第351話「一方その頃」(別視点詰め合わせ)





「なんかこいつら毎日来ますよね。毎日っていうか、一日に何回か来ますよね」


「そうですね」


「他にすることはないんでしょうか。まあ、私は暇つぶしができるんでいいんですが」


「そうですね。それよりひとついいですか」


「なんでしょう?」


 サリーは意を決してヴィネアに言った。


「私があなたのおりをするのは、確か陛下に用事がおありの時だけだという話だったはずなのですが、なぜあなたは毎日ずっとここにいるのでしょうか」


「陛下がずっとご用事でお忙しいからじゃないでしょうかね。何もおかしくありません」


 そんな事は分かっている。分かっているが、言わずにはいられなかっただけだ。

 サリーはため息をついた。


「……まあ、いいですもう。

 弓系の攻撃に対処する訓練はあらかた終わっておりますし、実際に私が付きっきりであなたに何かしなければいけないわけでもありませんし。後は私の邪魔さえしなければ」


 そして作業に戻る。

 配下となる天使を量産する作業だ。


 素材に血液が必要なこと、そして起動にMPが必要なことから、この作業を継続して行なっているとサリーは常に消耗した状態になる。

 生まれたばかりの天使は強くないし、空中庭園の外を守るロックゴーレムたちもそれほど強いわけではない。

 この上自分も消耗してしまっているとなれば、敵が本気で攻めて来た場合、その侵入を阻止するのは難しい。


 そういった意味では、サリーと同格であるヴィネアが代わりに守ってくれると言うのはありがたい。

 強いて問題点をあげるとするなら、その事を最上位の主である魔王レアが知っているのかどうかがわからないことだ。


 サリーの主であるレミーに何度か聞いてはみたが、彼女も何やら忙しいらしく、まともに取り合ってはくれなかった。

 サリーはレアともフレンドカードを交換してあるが、緊急時でもない限り、直接の眷属以外は配下からは連絡をしないのがマナーとされているため、こちらから魔王陛下に連絡を入れるのは躊躇われる。


 そういう事情で、現在このヴィネアがどういう指示を受け、どういう目的で行動しているのかはサリーにはわからないのだった。


「──ところで、ちょっと聞いてもいいですか?」


「あの、邪魔しないでって言ったの聞こえませんでしたか?」


「邪魔はしてません。ちょっとした雑談です」


「……はあ。で、なんでしょうか」


「その、ですね。あー、なんと言えばいいのか。えーと」


「……すみません、手短にお願いできますか?」


 いつも通りであれば、外もまだしばらくは余裕があるだろう。しかしそれでも現在、この空中庭園が敵に攻め込まれている事に変わりはない。

 雑談をするくらいは問題ないだろうが、無限に時間があるわけではない。


「……すぅー、はぁー。わかりました。言います」


「お早く」


「あの、サリーさんはですね。その、いつ、どのタイミングでレミー先輩を「母上」と呼んだんですか?

 あと、初めて呼んだ時、レミー先輩は何も言いませんでしたか? どういう感じでしたか?」


 急に妙な事を聞いてきた。

 これはつまりあれだ。こういうことだろう。


「──呼びたいのですか? 陛下を。母と」


「いえ、そういうわけでは! ただその、ひとつの起こり得る可能性としてですね、仮にそういうチャンスがあったとしたら、その時はどうしたらいいのかと、それだけの事でして!」


