第386話「アウトドアスタイル」






「──森じゃん!」


「わりいかよ。雰囲気出てていいだろうがよ」


「いやーでもこれまでずっとお城とかだったのに、急にこんな野性味溢れるアウトドアぶちこまれると戸惑いを隠せないって言うか、経済格差に愕然とするっていうか」


「ブラン嬢、意外と難しい言い回しを知っているな」









 ヴィネアの配下としてリビングドールを用意した後。


 レアはエンヴィを海まで送っていき、大エーギル海の探索と横断を言い付けた。

 エンヴィはレアから離れたがらなかったが、大エーギル海の制覇も重要な仕事だ。能力的にエンヴィにしか出来ないことであるため、そう説明してなんとか納得してもらった。

 それにエンヴィはなるべく海の近くにいた方がいい。あのスキルがあれば、海周辺でエンヴィに傷を付けることが出来る存在はそうそういないはずだ。

 容姿のせいで多少目立ってしまうが、擬態させておけばLPもMPも隠す事が出来る。

 あれは変態の完全下位互換かと思っていたが、どうやらスキルの『隠伏』のような効果も内包しているらしい。擬態中は『真眼』や『魔眼』で見えるLPやMPが一般の弱いNPC程度にまで抑えられていた。

 『鑑定』や『看破』まで誤魔化す事は出来ないようだが、エンヴィよりも弱い相手からの『鑑定』なら抵抗してしまうだろうし、これが疑似餌のようなものだとすれば実に優秀な特性であると言える。

 もっとも『鑑定』が使えるほど賢い相手なら、『鑑定』に抵抗された時点でエンヴィの異常性を察して逃げてしまうだろうが。


 そのエンヴィがやたら対抗心を剥き出しにしていたヴィネアは、とりあえず引き続き空中庭園で遊ばせている。

 強化はしたものの、これといって何かさせる事があるわけでもないし、知らない土地にいきなり行かせるというのは少し不安が残る。

 しばらくはあのまま空中庭園で天魔の身体に慣れさせておいて、段取りがついたら他の配下たちと共にどこかに遠出をさせてみるのがいいだろう。


 それらの事が落ち着いた頃、珍しくバンブの発信でお茶会のお誘いが来たのである。

 前回の最後に、お茶会の会場は提案者の支配地でやることに決まっていた。

 このノイシュロスの森に皆で来たのはそのためだ。


 以前にバンブとマーレが死闘を繰り広げたあの広場には木製の野性味あふれるテーブルとイスが設置されており、さながらキャンプ場の休憩所か何かのようである。

 ここまでプレイヤーが来る事はないのかと尋ねてみれば、大戦イベントやその後のアップデート、そして立て続けに起きている細かい騒動のせいで、最近はあまり訪問者がいないとの事だった。









「バンブの召集ってのは気に入らないけど、私もちょろっと報告みたいなのあるし、タイミング的にはよかったかな」


「アップデート後のあれこれも少し落ち着いた頃だし、タイミングで言えば確かに悪くないね。と言っても私がするべき報告はすでにレア嬢にレポートを出しているが」


「レポート出したの!? それ言われてホントに出してる人初めて見たよ。あれレアちゃんの冗談だと思ってた。じゃあ出せばちゃんと読むんだね」


「あれは冗談だし、出されても読まないよ。教授のレポートはわたしの配下にまとめさせて、そのまとめだけ読んでる」


「そんな事だろうと思ったから私は出したことないな」


「……まあ、いいんだがね別に」


「ブランはよかったの? 今忙しいんじゃないの?」


 大陸中央に突如として現れた異常な高さの塔。

 あれはブランの師匠とも呼べる吸血鬼のデ・ハビランド伯爵が打ち立てたものらしい。

 正規イベントであるからかすでにダンジョンリストにも載っており、プレイヤーたちもアタックし始めているようだ。


 伯爵の事が心配で仕方がないらしいブランは現在その塔に駐留しており、支配下の街から戦力を呼び寄せたりして協力していると聞いている。


「うんまあ。もし踏破するようなプレイヤーでもいたら困るんだけど、すぐにどうこうって事はなさそうだし。

 塔の構造上、戦争の時みたいなレイドクラスの人数での攻略は無理だから、プレイヤーの人たちも数を頼みにってわけにはいかないし。こっちは小ロットずつ眷属をぶつけて波状攻撃すればいいけど、自分が死んだら入り口からやり直しのプレイヤーたちはなかなかそういうわけにもいかないからね」


