第281話「公開処刑」





 レアやライラの種族や、ブランやバンブなどの他のメンバーについて本格的に紹介する前に、まずは安易に足抜け出来ないようにしておく必要がある。

 この様子では教授が今さら裏切ることもないだろうが、用心は必要だ。


「さっそくで悪いけど、貴方には研修を受けてもらう。と言っても別に何かを勉強したりとか、そういう事はない。ただ楽にしていてくれればいいよ。水晶のシミを数えている間に終わる」


「まず、シミのある水晶という時点で怪しさしかないのだが」


「言葉の綾だよ。じゃあ、そうだな。ここにまたドラゴンを呼んでしまうと第2第3の教授に要らぬ邪推をされてしまうかもしれないし、悪いけど送ってやる事は出来ないな。場所を決めてそこに集合にしよう」


 一旦分かれて待ち合わせ、という性質上、このまま教授が逃亡を決め込んでしまうのは面白くない。それならそれでそのように対処するだけの話だが、待ち合わせ場所に来ないという事はいくらか無駄に待たされるという事でもある。

 また教授にそのつもりがなかったとしても、何らかの事故に巻き込まれる可能性も考えると通信手段は必要だ。


 レアとライラは教授にフレンドカードを出させ、それを自分のインベントリに入れた。しかしこちらのカードは渡さない。

 これならいつでもこちらから一方的にフレンドを解除することが出来る。


 集合場所はいつものトレの森だ。

 トレの森やリーベ大森林にも最近はちらほらとアタックをかけるプレイヤーの姿が散見されるようになってきた。いくつものイベントを乗り越える事でプレイヤーたちの平均的な実力が上がってきたためだろう。

 いや新規で始めているプレイヤーもいるようだし、教授のような例外もいるし、平均値が上がったと言っても先頭を走る戦闘集団の平均値がというべきか。


 したがってトレの森の最寄りのセーフティエリアに転移してしまうとプレイヤーに目撃される可能性がある。レアと連れだっていては非常に目立つが、教授だけであればそれほど目立つまい。今のところはまだ。

 ☆5のダンジョンにソロで入ろうとする時点で不自然といえば不自然だが、そのくらいはごまかしてもらおう。

 詐欺師の腕の見せ所である。









 そうしてトレの森で待つことしばし。

 入口周辺にいたトレントからの報告では、どうやらうまくやったらしい。


 やってきた教授は肩で息をしながら「カバンの中にボールを入れたままモンスターに追いかけられる博士の気持ちがわかった」とか何とか言っていたが、よく意味がわからない。


「お疲れ様。さて教授は何か好きな動物とかいるかな。好きな怪人でもいいが」


 トレントやアリたちに先導され、ようやく広場にたどり着いた教授をアルケム・エクストラクタの前へ連れてくる。

 他のプレイヤーがもし見ていたなら、蟲に集られ攫われたようにでも見えていたかもしれない。


「……これは、アーティファクトか。なるほど、何となくだいたいわかったぞ。もしや災厄の角や翼というのは、別のモンスターと自分のアバターをこれを使って掛け合わせる事で実現させた姿だったのか」


「それは違う……んだけど、まあそれでも似たような事は出来なくはないかな」


 ヴィネアに牛でも掛け合わせればそれっぽくなるだろうか。

 いやあの状態でさらに牛など追加してしまったらどんな恐ろしい姿になるか。


「しかし怪人というのはいいな。何でもいいのなら私はイカを所望する。無理ならノコギリザメでも構わないが」


「……ふん。わかってるじゃないか。でもノコギリザメは諸般の事情で降格だよ」


「……ライラ付いて来たの?」


 ここに来てもライラの仕事は特にない。フレンド登録したあとは城で待っていると思っていたが、どうやら付いてきたらしい。


「そりゃ来るよ。心配だもん」


 しかし教授の望む「イカ」というのは難しい。

 なにしろレアの支配地には海はない。ヒルス全体で見てみれば海岸線ももちろんあるが、そちらのほうにはまだ手を伸ばしていない。

 イカ型モンスターでもどこかにいれば手っ取り早いが、というかいるだろうが、今から探してくるのは面倒だ。


「オーラルでもイカはそれほど獲れなかったな。気候的に考えるともっと北の方かな。シェイプで漁業とかしてるのかわからないけど、ウェルスならやってそう」


「ライラ貿易とかたくさんしてるのに知らないの?」


「言ったかどうか覚えがないけど、食料品の輸出入は難しいんだよ。すぐ悪くなっちゃうからね。水産物ならなおさらだよ。だから情報としては知らないな」


 イカをウェルスやペアレの北の海に探しに行ってもいいのだが、現時点では教授とそれほど仲がいいというわけでもない。そこまでする元気は出ない。

 サメに至っては食用ではないためか、それとも人類が討伐出来るレベルのサメがいないのか、さらに情報が少ないようだった。


「サメといえば代表的な軟骨魚類だ。軟骨魚類は体内に尿素を溜める事で有名であり、死後その尿素が分解されてアンモニアに変わり、腐敗を防ぐ作用がある。そのため保存技術が未発達だった頃でも山間部で食べられていたという話も聞いたことがある。

 非常に有益な食材に思えるのだが、なぜ流通していないのだね」


「私の知ったことじゃないな。自分で調べなよ。ていうか、教授はいろんな街で聞き込みしたんじゃないの? つまらないことばかり調べてないで、そういう役に立つこと調べてきなよ」


