第337話「降臨」(ビームちゃん視点)





 聖女が防いだあの攻撃を国王の先制攻撃だとすれば、返しの第一手はウェインの攻撃だった。

 すぐさま対応して攻撃に移れる辺りはやはりさすがというべきか。


「『サンダーボルト』!」


 速度重視の魔法を牽制に放ち、同時に剣を抜いて斬りかかる。


「『スラッシュ』!」


「ぬっ! ち、小賢しい!」


 国王は雷の矢を片手で振り払い、逆の手で抜き放った剣でウェインの斬撃を防いだ。

 いかに災厄級とはいえ、片手で振り払っただけで魔法が消えるなどということはない。その手は雷に貫かれ、黒く焦げてしまう。しかし焦げたのは服だけだった。腕本体まではダメージは通っていない。

 やはり牽制程度の攻撃ではダメージを与えることはできないのだろう。


 SNSで見た噂によれば、ウェインの剣は相当な業物らしい。

 その業物によって放たれたアクティブスキルを防ぎ切るとは、国王の剣も普通ではない。

 つまり攻撃力もそれだけ高いということであり、うかつに斬られれば即死の危険もある。


「おおりゃあ! 『シールドチャージ』!」


 ギノレガメッシュがウェインのカバーに入った。

 ぼうっと見ている場合ではない。


「『ストレイトブロウ』!」


 ビームちゃんも国王の死角を狙い、拳を放った。


 ウェインやギノレガメッシュに気を取られた国王は背の低いビームちゃんの接近に気付かず、その拳が国王のレバーを撃ち抜いた。


「ぐっ! 鬱陶しいわ!」


「あだっ!」


 国王が腕を振り払い、その肘が側頭部に入ったビームちゃんは吹き飛んだ。

 これまでに受けたことがないほどの衝撃だ。かなりLPを持っていかれたのがわかった。

 もし剣を持った方の手を振るわれていたら、今ので多分死んでいただろう。


「──『中回復ミドルヒール』!」


 遠くから聖教会の司祭の声が聞こえ、頭部に残る鈍い感覚が消えていく。そのおかげかなんとかLPはレッドゾーンを脱したようだ。彼らに感謝しなければ。


「大丈夫かビームちゃん! 『挑発』!」


 ハセラが国王の注意を引こうとした。

 しかし能力値が足りないのか、国王はハセラには見向きもせずに、依然ギノレガメッシュやウェインに向かって剣を振っている。


「『鼓舞』!」


「『VIT強化』!」


 後方のプレイヤーたちからいくつかのバフが飛び、前衛をサポートした。

 それを受けたウェインがギリギリで国王の剣を躱し、反撃に剣を振るう。


 ウェインの剣は国王の体を切り裂いたが、それも服だけだった。

 ビームちゃんが殴ったときの感触からしても、国王の服はそれほど性能的に高いわけではない。豪華なのは見た目だけだ。ウェインの剣の前では紙みたいなものだ。

 服を切り裂いた剣先は肌にも届いていたようだったが、かすり傷しか与えられていない。致命傷には程遠い。


「ふん! 服などどうでもよいが──目障りだぞ!」


「『挑発』!」


 さらにウェインを狙おうとした国王の剣は、直前で強制的に意識を逸らされたためか空を切った。

 今度こそハセラの『挑発』は決まったらしい。これもいくつもの強化バフを受けたおかげだ。


 そうして、ビームちゃんが回復を受けている間にも、他のメンバーたちの攻撃はひっきりなしに国王を襲っている。

 最前線に陣取るギノレガメッシュやウェイン、ハセラやファームに誤爆しないよう、上手くタイミングを合わせて魔法や矢などが飛ぶ。


「ふふふ! ふははは! 効かんわその程度! これが真なる王の力か! 素晴らしい!」


 国王はそう笑うが、実際にはノーダメージというわけではない。

 ただの通常攻撃でダメージを通すのは難しいが、スキルの補正を受けた攻撃ならその限りではない。小さいながらもダメージは通っている。

 すぐに影響が出るほどではないが、傷は確かに負っているようだし、大地に滴る国王の血も少なくはない。

 国王の残りライフを確認する術は残念ながら持っていないが、わずかずつでもダメージを蓄積させていけば、いつかは倒せるはずだ。


「『シャインランス』!」


「うははは──ぬぐっ、おのれ聖女か!」


 そしてその中でも聖女の攻撃は特別だ。

 異常に楽観的なこの国王をしても、聖女の攻撃にだけは正常に痛みを覚えるらしい。

 そのせいで国王のヘイトはたびたび聖女に向かい、ギノレガメッシュやハセラたちのヘイトコントロールを阻害する結果にもなっていた。


