第297話「集結」(ユスティース視点)





 突然聞こえてきた声に視線をやると、そこには立派な馬に跨った、純白の変態と漆黒の変態がいた。


「俺たちも混ざってもいいか?」


「混ざるっつーか、遺跡で戦ってたのにあいつがこっちに逃げて来やがったんだから、元々俺らのバトルだけどな。赤ライオンの始末も押し付けられたしよ」


「あれは戦っていたと言えるのか? 全く相手にされていなかったように思えるが……。

 騎士たちを蹴散らした後に災厄が奴に何か吹き込んでいたようにも見えたし、それでこっちに来たんだろう。俺たちの事はほとんど気にもしていなかったはずだ」


 この頭のおかしい服装の2人組は見覚えがある。

 ヒューゲルカップでの大天使討伐戦によく参加していた2人だ。いつも同じメンバーと一緒にいたため、てっきりそういうパーティかクランかとも思っていたのだが、どうやら普段は2人で行動しているらしい。

 しかしユスティースが彼らを知っているのは共に戦ったことがあるからというだけではない。

 この変た、特徴的な姿、そして大天使戦で見せた実力。

 彼らはオーラルの英雄にして、かつてはユスティースもひそかにライバル視していた有名プレイヤーだ。


「た、助かります! 私はユスティース、オーラルの騎士です! あとプレイヤーです!」


「君は大天使戦で領主と共にいた騎士だな。やはりプレイヤーだったか。

 俺はヨーイチ、こっちはサスケだ」


「知ってま──こっちに馬首を向けないでください!」


 また見たくもないものが見えてしまう。


「知ってんだったら自己紹介の手間は省けるな。つか、やっこさんそろそろ来るぜ……。

 そういや、初めての騎乗戦だな。ヨーイチは大丈夫か?」


 サスケの言った通り、巨獣は新たに現れた2人の事を警戒してか少し動きを止めていたが、攻撃を再開せんとこちらに向かってこようとしている。


「ふっ。誰に向かって言っている。俺はだぞ」


 言うが早いか、ヨーイチの漆黒の馬が矢のように飛びだした。

 サスケも負けじと馬を走らせる。

 2人の向かった先は巨獣に対してそれぞれ逆方向だ。

 巨獣を中心にヨーイチは反時計回り、サスケは時計回りに走っていく。

 巨獣はそれに気を取られ、一瞬そちらに目を向けた。ヨーイチの方だ。よく見ればヨーイチのほうがわずかに巨獣に近付いている。それが目についたのだろう。

 そこにサスケがナイフを投げた。

 狙いあやまたず、ナイフは巨獣の上半身の男に向かった。しかし直前でナイフに気付いた男はそれを殴り飛ばし、ナイフは砕けて飛んでいった。


 だがそれは陽動に過ぎなかった。

 その時にはヨーイチの馬はもう、巨獣の脇腹を狙える位置に居た。


「さっきはうまく射角を取れなかったが、この鵜黒の機動力ならば……『ストレイトアロー』!」


 ヨーイチの放ったスキル、その光を纏った矢が巨獣の脇腹に吸い込まれていった。


「ぐう! 貴様、よくも!」


 ヨーイチの矢は矢羽すら見えないほど深く巨獣の体内に潜り込んでいる。

 おそらくだが、肋骨の間をすり抜けて内臓に達したのだろう。分厚い毛皮に覆われた巨獣の身体は相応に筋肉も備えているはずであり、相当な防御力を持っていたはずだ。それを貫通するとは、凄まじい威力だ。

 いや、それ以上に凄まじいのはヨーイチの弓の腕前だ。

 体型すらもよく見えないあの巨獣の脇腹に、器用に肋骨を避けて矢を叩き込むなど尋常な技ではない。馬で側面に回っていったのも無防備な腹を狙うためだろう。まるで巨獣の弱点が見えているかのような立ち回りだ。