 だんだん面倒になってきたレアは、議論する教授とライラを放っておいて配下に虫を集めに行かせる事にした。

 アリたちの食用として増やしているネズミたちが食用にしていると思われる、コオロギだ。つまり、この森における食物連鎖の最底辺の生物である。

 100匹もいれば変態は得られるはずなので、そのくらい集めさせておく。

 教授に『産み分け』をさせるつもりなら最低でもクイーンベスパイドが必要になるが、そのためにはそれなりに経験値を消費する必要がある。

 現時点で教授にそこまでコストをかける価値があるのか不明であるため、これについては棚上げしておく。今しなければならないことでもない。





「──もうこれでいいよね。これにしときなよ」


「コオロギか! それはそれで……うわキモ!」


 レッサータランテラの出した糸で編んだ袋に詰められたコオロギを差し出す。

 いい歳をしてキモいとはなかなかヤングな言いようである。

 今でこそ世界的に人口は減少傾向にあり、食糧供給について心配する必要は減ってきたが、かつてはこれがメインのタンパク源として期待されていた時代もあったと聞いたことがある。

 その技術は現代にも当然活かされているため、レアは人工肉は絶対に食べない。

 教授ほどの年齢であればその時代を知っていてもおかしくないはずだが、よほど裕福な生活をしていたのだろうか。

 いや、教授は髭に慣れていないような節もあった。やはりこう見えてもしかしたらもっと若い世代なのかもしれない。


「コオロギ怪人でもいいの? あ、怪人じゃなくてオルタナティブなヒーローの方か。そういえばあれも教授だったっけ」


 何やら納得しているライラは無視し、コオロギでもいいとは言いながらもなかなか一歩を踏み出せない教授を宥めすかして、アルケム・エクストラクタに押し込んだ。


「わかってると思うけど、抵抗しないように。──スタニスラフ! やっておしまい!」





 数十秒後、そこにはコオロギの改造人間としか言いようのない姿をした、黒ずんだ身体の男性が立っていた。

 鎧などのサプリメントは今回は入れていない。

 コオロギの持っていた特性はいつもの変態に加え「外骨格」と「共鳴」。

 カブトムシが甲殻と変態くらいしか持っていなかったのに比べると豪華なようにも思えるが、見たところ外骨格は性能的には甲殻の劣化版だ。ダメージ軽減効果も事実上ほとんど無く、裸と変わらない。

 一方で共鳴の効果は少し面白い。有用という意味ではなく、これまで見たことがないという意味だ。

 その効果は「音に関する行動判定にボーナス」というものだった。コオロギのデータとしての価値はこちらにウェイトが置かれていると考えていいだろう。

 共鳴は背中にある小さな翅がその役割を果たすらしく、外骨格に共鳴のための空間も含まれているのか外骨格と同時でなければオンには出来ない仕様のようだ。


「なるほど、これは面白いな。

 しかしここまでしてもらっておいて今更言うのも何なのだが」


「何? 文句あるの?」


「いや、実は例の課金の種族変更のアイテムを使ってみたいと思っていてね。どちらに転ぶにしても、今後はこれまでのようにはプレイできないだろうし、それならいっそ生まれ変わろう、ということで購入しておいたのだよ」


「先に言いなよ!」


「お、ライライラッ!……イラだね……!」


 クールに言い放つつもりが吹き出して噛んでしまった。

 これは失態だ。痛恨のミスだ。


「っやめてよ……! なんでちょっと溜めて言うんだよ……!」


 しかしどうやら、それはそれでいい効果を出すことが出来たらしい。

 ライラの顔を無理やり覗いて煽ってやりたいが、今はこちらもダメージが大きい。今日のところは勘弁してやるしかない。


「……何をしてるんだ君たちは」


 教授はきょとんとしている。風流のわからないやつである。


「っく、わからないのか! 今のはたった2種類の文字から構成されているにも関わらず確かな意味を持ち、しかも回文としての要素も持ち合わせた斬新かつ画期的な──」


「やめてライラ! ダジャレの説明なんてしないで!」


「ここ数年で最高の──」


「やめて! やめろ!」









 教授が持っていた課金アイテムはホムンクルスに転生するためのものだった。

 これでもし、レアたちと敵対するような展開になり、逃亡生活を送る事になっていたらどうするつもりだったのか。ただでさえハードモードが約束されているところに、ホムンクルスなどに転生してしまえば、容易には街にも魔物の領域にも入れなくなってしまう。


「実のところ、それなりに勝算はあるのではないかと思っていた。最高の結果が得られなかったとしても、相手がプレイヤーならばいくらでも交渉の余地はあるしね」


「ふん。いかにも詐欺師の言いそうな事だ」


「……いや、ライラもそう人のこと言えたものかな」


 教授はそのアイテム、「無垢なる胚」をインベントリから取り出すと、おもむろに飲み込んだ。

 課金アイテムの転生アイテムは基本的にインベントリから直接使用出来る仕様になっているはずだが、敢えて飲み込んで見せたというのはこちらに対するパフォーマンスだろう。


 レアにとっても、色々と改造などをしてしまってから純正の課金アイテムで転生した場合、どういう反応になるのかは興味がある。

 この教授の転生は非常に重要だ。


 教授の身体はいつもの転生と同じく、光りに包まれて見えなくなっていった。その光景は『魔眼』でも同じだ。


 しかし教授はそのまま、しばらく停止して動かなくなってしまった。


「……これ、大丈夫なのかな。バグ? 脳が処理落ちしちゃったとか?」


「……やらせておいてよかったよね。無いとは思うけど、もし私達が何らかの理由で初期種族に転生しないといけなくなった時、いきなりやると危ないって事がとりあえずわかった」





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