第306話「特別報酬」





 公式イベントの開始まではまだ少し時間があるが、ペアレ王国はすでに各国に対し意志を表明しているし、運営AIの言った通りシェイプも行動を起こしている。


 事件というのはヨーイドンで起きるのではなく、予め起きるべき要因があったからこそ起きるものだ。そしてそれらの要因から実際の事件への移り変わりというのは大抵はシームレスである。

 つまり戦争が起きると決まってしまったのであれば、それはある意味ではもう起きているとも言える。

 プレイヤーたちには目立った動きはまだないが、それは甘えというものだ。


 しかしかといってレアたちが戦争に向けて忙しなく動いているかと言うとそうでもない。

 するべきことはすでに終えているし、重要なポジションにいる眷属には然るべき指示は出してある。

 状況が読みづらいのはブラン担当のシェイプ方面だが、これは一旦様子を見てみるしかない。

 どうやら例のジャイアントコープスたちによる襲撃事件はペアレの陰謀だとか勘違いをしてくれているようだし、今は下手なことをして水を差さないほうがいい。

 あれが別の存在の仕業だと知れたらせっかくのドワーフたちの踏ん張りが水の泡だ。


 ウェルスやオーラル、そしてシェイプ周辺の状況については引き続き注視しておく必要はあるが、それは今かかりきりでしなければならないことでもない。優秀な眷属たちに任せておけば、何か重要な変化点があればすぐに知らせてもらえるはずだ。

 レアたちにはそれよりも今、早急に進めなければならない重要な事があった。


 一方でバンブと教授はクラン内でまとめられた方針を現実にするためにさっそく行動を開始している。と言っても動き回っているというわけではなく、彼らのクラン内での情報操作、いや方針について話し合っているだけだが。

 人類国家を全て滅ぼすというのは元々レアも考えていたことだ。

 教授の提案についてはレアとしては何の異論もない。ライラの支配するオーラルのように事実上滅ぼすのが不可能に近い国もあるにはあるが、それ以外の国家については存分にやってもらって構わない。

 戦争という状況そのものや、自らを滅ぼしかねない脅威にさらされた時、きっと各国はさらなる力を求める事になるだろう。


 その時こそマグナメルムの出番である。


 そう、マグナメルムだ。

 この名はすでに、このゲーム世界に正式に刻まれていた。









 運営を名乗るAIから、シェイプ王国で起きたことを聞いた後。


「──なるほど、そういう流れになったのか」


「まさか例の祭壇を知ってるNPCがいたとはね。さすがにそれは読めるわけないな」


「いや、敢えて言わせてもらうのならば、これは君たち姉妹の失点だよ。

 ペアレの岩城いわしろには古文書が保管されており、それには遺跡の場所が記されていたのだろう? ならば口伝として伝えられている貴族の末裔がいたとしても不思議なことではない。

