第310話「お前が救世主になるんだよ」
当初予定していた状況とは異なり、開戦の口火を切ったのはシェイプ王国だった。
とはいえこれは当然とも言える。
シェイプ王国による宣戦布告というイレギュラーな展開のせいだ。
オーラルやウェルスには自分から攻撃を仕掛ける理由はないし、ペアレにしても結果的に全周囲が敵という状況にどう動いていいかわからない状態のはずだ。本来であればウェルスに睨みを効かせつつオーラルに進軍でもするつもりだったのだろうが、今となってはそうしてしまうと側面をシェイプに突かれる恐れがある。
ペアレとしては後から首を突っ込んできたシェイプの弱兵を打ち砕きつつ、その勢いでオーラルになだれ込みたいところだろう。
何せ、シェイプの出した声明には遺跡を含むアーティファクトについてまで明言してあった。彼らの狙いは誰の目にも明らかである。
戦略目標が明らかであるのなら、迎撃するのは難しくない。
「──ってだけだったらわかりやすかったんだけど、ちょっと変なタイミングで余計なことしちゃった感はあるかな」
「まあしょうがなかったと思うよ。ブランちゃんの件は。でも確かに、南部の遺跡を知ってたんなら北部の遺跡もそりゃ知ってるか」
問題になったのは開戦直前にあったワールドアナウンス、その内容だ。
そのアナウンスというのは真祖吸血鬼ブランの誕生によるものだが、これはペアレの北部、プロスペレ遺跡を使用して行なわれた。
当然アナウンスにもその場所は盛り込まれており、一定以上の『霊智』スキルを所持しているキャラクターには全員それがわかったはずだ。
それはシェイプ聖教会でも例外ではなく、その報告を聞いたシェイプ王の判断はこうだった。
ペアレは南部のみならず北部の遺跡の封印をも解き、災厄に迫るほどの強大な力を手にした。それをもって大陸を席捲するつもりだ、と。
惜しいかな、主語以外はだいたい合っている。
ともかくそう判断したらしいシェイプ王国は部隊を二つに分け、北部のプロスペレ遺跡と南部のクラール遺跡群にそれぞれ派兵したというわけだ。
「まあペアレが対応できなかったとしても北部遺跡はうちのお猿さんたちが守ってるから大丈夫。
南部のシェイプ軍がその分弱めになっちゃうのが少し問題だけど、オーラル軍でペアレを抑えるんならバランス的には調整できるんじゃない?」
「何度も言うようだけど、抑えるのはポートリー騎士団であってウチの軍じゃないよ。オーラルは戦争には反対です。ノー・ウォー」
「面倒くさいな。どうでもいいよ」
シェイプが国境を越えた事でペアレも軍を動かしたのだが、その動きは鈍い。
南部遺跡と北部遺跡が同時に狙われている事を知ったためだ。
対オーラルも見据えるならば南部に多めに兵を割きたいところなのだろうが、北部遺跡は王都に近い。
シェイプ軍がノイシュロスの南を通って北部遺跡を狙うようなら、その侵攻ルート上には王都がある。
ここを守らないわけにはいかない。
「守る物が多いのに敵も多いっていうのは大変だね」
「いや敵が多いのは自業自得じゃないかな」
そうなるように煽ったのはマグナメルムであるため、完全に自業自得というのは少し言い過ぎではあるが、ペアレ王が冷静であったならここまでこじれていなかったのも確かだ。
いや、その場合でも理由をつけて口実は作らせていただろうし、結果は同じかも知れない。
「でもこのままだと、大事な火種であるペアレ王国が真っ先に地図から消えることになっちゃうな」
そうなってしまえば、争う理由がなくなった各国がそのまま戦争を続けるというのは難しい。
プレイヤーたちの動きを見ても、多くはペアレ以外の国に付き、早期の戦争終結を願って行動しているようだ。
一部には状況を面白がって掻き回そうとしている者たちもいるようだが、多数派ではない。
そもそも戦争というイベントを
疎開先というのは当然、戦火に見舞われる可能性の低い唯一の地域、旧ヒルス王国領だ。
中でも経済的に安定しているリフレの街が人気で、現在は未曽有の好景気に沸いていた。
「最初はペアレを主に攻撃させるつもりで計画してたのは確かだけど、まさかここまで一方的な袋叩き構造になっちゃうとは……」
「教授じゃないけど、これは確かにわたしたちの見積りの甘さが招いた悲劇かもね。ほとんどのプレイヤーは戦火の拡大には協力してくれそうにないし、しょうがないからペアレに肩入れしてあげようか」
