暗躍する者たち

第230話「墜ちた天空城」(ウェイン視点)





 イベント後のメンテナンス明け、ウェインは早速新規にラインナップに追加された課金アイテムを限界数まで購入した。


「どこで試す?」


「試す、って、買ったの前提か」


「買ってないのか?」


「いや、買ったけどさ」


 カントリーポップの言葉に苦笑して答える。

 試すというのは課金アイテム「看破のモノクル」、「目利きのルーペ」、そして「使役の首輪」の事だ。


 看破のモノクルと目利きのルーペはそれぞれキャラクターとアイテムに対して『鑑定』を可能にするアイテムである。

 使役の首輪はキャラクターを眷属としてテイムすることができるらしい。

 いずれのアイテムも使用すると消滅してしまうが、首輪を使ったら消えるというのはどういうことなのだろう。

 また譲渡不可のアイテムのため、使用の際にはインベントリから直接使用することになるとあったが、それもいまいちよくわからない。


 というか、イベント後のメンテナンスが明けたら、天空城の落下地点に全員で行ってみるという事ではなかったのか。

 課金アイテムを全て限界まで購入したウェインに言えたことではないが、そんなことをしている暇はないはずだ。

 それも確かこのカントリーポップが提案した事だったのだが。





 現在、ウェインはまだヒューゲルカップにいた。

 ウェインだけでなく、あの大天使戦を何度も戦い抜いたパーティメンバーもだ。

 大天使には結局、プレイヤーたちだけでは勝てなかったため、ドロップアイテムを得ることはついぞできなかったが、討伐数を稼ぐことはできた。

 ランキングについては後日ということでまだ発表されていないが、数十人が同じ討伐数だった場合、どのようになるのだろうか。


 大天使戦では経験値も得られているが、費やした時間を考えれば適正レベルのダンジョンに潜っていたほうが効率がよかったかもしれない。

 おそらく領主と聖女の参戦の影響だろう。

 彼女たちが強すぎるため、パーティの平均ランクが高めに判定されてしまい、取得経験値が思ったほど得られなかったのだ。


 と、不意にシステムメッセージが流れた。


《抵抗に失敗しました》


「なんだ?」


「え? わかるのか」


 振り向くと丈夫ではがれにくいがおり、その手から持ち手つきのモノクルのようなアイテムが消えていくところだった。


「もしかして、今俺を鑑定した?」


「ああ、とりあえず試すだけなら相手はプレイヤーでもいいかなと思って。でもいきなり無言で覗き見るのはよくないよな。すまん」


「いや、かまわないけど。でもそうだね。確かにプレイヤー間でなら何らかのマナーが必要かもしれない」


 こうしたことは往々にしてトラブルの原因になる。

 親しい者同士の間でなら謝れば済むかも知れないが、親しいのならわざわざアイテムを使うまでもなく、聞けばいいだけだ。

 このアイテムによってトラブルが起こるとすれば、ほとんどはよく知らない者同士の間での事になるだろう。


「これはSNSに注意喚起くらいはしておいたほうがいいかもね」


 メンテナンス後、ちらりと覗いたSNSによれば、この看破のモノクルを聖女に対して使用してみたプレイヤーがいたらしい。

 さすがに領主という純然たる貴族にいきなりアイテムを使うのは気が引けたから聖女にしたのだろうが、あの聖女とて、母国に帰れば一角ひとかどの影響力を持つ人物である。事によると一地方の領主よりも支持者は多いだろう。