 確かに、戦力は用意出来るとしても一度に投入できる規模に限りがある場合は、回数を分けた波状攻撃にするのが合理的だ。

 しかし、目的がダンジョンの踏破である以上、波状攻撃によって敵戦力を削る事が出来るとしても、最後に投入される部隊以外は捨て駒になると言い換える事も出来る。

 ひとりの主君に支配された眷属たちならそれもいいだろうが、ひとりひとりが主人公であるプレイヤーたちではそのやり方は容認できまい。


「で、塔も超高いし階層もいっぱいあるから、しばらく放っておいても大丈夫かなって。今日はアザレアたちもあっちに置いてきたし、何かあったら何とかしてくれると思う。アザレアたちもああ見えて何気に子爵級だしね」


「そういえば、グラウちゃんはどうしたの?」


 ライラが尋ねた。年下の女の子なら誰でもいいのか。


「グラウはエルンタールでバーガンディとお留守番。塔に呼ぼうかとも思ったんだけど、伯爵がもう少し時間が欲しいって言うから」


 よくわからないが、伯爵にもいろいろあるのだろう。


「──って、なし崩し的にわたしの近況報告終わっちゃった感!」


「じゃあブラン嬢からは以上ということでいいのかな。ところで、ここはウェルカムドリンクも出ないのかね? これではお茶会にならないじゃないか」


 教授のその言葉が聞こえたからではないだろうが、ログハウスからホブゴブリンが数体、飲み物らしきものを持って現れた。

 そのホブゴブリンたちは他のホブゴブリンと比べてかなり細身の体型だ。服も比較的ちゃんとしたものを着ているし、指の爪も切ってある。

 運ばれてきた飲み物が入っているのは木のコップのようだが、これもなかなか精巧に作られている。


「そうやって文句付ける奴もいると思ったからな。ちゃんと用意してある。

 この森で採れたハーブを使ったハーブティだ。結構エグイ匂いのやつとかもあって昔は怖くて飲めなかったが、『鑑定』してみたら意外と高級品みたいだったんでな。淹れさせてみた」


 そしてまた別のゴブリンがトレイに焼き菓子のようなものを乗せて持ってきた。


「こいつは木の実を練って焼いたクッキーみたいなもんだ。甘味には蜂蜜を使ってある。俺は街に気軽に買い物に行くってわけにはいかんからな。全部森で採れたもんだが、そう捨てたもんじゃねえぜ」


「どれどれ……」


 皆でクッキーを齧り、ハーブティを飲んでみた。

 無骨な木のテーブルにはハーブティに垂らせるように蜂蜜の小瓶も用意してある。


「思った以上においしいなこれ。オサレでオーガニックな喫茶店でお持ち帰り用に売ってるやつみたいだ」


「甘味が蜂蜜ってところがいいよね。じんわりした優しい甘さ」


「クッキーは少し青臭さがあるが、それもハーブの香りがうまく中和しているな」


「……これ、誰が焼いたの? まさかバンブじゃないよね」


 1人だけ厳しいコメントだが、本当においしくなかったら開口一番罵声が飛んでくるのがライラである。この言い方だと、想像以上に味が良かったので苦し紛れに粗を探そうとしているのだろう。


「焼いたのはトレイを運んできたホブゴブリンだ。ログハウス建て直すのを手伝ってもらったり、食事の用意をしてもらったりってんで、DEXを中心に伸ばしてた奴らだな。生産系の能力値とスキルを伸ばしてやったから、なんかそういう種族でも転生先に出るかと思ったが出なかった。かといってメイジだのシャーマンだのに転生させてもしょうがねえし、とりあえずそのままにしてある」