 そしてそれを察したサスケは逆サイドに動き、牽制のナイフを投げたのだ。

 大天使戦ではそれほど目立つというわけでもなかった2人だが、馬という機動力を得たことでヨーイチの持つポテンシャルを最大限に活かせるようになったのだろう。


 機動力を得ることで強化されたのはサスケもか、と見てみれば、彼は続けて巨獣のヒト型上半身に向けナイフを投げ続けていた。

 ユスティースは二度見した。

 なぜならサスケは、馬の背に立ち、ナイフを両手で投げていたからだ。

 しかもよく見れば、サスケは片足立ちである。

 どうやら片足を馬の手綱に引っ掛け、それで器用に馬を操りながら、片足でバランスをとり、その状態で両手でナイフを投げているらしい。

 なぜわざわざ立つ必要があるのだろうか。座ったままではダメなのか。


 しかしサスケの曲芸じみた懸命な援護も実を結ばず、そちらのナイフは大したダメージでは無いと見てか巨獣は本格的にヨーイチにのみ意識を集中させはじめた。

 走るヨーイチの馬はたしかに速いが、巨獣も巨体に見合わぬ素早さを持ち合わせている。

 しかもヨーイチと違い、巨獣はその場で向きを変えるだけで対処が可能だ。

 ヨーイチを正面に捉えた巨獣はその豪腕を持ち上げ、ヨーイチめがけて振り下ろした。

 風切り音がここまで聞こえてくるのでは、と思えるほどの勢いで叩き付けられた熊の手はしかし、ヨーイチを捕える事は出来なかった。


 ヨーイチの馬はふわり、と舞うように宙に乗り出していた。

 跳んで回避したらしい。

 そして敵の隙を見逃すヨーイチではなかった。


「『スパイラルアロー』」


 彼は馬とともに宙にいるまま、弓弦を引き絞り、頭部が下がったことでむき出しになったヒト型上半身にスキルを放った。


「無駄だ! 『パリィ』!」


 しかしそれは男の拳に弾かれてしまった。飛来する矢に『パリィ』を合わせるなどそこらの傭兵では到底無理な所業だが、能力値を高める事と単純に練習を重ねる事で出来るようにはなる。これらの訓練はさんざんやらされたのでユスティースにも可能だ。

 素手でやっているのは初めて見るが。


 ヨーイチは攻撃をいなされても動揺もせず、馬を地に降り立たせると、そのまま元の周回軌道を走り始めた。

 巨獣もなおもヨーイチを攻撃しようと手を出し続けるが、ヨーイチの馬はひらりひらりと躱し続け、その度に反撃をお見舞いしている。


 しかし、ということは。

 よく見てみると、ヨーイチは完全に手綱から手を離して騎乗していた。

 躱す時も、反撃する時も、そして馬を跳ばせる時も常に手は弓と矢だけを握っている。どうやって馬に意思を伝えているのかと思えば、どうやら足で挟んだ馬の腹を微妙に締めたりしてやることで指示を出しているらしい。

 先程のサスケの話では騎乗戦は今回が初とのことだったのだが、それはつまりこの馬と出会ってからもさほど経っていないということでもある。

 にも関わらず、この連携だ。

 こいつらは一体何なのか。

 サスケがヨーイチに大丈夫かなどと聞いていたが、そんな次元の話ではなかった。

 少なくとも彼らがしているのはまっとうな乗馬ではない。


「これが……ナースのヨーイチ……。それにモンキー・ダイヴのサスケ……」


「──おい俺の名前は”の”はいらねえぞ! 混ぜるんじゃねえ!」


 聞こえてしまったようだ。


 しかしそれで我に返った。

 ボーッと見ている場合ではない。


「み、みんな! 見れば分かるけど、見た目の割にものすごく頼りになる助っ人が来てくれたみたい!