 しかしそのプレイヤーは聖女の情報を得ることは出来なかったとの事だった。

 ヘルプにある、一部の対象に使用しても効果が無いとはこの事だろう。聖女や領主のような、おそらく重要なNPCの情報を見ることは出来ないらしい。

 幸い聖女は何の反応もしなかったとの事なので、そう大きな問題にはならないはずだ。

 ということは、NPCはこのアイテムを使用されても全く気がつかないということになる。

 考えてみれば、今ウェインが気づいたのはシステムメッセージによるものだ。

 NPCにはシステムメッセージが聞こえない以上、アイテム使用時の影響がそれだけならば気づきようがないということだろう。


 これは本来の鑑定の用途以外にも、NPCとプレイヤーとを見分ける事にも使えそうだ。

 アイテムを使用した時、今のウェインのように何かの反応をしたらプレイヤーだ。

 今は友人も増え、接する相手はプレイヤーがほとんどになったウェインだが、クローズドβテストの際にNPCのふりをしたレアにキルされたことはまだ忘れていない。


 レアといえば、例の大天使討伐のイベントフィールド、その近くの草原で見かけたような気がした。

 その時見かけた人物が、レアなのか、それともレアそっくりな彼女の友人なのかはわからない。一瞬だったため確かなことは言えないが、少し髪色が明るくなっていたような気もする。

 しかしあの顔をウェインが見間違えるのはありえない。


 大天使は大陸に住まう全ての者の敵である。それはプレイヤーだろうとNPCだろうと、PKだろうと変わらない。

 わざわざPK禁止と謳われたエリアにいたということは、彼女も大天使討伐に参加していたとみて間違いない。

 以前にリーベ大森林でキルされてから彼女たちには会っていないが、まだゲームを続けていたようで少しホッとした。


 正直、レアに対しては一概に恨みとも言えないような複雑な感情を抱いている。

 だから今更彼女の鼻を明かしてやろうとか、そういった気持ちがあるわけではないのだが、レアの他にNPCのフリをするプレイヤーがいないとも限らない。

 課金アイテムひとつで相手がプレイヤーであることを看破できるというのなら安いものだ。まさに看破のモノクルとはよく言ったものである。


「つっても、SNSにあんまクドクド書いても自治厨呼ばわりされるかもしれないし、気をつけろよ、くらいでいいと思うけどな。いきなり鑑定すりゃ問題になるなんて、バカでもわかるだろ」


 いきなり鑑定してきた丈夫ではがれにくいが言うのは腑に落ちないが、その通りではある。

 裏を返せば丈夫ではがれにくいにとってウェインは親しい人間だと考えられているということであり、それ自体は悪い気はしなかった。


「それで、どうだったんだ? 使用してみた感想は」


 カントリーポップだ。見れば明太リストや蔵灰汁なども近くに寄って聞き耳を立てている。


「おお。自分のステータスウィンドウっていうか、経験値振るウィンドウあるだろ? あんなような物が見える感じだ。てか、今も見えてる。これたぶん、閉じるか別の何かをするかしないと消えないパターンかな。もしかしたら時間で消えるのかも知れないけど、少なくとも落ち着いて見ていられる余裕があるなら急がなくてもよさそうだぜ」


 丈夫ではがれにくいはきょろきょろと虚空に視線を彷徨わせている。

 冷静に見ればかなり挙動不審な人物だ。


「……でも使用には注意が必要みたいだな」


「……そのようだ」


 蔵灰汁もウェインと同様の感想を抱いたらしい。

 慣れれば自然な動作で鑑定画面を見られるのかもしれないが、これはそもそも課金アイテムだ。慣れるほど使用するのは難しい。


「てか、ウェインてこんなに鍛えてたのか。俺スピード型のアタッカーだけど、何なら俺とタメ張るくらいの能力値とスキル構成してんな。それに加えて魔法系も充実してるし、おお、感覚強化系も揃えてんのか。これは最近俺も取ったけど、総合すると普通に負けてんな俺」


「ありがとう。でも多分、ギルとか明太とかの方が総合力なら高いんじゃないかな」


 あの2人はもともとウェインより上だったはずだ。

 それからずっと3人で行動している事を考えれば、総合的にウェインより経験値を稼いでいると考えるのが自然である。


「マジか。ちょっと俺、今日から準トップ層って名乗るわ」


「そもそもお前、今までトップ層って名乗ってたのか?」


「いや、自分で名乗ったことはないけど」


「なら気にすることはないだろう」


 落ち着いた様子でアマテインが丈夫ではがれにくいを励ましていた。

 アマテインは武器による近接攻撃が得意で、片手で取りまわしができる盾を持っている。

 またそれらに適したスキルと、加えてバフ系の魔法を取得している。属性魔法もいくつか持ってはいるようだが、あくまでバフ系のアンロックのために取得しただけであり、メインで使う事はない。