 しかし、聖女の戦闘力は高い。

 彼女だけは、国王に普通に狙われたとしても普通に回避することができる。


 見ている限りでは能力値だけなら国王のほうが遥かに高いようだが、聖女のほうがなんというか、合理的といおうか、理に適った動きをしている。

 荒事に慣れているかどうかが如実に現れているのだ。

 つい先程、突然強くなったらしい国王は、もともと戦闘などまともにしたこともなかったのだろう。

 対する聖女はこれまでに何度も、街や人々を守るためにその生命を賭けている。

 いかに災厄級と言えど、そんなにわか戦士に聖女が遅れを取るはずがない。


 すると次第に国王は、聖女の攻撃にだけ気を配るようになっていった。

 タンクであるギノレガメッシュやハセラにとっては忸怩じくじたるものがあるだろうが、それならそれで攻撃に専念できるというものだ。タンクといえど、普通は近接攻撃力も高い水準で備えている。普通は。

 耐久特化のハセラのような者は稀だ。


 こうなると、攻撃力に乏しいハセラはロクに戦闘に貢献できなくなってしまう。

 しかし思考が柔軟なのがハセラの長所のひとつである。そして彼は諦めが悪い。

 その手に持った剣を捨て、ハセラは国王の腰にしがみ付いた。国王の足捌きによって何度も蹴られているが、放そうとしない。

 そしてハセラのそんな妨害が功を奏し、国王の動きを鈍らせる事に成功している。聖女の回避も先ほどよりも楽そうだ。


 プレイヤーたちの攻撃は完全に無視し、聖女のみをその視界におさめて剣を振るう国王。

 災厄級というにはいささかバリエーションに乏しい攻撃だ。

 変化したてでまだ自分自身の能力を把握しきれていないのだろう。


 そんな国王に、プレイヤーたちの攻撃が次々とヒットしていく。

 大したことのないダメージだとわかっているのか、それとも別の理由か、国王は全く意に介さない。

 しかし着実にダメージは重ねているはずだ。

 それは国王の足元に滴る血の量からも明らかだ。

 ビームちゃんも、時にハセラの頭を踏み台にしながら拳を振るい、ダメージソースとして貢献した。





「ええい、効かぬと──なんだ……?」


 そうしてノーガードでプレイヤーたちの攻撃を受けていた国王が、突然膝をついた。


 何かの罠かと警戒して距離を取るプレイヤーたちを尻目に、聖女が近づいていく。

 その聖女の手振りで、しがみついていたハセラも離れる。


 聖女であっても、国王の攻撃をまともに受けてしまえばただでは済まないはずだ。その攻撃の全てを回避しているために今のところは大したダメージも受けていないが、完全に回避できているわけではないため、小さな傷はいくつか負ってしまっている。


 危険だと制止しようとしたが、聖女は取り合わず、また警戒する素振りもなかった。

 国王も無防備に近付く聖女に攻撃しようとはしない。


「──ジェローム王。ようやく気がついたようですね」


「気がつ、つくだと? 何にだ──。ま、まさかこれは、ダメージ、か? 私は、立っていられないほどのダメージを、受けているというのか?」


 一説によれば、聖女は一部の狙撃職が修めている『真眼』なるスキルを所持していると言われている。

 このスキルは周囲のキャラクターのLPを視覚情報として得る事が可能だ。

 それによって国王のLPを観察していたのだろうか。

 しかし、通常の視界が無くとも『真眼』とは取得できるものなのだろうか。プレイヤーでは試す事が出来ないため、誰にも証明できない。


「まだ、命に関わるほどではないかもしれませんが、それほど出血していれば、生命力も相当低下しているはずです。もう、終わりです」


 違った。

 聖女は流れる血から国王の残りライフをカウントしていたらしい。


 通常、出血はLPを失う事と同義だ。

 国王は膨大なLPにあぐらをかき、プレイヤーたちの攻撃をあえて受け続けた。

 それは全身を覆う豪華な服が見る影もなくボロボロになっていることからも覗える。

 国王にとっては確かに、プレイヤーの攻撃など取るに足らないものだったのだろう。


 しかしひっきりなしに行われるプレイヤーからの攻撃は国王からLPと血を奪い、それを癒やすはずの自然回復が追いつかず、それが国王が自分で思っていた以上の消耗という結果をもたらした。


