第252話「盗賊紳士」(別視点)




「……ひどい目に遭った……」


「……まったくだ。何なんだあいつらは……」


 草原と魔物の領域の境界線付近。

 クロードとジェームズはそこに打ち捨てられていたコテージ、おそらくかつては猟師小屋などとして使われていたのだろうちょっとした建物の、その一室で目を覚ました。


 コテージには2人以外の気配はない。

 あれだけいた仲間たちも、すべてあの赤ローブに消し飛ばされ、あるいは氷漬けにされてしまった。

 クロードたちはリスポーン出来るが、NPCだった仲間たちはそうはいかない。


「……こんなことなら、課金アイテムの、キャラクターの『鑑定』ができるっていうやつ、買っておけばよかったよ」


「それな。でもあれたしか使い捨てだよな。獲物を襲う前に毎回使うってわけにもいかねえし、まあしょうがなかったとしか」


「せめてイベント中だったら経験値ロストもなくて済んだんだけどな……」


「そうだな……。てかよ、俺たちはそれでいいが、他の連中はどのみち……」


「ああ……。いい奴ら……ではなかったけど、まあ、便利に使える奴らだったんだけどな」


 このコテージで共に生活していた野盗の仲間たちの事を思う。

 どのキャラクターも三度の飯より殺人が好きというクズばかりだったが、それだけにクロードたちとはウマが合った。


 彼らとはこのキーファの街近くの街道沿い、その繁みで出会った。

 最初は敵同士、ただの商売敵とも言える関係だったのだが、獲物を取り合うのもいがみ合うのも不毛なため、いつしか手を組み、ちょっとした規模の盗賊団のような形で活動するようになっていった。

 所詮はアウトローの寄せ集めであり、誰が頭領という事もなかったが、それなりにうまくはやっていた。









 クロードとジェームズはオープンβテストからの参加組であり、そのためこうしたスタンダードな名前もすんなりと取ることができた。

 はじめのうちこそ普通にプレイをしていたが、第二回公式イベント、そのさなかに起きたノイシュロス陥落が転機になった。

 ノイシュロスが陥落した事を受けて奮起した獣人たちによる、隣国シェイプのアインパラスト襲撃。

 クロードとジェームズはエルフのプレイヤーだったが、この襲撃に参加していた。

 最初は単にそういうイベントかと考え、獣人たちと力を合わせてドワーフに攻撃をしていたのだが、すぐに違うと気がついた。

 これはただの逆恨みによる、一方的な殺戮と略奪だ。あるいはそういうイベントであるという意味では間違いないのかもしれないが、人道的には決して正しくはない。そういうイベントだとしたら、何とかして獣人たちを止める側に回るのが正解のはずだ。

 しかし2人がその行動を変えることはなかった。

 殺戮と略奪がことほか楽しかったからである。


 そうしてアインパラストで十分に楽しんだ2人は、一旦ペアレに戻り、これからのことについて話し合った。

 主にプレイスタイルについてだ。

 都市襲撃は楽しかったが、これからもこのようなイベントが頻繁に起こるとはさすがに思えない。ならば自分たちで能動的に行なうしかないが、さすがに2人では都市など襲っても返り討ちにあうだけだ。


 そこで都市を襲うのは諦め、街道に潜んで旅人を襲う事にした。いわゆるフットパッドと言われる追い剥ぎである。本音を言えばハイウェイマンと行きたいところだったが、残念ながら馬がなかった。

 なるべく人通りの多いところがいいだろうということで、王都の近くで行なう事にした。


 しかし王都周辺というのはさすがに衛兵たちの警戒度が高かった。

 その警戒網から逃げるように徐々に移動し、そうして落ち着いたのがラティフォリアという街を過ぎてしばらく行った、キーファという街のそばだった。

 そこで出会ったのが、NPCの盗賊たちだったというわけだ。









「なんだったんだろうなあいつら。手ぶらだったし、プレイヤーかな」


「プレイヤーにしちゃ強すぎんだろ。俺たちだって別に弱いってわけじゃないんだぜ。確かに公式イベントなんかにはあれから参加してないし、ランキングに載ったりするような事はないけどよ。それでも多分、トップ層とは言わんが、準トップ層くらいの実力はあるはずだ」