 いわゆる正統派の近接ファイターだ。

 普段はその手が暖かと2人で行動をしているため、タンクの真似事もするらしい。


「こっちはどうかな。目利きのルーペってやつ」


 アイテム鑑定用の課金アイテムのことだ。

 明太リストがインベントリから天使の落とした清らかな心臓の残りを取り出し、鑑定していた。


「名前は……。清らかな心臓、で正しいみたいだ。肉体に魂を繋ぎ止める効果がある、か。これでなんで死霊術師が関係あるのかな」


「『死霊』って、その場に間に合わせの盾ユニット召喚するくらいしか使えないんじゃなかったか? しかもそれをするにも死体がいるし。正直、その分普通に自キャラを強くしたほうがいいよな」


「そうだね。他にバフ系のスキルや魔法なんかも持っていればもう少し使えるのかもしれないけど。でも、NPCたちの死霊術師がこのアイテムを有用だと思ってるってことは、何か使い道があるはずだ」


 死霊術師がどうの、と言う話も商人から聞いただけで、実際に死霊術師から聞いたわけではない。


「そもそも死霊術師のNPCに会ったことないし。本当に存在してんのか? そういう職業のNPCなんて」


 NPCの商人たちの間で、都市伝説のように語られているだけと言う可能性もある。そうした噂や怪談話はどこの世界でもあるものだ。


「あー。リアルで言うニンジャとかサンタクロースみたいなもんか」


「いや、忍者もサンタクロースも普通にいるぞ。試験や資格もある」


「ていうか、魂って概念自体割と初耳だよな。そんなんあったんだな」


「アイテムの効果で記載されているくらいだし、概念的なものじゃなくてシステムとして存在している何かだと思うんだけど」


「魂ってことは死亡した時に何か関係あるのかな」


「案外、そこから連想されて、死霊術師に関係あるんじゃないかって言われてるだけかもしれないぞ」


「それか意外とこれが蘇生アイテムの材料だったりしてな!」


 ウェインの知る限り、これまで蘇生に関するアイテムは登場していない。

 だとしたらこのアイテムがそれに関係しているというのもありえないではない。

 しかし、これまで登場していないということはそれだけ貴重であると言うことであり、イベントとはいえその材料が雨のように天から降ってきていたというのは少し大盤振る舞いがすぎるだろう。


「ちょっと効果も曖昧すぎるし、良くて何かの素材用アイテム、最悪は大天使挑戦用のチケットってところかな」


 明太リストがまとめた。

 ウェインの考えも同じだ。

 メンテナンスが明けてから誰も行っていないらしいためわからないが、アーティファクトとして設置されてしまっている以上、大天使に挑戦するのがイベント中だけとは考えづらい。

 騎士たちによって封鎖されでもしていなければ、今でも挑戦可能なはずだ。


 もしそうであるなら、今後もチケットとして利用ができる。売らずにとっておけばいいだろう。

 ただし、イベントが終わった今、聖女や領主のサポートはおそらく受けられない。

 先ほどの聖女に看破のモノクルを使用したプレイヤーによれば、聖女はウェルスに帰還してしまったようだ。


「武器とかも見てみるか」


 ギノレガメッシュが自身の持つ盾を目利きのルーペで覗きこんだ。

 インベントリから使用する、というのはどういう事なのかと思っていたが、どうやら使用する際に自動的に手の中に現れるらしい。そして使用すれば、先ほどの丈夫ではがれにくいのように手の中から消えていく。


「えーと、アダマンスクトゥム、か。何も考えないで使ってたけど、これ物理耐性と魔法耐性ついてるんだな。そのかわりエンチャントの効果は低い、と。大天使戦でバフかけてもらったけどあんまり実感なかったのはそのせいか?」