 これならやれるわ! 行くよ!」


「おおー!!」


 見れば分かるが見た目と合わないというよく分からない指示をしてしまったが、雰囲気だけは伝わったらしい。


 不幸中の幸いと言おうか、巨獣の身体は相応にでかい。

 そんな巨獣に対し、ヨーイチもサスケも足元などのダメージが見込めない部位は狙わないような傾向にある。

 であればユスティースたち騎士が巨獣の足元をうろちょろしたところで邪魔にはなるまい。

 少しでも彼らの助けになればと、ユスティースも生き残った騎士たちを従えて巨獣に特攻をかけた。

 耳をやられた騎士たちもこちらの動きを悟り、それに合わせて攻撃を再開してくれている。


「『スラッシュ』!」


 巨獣の脚に斬撃をお見舞いする。


「ぐうあ! なんだ!?」


 想像以上に巨獣が怯んだ。

 斬り付けた脚からは血が噴き出している。

 よくよく見てみれば、今のユスティースの斬撃以外には傷らしい傷がない。

 アリーナやロイクたちもさんざん攻撃していたはずなのだが、まさかもう治ってしまったとも思えない。

 ユスティースに倣って攻撃を繰り返している騎士たちの剣も、巨獣の毛皮を滑るように撫でるだけで、体毛1本斬る事が出来ていない。


「なにこれ、もしかして物凄い硬い毛ってこと? 剣さえ通さないとか、どんな剛毛なの!」


 続けて剣を突きだしてみるが、体毛に対して直角に当たった攻撃は全くダメージを通せていない。

 ユスティースの持つ剣であっても、スキルを使うか、体毛にそって隙間を縫うように刃先を入れてやらなければダメージが通せないようだ。


 この毛皮を矢で貫通するのは容易ではない。

 となると先ほどのヨーイチのスキルは、もしかしたら威力が高いのではなく相手の防御をある程度無視できる効果でも付いていたのかも知れない。


 足元でちょっかいをかけるユスティースたちに鬱陶しげに巨獣が地団駄を踏む。

 しかしこれはもう何度も見ている。

 遠くで見ていた以上に大地が揺れるため油断はできないが、注意すれば避けられないほどのものでもない。

 そして巨獣がそうした無駄な行動をするたびに、ヨーイチが攻撃するチャンスが増える。


 彼の矢は巨獣に確かにダメージを与えている。時間さえかければこの巨獣を倒すことさえ不可能ではないかもしれない。

 しかしその前に彼のMPや馬の疲労が限界を迎えるだろう。矢もインベントリから出しているとはいえ無限ではあるまい。

 ユスティースの剣ならばこの毛皮を切り裂く事も出来るが、足元にしか攻撃できないのでは与えるダメージとしては知れている。

 まだこの巨獣を倒すためには手が足りない。


「おのれ! これならどうだ!」


 巨獣が両前脚を振り上げる。

 あのスタンプ攻撃だ。


「いったん距離を取って! 地震が来る! インパクトの瞬間跳んで!」


 それで回避可能かどうかは不明だが、やらないよりはましだ。

 聞こえている騎士たちは巨獣から距離を取り、聞こえていない騎士たちも巨獣の様子から先ほどの惨劇を思い出して身構えた。

 ヨーイチたちもユスティースの言葉と巨獣の仕草から何かを察したらしく、攻撃の手を止めて警戒している。


「くらえ!」


 巨獣が脚を振り下ろした。

 ここだ。

 ユスティースと騎士たちはジャンプした。

 その瞬間の衝撃だけは回避できたようだが、着地した地面は普通に揺れたままである。考えてみれば当然の事だが、しかし覚悟をしていただけ先ほどよりはマシだった。足を取られて転んでしまう騎士はいない。

 問題はこの後だ。


 巨獣がその巨大な口を開ける。


 しかしその瞬間。


「──『ヘルフレイム』!」


「──『ヘルフレイム』!」


「──『ブレイズランス』!」


「──『ブレイズランス』!」


 巨獣の顔が炎に包まれた。

 ユスティースではない。

 さらにそこに複数の、何本もの炎の槍が突き刺さった。

 範囲攻撃はヒト型上半身にも及んでいるようで、その服はすべて焼け落ちてしまっている。

 上半身の男は身をひねって炎から逃れようとしているが、あれはダメージを受けたことによるモーションというよりは、炎に巻かれることで本能的にもがいてしまっているだけのようだ。ダメージを与えているのも確かなのだろうが、ここまで怯ませるほどの数値ではない。


