見たことがあるかのような必死さだ。
ということは、レプリカドールが発動してみせたのはまさにその組み合わせだったのかも知れない。
だとすると、その組み合わせも存在が証明されている事になる。
ならば今試す必要はないと言える。
「なるほど、なるほど。じゃあ別の組み合わせ──せっかくだしもっとたくさんの種類の魔法で試してみよう。
属性のバランスもあるんだろうけど、考えるのが面倒だから全属性で。それと威力のバランスもあるんだろうけど、これも考えるのが面倒だから一番強いやつにしよう」
「……別に止めはしねえが、やるならここじゃないどっかでやってくれ。出来ればなるべく遠い場所、大陸の南の方にしてくれよ。余波で森が吹き飛ばされたらたまらん」
「あ、じゃあさ」
事象融合の仕様について、憮然とした顔をしながらも耳だけは傾けていたライラが発言した。
この姉がこのように何かを思いついた時は大抵ロクでもない内容だ。
「ついでに私のベヒモスを見に行こうよ。すんごい地下深くに埋まってるんだけど、実はその真上に邪魔なダンジョンがあるんだよね。支配してもよかったんだけど、もう私の顔も大勢に見られちゃってるし、面倒だなと思ってて。
だからその森、いっそ丸ごと全部吹き飛ばしちゃってよ。お礼はするからさ」
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