 クロードの言葉には全く根拠がないというわけではない。

 この盗賊団を形成するNPCたち、形成していたNPCたちは、盗賊としてそれなりの腕を持っているようだった。

 街道を徒歩で通るのはどちらかといえばNPCよりもプレイヤーの方が多い。

 街道の危険度がわかっていないという意味では当然の事と言える。NPCにとっては当たり前の事実であっても、プレイヤーは誰かに教えてもらわなければ知る由もないからだ。

 そんなルーキーや中堅プレイヤーを、盗賊たちはこともなげに狩っていた。

 そしてそんな盗賊たちよりも、クロードたち2人のほうが実力的にはかなり上だったのである。

 ある程度以上稼ぐような、上位のプレイヤーともなれば徒歩で移動する事は少ないため直接戦ったことはないが、状況から考えてクロードたちに準トップ層クラスの実力があると考えるのはそう的外れな事ではないはずだ。


「それがよくわからん魔法で一撃だぞ。ほんとに一瞬でLPが砕け散ったからな。あれはたぶん何やっても即死だったと思う。そんなに強いプレイヤーならもっと話題になってるはずだ」


「それもそうか。しかも3人だしな。他の黒とか白とかのローブも同じくらい強かったのかはわかんねえが、なんか対等ってか、白いのが赤いのになんか注意してたっぽい仕草もしてたし、何なら他の2人の方がさらに格上だった可能性もあるな」


「まあ、黒白赤だと、赤は若干カマセ役臭するよな」


 クロードたちはそのカマセ役にさえ一撃でキルされてしまったわけだが。

 しかしプレイヤーではないとしたら、奴らは何者なのか。

 身長から考えれば女性かもしれないが、小さめの男性という可能性もある。

 魔法を撃った以上は喋っていたはずだが、隠れていたあの低木からでは声までは聞くことができなかった。


「もしかしたら近くの街とかから派遣された賞金稼ぎとかなのかな」


 街道沿いには盗賊が出る。

 これはNPCなら誰でも知っている事だし、知らないプレイヤーもSNSで注意喚起をされれば警戒くらいはする。

 クロードや盗賊たちが狩っていたのはそういう情報収集すら怠るものぐさくらいだが、運よく生き延びた者やリスポーンしたプレイヤーなどの被害者たちが、国や自治体に泣きついて強力なNPCを手配したというのはあり得る話だ。


「あー。なるほど。居てもおかしくないな。でもただの賞金稼ぎがあんだけ強いんだったら、もっと魔物の領域?っつかダンジョンも少なくなっててもおかしくないと思うけど」


「確かに。それだと傭兵弱すぎ問題になるな」


 あくまでそういう設定であり、魔物とは戦わない存在として強力なユニットが用意されているという可能性もある。

 しかしこのゲームにおいては、なんというか、そうした運営の都合のみでキャラクターを配置したりはしないのではないかとクロードたちは考えていた。

 これはこれまで盗賊行為を繰り返してきて感じた事だ。

 盗賊に襲われるNPCは、みな一様に恐怖に怯えはするのだが、その有様にはひとつとして同じものはなかった。

 とても画一的に用意された、ただ「盗賊の犠牲者」というだけの舞台装置には思えない。

 もちろん高度なAIが搭載されているのだろうし、そのくらいの反応はしてもおかしくないのだが、クロードたちはそのNPCたちの姿に、何とも言えないリアル感というか、確かに世界に根ざして生活している人々の、かけがえのない生を感じていたのだ。

 もっともクロードたちが楽しんでいたのはそのかけがえのない生を刈り取る事であり、リアルだからこそNPCの彼らは襲われたのだとも言えるのだが。


 そうした事からクロードたちは、あんな強いNPCがいるのなら、まずは魔物と戦って人類の生存領域を広げることを優先するのではないかと考えた。そしてそれをしないという事は、彼らは人類の味方ではなく、むしろ逆であるのではないか、と。