 古文書があるということはそれを書いた人物がいたということだし、そうであるならさらに詳しい情報がどこかに伝えられている可能性も考慮しておくべきだった」


「……言ってくれるね。でも一理ある。確かにこれは私たちの見積りが甘かった結果だ」


「でもそれがよりにもよってシェイプだったっていうのは偶然の結果だし、そうでなかったとしたらこうはなってなかったんじゃないかな。

 あと言わせてもらうと、アンデッド巨人を作ったのは祭壇の力じゃなくて別のものだよ。源流は同じみたいだけど。

 その効果がたまたま一致してたのも偶然だし、その巨人の姿を問題のNPCがたまたま目にした事も偶然だ。

 結果的にはよかったことでもあるし、失点と言うよりもラッキー、日頃の行ないが良かったと言ってもらいたいな」


「レア嬢はポジティブだな。だがその通りだ。これはまさにヒョータンカラーコマだ。

 結果的にだが、これで現存する全ての国家を大戦に巻き込むことができた」


 教授がテーブルに自作の地図を広げた。ネットワーク上のデータだけでなく、ゲーム内でもアイテムとして作成していたようだ。マメなことである。

 それをライラがひったくり、そこに大陸の外形と国境線を書き加えた。

 地理情報は基本的にそれなり以上の貴族くらいしか持っていないが、オーラル、ヒルス、ウェルス、ポートリー、そしてシェイプの地図については入手が可能だ。

 ペアレの現代の詳細な地理は不明だが、周辺国家の地理が明らかであるなら国境線は自然と確定する。


「……なるほど国境はこうなっていたのか。そして問題の遺跡がこのあたりかな」


 教授が指先で地図をなぞる。

 ペアレとオーラルを南北に分かつ国境線のやや北に遺跡はある。


「ペアレ王国が目の敵にしているポートリー・オーラル連合や、遺跡の位置なども考えると、やはり激戦区となるのはオーラルとペアレの国境沿いになりそうだ。

 しかし地図があるというのは素晴らしいな。一般的な国家はどうだか知らないが、少なくとも我々は近代的な視点で戦況を考察できる」


「自画自賛かよ。しかしシェイプ側にも遺跡の情報があるってんなら、ドワーフたちも最短距離でそこを目指してくる可能性が高いか。シェイプとの位置関係を考えると、元々狭いオーラルとペアレの国境線はシェイプの行軍路が塞いじまいそうだな」


 バンブが地図を眺めながら言う。

 ブランは優雅に紅茶を飲んでいる。


「ドワーフたちがまっすぐ遺跡を目指すとすると、ゾルレンと言ったか。この街は下手したら完全に国から分断されることになる」


 ペアレの西に位置するシェイプ王国からクラール遺跡にまっすぐに線を引くと、ゾルレンはその南側になってしまう。

 ペアレ王国はどちらかといえば縦長な形状をしている。そうなってしまうとゾルレンはシェイプ軍によってペアレ本国と隔てられてしまうことになるだろう。


「そうか。シェイプが横槍入れてくるとなると、プランタン周辺を戦場にするのは難しくなるね。悪いけどチケットは払い戻しかな。まだ1枚も売れてないけど。

 となると孤立したゾルレンを獲れるかどうかが遺跡周辺の戦況においてアドバンテージを確保できるかどうかにかかってくるか。

 シェイプが狙ってゾルレンを分断するかはわからないけど、これはかなり複雑でデリケートな戦線になりそうだ」


「でもですよ。そのゾルレンとかに割と近い場所にあるシェイプの街ってザスターヴァかカニエーツですよね。そこらの街ってもうわたしが滅ぼしちゃってるんだけど、シェイプの軍隊はどこで一休みするつもりなのかな」


 聞いていないのかと思ったら聞いていたようだ。これがあるからブランは侮れない。


「ふむ。一休み、つまり補給という事かな。しかし補給と言っても、シェイプ国内はブラン嬢の活躍によって食料品はほぼ枯渇している。

 とても軍を支え切れるだけの兵站を確保するのは不可能だ。

 そのようなことは宣戦布告をするシェイプ王も十分わかっているはずだし、その上で敢えて進軍するとなると、もはや兵站など考えていないと判断するのが妥当かもしれない」


「あ、兵士は餓死させながら行軍させるってことか! なるほど頭いいね」


 言うほど頭が良くもないというか、むしろ為政者としては最低の采配だが、それをしかねないほどシェイプは追い込まれているということだ。またブランにとっては日常茶飯時でもある。


