第328話「コミュニケーション術」(バンブ視点)





「ちいっと、手応えがなさ過ぎんな」


あらかじめ魔物コオロギたちがエルフの防衛力を殺いでくれているようだからね。我々が楽出来るのも彼らのおかげというわけだな」


「……まあそうだな」


「なんでタヌキが偉そうなんですか? 別にあなたの功績じゃないでしょう」


「……まあそうだね」


「マスターの真似のつもりですか? 全然似てませんけど。むしろ殺意が湧いてきますけど」


「いや殺意は違う要因だろうウェイウェイウェイストップ!」


 ポートリーへの侵略は順調だ。

 侵略と言っても占領などはしていない。街を襲ったら襲いっぱなしで放置してある。

 もし奪還や反撃などを企てられても面倒だし、襲った街には滞在しないようにしている。


 現在バンブたちがいるのも森林型の魔物の領域である。

 ポートリー王国は森林型の領域が多い。身を隠す場所には困らない。

 ダンジョンとしては☆1か☆4以上しかないという偏った構成だが、ダンジョン指定されていない領域ならばそこそこバラけている。


「王都とか、デカい城壁のある街なんかはちょっと難しいっすかねやっぱ」


 追いかけっこをしている家檻と教授を完全に無視し、スケルトイが地図を睨む。

 この地図は街やダンジョンだけでなく、細かな地形や他の領域なども書き込まれた完成度の高いものだ。

 と言ってもバンブたちが実際に現地を測量したわけではない。お手本がちゃんとある。参考にしたのはポートリー政府が持っていた正規の地図だ。ヒューゲルカップの城で見せてもらい、その場で教授が描き写した。あんなだが教授は意外と手先が器用だ。


 地図の出所については家檻をはじめ、MPCのメンバーたちも不思議に思ったようだったが、協力者からの差し入れだということで押し通した。

 勘のいいメンバーは、このMPCというクランが巨大な何かと繋がりがあることに薄々気付いているだろう。

 そしてそれを、バンブが少しずつゆっくりと明かそうとしている事もわかっているはずだ。


 彼らにいつかマグナメルムの存在を教える日が来るとしても、その衝撃はなるべく和らげてやりたい。

 地図の件をはじめとする細かい調整はそのためのものだ。


「王都は言うまでもねえが、こことここ、それにここには騎士団の残りが駐屯してるからな」


 バンブが指したのはケルコス、アスペン、ピアチェーレという3つの街だ。


 アスペンとピアチェーレはもともと王都に勝るとも劣らない城壁を備えた街で、そのすぐ側には魔物の領域がある。ダンジョンとして設定こそされていないが、難易度で言えば☆4か☆5だろう。これはライラから得た情報だが。

 それらの街にいる騎士団はそれぞれの近くの領域に睨みを利かせる目的で駐屯しているものと思われる。


 そしてケルコスというのは、レアたちが言うところのポータルの街だ。

 こちらもすぐ側に魔物の領域があるが、これは☆1の森であり、ダンジョン登録もされている。

 東西に長いポートリー王国において、西部と王都とをつなぐ重要な交通拠点としての役割も備えており、ポータルとして認識される前から人口の多い街だったらしい。

 現在はライラの支配下にあり、独自の騎士団も備えている。と言っても見て分かる範囲では、国から派遣された通常の規模の騎士団しかいない。

 ライラが『使役』した領主の配下はすべて、普段は一般市民に紛れて生活しているとの事だ。住民に対する覆面騎士の割合がどのくらいなのかは聞いていないが、あの女の事だ。常識的な数ではあるまい。


 アスペンやピアチェーレはともかく、ケルコスに関しては当然襲撃しないように言い含められている。

 コオロギたちは他の街同様襲撃をかけているらしいが、いずれも城壁を越えられずに撤退している。無差別に国中を襲う魔物があの街だけを避けて通るのでは怪しまれるからだろう。

