第336話「友達の友達と遊ぶときの空気」(ビームちゃん視点)
「ねえ、リーダーって僕だよね? なんか影薄くなってない? てか僕ネタ枠になってない? 大丈夫?」
「大丈夫大丈夫。たまたまいつも最前線に副リーダーがいるから、たまたまいつも副リーダーが号令してるだけだって」
「ならいいけど……。いやよくないな。僕も普段から最前線に行っとけってことだよね」
「むしろ何で行かなくていいと思ってたんだよ」
もんもんが言っている副リーダーとはビームちゃんの事だ。
ビームちゃんとファームは後続のハセラやもんもんたちと合流し、王都へと突入した。
敵近衛騎士は外から侵入を図ろうとする帝国軍と、内側から門を破壊したウェインたちのどちらを優先的に排除すべきか判断に迷っているらしく、その動きは精彩を欠いている。
ただでさえビームちゃんたちプレイヤーの方が実力は上だ。
多少数が多かろうとも、動きに迷いがありまともに連携も取れない集団など烏合の衆に過ぎない。
邪魔をする敵騎士たちを見る間に蹴散らし、王都内部に侵入を果たした。
「──よう。遅かったな」
襲い来る敵騎士を薙ぎ倒しながら重装備のプレイヤーが声をかけてきた。やはりギノレガメッシュだ。
「見りゃわかると思うけど、正門は破壊したよ。お互いにリスポーン前提の戦闘なら、戦術的に重要なオブジェクトの破壊が勝敗のキーになるよね。これでだいぶ有利になったんじゃない?」
ビームちゃんたちにもバフ系の魔法をかけつつ明太リストも会話に加わる。
ウェインは軽く頭を下げただけだ。
釣られてこちらも会釈をするが、ハセラたちは少し怪訝な表情をしている。お前は何も言わないのかよという感じだ。
しかしビームちゃんにはわかる。
元々同じ国で活動していた事もあり、ハセラたちとギノレガメッシュたちには面識があるが、実はヒルス王国出身のウェインとはあまり話した事がない。
つまりウェインのこれは、期せずして急に友達の友達と一緒に遊ぶ事になってしまったため、気まずい思いをしているという状態だろう。距離感を測りかねているのだ。
無理して、と言うほどでもないが、リアルの自分よりかなりアッパーなキャラを作って振る舞っているビームちゃんにはそれが痛いほどわかった。ことさらに男らしい言葉遣いをしているのも精神的なキャラの切り替えのためである。
「──そっちはウェインだな? 噂は聞いてる。今回は協力してくれるって事でいいんだよな? 門を破壊してくれたってことはさ」
なので助け舟を出した。一人ぼっちは寂しいだろうから。
「──ああ!
その、最初は君たちを止めようと思ってたんだ。今の状況で国を割るなんて、って。だけど実際にウェルス王国が公式サイトから消滅したのを見て、もう止めても遅いってのがわかった。
それにウェルスの近衛騎士団が君たち革命軍の中の一般市民も躊躇なくキルしてったのを見て、止められないなら君たちの方に味方すべきかなって判断して……。
ちょうどそこに、王都に残ってた聖教会の人たちが俺たちに協力を求めてきたから、一緒に魔法で門を破壊したんだ」
話しかけたら急に饒舌になった。気持ちは分かる。
「それに、今の状況なら王都を陥落させた方が早く終結するだろうなって事情もある。
元々、俺たちシュピールゲフェルテがペアレ王国の打倒を目指してるのも、それが一番早く戦争を終わらせられるからだ。ペアレ王国が悪いからってわけじゃない。
でもとにかく今は、ペアレ王国を止めるために、少しでも多くの国の協力が必要だ。ウェルス王国が頼れないなら、ええと、神聖アマーリエ帝国? に協力を求めるしかない。
まあ、実際のところはバックに災厄がついてるっぽい事も判明したし、ペアレ王国を本当に倒せるのかどうなのかはわかんなくなっちゃったけど」
革命に協力することで、ペアレ王国への派兵の協力を得やすくしようという目論見もあるのだろう。
ウェインがそこまで考えているかは不明だが、少なくとも明太リストはそのくらいは考えているはずだ。
「なるほどよくわかった。でも今はちょっと呑気におしゃべりしてる場合じゃないかな。
俺たちにしちゃ、協力してくれるってんならそれでいい。
とにかく、第一目標である正門の破壊はウェインたちのおかげで完了だ。
次は王城だな。王族、俺たちが知ってる限りだと、国王、第1王子、第2王子か。この3人を始末すりゃ、状況は終了だ」
話し過ぎた、と分かったのだろう。ウェインは恥ずかしげに頭を掻き、ビームちゃんたちと並んで進み始めた。