「ペアレに進軍してくるのはドワーフの死兵か……。もう後がないって覚悟して進撃してくるとなると、これはちょっとナメてはかかれないかもね」


「それよりもだ。流れからすると、シェイプの戦略目標は遺跡の確保だろ? そもそも今、その遺跡ってのはどうなってんだ」


 クラール遺跡群の事なら、ペアレ王が王都から連れてきた騎士団が制圧している。

 制圧というか、元々ペアレ所有の不動産なので単に警護しているだけだとも言えるが。


 例の第1王子爆誕の際に出来た穴は呼び出したアリたちに塞がせておいた。

 そしてモニカを通じてジャネットたちに指示を出し、王子の研究成果は天幕ごとインベントリに回収させてある。

 遺跡のいたるところに戦闘の痕跡もあるし、王子からどのくらい詳細な報告があげられていたかにもよるが、引き継ぎもないのでは騎士たちは本命の入口の場所さえすぐにはわかるまい。


「遺跡の扉はわたしがいないと開かないと思ってもらっていい。今はペアレ王国が周辺を実効支配しているというだけで、とりあえずは使用できない状態にあるよ」


 遺跡の場所がわかったとしても、遺跡の扉を開く鍵が精霊王の何たらシリーズにあるなどということは、古文書を奪われたペアレ王国にはわからないはずだ。

 当てずっぽうにしても、よほどの自信がなければ国宝でもあるあれらを持ち出すことなど考えられない。


「あれはある意味で優勝トロフィーみたいなものだからね。祭壇の力を手にできるのは勝者だけさ。それまではイベンターである私たちの預かりってわけだ」


「そんな気ないくせに」


「まあね。ぶっちゃけ別にどこが勝っても構わない。戦争で各国のトップにある程度経験値稼がせるのが目的だからね」


 各国がたくさん殺し、たくさん殺されれば、それによって得た経験値と、それによって得た危機感によって、きっとさらなる力を求めてくれるはずだ。


「ふむ。ならば別に、勝者など居なくてもいいのではないかね」


 ブランやバンブは怪訝な顔で教授を見た。

 レアは元々の、本当に最初の目的がまさにそれだったとも言えるため、教授が何が言いたいのかは察しがついた。


「つまり、この戦争を機に人類国家が全て滅んでしまっても別に構わないだろうということさ。

 トップの数名が経験値を得て、それでまあなんやかんやして何たら王とかになれればいいわけだろう?

 それさえ成れば、もはや国家など必要ないのではないかな」


「というか別に、幻獣王や精霊王とかを生み出すというのも国家が滅びる前にしなければならないわけでもないけどね。わたしとしてはそういうムーブがしてみたいというだけで、すべてが滅んだ荒涼たる国土を前に覚醒する王族とかっていうパターンでも別に構わないよ」


 想像してみると、それはそれでかっこいい気もする。


「なるほど。つまり王族、出来れば国王さえ生かしておくならば、後はどうでもいいとも言えるわけだな。

 ではどうだろう。

 やはりこの機会に、国家という窮屈な枠組みはいったんすべてリセットしてしまうというのは。

 現状のシステムでは、この大陸においては国家の条件というのは厳密に定められている。これは今ある体制を維持するという点においては非常に強固で優れたやり方だと言えるが、発展性や拡張性という点においては大きな足かせとなりかねない。

 これらはここで一旦破壊し、既存の国家をすべて排除してから、新たに誰でも自由に建国できるようにしてしまうというのはどうかな。

 要はプレイヤーズクランなどと同様だ」


 悪くない案だ。非常に面白い。

 ライラは憮然としているが、それは現状でライラだけがプレイヤーとして国家を運営しているからだ。

 そのアドバンテージが薄らぐのが気に入らないのだろう。

 しかし一部のプレイヤーだけがコンテンツを独占するというのは健全な状態とは言えないし、チャンスだけは全てのプレイヤーに平等にあるべきだ。

 同様に、先駆者にはそれに見合った優位性もあるべきだとは思うが。


「ただ冷静に考えて、ライラ嬢のオーラル王国だけはおそらく滅ぼすことはできない。

 オーラル王家は今やライラ嬢の眷属だ。殺害しても復活するし、国土の半分以上を失わせるというのも国民の半数以上を始末するというのも現実的ではない。

 しかし仮に他の国家をすべて滅ぼし、現存する国家がオーラル一国のみになったとしても、大陸全土をオーラルが支配するという事にはならないだろう。

 その時オーラル以外の土地についてはどの国にも属さない、宙に浮いた状態になるわけだ。

 現在で言えば旧ヒルス王国領がこれに近い状態だと思うが、もし大陸全土がそうなった場合、それらの都市群についてはシステム的な扱いとしてはどうなるのかというのは確認しておく必要がある。