 あのローブたちが盗賊仲間をキルする時、いかに自分たちを襲った犯罪者とはいえ、まったく躊躇する様子が見られなかったのもその考えを後押しした。

 ゲームだと割り切っているプレイヤーならともかく、まともな精神のNPCならあそこまで楽しげに人を攻撃したりはしないだろう。例外は盗賊の同類くらいだ。


「なんか、人類に仇為すやばいNPCとかだったんかな。だったらなんでわざわざケチな盗賊稼業を邪魔すんだよって話だけど」


「謎ローブがたまたま普通に移動してただけだとしたら、まあ俺たちの運が悪かったんかな。死んだあいつらにはご愁傷様だが」


「どのみち、盗賊団は解散だな。これからどうする?」


「うーん……。2人じゃなあ……。つっても別に金に困ってるわけでもないしな」


「そうだな。何せあいつらに渡してた分け前もこのコテージに置きっぱなしだしな。ここ数カ月の稼ぎは俺たちの総取りだ」


 2人はコテージ中を探索し、死んだ仲間たちが貯め込んでいたらしい略奪品をインベントリにかき集めた。部屋数が多いわけでもなく、大半は大部屋で雑魚寝だったため、中には金庫などというしゃれたアイテムにアガリをしまいこんでいた者もいたが、金庫ごと持っていけば問題ない。いつか金庫を破壊出来るくらいの攻撃力を手に入れた時に改めて開ければいい。


「かといってだ。今さら魔物を相手に普通の傭兵ごっこっていうのもなんだかな」


「──だったらよ、あれやろうぜ」


「あれ? ああ、なるほど、PKか」


 2人では街道沿いで追いはぎをするのは難しい。

 そんな少人数で襲える規模で移動している者は少ないからだ。

 貴族であれば馬車を持っている。金がある一部の商人も同様だ。

 金がなくて馬車は用意できないとしても傭兵くらいは雇うだろう。


 であれば襲うとしたら必然的に少人数で行動している傭兵ということになり、プレイヤーと当たる可能性も高まる。

 それなら最初からプレイヤーをターゲットにしてしまおうというわけだ。

 どのみち一見してプレイヤーとNPCを見分けるのは困難である。街で適当に傭兵を見繕い、狩りか仕事に出かけたところを襲うだけだ。

 単に魔物を相手にするよりは刺激的なプレイングができるだろう。





 その後、クロードとジェームズがひとまずの狩り場に決めたのはキーファの街だった。

 この街はそれほど大きな街というわけでもなかったが、ここ最近は急激にプレイヤーが増え、活気づいてきているらしい。盗賊団の壊滅直前までは獲物が右肩上がりで増えてきていたことからもそれはわかっていたし、書きこんだりはしないが時々見ていたSNSでもこの街はよく話題に上がっていた。