 チャンスとか言ってしまっている。


「別に特には。ただ何となく呼んでみたところ、何も言われませんでしたので、そのまま呼び続けているだけです」


「……そうなんですか。何となく……。えー、じゃあ仮にですよ。仮に私が陛下をその、ええと」


 思っていたより面倒くさい案件である。

 気軽に雑談を受けた事を後悔し始めた。


「母上と呼んだとしたら、陛下はどう思われるか、と言いたいんですか?」


「いえ、そんな不敬な事は! 考えていません、が、まあその、もしも仮にのお話で」


 煮え切らない態度だ。

 天使さながらの広い心を持つサリーでなかったら苛立ちのあまり怒鳴っているかもしれない。


 本当に面倒くさいが、話を聞いてしまったからには仕方ない。

 レアの様子を思い浮かべる。

 ヴィネアの扱いには手を焼いているような様子ではあったが、心底疎んでいるという風には感じられなかった。

 多少ヴィネアがやんちゃな事をしたところで、本気で咎められるような事はないように思える。

 それは呼び方にしても同じだろう。


「意外と普通に受け入れられるんじゃないですか? なぜ今さら、くらいは言われるかも知れませんが。

 少なくとも、怒られたり嫌われたりという事にはならないと思いますけど」


「いえ、そんなのわからないじゃないですか! 表向きはそうでも、もしかしたら心の中では──」


「──ああああ面倒くさいなもう! さっさと外に行きなさいよ! 今日もぷれいやー来てるんでしょ!」





 空中庭園アウラケルサスは鉄壁の守りを誇っている。

 プレイヤーたちはこの日も、その守りを突破する事が出来ず、降り注ぐ闇に貫かれて光になって消えていった。





***





 ここ、エルンタールの街は平和だ。


 街の中では下級吸血鬼たちが、生前とほとんど変わらぬ姿で普段の生活を送っている。

 ただ違うとすれば、商人たちは商売をせず、主婦たちは料理をしないという点くらいだ。


 商人たちが商売をしないのは当然である。相手がいないからだ。

 この街に訪れる者がいないという意味ではない。この街に訪れる者の中に、理性的な者がいないという意味だ。

 この街にやってくる者は例外なく、みな剣を取り魔法を放ってくる。

 そんな相手と売買契約を成立させることなど、どれだけ優れた商人であっても不可能だ。


 また主婦たちが料理をしないのも理由がある。下級吸血鬼たちは火を通した物を食べても栄養に出来ないからだ。

 口に入るのは自然と生のままのものになるが、生であれば何でもいいというわけでもない。というのも、下級吸血鬼に必要なのは食べ物そのものではなく、生き物の体液なのだ。

 以上のような理由から、下級吸血鬼たちが食べるのは生であり、かつ新鮮で、水分の多い物になる。

 現在、そうした食材の大部分は友好国であるオーラル王国からの輸入に頼っていた。





 バーガンディが昼寝により平和を噛み締めていたところに、この日も騒がしい者たちがやってきた。


 この者たちは毎日こうしてエルンタールに攻めてくる。いくら殺しても死なないらしく、見かけるのはたいてい決まった顔ぶれだ。

 何が目的なのか、どれだけ殺されようとも彼らは何度もこうしてやってくる。


 ここ数日は特にその頻度が高い。

 以前は一日に一度程度だったのだが、最近は日に何度もやってくる事もある。

 バーガンディの主であるブランも長らくどこかに出かけているし、面倒な人間は来るし、全くいいことがない。


「──止まれ! これ以上進むと、瘴気にやられるぞ!」


「おっと、もうこんなところまで来ちまったか。前よりかなりタイム縮んで来てるんじゃないか? イベント様々だなこりゃ」


 見覚えのある者たちだ。

 何度かお互いに名前を呼びあっているところを目にしたことがある。その気になれば名前も思い出せるかもしれない。

 しかし面倒であるし意味もないのでそんなことはしない。

 それに何しろ、バーガンディには思い出すための脳がないからだ。


 思考力や記憶力と脳の有無には何ら関連性がないらしいことは主人によって証明されているが、バーガンディは信じていない。

 この件については「バーガンディ」の総意だ。クリムゾンもスカーレットもヴァーミリオンも同じ認識である。