聖教会のNPCたちも後に続く。
死んでしまえば復活しないのだろう聖教会のメンバーを連れていくのは避けたいが、ここから彼らだけでグロースムントまで向かわせるのも危険だ。出来る限り彼らを守りながら、魔法で援護などをしてもらうしかない。
「──皆さん、ご無事でしたか」
そこに聖女が追い付いてきた。
後方の本陣に居たはずだが、正門が破壊されたのを見て駆け付けたのだろう。御付きの2人の女司祭も一緒だ。
「聖女たん!」
「おっと、聖女様。ゾルレンぶりですね。また肩を並べて戦う事ができて光栄です」
ギノレガメッシュが顔に似合わない優雅な仕草で一礼した。
立派で傷ひとつない鎧と相まって、不思議と似合って見える。
「あなたがたは、異邦人の……。
どうやら王都内に残っていた、教会の者たちに協力していただいたようですね。感謝いたします。
また一緒に戦える事、私もうれしく思います」
「──お話し中すいませんが、先を急ぎましょう」
聖女がギノレガメッシュに愛想を振りまくのが気に入らず、つい声をかけた。
ハセラたち聖女の旗メンバーも頷いている。みんなの気持ちはひとつだ。
「そうですね。急ぎましょう」
*
王都の中に入り込んでしまえば、近衛騎士団を撒くのもそう難しくはない。
敵騎士たちの大半は王都の外で他の帝国軍と戦っているし、正門の破壊を目にして王都内に引き返してきた部隊はそう多くない。
それはつまり、王都の中に侵入できた神聖帝国軍もそれほど多くない事を示してもいるが、侵入に成功した部隊はほとんどがプレイヤーだ。
また中で合流したウェインたちや聖教会の司祭たちもいるため、戦力的にはかなりのものである。
何よりこのパーティには聖女アマーリエが随行している。
前回イベントの大天使戦を考えれば明らかだが、これはつまり災厄級のレイドボスにさえ対抗できる布陣とも言える。
時折現れる近衛騎士などものともせず、メインストリートを一直線に王城へと向かう。
両脇の街並みからは、そんな一行に次々と励ましの言葉が投げかけられた。
王都から出ることはできなくても、心の底では聖女を支持している住民たちだろう。
「──このような事態になっても私を信じてこうして声をかけていただけるというのは、ありがたいことですね」
「これもすべて聖女様の人徳の
ウェルス王国の首都でさえこの有様だというのなら、この国は確かに間違いなくすでに滅んでいると言えるのだろう。
自らの足元にいる民たちの心すら掌握できないのであれば、人々の上に立つ資格などない。
ウェインたちが神聖アマーリエ帝国に協力する気になったのも、先ほどの理由以外にも都民たちのこうした姿を目にしたからなのかもしれない。
やがて王城が見えてきた。
王都をメインに活動していたビームちゃんたちはこの大通りも何度も通った事があるが、これほどまでに遠く感じた事はなかった。しかしそれもついに終点だ。
その王城の前に人影が見えた。
遠目でも分かるほど煌びやかなその装いは、ビームちゃんたちも初めて見る人物だ。
「──あれは、あれはジェローム陛下!」
同行している聖教会のNPCが叫んだ。
「え? 王さま? なんで城の外にいんの!?」
「日光浴かな?」
「言ってる場合か! 何にしても、俺たちの前にノコノコ出てきてくれたんだったら願ったり叶ったりだ! あいつをキルすれば俺たちの勝ちだ!」
国王を倒したとしても王子たちがまだいるが、王国に勝ったという既成事実を作るにはこれほどふさわしい相手もいない。
第1王子の姿は見ていないが、第2王子は近衛騎士団と共に王都の外で戦っていた。
国王さえ倒してしまえば、彼を捕虜にする事も不可能ではないはずだ。
近づいて見てみれば、確かに国王だと言われればそうとしか見えない格好をしている。
第2王子の年齢から考えても十分いい歳なのだろうとは思うが、そうは見えないイケメンぶりだ。
このゲームのいわゆる貴族階級のキャラクターというのは、誰も彼もプレイヤーアバターでは作り得ないレベルの美形揃いである。
それがここでも思い知らされ、ビームちゃんたちの国王に対するヘイトが若干上昇した。
「──お前たちが何とかいう反乱軍か。遠路はるばるよく来たな」
国王がそう呟いた。
呑気などという話ではない。今まさに殺されようとしている人間の言う言葉ではない。
「お前が国王ジェロームだな! 悪の枢軸ペアレ王国におもねるその弱腰外交! とても看過できるものではない!