「アダマン?」


「アダマンなんてあんのか?」


「なにそれ、どこで手に入れたの?」


 ギノレガメッシュのつぶやきに周囲のプレイヤーたちがざわめいた。

 正確にはアダマンではなくアダマスというらしいのだが、これは前回のイベントでヒルス王都で明太リストが拾って来たものだ。

 来歴についてはひとまず黙っておくということでパーティ内の意見は一致させてあったが、鑑定アイテムが登場してしまった以上、いつまでも隠しておくことはできない。

 ギルがあえて自分で鑑定してみせたのも、先に他人に見られて指摘されるより、自分たちから情報を出すことで過度な追及を逃れるためでもある。


「──これに使用した金属は、前イベントの時、ヒルス王都を襲っていた黒いスケルトンがドロップしたもんだ」


「あいつか! 今王都ダンジョンに出てくる奴らの色違いの!」


「最近王都でいつもと違う色の奴見かけるけど、だいぶ形が変わってるって言うか、なんかパワーアップしてるみたいでちょっと倒せねーんだよな。そうか、あいつらか……」


「前回イベントの時、結局王都に残ってたのってウェインたちだけだったっけ? 読み勝ちってことよね。さすがだわ」


 あのアイテムを拾ったのは明太リストであり、それは王都内にあったものであるが、明太リストが王都に残る決断をしなければ得られなかったものでもある。

 そしてそれは、あの第七災厄との戦闘の後、王都から去っていったプレイヤーたちには十分わかっていることであるようだ。


 半ば火事場泥棒のようなその入手手段についても、またウェインたちが第七災厄のドロップ品を取り逃した事についても、気にするような者はいなかった。


 それを見た明太リストが俯いてぽつりと言った。


「……みんな、大人だね。実はアダマスって、少量だけど市場に流れてる分もあって、そっちはものすごい値段がついてるっていうのに」


「は?」


「え?」


 メンバーの目の色が変わった。あのアマテインもだ。


「……まあ、そのアダマスが君たちパーティの物であるという点については全く異論の余地はない。ないが」


「……ああ。そして前回の災厄のドロップ品の、あの巨大な金属塊を取りこぼした事もなんとも思っていないし、今さらどうこう言うつもりもない。んだが」


「……そうだな。何かほんの少し、そう気持ち?みたいなものがあってもいいのかもしれないな」


「……強要するわけじゃないけど、あくまで人間関係を円滑に進めるために、っていうか」





 その後、全員にヒューゲルカップで一番のレストランで食事をご馳走した。もちろんウェインたちから自主的にである。

 34人前ともなるとさすがにかなりの金額にのぼり、現状のアダマスの値段ほどではないだろうが、ちょっとしたランクの装備品なら一式揃うのでは、というほどだった。


「……おお、すげーな高級レストラン。バフついてるぞ」


「あ、ほんとだ。60分間全能力値2%アップ、だって」


「効果時間長いな! やっぱ高いだけあるなー。いやーごちそうさん!」


「……そうだね。よかったね」


「……まったくだな。てか、もったいねえから早速行こうぜ! バフが切れる前によ!」


 向かう先は当然、新規にリストに追加されたダンジョン──「墜ちた天空城」である。









 ヒューゲルカップから転移サービスで直行出来たとはいえ、街なかの移動時間なども含めれば、墜ちた天空城への到着にはそれなりに時間がかかってしまった。

 バフの残り時間はあと30分ほどだ。


「よし、とりあえず行こう。教授の話では、そもそも天空城に近づけないって事だったが……」


「見た感じ、普通のクレーターだな。もっと近づいたら雑魚も湧いてくるのかな」


「おおお? 神殿が無くなってる! 前来た時はこの辺からでも見えたんだけど……」


 丈夫ではがれにくいの反応からすると、イベント中と現在とでは変化点があるらしい。

 いや、森エッティ教授の書き込みでは、彼も黒い神殿とやらを見つけることは出来なかったとのことなので、イベント中にすでに変化は起きていたと見るべきだ。


「大天使が滅んだから一緒に神殿も滅んだ、って事かな」


「うーん、どっちかっていうと、大天使の神殿ってよりは第七災厄の方が神殿と関係ありそうな印象だったけどな。色的に」


「ああ、羽根が黒くなってたんだっけ」


「じゃあ、こういうのはどうだ。

 神殿はもともと白かった。だが過去での大天使の死によって、神殿が黒く染まってしまった。神殿は大天使にとって力の源だったから、そのせいで力を失い、第七災厄に倒されてしまった」


「ありそうだなー。ありそうだけど、第七の羽が黒くなってたのは?」


「そりゃおめえ、あれだよ。イメチェン?」


「もしくは、例えば神殿にはバリアとか障壁みたいな何かが張ってあって、それで力の源たる神殿は守られていた。だけど因果が大天使滅亡へと集束することでその加護が失われ、そこへ第七災厄が現れて、神殿を自分の力で侵食し、乗っ取ることで大天使を弱体化、その後滅ぼした」


「さらにそれっぽくなったな。でも結局そもそも第七の羽が何で黒くなってたのかについてはわからんな」


「単純にパワーアップなんじゃねえの? ウェインも言ってたろ。今回のイベントは大陸全土のエネミーの強化の意味もあったんじゃないかって。第七災厄ともなりゃ、あの雑魚天使を何体倒したかもわからんほどだろうし、さぞかし強化されたんだろうよ」


「それだとより絶望感が増すっていうか、もう今から天空城に行きたくなくなるっていうか……」


 早足で移動しながらも、雑談は尽きない。

 中には会話に参加せずに、ただ他の者たちの話を笑顔で聞いているだけの者もいる。どちらかといえばウェインもそちらの方だ。明確に話しかけられなければ、あまり自分からは発言しない。