 ハセラがずっと足元にいたせいで、範囲攻撃や爆発を伴う炎系の魔法があまり使われなかったことも大きい。単体攻撃としては範囲が狭い部類に入る『氷魔法』や『風魔法』、そして弓など、メインのダメージソースが出血を伴うものばかりだったのだ。その事実が追加ダメージとなって国王を蝕んだ。


 この状態はそうしてもたらされた、ということらしい。


 国王はその言葉を聞き、しかし特に絶望するような風でもなかった。

 立ち上がれない程消耗しているというのに、まだ終わっていないとでもいうのだろうか。


「ふふ……ふはは。この私が。真なる王となったこの私が。貴様らのようなゴミどもに……。どうにかできると思ったか!」


「諦めて投降しなさい。あなたにはできることはもう──」


 しかし聖女は自身のセリフの途中でふいに飛び退すさり、国王から距離をとった。


 怪訝に思うプレイヤーたちの視線をよそに、突然国王が叫んだ。


「──『マテリアルウォール』!」


 すると同時に、鉄色に鈍く光る壁が現れ、ドーム状に国王を覆った。

 その半透明の壁はどんどん広がっていき、ちょうど飛び退った聖女の足元で止まった。


「『シャインランス』!」


 すかさず聖女が魔法を放つ。


「ふん! 無駄だ! 『ミスティックウォール』!」


 今度は薄く銀色に光る壁が出現し、先程の鉄色の壁に重なるように広がった。

 そして聖女の放った魔法はその銀色の壁に阻まれ、音もなく消え去った。


「……すでに使えるのですね、それらのスキルは」


「当然だ。私は真の王だぞ。しかし、なぜこれを知っている? もしや貴様も、私に近い存在だとでも言うのか。貴様の出自が気になるところだが……。もうどうでもよいか。仮にどうであれ、貴様の力が私には到底及ばん事はもうわかっている。

 そして残念ながら、私は貴様のような成り損ないとは違う」


 見れば国王の光背はひときわ強く輝いている。それは壁越しのくすんだ光景でもはっきりとわかるほどだ。

 あれがこのスキルの力の源なのか。


「ふーっ……。ぺっぺっ! ……これが血の味か。自分の血など初めて舐めたわ。まったく、知らずとも良い事を教えてくれたものだ。

 しかし今度は礼は言わんぞ」


 国王は喉や口の中に溜まっていたらしい血をはしたなく地面に吐き出し、ゆっくりと立ち上がった。

 失った血もLPも、徐々に回復しているようだ。もう立ち上がれるとなると、自然回復の速度は普通よりもずいぶん早いらしい。いや、そう見えるのは最大値が大きいせいか。

 とにかく、このままではせっかく蓄積させたダメージも、消えてなくなってしまう。


「『ストレイトブロウ』!」


 焦って攻撃を仕掛けたがしかし、鉄色の壁に阻まれてあえなく止められた。


「いったぁっ!」


 その上、ビームちゃんは思わぬダメージに拳を抱えてうずくまった。

 壁を壊すどころか、逆にこちらの拳が破壊されてしまった。

 いくら硬いと言っても、このダメージは異常だ。どうやらこの壁には物理攻撃を反射する効果もあるらしい。


「愚かな……。無駄なことを」


「気をつけてください! 見ての通り、『マテリアルウォール』は物理攻撃を反射します! そして『ミスティックウォール』は魔法攻撃を吸収します! ああなってしまっては、あらゆる攻撃は逆効果です!」