 その理屈で言えばMPCがケルコスを襲ってもいいのだろうが、襲撃側もプレイヤー集団となればあちらもある程度本気を出さざるを得なくなるだろうし、そうなってしまえばおそらくMPCは全滅する。

 だからケルコスを襲撃しないようにとのライラの指示は、どちらかと言えばMPCをおもんぱかっての警告だ。

 こっちも手加減出来ないからやめておけ、という。


「でもよ、一応俺たちの目的はポートリーの滅亡だろ? このままじゃ、いつまで経っても達成できないぜ。

 何しろ、これまで襲った街は建物に比べて人口が異常に少なかったからな」


 ポートリー王国は現在、出せる戦力の全てをペアレ遠征に注ぎ込んでいる。

 そして出せない戦力、つまり防衛に最低限必要な戦力には国の要衝を重点的に守らせている。

 普段は王都や地方で待機させていた遊軍的な戦力をすべて国外に出してしまっている今、想定外の事が起きれば対処は出来ない。

 それを懸念したポートリー上層部は、常駐騎士団がいる王都や前述の街などに、出来る範囲で全ての国民を避難させていたのだ。

 このためこれまでMPCはいくら街を襲っても、大した成果は上げられていなかった。


 この避難計画を提言したのは国王本人らしい。

 食糧の備蓄や居住スペースなどの問題もあるし、仮に避難出来たとしてもいつまでもその状態が続けられるわけでもない。

 ライラはイライザとかいう眷属を通してそう制止したそうなのだが、遠征にいつまでも時間をかけるつもりはないとして強行されてしまったようだ。


 そのため、このまま仮に騎士団のいない街をすべて滅ぼしたとしても、おそらく目標キル数には届かない。


「ああ。いずれにしても、守りの硬いこのアスペンかピアチェーレを襲う必要がある。滅亡を狙って人口の半分をキルするつもりなら、たぶんこの両方を、だな」


 バンブの言葉にMPCのメンバーが頷いた。

 まずは今いる場所から距離的に近い、南部のアスペンからだ。









 アスペンの南には樹海が広がっており、その向こうには海がある。

 元々この街は樹海に対する防波堤として建設された街らしい。そういう成り立ちのため、その城壁は強固で隙がない。


 ただしそれは樹海側に対しての話だ。その反対の北側は比較的警戒が甘い。

 ここ数日はコオロギによる襲撃も起きているため多少警戒は高まっているが、南側ほどではない。


 バンブはMPCを率いてアスペンの北側に布陣し、タイミングを図っていた。


「──コオロギたちの襲撃パターンからすると、そろそろアスペンを襲う頃だな」


「コオロギの襲撃が落ち着き、防衛についている騎士団が気を抜いているところで襲撃をかけるんですか?」


「いや、コオロギと同時に攻める。相手の気の緩みを突くってのも悪くはないが、物理的に戦力の隙を突いた方が合理的だろ」


「ええ!? だ、大丈夫っすかね? さすがにコオロギに喰われて死ぬとかちょっと嫌なんすけど……」


「心配いらんはずだ。

 これまでの傾向から見るに、コオロギたちが襲っているのはエルフだけだ。森林型のダンジョン内にある、ゴブリンの集落なんかは無事なままだった。それにオー……どっかから湧いて出てきてるヒューマンの野盗の集団なんかもな。

 たとえ俺たちとカチ合ったとしても、エルフがいるならそっちを喰うだろう」


「……言われてみれば。キモいのであまり考えないようにしていたというか、気にしてませんでしたが、確かに被害者はエルフばかりでした。野盗の集団が襲われて壊滅したという話も聞いたことがありません」