 SNSでの書き込みならばもう少し積極的に参加することもできるが、直接話すとなると人数が多いと気後れしてしまう。


「──! 待った! 何か来るぞ!」


 しかし明確に言うべき事があれば別である。

 前方、天空城の岩塊の方から、いくつもの影が迫ってくるのが見えた。

 パーティ全体に注意を促し、ウェイン自身も剣を抜いた。

 さすがと言うべきか、雑談の空気は一瞬で霧散し、各々が戦闘に意識を切り替え隊列を整える。


「……ハチだな。掴まれたら厄介だ。あいつらは鎧を着た人間を抱えて飛べるだけのSTRがあるらしい。上空から落されたら高さによっては即死だぞ」


「鎧に物理耐性があったとしてももう効かないらしいからな、ウェインやギルも油断すんなよ?」


「わかってる、ていうか、仮に耐性あってもそんな攻撃受けたくないよ」


「だな。──『挑発』!」


 敵集団の先頭を行くハチたちが一斉に向きを変え、ギノレガメッシュに殺到した。

 大天使にはいまいち効かなかった『挑発』だが、格下のハチ相手であればこの通りだ。


「『スノーストーム』!」


 そこへ名無しのエルフさんをはじめとする魔法使いたちの範囲魔法が襲いかかる。

 ヒルスに蔓延るアリやハチたちが冷気に弱い傾向にあることは判明しているため、示し合わせて『氷魔法』を放ったのだ。

 これにはウェインも参加している。ブースト系のスキルがないため本職ほどの威力はないが、足しにはなるはずだ。


「はっ!」


「せい!」


 撃ち漏らしを始末するのはアマテインや丈夫ではがれにくいなどの近接組たちだ。といってもそれほど数がいるわけでもない。

 運よく効果範囲から逃れた数匹を始末するだけである。

 その数匹も近づく前にヨーイチなどの弓矢によって数を減らされている。


 ほどなくハチたちは全滅し、辺りには残骸が散らばるのみとなった。


「うーん。さすがにこの人数で格下相手だと一瞬だな」


「ガイシューイッショクってやつだね」


「教授の話じゃ、カブトとクワガタもいるはずだ。油断しない方がいい」


 一行は気を引き締めつつ、移動を再開した。


 天空城に近づくにつれ、次第にその巨大さが実感として迫ってくる。

 高層ビルや野外ドームなど比べ物にならない、圧倒的な存在感と、押しつぶされそうな重圧を感じる。

 これが例えばただの岩山などであったならここまで圧力は感じなかっただろう。


 大地に突き刺さる岩塊という構造上、必ず生まれる大地と岩の隙間という自然が織りなす不自然に、どうしようもない不安感を覚えるのだ。


「これ、大丈夫か? これ以上近づいて、倒れたりしねーよな?」


「おそらく内部にはすでに第七災厄配下の蟲たちが蔓延っているだろうし、今さらヒトが数十人群がったところでどうにもなるまい」


「そうか、それなら安心……できるかい!」


 すでに中にたくさん魔物がいるから大丈夫と言われても何の安心材料にもならない。

 つまりこれからそれだけ戦わなければならないということである。

 しかも岩窟の中では、野外や例の大天使戦のように人数の多さを十全に発揮できるとは思えない。