 レア配下のアンデッドたちも、便宜上メイドレヴナントや文官ワイトなどと呼んではいるものの、実際にそういう種族というわけではない。

 戦闘に関係するものでもなければいちいち種族分けなどしていないのだろう。

 人類にしたって別にアルケミーエルフやパティシエヒューマンがいるわけではない。種族で職業が限定されてしまっているのは一部の魔物くらいだ。


「なんだか催促したみたいで申し訳ないね。いや、堪能させてもらった。おかわりはあるかな?」


「したみたいっていうかバッチリ催促してんじゃねーか。お前今度自分で召集する時はそれなりの覚悟しとけよ。あとおかわりは給仕のホブゴブリンに言え。量は用意してある」


 ライラも含めて全員がおかわりを要求し、それを平らげたところで本題に入ることにした。

 前回からそれほど間を置かない開催になるが、短い間に随分と色々な事が起きている。各々にも何かしらの報告、というか言いたくて仕方がない事があるようだ。


「それで、誰からの報告にする? バンブ氏の召集だしバンブ氏から話すかね? 私はほぼレア嬢以外には言っても仕方がない内容だから、飛ばしてもらって構わないが」


「わたしもさっき言ったので全部かなあ」


「ふっふふふ。俺は最後でいいぜ。こういう時ってのは、重要な内容はケツに持ってくるもんだからな」


「おっと大きく出たじゃないか。言っておくけど、私だってちょっとしたものだよ」


 ライラの報告が何なのかは知らないが、その前にはっきりさせておくべき事がある。


「──そんなことよりさあ。ライラはわたしに言う事があるんじゃないの?」


 レアはあえて行儀悪く、イスの背もたれにもたれかかって背を反らせ、見下すようにライラを睨んだ。


「すませんしたー!」


 察したライラが流れるような鮮やかさで土下座した。


「えっ!? なになに?」


「……ああ、ファンスレで話題に上ってた件か」


「所詮、脂肪の塊に過ぎんと思うんだがね。そんなもの、少なくとも私は無くて困った事はない」


「そりゃお前には無いだろ」


「……そうだったね」


 付いてこられていないブランにバンブと教授が該当のスレッドを教えている。別にそんな、広めるような事ではないのだが。


「……ファンスレ、ファンスレ……。ああ、これかあ。なるほ──あれ? この理屈だとわたしが一番になるはずなんだけど、なんで名前出てないのかな?」


 ブランの目から光が消えていく。

 このままだと新たな火種が生まれそうだ。


 思いのほか素直なライラの態度に溜飲は下がったが、せっかくの機会だしもう少し釘を刺しておきたい。


「──胸部だけ部位破壊してそのまま再生させないとかって出来ないのかな」


「おおおい! 怖えよ! もういいだろ謝ってんじゃねえか!」


「……仕方ない。今回はこれで許すけど、次は無いからね」


 それを聞いたライラは何事もなかったかのように立ち上がり、胸をなで下ろして椅子に座った。現金なものだが、この程度のやりとりは実家で日常茶飯事である。だいたいいつもこんなものだ。

 これ以上引っ張ってもかえって気にしていると言っているようなものだし、こんなところだろう。

 もとよりそれほどレアは気にしていない。ライラはレアよりたまたま少しだけ、胸部が太っているだけだ。


「てかよ、何か言う事があるのはレアもだろ。俺に何か言う事ないのか」


「あ、そうだった! 私にもだよ! やっちゃダメって言ったでしょう! どうしてそういうことするの!」


 一瞬何のことだろうと思ったが、おそらくオーラルの何とかいう街にユーベルを向かわせた事だろう。

 なるべく建物や街の人々に被害が出ないよう言いつけておいたのだが、何か問題でもあったのだろうか。


「キョトンとしてんじゃねえよ。よかったぜ襲撃に同行しなくてよ。嫌な予感がしたんだよ」


「街としてはそれほど大きな被害は無かったけど、下手をすると領主の進退にかかわる問題になるんだからね! 新しい人材をでっちあげるのも大変なんだから」


「ごめんごめん。でも2人とも結果的に被害がなかったんならよかった。次から気をつけるよ」


 ユーベルはバンブとも会った事がある。現地で見かけても攻撃しないよう言いつけてあったし、ライラ本人や彼女の陣営の幹部級があの街に来る事は考えづらかった。

 大事になる可能性は低かったと言えるが、確かに駄目だと言われていた事を勝手にやったのは悪かった。





「お説教のやりとりは終わりかな? じゃあそろそろ続きしない? せっかくのお茶が冷めちゃうよ」


 そう言うブランは何度目かのお代わりをしている。

 その度にホブゴブリンはログハウスで新たにお茶を淹れているようだし、この様子では冷めることなどない。


 しかし話の続きをする意見には賛成だ。

 ブランの報告はほとんど終わったようなものだし、教授は今回は特に自分から発言しようという様子もない。

 バンブは最後でいいと言っていたし、ライラも自信があるようだった。

 ここはいつもと大して代り映えのしないレアから話してやるのがいいだろう。


「じゃあ、わたしからでいいかな。

 今後の予定、みたいなところもあるんだけど、次は東の海をどうにかしたいと思っててさ。この間、ちょっと海岸線まで行ってみたんだよ。そこでまあ、なんやかんやあったんだけど」