「だとしても確実じゃないし、ちょっと怖いは怖いが……まあ最悪は三つ巴の戦闘になるだけか。無策で攻城戦しかけるよりはマシかな。

 それにこれまでクラマスの判断に従ってきて悪い方向に転んだ事もねえし、今度も命預けるぜ!」


「イベント中だし、死んだとしても失う物はそうないがな。気持ちだけは受け取っとく」


 リックの言葉に、他のメンバーたちも次々と頷いた。

 命を預けるとはいささか大仰だが、とりあえず納得はしてもらえたようだ。


「にしても、なんでエルフしか食べないんすかね」


「……エルフの肉質が特に柔らかいからとかじゃないかね」


「いやそういう生々しい話はいいっす! 悪かったっす!」


「ヤギや果樹も食べているようですが」


「人間だってヤギくらい食べるだろう。果樹はまあ、栄養バランスを考えてとかじゃないかな。肉だけだと偏るし」


「そんな意識高いんですか? コオロギごときが」


「ごときとは聞き捨てならないな。そのコオロギたちのおかげで我々はこうして楽にだね──」


「おい、いい加減にしろ。もうそろそろコオロギたちが来ちまうぞ」


 言い争いをしていた家檻と教授が黙る。

 もはや日常茶飯事のため、他のメンバーは気にもしていない。


「──失礼した。確かにそろそろだな。もう来るよ。2分後だ」


「何でわかるんですか」


「……統計だよ」


 家檻は胡散臭げな顔を──おそらく──しているが、教授が言うなら間違いないだろう。


 そして教授の宣言通り、ほどなく巨大なコオロギの集団が現れた。


 コオロギたちは強靭な後脚を使ってジャンプし、空中で翅を動かして飛行しながら移動していた。

 滞空時間はそれほど取れないようで、しばらくすると地面に降りている。

 そしてまたジャンプし、僅かに飛行し、また地面に降りる。その繰り返しだ。


 コオロギの中には全く飛ばない種もいるらしいと聞いたことがあったが、このマーダークリケットはわずかながらも飛べるらしい。

 翅を動かしているという事はスキルの『飛翔』は持っていないのだろう。となるとあれは肉体的な能力だけで飛んでいるという事になる。一般的な鳥型の生物と同様だ。


 バンブにしてもこれだけの数のマーダークリケットを、これほど近くで見るのは初めてである。

 これが例えば蝶かなにかなら幻想的な光景だと言えたのだろうが、残念ながら黒ずんだコオロギだ。

 端的に言っておぞましい。


「……あの、あれと一緒に街を攻めるんですか?」


「……合理的判断だ。仕方ないことだ」


「ほらほら何をしているのかね。早く行こうじゃないか」


 1人だけやけに慣れている教授が急かす。

 バンブをはじめとする他のMPCのプレイヤーたちは覚悟を決め、コオロギの群れにまじって城壁に襲撃をかけた。





 本気ではなかったとはいえ、これまで何度もマーダークリケットの群れの襲撃を凌いできた壁である。

 防御の薄い北側でも、そうそう破れるものでもない。

 しかしそこにプレイヤーの火力が加われば話は別だ。

 魔法攻撃なども城壁そのものを破壊するほどの威力はなくとも、門を揺るがせる事は出来る。

 そして弱った門にマーダークリケットが次々に体当たりを仕掛け、ついにこれを破るに至った。


「突破口が開いたぞ! まずは眷属を突入させろ!」


 ぽっかりと口を開けた城門にコボルトの群れが殺到した。

 少し遅れてゴブリンやスケルトンがそれに続く。単純に移動速度の違いだ。


 突入した眷属たちには一般市民から襲うように指示してある。

 騎士やプレイヤーは殺したところで復活するからだ。

 一般市民は死んでしまえば復活しないし、すべての市民が死滅すれば、騎士やプレイヤーだけ残ったところで街は維持できない。


 破られた門の向こうには数人のエルフの女の姿がある。

 格好からすると傭兵だろう。


「げえ! 破られた! なんで!?」


「何かワンコが来──ゴブリンと骨も来た!」