 可能であれば私はこれらを、プレイヤーやプレイヤー集団によって管理運営していけるシステムでもあれば面白いと思うのだが」


《そういったシステムでしたらすでにございます》


 システムメッセージから返答があった。


《本来の予定では、大陸に存在する国家が残り2国以下になった時点で大陸における国家の定義を撤廃し、広くプレイヤーの皆様に都市運営コンテンツとして開放する事になっておりました。

 これは未公開情報ですが、本イベントの状況如何によってはそうなる可能性も高いと判断しましたので、限定的に情報開示をいたします。

 これらの限定的な情報開示も同意いただいた守秘項目に含まれますのでご注意ください》


 かつて発信されたシステムメッセージによれば、国家滅亡の条件というのは、つまり裏を返せば国家を成立させうる必要条件の事だが、それはあくまでこの大陸に限定してのものだと書かれていた。


 どうやらそれというのは、要はプレイヤーに対する行動キャップのようなものらしい。

 この大陸において全体の進行度が一定以上になるか、あるいは大陸外に進出するプレイヤーが出現したりした場合、この制限は撤廃され、次ステージのコンテンツとして都市経営や国家運営といった事もプレイヤーに可能になる予定だったようだ。


 この進行度の判定基準のひとつというのが、あらかじめ用意されている人類国家が4つ以上滅亡するということらしい。

 あまりにバイオレンスな進行度設定だが、本来は大陸外への進出がメインで想定されていたのかもしれない。


 しかしプレイヤーのプレイスタイルがそうした外部に向いていかず、リソースの全てが大陸内に注ぎ込まれるとしたら、どのみち耐えられない国家も出てきただろう。何せプレイヤーは無限に成長していく。

 魔物プレイヤーの存在ももちろんだが、国家を破壊するのは武力だけとは限らない。力を増した商人系のプレイヤーたちが経済的に国家に打撃を与えることだって考えられる。国の経済状態を悲観した王族が一家心中でもすればそれで国家は滅亡だ。


 ライラがオーラルを支配した時送られてきたシステムメッセージから考えれば、国家運営が元々コンテンツとして用意されていたのは明らかである。

 今回の戦争イベントは、それをほんの少しだけ早めたに過ぎない。


「まあ色んなプレイヤーが色んな事が出来るようになるというのはいいことなんじゃないかな。

 邪魔になったら土地ごと吹き飛ばしてしまえばいいだけだし、わたしとしては他の国が出来ようが消えようが構わない。

 それよりも、そういうコンテンツが大々的に公開されるとなると、ひとつ注意しておく事がある」


 他のメンバーたちがレアに注目した。


「名前だよ。

 国家として認められるということは、自称というわけにはいかないはずだ。

 ダンジョンのリネームが可能だった以上、都市や国家にも同様に名前を付けることができるんじゃないかな。

 プレイヤーネームも被りはNGだし、これらの名称も重複できるとは思えない。

 わたしとしては、せっかく考えた「マグナメルム」という名称を他の誰かに勝手に使われるというのは我慢がならないな」


 これはあくまでプレイヤーズクランとしてレアたちが自称しているだけである。

 現時点でプレイヤーネームとして使用しているキャラクターがいる可能性もあるが、その時は先を越されたということで納得して諦めるしかないが、そうでないなら出来れば独占したい。


「そういう取引が可能なのかはわからないけど、今回の協力の特別報酬として、わたしはゲーム内での「マグナメルムの名称利用権」を要求したい」






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