そして我らが聖女アマーリエの名誉を汚したその罪、万死に値する!」
ハセラがそう啖呵を切った。
こうして冷静に聞いていると、何も殺してしまうほど悪い事をしたわけでもないような気もするが、この決起の為にすでに何人もの市民たちが命を落としている。今さら止まることはできない。
それにさっきウェインも言っていたが、相手が悪いから倒すのではない。
そうすることでしか前に進むことが出来ないから倒すのだ。
ウェルス王家を打ち倒さなければ神聖アマーリエ帝国が前に進めないというのなら、たとえ国王に何の非がなかったとしても倒すしかない。
「そのために、わざわざ新たな国を立ち上げて我が国に攻め入ったというわけか。
まったく、本当にこの世の中は、何が吉と出るのかわからんものよな。
何、責めているわけではない。私はお前たちにはむしろ礼を言いたいのだ」
様子がおかしい。
襲撃されて礼を言うとはどういうことなのか。
つまりあれか。
聖女にひっぱたかれて「ありがとうございます!」とか言いたいとかそういうことなのか。
なんだそれは自分もやりたい。
「お前たちが有象無象を引き連れてこの王都に攻撃して来てくれたおかげで、我が騎士たちは多くの命を刈り取る事が出来た。
それは素直に喜ばしい事だ。反逆した事については本来であれば万死に値するが、わざわざ私に命を捧げるために来てくれたというのなら寛大な心で許そうではないか。
そしてその手引きをしてくれたお前たちには感謝を示そう。大儀であった」
よく見れば、国王はその手に赤い卵のようなものを握っている。
日の光の下にあってもなお輝いているのがわかるほどのその卵は、鮮やかな赤さがかえって不吉さを際立たせているようにも見える。
「お前たちには褒美に、伝説に謳われる聖なる王の誕生を見せてやろう!
──さあ神の血よ! 我を高みへと昇らせたまえ!
国王が叫び、卵を天に掲げた。
すると卵は光となって砕け散り、不吉な赤いシャワーが国王に降り注いだ。
そのシャワーは国王へと吸い込まれていき、赤い光の粒を吸収するたびに国王自身が強く光を発していく。
「……え、なにこれ。なんかやばくね?」
「……さっぱり展開についていけんぞ……!」
聖女の旗の下にのメンバーたちが動揺して顔を見合わせる。
「つか、どう考えてもマズイ展開だろこれ! 結局俺たちゃどうすりゃよかったんだよ!」
ギノレガメッシュも頭を抱える。
「とにかく止めないと! 『ライトニング──』」
「っ! 駄目です! 今攻撃してはいけません!」
魔法で攻撃しようとしたウェインを聖女が止めた。
確かに、何が起こっているかわからないのに腕力で解決しようとするのは危険だ。爆発でもされて聖女が怪我でもしたら取り返しがつかない。
それに敵の変身中に攻撃するというのはなんだか少し抵抗がある。いや、これが変身なのかなんなのかは分からないが。
「──駄目だ、何も見えない」
明太リストの手からは何かが光になって消えていく。おそらく鑑定アイテムだろう。いつかSNSで、買った分はすでに使い切ったとか言っていたような気がするのだが、月が変わって新たに買ったのだろうか。ここに廃課金者がいる。
「──光が収まってきたぞ」
その誰かの言葉がなければ、光が収まったことには気付かなかったかもしれない。
なぜなら、国王は依然として光っていたからだ。
と言っても卵が割れた直後のように全てが光っているわけではない。
光っているのは国王の背後だけであり、いわゆる後光が差している状態だ。
よく見れば、国王は丸い形の何かを背負っているようにも見える。
「……あれ、もしかして
明太リストがその知識を披露してくれた。
聞いたことがあるような気がする。
光背というと仏像などの後ろにくっついているあれの事だ。
「……よく見てみろ。額になんか白い点が出来てるぜ。あれ
「というか、光背も物理的に見えてはいるけど、ホントにあるのかどうかは触ってみないとわかんないな。ファンタジーだし、はっきり見える幻みたいな力場とかそういうやつかも」