もともとペアレ王国はポテンシャルとしては高いと言える。
獣人という種族、というよりは単に国民性だが、住民1人1人の戦闘力は高めであるし、今はレアが封じているが、さらにそれを引き上げるためのアーティファクトも眠っている。
実力偏重のペアレ王国ではその立場は低いようだが、本人も救世主にあこがれているようだし、ここはひとつ、彼に第1王子同様に強化を施してやり、ペアレ王国の救世主として活躍させてやれば国内での地位も向上するだろう。
その彼というのはそう、ペアレ聖教会総主教である。
レアは眷属にしてあるペアレ王国王城を守る衛兵の元に向かった。
衛兵にはすでに指示を出してある。
今頃はターゲットを言葉巧みに誘い出し、王都から離れている頃のはずだ。
すでにバンブと教授はシェイプに戻り、じっくりと行動開始のタイミングを窺っている。彼らの次のターゲットは決まっているが、それを今すぐクラン内に周知するわけにはいかない。
ブランもシェイプで新たな連絡網の構築を完了させ、次なる一手のために行動を始めている。
ライラもこう見えてライリエネやツェツィーリア、そしてイライザと連絡を取り合っているようだ。
遊んでいるのはレアだけである。
イベンターとして、そろそろ次の仕事をするのもいいだろう。
*
「も、門兵どの。このような街はずれに本当に救世主さまが……?」
「ええ、ええ、もちろんです。
総主教さまもお聞きになったでしょう? 俺も殿下からうっすらとは聞いてます。陛下はなんでも、救世主さまってのを全く信用しようとなさらなかったとか。
そうなると救世主さまの関係者というのは、おいそれと街の中に入るってわけにはいきません。それで
人々の気配から少しずつ離れ、街を出てくる2つの人影がある。
ペアレ聖教会総主教と、以前古文書強奪の際に『使役』しておいた王城の衛兵だ。
このペアレ王国王都については、他の国と違って城壁がない。
ゆえにこっそりと街から離れる分には取り立てて誰かに見とがめられることもない。
ペアレの上層部はあの岩城の防御力によほど自信があるのだろう。
有事の際にはあの岩城に住民たちを避難させる手はずになっていると聞いているが、いつの間にか有事になっていた場合などはどうするつもりなのか。
これは城壁に守られた他国においても同じことだが、そろそろ魔物以外の襲撃についても警戒していくべきだろう。
これからの敵は同じ人類だ。
もちろん、だからと言って魔物が味方になるわけでもないし、要は国民以外の全てが敵だと考えた方がいい。
そのような情勢下において、現在と同じガバガバの警戒態勢ではあっというまに滅びの道を進むことになる。
単一民族で構成されているペアレやシェイプは特に考えづらいのかも知れないが、獣人だからと言ってそれがペアレ国民とは限らない。
管理AIから聞いた定義についてもそうだし、獣人プレイヤーなどどう動くかまったく読めない者たちもいる。
多くのプレイヤーにとって重要なのは自分の種族ではなく、自分のプレイスタイルであるからだ。
それがそれぞれの国家と相反するものであるのなら、彼らは躊躇いなく背を向けるだろう。
ペアレも今でこそ戦争に至った経緯や周辺環境などから種族偏重主義に傾いているようだが、単純に種族だけでは判断できない自由な世界はもうすぐそこまで来ている。
それを理解できなければ、もし万が一奇蹟が起きてこの戦争を勝ち残ったとしても未来はない。
ともあれ、2つの人影はレアの待つ岩陰へと近づいてくる。
この岩も少し前に魔法でこっそり用意したものだ。王都周辺にはこのように身を隠せそうなオブジェクトは無かった。街の安全を考えれば当然だ。
レアにとっては別に岩の陰に隠れずとも身を隠すのは容易だが、何もないところから突然現れるローブ姿の怪しい人物を見て、なるほど救世主さまの関係者だなどと思ってくれるわけがない。
それでなくとも怪しいのだから、せめて少しでも人間らしく見える努力はするべきだ。
「──貴方がペアレ聖教会、総主教さまですね」
「うわ! だ、誰だ!」
「落ち着いてください総主教さま。大丈夫ですよ。こちらの方こそ俺が総主教さまに会わせたかった方です」
「な、なんと……。すると貴女が救世主さま……?」