 そんなのありなのか。

 これが災厄級。人類の敵。

 いや人類国家の王様が変化したのだから人類の敵なのかどうか不明だが、とにかく、これがこのレベルの戦いなのだ。

 ただ攻撃を重ねるだけでは攻略する事は出来ない。それを思い知らされた。


「……あの壁を出される前に倒さないといけなかったってことか」


「いえ、そうでもありません。あの壁は維持するだけでも多大なマナを消費するはず。そう長い時間展開できるとは思えません。

 これまでに与えた傷を考えれば、自然治癒によりあの傷が癒えきるまで壁を維持するのは無理だと思います」


 ギノレガメッシュのため息に聖女が答えた。それならまだ、希望はある。


「ちっ。余計なことを知っておるな。やはり貴様から始末する必要があるようだ。しかし、これまで同様に貴様だけ狙ったとしても同じ結果になるだけだな……。

 まあ、とりあえず、鬱陶しかったそこの貴様から殺すか」


「ひい」


 壁に守られた国王がハセラを睨み、ハセラがギノレガメッシュの陰に隠れた。


 何もしてこないところを見るに、壁が出ている間は国王もこちらを攻撃できないようだ。

 しかしこの後も今までと同様にプレイヤーからのカスダメは無視し、聖女にのみ攻撃を集中するようであれば、いつになったら国王を倒し切ることができるかわからない。

 聖女の回避も常に完全に成功するとは限らないし、受けたダメージは回復しなければならない。その回復や、攻撃のために使うMPもいずれは枯渇するだろうし、こちらのリソースは減っていくばかりだ。


 一方で、国王自身は通常攻撃くらいしかしてこないが、その通常攻撃でさえプレイヤーが数発も受ければ死亡してしまうほど攻撃力が高い。

 壁がない間は通常攻撃に徹してMPの回復を図り、そのMPを消費して壁を生み出している間はLPの回復に努める。国王はおそらくそのつもりだ。


 先程のように出血を狙えれば、直接的なダメージとは別のプレッシャーを与える事もできようが、国王も馬鹿ではない。今度はもっとまともに防御行動をとるだろうし、宣言した通り、邪魔なハセラは真っ先にキルされるだろう。


 こちらのリソースが尽きる前に、国王を倒すことができるだろうか。


 このような耐久型のレイドボスを倒すとなると、専用の対策や攻略法が必要になってくる。

 噂に聞いた大天使のように何度も挑戦可能なボスならいいが、国王はここで倒してしまわなければ革命は成されない。


 攻略法を用意してから挑むべき敵、つまり現状ではまだ早すぎる決起だった、ということなのかもしれない。


「っ! 皆さん! 離れて!」


 すると突然聖女が叫び、バックステップで国王からさらに距離をとった。

 ビームちゃんも反射的にその場から離れる。

 何があるのかわからないが、考える必要はない。聖女の言葉は絶対だからだ。

 他のプレイヤーたちも怪訝な顔をしながらも後ずさっていく。


 そして国王本人も怪訝な顔でこちらを見ている。

 ということは国王が何かをしようとしたわけではないようだ。

 では聖女はなぜ、退避したのか。


「うん? なんだ貴様ら。なぜ離れる。今さら怖気づいたと言っ──」





 その瞬間、爆発が起きた。





 いや、爆発だったのかどうかはわからない。


 ただ確かなのは、その場にいた全員が一瞬、意識を飛ばし、気がついたときには目の前にクレーターが出来ていたということだ。

 その衝撃はすぐ側の王城にまで波及しており、立派な門や壁も一部が何かに抉られたように破損していた。


 当然ながら、国王が発生させていた壁などもはやどこにもなかった。

 それどころか、国王本人もいない。もしや国王が自爆でもしたのだろうか。


 そう考えたが、そうではなかった。

 よく見れば国王はいた。クレーターの真ん中に。

 ただし立ってはいない。そして五体満足でもない。


 クレーターの中心には、国王の上半身だけが、静かに倒れ伏していた。


 思わず叫んだが、何も聞こえない。見渡してみると他のプレイヤーも何か言っているようだが、声は出ていない。


「──が──にが──何がっ!」


 あれ、と思い、さらに何度も声に出しているうちに、やがて聞こえるようになった。

 あの一瞬に起きた爆発で耳が馬鹿になっていたようだ。それにしては回復するのが早すぎるが、ゲームだからだろう。おそらく自然回復したのだ。ビームちゃんたちプレイヤーの能力値はもはや普通の人間の範疇にはない。そして一時的な感覚の喪失は部位破壊判定とは違うらしい。