ギノレガメッシュ、それにウェインが明太リストに続いて発言した。
実に余裕のあるその態度は、確かにプレイヤートップ層と呼ぶにふさわしいと言える。
ビームちゃんやハセラ、それに他のメンバーたちは硬直して話す事も出来ない状態だったからだ。
国王からは凄まじい威圧感が放たれていた。
それに完全に呑まれてしまっているのだ。
ぶるり、と体が震えてさえいる。
ウェインたちが平気そうなのは慣れているからだろう。
彼らは災厄級の敵と何度も戦っている。何の心の準備もなく、突然目の前にレイドボスが現れたとしてもむやみに取り乱したりはしない。
そう、災厄級だ。
この国王は間違いなく災厄級のレイドボスだ。というか、そうであってほしい。
これで災厄に全く届いていないのだとしたら、本物の災厄にはちょっと勝てる気がしない。
「──なるほど、これが聖なる王の力か。すばらしいな。すばらしい。すばらしい。すばらしい! すばらしいぞ!
ふふふ、ふはは、はーっはっはっはあ!
見ろ! 私は聖なる王の力を手に入れたぞ! 見ろ! 見ろ! 見ているか! 見ているのだろうな!
どこだ! どこにいる! 早く我が前に姿を現わせ!」
国王は髪を振り乱して周囲を見渡し、何かを、いや誰かを探している。
その動きに、滑らかにだが一瞬遅れて光背が追従している。直接背中から生えているわけではないようだ。
ウェインの言うように物理的な存在ではないのかも知れない。
「──そうか。ふたりきりがいいということか。
せっかく明るいところでお前の姿を見てみようと外に出てきたのだが、裏目に出たな。
まあいい。この王都にいる私以外の全ての者が死滅すれば、外であってもふたりきりにはなれる。これはなかなかいい考えなんじゃないか? そう思うだろう? よしそうしよう」
国王の目はらんらんと光り、こちらを見つめている。
ちょっと何を言っているのかわからないが、ヤバい事を言っているのだけはわかる。
国王がビームちゃんたちを見据えた。
背筋に嫌な汗が流れる。
そういう生理現象の再現とかには別に力を入れなくてもいいと思うのだが、VR開発メーカーはいつもそんなユーザーの意見は聞き入れてくれない。
「まずは、手始めにお前たちからだな。手始めにというか、お前たちさえ始末してしまえば、この王都には他に障害になりそうな者はいない。
さっきも言ったが、お前たちには感謝している。しているが、事情が変わった。
──死ね」
──なんかやばいきがす──
「『ラディアンスガード』ッ!」
ぎん、という甲高くも濁った音を立て、何かが何かを防いだ。
「しっかりしてください皆さん! 国王はすでに正気ではありません! 戦闘はもう始まっています!」
見れば目の前で、聖女が光る盾を展開して国王の剣を防いでいた。
そうだった。こちらには聖女がついている。
ビームちゃんたち聖女の旗の下にのメンバーはほとんど参加していなかったが、聖女やウェインたちはあの大天使をも討伐した実績がある。
この国王が災厄級の敵だとしても、勝てない道理はない。
「──聖女か」
「ジェローム王、こういう形で向かい合う事になってしまったのは残念です」
「ふふ。かつてはお前を美しいと思ったこともあるが、あれと比べてしまってはさすがに見劣りがするな。
もはや私にとってお前は邪魔でしかない。
明らかに聖女を誰かと比べ貶める内容のセリフだが、聖女はまったく気にした様子もない。
すでに戦闘に意識を集中させているのだろう。見習わなければ。
ビームちゃんが叫ぶより一瞬早く、ハセラが檄を飛ばした。
「な、なんだかよくわからんけど、とにかく国王を倒さなきゃならん事に変わりはない! 聖女たんになんか失礼な事言ったみたいな感じだし、裁判抜きでこれは死刑だ!
相手もやる気だ! 気を抜くな! 羽根の代わりに輪っかが生えた大天使だと思えばいい! まあ僕らは戦ったことないけど!
──行くぞ!」
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