 決して考えるのが面倒なわけではない。


「……継続回復ポーションは飲んだな? 『回復魔法』は切らせるなよ? よし、行くぞ」


 性懲りもなく、愚かな人間たちが突撃してくる。


 このパーティが初めてここに来た時、確かあの広間の入り口付近で死亡していた。バーガンディの放つ『死の芳香』によってダメージを受けたためだ。


 次に来た時は、もう少し先まで進んできた。この時もまだ『死の芳香』の恐ろしさがピンときていないようだった。だから似たような結果になった。


 その次に来た時、減った分のLPを常に回復しながら近づいてきた。これは悪くない手だったが、持続力が足りなかった。やはり、戦闘に入る前に力尽きた。


 そしておそらく、その次が今だったはずだ。

 彼らは継続回復ポーションなるものを服用し、常時回復効果を得ることでこのスキルの効果を打ち消すつもりらしい。

 その回復量自体は『死の芳香』を打ち消すほどの効果はないようだが、足りない分を『回復魔法』で補填している。ポーションによってLP減少を緩やかにし、寿命が伸びているうちに魔法でなんとかする作戦のようだ。


 実際これは素晴らしい。

 目的がただ近付く事だけであるならば、だが。


 意気揚々と走ってきた彼らを、バーガンディの骨の尾が薙ぎ払った。

 本気ではないし、スキルも使っていない。

 そのためそれ一撃で死んでしまうような事はなかったが、彼らのLPはそこから回復しない。

 パーティの回復能力が『死の芳香』のダメージと拮抗しているからだ。このスキルは発生源であるバーガンディとの距離によってダメージ比率が変わる。バーガンディの尾が届く範囲であれば、天使なら数秒で死亡するほどだ。


 この広場にいる限り、彼らのLPは現状維持か、失われるかしかない。


「──ぐは……。これ、やべ……。回復、回復を……」


「……駄目だ……。さっきから使ってるけど……。追いつかない……」





 ひとり、またひとりと光に変わって消えていく愚か者たちを眺めながら、バーガンディは昼寝を再開した。


 プレイヤーの中には、たったひとりでこの距離まで迫ってくる者もいる。

 そのプレイヤーと比べれば、この者たちの来訪は昼寝の邪魔程度のものでしかない。





***





「──これで、この大陸における国家は我が国のみとなりましたね」


 ツェツィーリアはライラとのフレンドチャットを終了し、呟いた。

 それによれば、つい今しがた、ペアレ王国が滅び去ったとのことだった。


 この事実については特に感慨も何もない。

 少し前、主人であるライラが「新サービス開始前に大陸に存在する国家を少しすっきりさせておく」というような事を言っていた。

 すっきりさせるというのが頭数を減らすという意味だったのならば、これは当然の結果だ。


 そのために戦乱を起こすという話も聞いていた。

 そして各地に行商を装って派遣している配下たちの話からも、計画が順調に進んでいる事はわかっていた。

 このオーラル王国──と隣のヒルス王国──だけは凪のように静かなままだったが、それ以外の国の領土は色々と大変だったらしい。


 ツェツィーリアもかつては王女として、会食などで各国の上層部と会ったこともある。

 ここ最近はまさに激動と呼ぶべき時代にふさわしい大事ばかりが起きており、特に女王に即位してからはそんな平和なイベントも無くなっていたが、彼らの顔を忘れてしまったわけではない。


 目を閉じると在りし日の彼らの姿が瞼の裏に蘇ってくる。

 王家の責務を自覚し、王子たちを厳しく躾けてはいるものの、その反動で傲慢になってしまっている者。

 人の上に立つという事を履き違え、民を養分としか考えていない者。

 他国を相手にせず、そもそも会食などには参加しなかった者。

 まだ幼かったツェツィーリアに熱い視線を投げかけてきた者。

 そういえばどこの国だったか、優秀な家族に引け目を感じ、自らの立場に悩んでいる王子もいた。あの感覚はツェツィーリアも共感できるものだったので、おぼろげながら覚えている。彼は元気にしているだろうか。いや、オーラル以外が滅んだと言うのならおそらくもう生きてはいないのだろう。