 無敵の壁もなくなったようだし近づいてもっとよく確認しよう、と無意識に考え、歩き始めたビームちゃんの肩を誰かが引いて止めた。聖女だ。


「──近づいてはいけません。危険です」


 まさかまだ爆発でもするのだろうか。

 そう思ったがすぐに違うと分かった。

 自分の身体に震えが起きてきたためだ。


 先程国王の変化を見たときのような、ぶるりというレベルではない。

 あれが真冬に用を足したときの震えだとすれば、今のこれはそう、VHSとかいう骨董品から髪の長い女が出てくる太古のムービーを初めて観たときに感じたような震えだ。


 聖女の視線──と言っても目が見えているわけではないはずだが──を追い、上を見た。


 上空から白い影が舞い降りてくる。


 その光景はある種幻想的とさえ言えた。


 何よりも美しい。それは確かだ。異を唱える者はいないだろう。

 しかし同時に何よりも恐ろしい。これも異を唱える者はいないはずだ。


 白い影はゆっくりとクレーターに降り立った。

 そして約半分になってしまった国王の、その片方の腕を掴み、軽々と持ち上げた。


「──しまったな。まさか全く抵抗されないとは思わなかった。何がいけなかったんだろう」


 何を言っているのかさっぱりわからないが、ひとつだけ確実な事がある。

 あの爆発を引き起こしたのはこの白いローブの女だ。


 そこへ誰かが一歩、足を踏み出す音が聞こえた。


「そっ……! それが……、それが今のお前の姿か! 第七災厄!」


 この存在を前に話しかけることができるとはどんな心臓の持ち主だ、と思ったらウェインだった。

 やはりトップ層は精神構造が一味違うらしい。

 それとも、やはりこれも慣れなのだろうか。


「……ああ、いたのか、きみ。久しぶり。

 ところで、お友達から聞いていないのかな? わたしは今、セプテムと名乗っているんだよ。よかったらそっちで呼んでくれ」


「ち、何だこいつ、見かけるたびにどんどんやばくなってくぞ。

 おい、あんた! セプテム! あんたペアレにいたんじゃないのかよ! なんでウェルスにいやがる! ここで何をしてる! てか今何したんだおい!」


 ウェインをかばうように彼の前に立ち、ギノレガメッシュが叫ぶ。

 まさにタンクの鑑である、と思い無意識にハセラを探したら聖女の前に立っていた。やるものだ。


「今かい? 何だかきみたちが苦戦しているようだったから、手を貸してあげたんだよ。感謝するといい」


「ふざっ──!」


「──なんでそんなことを? 言っては何だけど、僕らはあなたにとって敵であるはずだ。僕らを助ける理由はあなたにはない」


 激昂しかけるウェインを抑え、明太リストが白ローブ──セプテムに問いかけた。

 こうしてみると、あの3人はまるで主人公だ。

 どう見ても今この瞬間、物語の中心はこの場所で、そのさらに中心にはあの3人がいる。


「手を貸したといっても、まあ結果的にそうなったというだけで、そうしたくてしたわけではないけどね。わたしにはわたしの目的があり、それが満たされたから後片付けをした。それだけだ。

 あと、これだけは思い違いをして欲しくないのだけど──」


 セプテムが何かをつぶやき、国王を持っていない方の手を動かした。


 その直後、何が起きたのかわからないが、何かが起きた。


「ぐああっ!」


 そしてその結果、ウェインの左腕が切り落とされた。


「──わたしにとっては別に、きみらなんて敵ではない」


 ビームちゃんやファーム、そしてウェインやギノレガメッシュでさえ、全く反応出来なかった。


 聖女も微動だにしていない。

 敵を前にして無防備でいるなど考えられないし、聖女でさえも反応できなかったということだろう。


 ノーモーションというわけではなかったが、その攻撃の詳細は一切誰にもわからなかった。

 仮にこのセプテムと敵対した場合、この攻撃を掻い潜り、そのふところまで迫ることができるだろうか。ビームちゃんの攻撃が接近戦しかない現状、それが出来なければまずまともに戦うことさえ出来ない事になる。


 どうすればいいのか、と考えていると、セプテムがこちらを、聖女の方を見た。

 一瞬目があったような気がしたが、気のせいだろう。気のせいに決まっている。ウェインたちのように因縁があるわけでもなし、これほど強力なレイドボスが一介のプレイヤーを意識するなど考えられない。