「落ち着きなさい! 迎撃するわよ!」


「──てか今、あっちのボス喋ってなかった?」


 話し方からするとこの傭兵たちはプレイヤーだろう。防衛に参加していたらしい。

 彼女らにバンブの声を聞かれてしまったようだ。


 騎士やプレイヤーらしき傭兵にはこちらもプレイヤーが対応するよう指示を出している。例外は教授だ。

 表向き教授には配下はいないことになっているが、現状で最も戦力を有しているのは教授である。

 マーダークリケットの群れにはむしろ騎士やプレイヤーを狙うよう言っておく。


〈教授が死んだらコオロギたちも居なくなる。事故が怖えから、プレイヤーとか騎士なんかの戦闘力高めの敵は相手すんなよ〉


〈最初からそのつもりだが〉


〈……そうかい。そうだとしてもそういうときはな、黙って”了解”って言っときゃいいんだよ。それが円滑なコミュニケーションのコツってやつだ。俺はかまわねえが、レアやライラにはそういう言い方はするなよ。あと家檻にもだ。無駄にこじれるからな〉


〈なるほど。彼女らとの円滑なコミュニケーションというのには私も興味がある。肝に銘じよう〉


 思わず特大の溜息をついてしまいそうになったのをぐっと堪え、バンブは目の前に立ちはだかるプレイヤーたちを見据えた。

 4人組の女だ。ひらひらした服を着たリーダーらしい女は、他の状況には目もくれず、ただバンブたちだけを睨んでいる。

 先に突入させた眷属たちは彼女らを大きく避けてすでに街なかに散っていた。

 他のメンバーもそんな眷属たちに紛れて街に侵入し、プレイヤーや傭兵、騎士などと戦闘を開始している。


 未だ城門付近でまごついているのはバンブと教授、そして家檻だけだ。


「──こんなところで、俺たちなんかに構っている余裕があるのか?

 街にはすでに俺の部下が何匹も入りこんでるし、でけえコオロギだって城壁を乗り越えて侵入してるはずだ」


 こちらの声はすでに聞かれている。喋ったところで変わらない。

 それにこれまでずっと、魔物としてただ襲撃を繰り返してきた。

 こういうお互いを敵として認識したうえで対峙する「対戦」というのは、思えば久しくやっていなかった。

 いつかのノイシュロスでの、レアとの戦い以来だろうか。

 たまにはこういうのも悪くない。


「──やっぱり喋るのね。

 最近ポートリーの街を襲ってまわってるのってアンタたち? それにこのコオロギも、国中で無差別に市民を襲ってる奴らみたいだけど、これもアンタのペットなの?」


「ひ、姫、それより街を守らないと……」


「……残念だけど、手遅れかな。

 見て。コオロギたちが城壁をよじ登って街に入ってきてる。

 コオロギたちはこれまでも何度も攻めてきてるけど、一度もあの壁を越えた事は無かった。あの様子だと、これまでもたぶん、やろうと思えばいつでも越えられたんだと思う。でもやらなかった。

 それを今になってやった理由は何だろうって考えれば、準備ができたからなんじゃないかな。コオロギたちは待ってたんだよ。一気に街を滅ぼしきれるタイミングを。それが今なんだ。この魔物の混成部隊との共同作戦がコオロギの目的だった。

 だとすればたぶん、プレイヤーがちょっとじたばたしたくらいじゃ、街の壊滅は止められない」


 黒髪の女が落ち着いた様子で見解を述べた。だいたい合っている。

 表向きマーダークリケットとMPCが連携していたわけではないので、そこは少々事実と異なるが、実際のところはその通りだ。


「そうね。マリ狼の言う通りだと思うわ。

 でもひとつだけ、それを止められる可能性が残ってる」


 リーダーらしい女の、深い水色の視線がバンブを射ぬく。


「──そうか、ボスを倒せば」


「そう、このボスっぽいおっさんさえ倒しちゃえば、きっとこの状況も止められるはず!」





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