 あの頃は確かにツェツィーリアも兄王子たちの優秀さと自分を比べて落ち込んだりもした。

 しかしライラと出会い、そのような悩みなど意味がないのだと知った。


 真に恐ろしい者の前では、凡百の多少の能力差など塵に等しい。


 生まれの不出来を悩む時間があるのなら、その時間を鍛錬に充てた方が建設的だ。

 主たるライラは言っていた。天は自ら助くる者を助く、と。

 天というのが何のことなのかはよくわからなかったが、言いたいことは分かった。


 この世界に存在する全ての者には、悩んでいる時間などない。たとえ牛の歩みだとしても、少しずつでも前進する者だけが未来を掴むことができる。


 いや王侯貴族のように選ばれた出自であるのなら、その鍛錬の時間さえ他者に任せるべきだ。そうして人の上に立つ者は、その者にしか出来ない事に注力すべきである。


 ゆえにツェツィーリアは配下の商人に大陸中の動きを探らせ、騎士団には休みなく鍛錬をさせ、大臣たちには政務を任せ、そして自分はこうしてお茶を飲んでいるのである。


 侍女が女王のために淹れたお茶を飲むという仕事は、ツェツィーリア以外の誰にも出来ない事だからだ。





***





 標高のせいか、晴れた日のアブオンメルカートは空気が澄んでいる。


 人によっては素晴らしい、気持ちのいい環境なのかもしれないが、吸血鬼やゾンビにとっては決して歓迎できるものではない。

 それゆえ、こうした晴れた日は彼らにとっては「天気が悪い日」だ。

 逆に曇りの日などは「天気がいい日」になる。雨は日光が降り注がないだけマシだが、濡れるとゾンビの匂いがきつくなるので出来れば避けたい。





「……そうか。ついにブランがな。思っていたより──というか異常に早いが、まあいずれはこうなるとわかっていたことだ」


「おっしゃる通りかと。運やご友人に恵まれたのも確かでしょうが、ブラン様のたゆまぬ努力の結果でもあります」


 直接の主従関係にあるわけではないというのに、報告してきたヴァイスはどこか誇らしげだ。

 無理もない。

 この男はもともと、ブランのために生みだした存在だ。正式なつながりが無くとも、ブランに対しては特別な思い入れがあるのだろう。名付けによって紡がれた縁もある。


「それはそれとして、あやつは我に挨拶には来ぬのか? 前回は確か、いべんと、とやらの途中であっても来ていたと思ったが……」


 この城にはブランの眷属であるスクワイア・ゾンビも待機している。

 その気になれば移動の手間はほとんど無いはずだ。


「……顔を合わせづらいのではないかと。現在のブラン様は、おそれながら伯爵閣下よりも格上にございます。その事実についてはご友人からの助言もあり、すでにお気づきのご様子。伯爵閣下がそうした力関係を重んじるお方であることは以前のレア様のご来訪の際に目にしておられますし、それでなんとなく、足を延ばしづらいのでは……」


「ふはは! なるほどな。実にありそうだ。であれば、次にあやつがここに来た時には、膝を折って最敬礼で迎え入れてやるとするか」


 伯爵とブランの仲である。

 ブランの方が上の存在になったとしても、そこは軽めに敬語を使う程度で済ませておくつもりだった。ブランの性格ならば、それでさえ嫌がって元の口調に戻せと言ってくるだろう。であれば敬うのもほんのわずかな間だけだ。


 しかし、顔を合わせづらいほど気にしているのなら話は別だ。

 ここは敢えて最敬礼でブランに接し、からかってやるのも一興だ。格上の存在を思いきりからかう機会などそうそうあることではない。


 そして、そうする事でブランも自身の存在の重要さを思い知り、より自覚を持った行動を心がけるようになるはずだ。


「いえ、それはどうでしょうか……」


 ヴァイスのつぶやきは聞こえなかったふりをした。





「──しかし、このままブランたちの企みがつつがなく進行していけば、我が地上に降りる日もそう遠くはないか──」




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