 しかし炎のおかげで巨獣の咆哮をキャンセルさせる事には成功していた。


「……やっと来たか」


 いつの間にか近くまで来ていたヨーイチがつぶやいた。

 この魔法を撃った人物は彼が手配したらしい。


「──パーティには間に合ったか?」


 振り向くと、そこには数十人もの人がいた。

 直接会話をしたことは無いが、見たことのある者ばかりだ。

 彼らはヨーイチやサスケとともに大天使討伐に参加していたメンバーだ。

 やっと来たか、という言葉からするに、きっとヨーイチが彼らをここに呼んでくれたのだ。


「次からは、招待状を出すならせめて1週間前には送るようにしろよ。急な召集だったからってわけでもねえが、アマテインたちは手が離せないとかで来れないってよ。

 あと遺跡に来いだのやっぱ街に来いだの、パーティ会場をころころ変更すんのはやめてくれねえかな。結局どこ行きゃいいのかって──」


「話は後だ、ギル。とりあえずヤバそうな攻撃は妨害できた。DPSが足りないという話だから、俺は魔法メインで攻撃する。ギルは騎士たちと足元に行ってくれ!」


 騎士たちにも劣らぬほどの重装備のプレイヤーがこちらにやってきた。

 今魔法を撃ったらしい軽戦士のプレイヤーはそれを援護するように、巨獣と距離を取った位置にエルフの女性プレイヤーや他の魔法使いたちと布陣している。

 重戦士はギノレガメッシュ、そしてあちらの魔法戦士はウェインだ。エルフの女性は名無しのエルフさんだろう。


「騎士さんたちは出来れば集まって! まとめてバフかけるから!」


 力が漲ってくる。

 今声を上げた魔法使い、明太リストのかけてくれた強化系の魔法の効果だ。


「──みなさん、ありがとうございます!」


 誰も彼も、大天使戦で共に戦った、そしてユスティースでも名前を知っているほどの有名なプレイヤーたちだ。

 騎士たちに加え、応援に来てくれた彼らの力があれば、前衛の攻撃でも単なる牽制以上の結果を出す事も不可能ではない。

 特にユスティースの持つ剣や、ギノレガメッシュの持つ剣の鋭さならば巨獣に対しても無視できないダメージを与える事が出来る。

 騎士や他のプレイヤーたちの攻撃に紛れてこれらの一閃を通す事が出来れば、巨獣も足元をおろそかには出来ないはずだ。


 敵の状況や特徴、そしてユスティースたちの動きについてはヨーイチたちからチャットか何かで話が行っているようで、ギノレガメッシュをはじめとするプレイヤーの前衛たちは騎士たちの動きに合わせて突撃を敢行する。

 案の定、ユスティースやギノレガメッシュ、そしてそれらよりは低位の金属のようだが、少なくとも鋼鉄よりは強力らしい一部のプレイヤーの持つ剣の攻撃により、巨獣の足には次々に傷が付けられていく。

 巨獣は慣れない痛みのためか、その度に動きを止め、意識を足元に割かせられている。


 そうして出来た隙にヨーイチが矢を撃ちこみ、ウェインや名無しのエルフさんが範囲魔法を叩きこむ。先ほどまでのユスティースの魔法とは比べ物にならないダメージが入っているようだ。一定以上大型のキャラクターには範囲魔法で多段ヒットが入るらしい事は聞いたことがある。これはそれによるものだろう。