「……さて。用事も済んだし帰ろうかな。

 そうだ、城を少し壊してしまったのは謝っておこう。ここまでするつもりじゃなかったけど、ちょっとこの国王さまのガードが思っていたより脆弱でね。やりすぎてしまった」


 ビームちゃんの拳や、聖女の魔法さえ物ともしなかったあの壁を脆弱だとは、一体何を言っているのか。いや、あの壁を一瞬で消滅させたというのは、そういう事なのだ。プレイヤーにとっては絶対的な壁であっても、このセプテムにとってはそうではない。


 国王が災厄級の実力だった、のはたぶん、間違いない。同じく災厄級である大天使さえ倒した聖女やウェインたちがいても、倒しきれなかった事からもそれは明らかだ。

 しかし災厄と一口に言っても、その実力には大きな幅があるらしい。セプテムはそれをプレイヤーたちに教えに来たのだ。





「──父上! ご無事ですか! 父上!」


 王都の外で指揮をとっていた、第2王子のフェルディナンだ。今頃のご登場である。

 何故か騎士たちは連れておらず、1人だけだ。

 声をかけられるまでビームちゃんたちが気づかなかったのはそのせいだろう。どのみち誰も注意を払おうとしないため、気づいていてもいなくても同じだが。


「なな、なんだ! 誰だお前は! その手に持っているのは──まさか!」


 セプテムはなぜか、国王の遺体を持ったままである。それがフェルディナンにもわかったらしい。

 だらりと持ち上げられた上半身は、うつろな表情でこちらを見ている。先ほどまでの覇気は見る影もない。今日会ったばかりのビームちゃんではこれだけを見て国王と見抜くのは難しいかもしれないが、肉親である王子なら容易い。


「ち、父上を離せ! 曲者!」


 叫びながらも腰が引けている。

 英雄と呼ばれる王子にしては情けない姿だが、それを笑う気にはなれない。

 この存在を前にして、こうも声を張れるだけ大したものだ。


「父上、というと、きみはこの国の王子か何かか。

 すまないが、わたしはもう帰るところでね。離せと言われても、戦利品を置いていくわけにもいかない」


 人の遺体を戦利品と言い切る精神性はやはり、人とは違う存在であることを強調しているようにも思える。

 ビームちゃんたちも国王を倒すつもりで戦っていたのは確かだが、その遺体をどうこうしようというつもりはなかった。

 そのためトドメだけを刺した形になったセプテムが、遺体を戦利品として持っていこうとするのを見ても、不思議と奪われたという感じはしない。


「ば、馬鹿な、ふざけたことを言うな!」


「──でも、そうだな。考えてみればわたしは、こいつにはトドメの一撃しかお見舞いしていない。その前にきみたちが戦い、十分にダメージを与えていたのは確かだ。

 分けてやりたいがそういうわけにもいかないし、わたしの不手際で小さくなってしまったのも事実だし。

 そうだ、かわりと言っては何だけど」


 激昂したフェルディナンの言葉はセプテムには届いていない。

 無視するように話を進めている。


「き、きさま私を──」


「『致死レタリス』」


「む──……」


 がしゃり、と全身鎧が音を立てた。

 あわてて見てみれば、フェルディナンが倒れている。


「……即死、魔法」


「お、よく知っているね。さすがは聖女だ。

 かわりと言っては何だけど、王子さまは綺麗な形で置いていこう。

 きみたちは国王と敵対していたくらいだし、この王子さまも敵だったんだろう? 国王の遺体はわたしがいただいていくが、そっちは好きにするといい」


 即死魔法。

 確かSNSでは、とあるプレイヤーによって、このセプテムが蘇生魔法を使ったとか報告がされていた。


 ──蘇生だけでなく、即死もさせられるというのか。


 と、一瞬戦慄しかけたが、よく考えたら今更だった。

 先程のプレイヤーたちと国王との戦い、そしてそんな国王を一撃で消滅させてしまった攻撃力を考えれば、セプテムがその気になればどのような攻撃であろうともプレイヤーが受ければ一撃で死ぬのは間違いない。

 殊更に即死魔法だからどうというわけでもない。

 そう考えると少し気が楽になる。


 じゃあね、と軽い口調で別れを告げ、セプテムは空中を歩いて去っていった。

 その手に国王をぶら下げたまま。


 セプテムの姿が空の彼方に消えるまで、誰も動く事はできなかった。





 後に、ウェルス聖教会総主教の口から、この時の国王はやはり災厄級の何かに生まれ変わっていたらしいことを知った。

 そしてそう時を置かずして、大陸の各地で似たような存在が誕生したらしい事も。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る