 それにアジトのコテージから一番近い街だったこともある。移動が楽だ。


 キーファの街の傭兵組合の様子は、以前にクロードたちがいた街のそれとそう変わりはなかった。人が多い分活気はあるが、システムや雰囲気が大きく違うわけではない。

 とりあえず獲物を見繕うつもりで掲示板に向かった。

 そこに貼り出されている依頼書はどれも真新しいものばかりだ。

 それはつまり、依頼の回転率がいいということを示しており、この街が適正な実力の傭兵たちで満たされていることを表してもいる。


 それなら多少、傭兵を減らしても問題あるまい。

 もっともプレイヤーであれば倒されても復活するため、傭兵が減るとは限らないが。


「おい、クロード……」


「うん? ……ああ、あれか。悪くないんじゃねえか」


 ジェームズに腕をひかれ、示された方を見てみると、そこには獣人の女傭兵4人からなるパーティがいた。

 女たちは掲示板の依頼書をひと通りながめ、仲間内で軽く話すと、すぐに組合を出ていった。

 何かのついでにこなせそうな依頼を見繕っていたらしい。


 クロードたちはその4人組をターゲットにする事に決めた。

 ポイントは装備品だ。

 ルーキー、と言うにはいささか凝った作りのものだが、上位層というには低品質すぎる。つまり彼女たちはルーキーではないが、上位層でもない。

 そしてこの街の近くにある湿原は、低ランク層向けのダンジョンであるらしい。

 ルーキーでないというのにこんな低ランク向けのダンジョンでくすぶっているとなれば、得ている経験値の割に大した実力ではないと考えることができる。

 あるいはNPCであれば死亡したら終わりのため、そうした安全策を取ることもある。


 あの4人の女パーティが臆病なプレイヤーなのか堅実なNPCなのかはわからないが、どちらだったとしてもきっと楽しめることだろう。









「ひどい目に遭った……」


「まったくだ。何なんだあいつらは……」


 クロードとジェームズはアジトに使っていたコテージで再び目を覚ました。





 女傭兵たちを追って湿原に入り、ある程度奥地まで行ったところで、クロードたちは女たちに襲いかかった。

 しかし向こうはとっくに後をつけているクロードたちに気が付いていたようで、初撃はあっけなく躱されてしまった。

 その時点でもう、クロードたちに勝ち目がないのは明らかだった。

 不意打ちの一撃を躱す、あるいは殺気を読む、どちらだったにしても、少なくともクロードたちと同程度以上の実力があるのは明らかだ。であれば数で劣るクロードたちは分が悪い。

 しかし逃げるのも難しい。

 こちらは攻撃を躱されたことで体勢が崩れているし、向こうは余裕の表情を浮かべている。


 それからはひどいものだった。


 女たちが持っていた装備品、特に武器はすべてカムフラージュか何かだったらしい。

 あの女たちには人間の作った武器など必要ない。

 なにしろ、クロードたちの見ている目の前で、女の1人の手首から先が、湾曲した鋭利な剣に変化したからだ。

 クロードはすぐにこれに切り刻まれてしまったため詳しくはわからないのだが、ジェームズはジェームズでまた別の化け物女に尋常ならざる手札でキルされたようだ。

 リスポーンした時にはその鎧が穴だらけになっていたため、どうやら刺突系の攻撃をうけたらしい。


「襲うつもりが、まさかこっちが獲物だったとは……」


「別に最初から俺たちが狙ってるってことを知っていたとは思わないが、まあ、なんだ。相手が悪かったってやつだな……」


「くそ、二連続で人外NPCとエンカウントとか、どうなってんだ」


 人類に化けることができる魔物の話はSNSでも見たことがないが、あのように人に混じって街なかで生活しているのなら普通のプレイヤーやNPCに正体を見破られるリスクは低いだろう。

 あるとしてもクロードたちのようなPKか、盗賊などに襲われた場合くらいだ。

 その場合は襲った側は間違いなく死亡するだろうし、それがNPCならそこで話は終わりだ。

 プレイヤーだったとしても、その魔物の情報を公式SNSに書き込んだ時点で、自分がそいつを人だと思って襲ったことを告白しているに等しい。プレイヤーネームを公開しながら犯罪を自白するようなものである。ならば積極的に書き込んだりはしないだろう。

 当然、クロードたちも拡散するつもりはない。


「……この国はもう駄目だな。リスクが高すぎる。別の国に行こう」


「そうだな……。この様子じゃ、他にどんな化けモンが潜んでるか分ったもんじゃねえ」


「ヒューマンが多い国に行こう。NPCとしちゃ一番弱いし、仮にヤバい奴が潜んでたとしても人口が多いなら当たる可能性も減るだろ。この国の東側はウェルスとかいうんだったか?」


 ジェームズの提案に頷きかけたが、思いとどまった。

 ウェルスと言えば、最近何か聞いたような気がする。


「……いや、やめとこう。あの国にはつい最近、聖女とかっていう、特殊な重要NPCが現れたって話だ。プレイヤーたちが自称ファンクラブみたいなもんを作ってるって噂もあるし、あまり派手に襲って聖女の関係者に目をつけられたりでもしたら、やっていけなくなる」


「なるほど、そうだな。それにその聖女とかって奴も、さっきの女みたいに一皮むけば化け物かもしれないしな」


 さすがに一国を代表するような有名なNPCにそんな罠が仕込まれているはずがないが、ジェームズにとっては先ほどの体験がよほどトラウマになってしまっているらしい。わからないでもないが。


「こっからだと南西方向か。そっちにあるオーラルもヒューマンの国だ。前回のイベントで政権交代があったって事以外じゃ、つい最近の大天使討伐クエストまではおとなしかった所だな。その大天使討伐クエストも、大陸の中心の都市がたまたまオーラル所属だったから場所を提供しただけみたいだし、おそらく今はオーラルがいちばん平和だ。あそこなら、落ち着いて追い剥ぎやPKができるだろ」





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