 今のところそうした魔物と戦う機会がなかったのでユスティースは取得していなかったが、これからもこういう事がないとは限らない。

 今後はそれらの魔法スキルについても積極的に強化していくべきかもしれない。


 その前に、まずは目の前の脅威だ。

 これならいける。

 この調子でダメージを蓄積させていけば、いずれは。


「次から次へと! なんなのだ! 我が国の獣人までもが! なぜこの私に!」


 ヨーイチの呼んだ助っ人の中には獣人のプレイヤーもいた。

 彼にはそれが不思議なのだろう。自国民と獣人プレイヤーの区別がついていないらしい。


「わかったぞ! この耳長や毛なし猿どもに脅されておるのだな! それで無理やり戦わされておるのか! なんと卑劣な真似をするのだ!」


 彼の言葉にはギノレガメッシュたちプレイヤーも眉をひそめているが、攻撃の手を緩めるようなことはしない。

 街に攻めてきている以上、そして今戦っている以上、敵は敵だと割り切っているようだ。

 この迷いのなさのようなものもトップクランには必要なものなのかもしれない。

 ウェインは少し手が止まっていたようだったが、それも隣のエルフさんにつつかれてすぐに攻撃を再開していた。


「なぜ! これほどの力を手にしたというのに! 思い通りにならんのだ!」


 巨獣が再び咆哮の構えを取る。

 今度はスタンプは省略らしい。必要な前動作というわけではないようだ。


「あれは……! 何とかして止めて! この攻撃は防げない! 食らったら終わるわ!」


 叫びながらユスティースも巨獣の足に何度も剣を突きいれ妨害を試みるが、巨獣は全く取り合わない。

 頭上にもウェインたちが魔法攻撃を集中させているようだ。

 しかし今度は咆哮を止めるには至らない。

 巨獣はもはや炎もダメージをも無視し、咆哮を上げ戦況を打開する事を優先している。

 よくわからない事ばかり喚いてはいるが、思考力を失っているわけではないらしい。優先順位がよくわかっている、嫌な敵だ。


「……まずい! もう来る! みんな、せめて耳を──」





「──『ミスティックプレア』」





 咆哮の一瞬前、聞き覚えのある鈴の音のような声が戦場に響いた。


《抵抗に成功しました》


 そして無感情なシステムメッセージは、ユスティースが敵の咆哮によるバッドステータスに抵抗した事を告げている。


「……え」


 周辺にはきらきらと、細かな光の粒のようなものが舞っている。

 これが敵の咆哮の威力を軽減してくれたのだろうか。

 あるいはユスティースたちの抵抗力を高めてくれたのか。


 見ればユスティースだけでなく、他のプレイヤーや騎士たちでさえ咆哮によるバッドステータスは受けていないようだ。


 これがバフであれデバフであれ、戦場全体に影響を及ぼすほどのスキルであるなら、とんでもない効果だ。

 そこらのプレイヤーやNPCが使えるようなものではない。


「──聖女様……」


 誰かがつぶやいた。

 あるいはユスティース自身だったかも知れない。


 そう、光のヴェールと共に戦場に現れたのは、ラ・ピュセル・ドウェルス──ウェルスの聖女だった。


 しかしその名の通り聖女はウェルスの護りの要であるはずだ。

 先日の天使襲来のようなイレギュラーな緊急事態でない限り、あの国を離れる事はないとライリエネから聞いている。


 現れたのは聖女だけではない。

 ウェルス聖教会と思われる神官たちも一緒だ。

 彼らは傷ついて倒れ込む騎士たちを介抱し、回復可能な者には『治療』や『回復魔法』をかけている。


 そして聖女はユスティースの元に駆けてきた。

 ユスティースの元というより、ここが対巨獣戦の最前衛であるからかもしれない。


「せっ、聖女様、なぜここに……。あ、もしかして、ライリエネ様が?」


 ライリエネは聖女と懇意にしていると言っていた。

 もしかしたら、ペアレに魔物の襲撃があったというライリエネからの連絡を受けて助けに来てくれたのかもしれない。

 思えばこの街はペアレにありながら、オーラルにもウェルスにもほど近い。


「──その声は騎士ユスティースですね。お久しぶりです。壮健なようで何よりです。

 ですが、申し訳ありません。ライリエネ様から連絡をいただいて登場したわけではありません。私たちがこちらに来たのは、ある魔物の集団を追ってのことです」


 魔物の集団。覚えがある。

 昨日この街を襲ったあの集団だ。

 ウェルスの聖女がそれを追ってきたということは、あの魔物たちはウェルスから来たという事になる。


「──そうか、SNSにあったあれか。王都を襲ったとかいう。どっかに逃げたとか聞いたが、こっちに来てたのか」


 ギノレガメッシュがそう呟いた。

 ユスティースはSNSは普段、オーラル関係くらいしか見ていないため知らなかったが、あの魔物たちはウェルスの王都にも現れていたようだ。

 おそらくそこで聖女に撃退され、このペアレまで逃げのびてきて、その結果が昨日の惨事につながったのだ。

 と言っても聖女を責めることなどできない。

 彼女は彼女の国の民を全力で守っただけであり、この街が襲われたのはあくまで偶然だ。

 むしろ聖女はきちんとウェルス自分の街を守ったというのに、自分はこの街を守り切れなかったという事実がユスティースを落ち込ませる。


「あ、あの、その魔物たちでしたら、この街を襲った後、西の方に逃げて行きました」


「そうでしたか。やはりこの街にも……。情報提供ありがとうございます。

 ですが今は、この魔物への対処が先です。

 ……先ほどの『ミスティックプレア』は広範囲の全ての味方のあらゆる抵抗力を一時的に上げる強力なスキルですが、日に一度しか使えません。次の咆哮が来る前に決着をつける必要があります」