「ちょいまち、なんやかんやって何さ」


 なんやかんやというのはマゼランというプレイヤーと一時的に行動を共にしていた事だが、これを話すとまた迂闊だとか何だとか言われそうなので言わない。

 幸い、「マゼラン」という名のプレイヤーがSNSに書き込みをしている様子もなかったし、海で災厄を見かけたというような書き込みもなかったので、黙っていればわかるまい。


「別に大したことじゃないよ。港町をひとつ支配下においたりとかそういう話。それで海を沖まで散歩してたら、サメにいじめられてる可哀そうなクビナガリュウがいたから助けてあげたんだよ。手当して『使役』して連れて帰って、もう二度と誰にも負けないように鍛えてあげたんだけど」


「どう考えてもやってることが過剰だろ。誰にも負けないまでやる必要あんのかそれ」


「もしまた誰かに負けて泣いて帰ってきたら二度手間になるじゃないか。一度で済ませた方が合理的だろ」


「それよりなんやかんやって具体的に何なの?」


「まだ言ってるの? どうでもいいでしょう。しつこいな。

 それで、色々混ぜ込んで強化した結果、なんと「最強の海 リヴァイアサン」ていうのが生まれたんだよ。すごくない?」


 レアのさらりとした話し方のせいもあるだろうが、初めは皆、ふうんそうか、というような顔で聞いていた。

 しかししばらくして言葉の意味が浸透してくると、徐々に顔色が変わってきた。


「──すっげー! かっけー! 最強だって! 元が首長竜ってことは、それなんかザウルス系の見た目だったりするんじゃない? これもう熱血なやつだよね! 熱血で最強なザウラーだよ! ゴーゴー!」


 ブランの言っている事は半分もわからなかった。多分レアの知らない何かのネタだろう。


「……あの少女はリヴァイアサンだったのか。なぜ、海に派遣する前に教えてくれなかったのかね。知っていればもっと色々調べてみたかったんだが……」


 そういえば教授には会わせていた。聞かれなかったので答えなかっただけなのだが、それをレアのせいにされても困る。


「……なんかそんな予感はしてたけどよ。やめろよノーモーションで特ネタぶち込んでくるの。大見得切った俺がピエロになんじゃねえかよ」


 そうは言いつつも、バンブの目はまだ死んでいない。

 慎重なバンブがわざわざそんな大口を叩くくらいの情報だ。実はレアもひそかに期待している。


「──なるほどね。さすがはレアちゃんだ。これはもう運命だよね」


 ライラは何を言っているのかわからない。


「能力値とか細かい事はまた機会がある時に話すとして。問題は固有スキルの『海内無双かいだいむそう』かな。効果は本来の言葉の意味とはかなり違ってるけど──」


「──海の周辺にいる時に各種ボーナス大、ってところじゃない?」


「……そうだけど、かぶせるのやめてよ」


 ライラのドヤ顔が鼻につく。


「そうですよ。そういうところですよライラさん」


「ふっふっふ。私が無意味にレアちゃんの見せ場を奪って好感度下げるようなことをするとでも?」


「無意味だろうとなかろうと、見せ場を奪った事は事実だし、好感度はきっちり下がっているのではないかな」


「……お前、そういうのわかるんだったら自分でも気をつけろよ」


 まったくだ。

 どいつもこいつも奥ゆかしさというものが足りなくて困る。


「そんなセリフは私の報告を聞いてから言うことだね。私が発掘した、超弩級の古代兵器の報告を!」


 ライラは立ちあがり、自信に満ちたポーズと共に言い放った。

 容姿だけは良いためなかなか様になっている。

 その報告とやらが虚仮威しでなければだが。







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