 場合によっては横に数人しか並べないような通路もあるだろうし、下手をすれば立って歩けないという可能性さえある。


「しかしいずれにしても入ってみなければわからんしな。まずは侵入できそうな入口を探そう」


「中に魔物が入り込んでるって言うなら、どっかに出入りする入口があるはずだ」


「しかし、これはちょっと時間をかけないと難しいな。まず天空城の周囲を一周回るだけで一日終わってしまうだろう。計画的に調査を行なう必要がある」


 ヨーイチの言葉に、全員が同意した。

 この日はとりあえず、帰りの時間も考えて、反時計回りに探索し限界まで周ったところで帰還した。

 天空城の周辺まで近づくと、ハチの他に森エッティ教授の話にあった大型のカブトムシやクワガタも現れるようになった。

 その攻撃力や防御力は脅威ではあったが、大天使の攻撃にくらべればどうという事はない。

 さすがにこの人数ならば敵ではない。





 翌日は早くから時計回りに探索を開始した。探索中にも遠慮なく蟲たちが襲いかかってくるため、多少時間がかかったが、前日の到達地点の印の位置まで回りこんだ時点では昼を少しまわったくらいだった。


 天空城を一周してみた感じでは、歩いて侵入できそうな穴は開いていないようだった。

 オーバーハングでロッククライミングをする前提でも良ければ、それなら確かに穴はあったのだが、そこはもっぱら蟲たちの出入り口であるようだった。

 アリは言うまでもなく、ハチも今さら相手にならない雑魚だと言えるが、ロッククライミング中にまともに戦うのはさすがに無理がある。そこにカブトやクワガタも乱入されればまず勝てない。

 仮に攻撃に耐えることが出来たとしても、あまり妙なところから落下してしまえば待っているのは死だ。


「となると、だ。たぶん、こっち側の、草とか生えてる面が普通の上の面だったんだろうし、そっちになんとかして登る方法を考えた方がよさそうだな」


 カントリーポップの言葉の通り、平べったい半球型のような形状の天空城には、確かに緑の大地が存在している。

 これは角度的な問題で相当離れたところからでなければ見ることが出来ないが、幸い転移先のポイント側からちょうど見られるため、存在自体は初めから皆知っていた。

 天空城は斜めに大地に突き刺さっている。そのせいで盛りあがった土や岩などによって隔てられているが、それらを乗り越えることができれば上面の大地に侵入できそうだ。


「……もしかして、だけど。これを乗り越えるためにマウントっていうか、魔物をテイムしてねってことなんかな」


「いや、攻略に必要なファクターを課金で賄ったりはしないだろ」


「課金”でも”賄えるってことなんじゃない? 私たちが知らないだけで、普通に入手可能なアイテムで使役の首輪みたいなものがどこかにあるのかもよ」


 課金しなければクリアできないというのは、ビジネスとしては間違っていないのかも知れないが、サービスとしては不義理である。月額課金で料金を払っているのだから、追加で課金しなければ攻略できないというのは納得しがたい。