 巨獣はまたしても現れたたくさんのヒューマンの出現に戸惑い、苛ついているように見える。

 自分の咆哮が通じなかったのもそれに拍車をかけているようだ。


「後から後から! 耳長に毛無しどもめ! この国は決して貴様らの好きにはさせんぞ!」


 そして咆哮やスタンプを警戒して少し距離を取っていた、ユスティースたち前衛組に向かって突進してきた。

 この巨体にこのスピードである。

 避けるのも難しいし、防ぐのは無理だ。


 距離を取ってしまったのは失敗だった。

 考えてみれば当然だが、このサイズの魔物の行動で一番恐ろしいのは単純な突進攻撃である。質量攻撃とも言えるそれは、威力は別にしても止めたり防いだりするのが不可能に近いからだ。

 アリーナが最初から敵の足元でハラスメントを繰り返していたのはこれをさせないためだったのだ。

 ユスティース自身、当初はブルドーザーのようだと形容していたにもかかわらず、この可能性を警戒していなかったのは迂闊だった。


「しまっ──」


「ええいダメ元だ! 『ランパート』!」


 ギノレガメッシュが覚悟を決めて腰を落とし、盾を構えて防御スキルを発動した。

 確かにあの突進を人の身で止められるとは思えない。サイズ差、つまりは重量差が大きすぎる。

 盾など気休めにしかならないだろうし、スキルを発動したとしても同じ事だ。


「──いいえダメではありません。『プロテクトヴェール』、『メイクヘヴィ』」


 しかしそんなギノレガメッシュに向け、聖女が何かのスキルを発動した。

 そしてそっと彼の背中に手を添える。


「『リインフォース』」


 巨獣の突進はこちらとのスケール差がありすぎる。

 そのため攻撃は体当たりとはならず、地表にいるユスティースたちをまるでサッカーボールか何かのように蹴り飛ばす事になった。


 そう、巨獣の脚は確かに、盾を構えるギノレガメッシュを蹴りはした。

 しかし彼は飛ばなかった。


「な……! んだこりゃ……!」


 鋼のごとき不動の姿勢で巨獣の蹴りを耐え、攻撃を防ぎ切ったギノレガメッシュ自身が一番驚いているようだ。

 一方で全く動かぬギノレガメッシュに、全体重を乗せたぶちかましをお見舞いしようとした巨獣が受けた代償は大きかった。

 ギノレガメッシュの盾にぶつかった脚を軸に巨獣の身体はひっくり返り、倒れこんで街の瓦礫に突っ込んでいった。

 ようは躓いて転んだのである。


「ささやかながら、バフをかけさせてもらいました。ダメージを軽減するものと、触れている相手の全能力値を底上げするものです。それから弾き飛ばされないよう、重さも一時的に増しておきました。ただ──」


 やはり聖女のサポートだ。

 かつてライリエネから、聖女は防御に特化したスキルが得意だと聞いたことがある。これらのスキルもそうなのだろう。

 タンクと組ませて行動すれば、どんな攻撃をも防いでくれそうだ。


「すっげえな……! マジで要塞かなんかになったみてえだぜ! 脚がまったくビクともしねえ! まったく……、まったく、おお? お、おい、動けねえぞ」


「はい。ただ、効果が切れるまでは重量が増加したままになりますので、STRが足りない場合は重量過多でその場から動くことが出来なくなります」


「マジかよ! ふんぬぬっ! うおおおお! ぐぬぬぬ! マジ動かねえぞ!」


 ギノレガメッシュがわめいている。

 しかし彼には悪いが、今はそれどころではない。


「──敵は体勢を崩したぞ! 今なら近接攻撃でも急所を狙えるはずだ! このチャンスを逃すな!」


 そう号令をかけ、ウェインが魔法を放ちながら剣を抜いて倒れた巨獣に斬りかかった。

 何をおいしいところだけ持っていこうとしてるのか、と思わないでもなかったが、言っている事には一理ある。


「騎士たちよ! 彼に続け! あの巨獣を討ち取るのよ!」


 ユスティースも駆ける。

 騎士たちもそれに付いてきてくれる。


 倒れた巨獣はもがくばかりで立ち上がろうとはしない。転倒それ自体で大きなダメージを受けたという事はなさそうだが、頭から瓦礫に突っ込んだために混乱してしまっているようだ。