総主教は隠そうとはしているが、隠しきれていない不審そうな視線をレアに投げかけてくる。
自覚はあるので咎める気にもならない。
レアは努めて柔らかい印象になるように微笑みを浮かべて総主教に答えた。もっとも半分以上はローブのせいで見えないだろうが。
「いいえ。総主教さま。残念ながら違います。ですがわたしが救世主の誕生に関わっているのは確かです。とはいえ、これはおいそれと言いふらしていいことではありません。
悪しき者や、欲望にまみれた者などに知られてしまえば、わたしのようなか弱き者はすぐにどうにかされてしまうでしょう。本当に信頼できる、正しきお心を持ったお方にしかお伝えする事はできません。
総主教さまだからこそ、わたしもお話しするのです。よろしいですか?」
若干ではあるが総主教の不審感が薄らいだ。
こちらは弱い存在であること。
リスクを冒してここにいるということ。
そして信頼しているのはあなただけだということ。
これらの内容の言葉を適当に並べるだけで、信用されるとまではいかなくとも、相手の警戒心をある程度軽減させることはできる。
ライラや教授ほどではないが、それなりにはうまく出来ているようだ。
「総主教さまがお聞きになっているかはわかりませんが、此度の戦の原因となった、オーギュスト殿下のご逝去ですが、あれには遺跡として伝わるあるアーティファクトが関わっておりました」
「それは……。なぜそれを。私でさえも、噂でしか……」
総主教は驚いている。
私でさえも、と言うが、この国では冷遇されているらしい聖教会の立場を思えば、噂レベルでも聞いているだけ大したものだ。
王族直々に旗を振っていたほどだ。国策として推進していた最重要機密であるはずだし、聖教会ごときが詳細を聞いているはずがない。
しかしそれは言う必要はない。
「おお、ご存知とは、さすがは総主教さま。
実はわたしは、その遺跡の研究チームに配属されておりました。
もちろん、オーギュスト殿下の件についてもよく知っております。
これを知っている者はあらかた殺されてしまっており、もうわたしを含めて数名しか残っておりませんが、あのプロジェクトは実は王家の方々を更なる高みへと導く目的で推進されていたものでした」
「──なんと……。そのような恐れ多い……」
「ええ。まさにおっしゃる通りです。ただでさえ一般の市民の方より高みにおわすというのに、更に上を目指すなど恐れ多い事この上ありません。オーギュスト殿下は、おそらくその傲慢さが神の怒りに触れたのでしょう。
それゆえにアーティファクトは暴走し、オーギュスト殿下は二目と見られぬ哀れな姿に……。そしてそれを魔物と勘違いした他国の騎士たちの手によって、殿下はこの世を去りました……。
これが此度、戦乱へと至った真相でございます」
次々と明らかになる新事実に、総主教はレアの話に聞き入っている。
「そのような事が……。しかし、それが救世主さまとどう関係が」
「実は、オーギュスト殿下はアーティファクトの発動そのものについては問題ありませんでした。にもかかわらず殿下があのような哀れな姿になってしまった理由はひとつ。
すなわち、殿下は信心が足りなかったのです」
「信心が……」
この国で総主教が他人に誇れるものと言えば、そのくらいしかないだろう。
相手の欲望と自尊心を刺激してやるのは詐──説得の基本だよ、と、教授が言っていた。
「はい。アーティファクトとは神の御業。その神を信じられずして、どうして奇跡をさずけられましょうか」
「なるほど、確かに……」
「総主教さまが神託を受けた救世主というのは、生き残ったわたしの部下のうち、敬虔な信徒がアーティファクトを発動させた結果によるものです。その発動には当然このわたしが手を尽くしました。
であれば、総主教さまなら、さらに素晴しい高みへと至る事も不可能ではないでしょう。
そう、今こそ、総主教さま自らが救世主となるのです。それこそが聖教会の現状を救い、ペアレの民を救う事になりましょう。
何者にも侵されない絶対的な力を持つ存在。それこそがこの混迷極める大地に平穏をもたらすのです。
もちろん、神もそれをお望みのはずです」
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