 何せ彼の頭には、司令塔たる獣人の男の上半身も生えている。その部分が丸ごと埋まってしまっているのだから、それは混乱もするだろう。


 さあ攻撃を、という瞬間、くぐもった声で巨獣が何かを叫び、ばたつかせる脚のスピードやパワーが増した。

 しかしそれも聖女が神官たちの力を借りて、光の鎖のような魔法で最小限に抑え込み、巨獣の隙を潰させない。


「『ランスチャージ』!」


 ウェインの放つ突き攻撃が巨獣の腹に深く突き刺さった。

 彼の剣は巨獣の硬い毛皮も物ともしていない。

 大天使戦の際にも感じたことだが、あの剣の輝きはユスティースの剣に近いものを感じる。おそらく同じランクの素材が使われているのだろう。


「『騎士の力ナイツ・プラウス』! 『捨て身』! 『大切断』!」


 ユスティースも負けてはいられない。

 ダメージをというよりは傷口を大きく広げる目的でスキルを放った。

 毛皮さえなければ、騎士たちの剣でもダメージを与えられるはずだ。

 ユスティースの攻撃によって切り開かれた傷口に騎士たちが次々と剣を突きいれる。見ているだけで痛くなりそうな光景だが、効率を考えれば仕方ない。

 瓦礫を通してくぐもった呻き声が聞こえてくる。効いているようだ。

 要は、ユスティースが敵の身体に無理やり弱点部位を増やしているようなものである。

 ユスティースはこれを何度も繰り返し、攻撃が有効になりそうな場所を増やしていった。

 さらに傷が容易に回復しないよう、『火魔法』で切り口を焼いていく。


「『ストレイトアロー』!」


 そして騎士たちの間を縫うように、ヨーイチの放つ矢が容赦なく巨獣の身体に潜りこむ。


「『ヘルフレイム』!」


「『ヘルフレイム』!」


 魔法部隊も多段ヒット狙いで巨獣の下半身を燃やしている。


 これらの攻撃を繰り返しているうち、次第にのたうつ巨獣の動きが鈍り始めた。

 ヨーイチが頷き、それを見たウェインたちがスパートをかける。

 もう終わりが近いらしい。

 ユスティースもサポートではなくダメージ優先の連続攻撃に切り替えた。リキャストタイムはもう考えない。


「これで……っ! 『大切断』! 『ブレイズランス』! 『ライトニングストライク』!」





***





「──お」


「ライラ様、どうかされましたか」


「いや、何か経験値が入ったなと思ってさ。どの眷属からのものなのかはわかんないけど、それなりにまとまった量だし、これはユスティースが勝ったかな」


「それはおめでとうございます」


「他人事みたいに言ってるけど、厳密に言ったらユスティースって君の配下だからね? この経験値もシステム上はいったん君を経由してるはずなんだけど、そういうのって感知できないのかな。こっちから渡した分はわかるのに不思議だな」


〈──ライラ様〉


「おっと噂をすれば、だ」


〈お疲れ様、アリーナ。うまくいったようだね〉


〈はい。万事抜かりなく〉


〈アリーナは大丈夫だった? なんかレアちゃんが「強化しすぎちゃった。てへ」とか不穏な事言ってたけど〉


〈レア様が実際に、てへ、などと言ったかどうかはわかりませんが、こちらは問題ありません。あの程度では私の抵抗値を突破する事はできませんから。ただアマーリエ様が近くまでいらしているのがわかりましたので、死亡したフリをしてあの場は一旦退きました。現在は街の宿で待機しております〉


〈そう。誰にも見られてないよね?〉


〈もちろんです。街の住民は皆避難しておりますので、領主の館ももぬけのカラでした〉


〈よろしい。じゃあまた次のステップまで少し待ちかな──〉





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