 あるいは追加コンテンツだから追加で課金が必要だ、と言う事ならわからないでもないが、普通は大々的に告知をするはずだ。それがないという事は違うと考えていいだろうし、仮に未実装であるだけならば、転移先リストに追加されたりもしないはずである。


 となると名無しのエルフさんの言うように、探せばゲーム内でそうしたアイテムがあるという線が有力だろう。

 ウェイン個人の考えとしては、それを課金でカバーできるのならいくらでも払う。


「ところで誰か、例の首輪を試してみた?」


「まだだな」


「てかよ、あのハチをテイムできりゃ、飛んで運んで貰えるんじゃ?」


「おお、やってみるか!」


 天使たちほど正確な間隔ではないが、ある程度一定の時間が経つと蟲たちは襲ってくる。

 しばらく待ったところで敵集団が現れると、まずは強敵であるカブトやクワガタから片付けた。

 そして邪魔者がいなくなったところで、ハチの群れに攻撃を始めた。範囲魔法のような威力の高い攻撃は避け、倒すのではなく弱らせるための攻撃だ。


「まずは翅だ! ハチはアリと見た目はそっくりだが、ハチは長距離を歩くようには出来ていない! 飛行能力さえ奪ってしまえばアリよりものろまなはずだ!」


 ウェインの指示のもと、ハチたちはつぎつぎに単発の魔法攻撃や弓で撃ち落とされた。そして近接アタッカーやタンクたちの剣や斧によって翅を斬り飛ばされていく。

 戦闘と言うよりはもはや作業だが、この作業は淡々と進んでいった。

 そしてやがて空を飛ぶ個体がいなくなると、各々が手近な個体に狙いを定め、死なない程度に攻撃をし始めた。


 ウェインも目の前の1体に狙いを定め、殺してしまわないように剣を振るう。

 既に翅も落としてしまっているが、基本的に蟲系の魔物はタフであるため、さらに脚も斬り落としてしまってもそれほどLPに影響はしない。

 仮にこのままテイムするとしても、インベントリの中には再生ポーションも入っている。問題ないはずだ。


「そろそろいいかな。よし、使役の首輪を」


 インベントリの中の課金アイテムを選択し、使用した。

 ウェインの手に首輪が現れ、それをハチの頭部に触れさせる。

 相手が屈伏しているのなら、触れさせる場所はどこでも構わない。

 アーティファクトとはまた違った感覚ではあるが、課金アイテムも基本的に使用方法はサポートされている。


《『使役』は実行できません。対象のソルジャーべスパはすでに別のキャラクターにテイムされています》


「おっと!」


 使役の首輪の発動は失敗したようだ。しかしアイテムは失われてしまった。

 それ自体は運営の告知していた通りなため、仕方ないことではあるが──


「だめだなこりゃ。こいつらすでに何者かにテイムされてるって出た」


「まあ、どう考えてもそりゃ災厄の眷属だろうしね」


「失敗する事があるって、すでに他のキャラクターの眷属になってるモンスターには絶対成功しないってことか。せめてそれは最初から書いておいてほしかったよな……。無駄に1個消費しちゃったぜ」


「考えてみれば当たり前の話かも。ひとのものをとったらどろぼう! ってことね」


 しかしそれでは、ダンジョンなどにいるモンスターは基本的にテイムできないという事になる。ダンジョンのモンスターと言えばボスに支配されているのが一般的だ。

 それを裏付けるように、低難易度でボスの討伐に成功したことのあるダンジョンでは、一時的にダンジョン内のモンスターのほとんどがいなくなったという情報もある。


「けっこう条件厳しくねこれ。まずダンジョン以外の場所にいるモンスターを探せってことだろ」


「厳しいことは厳しいが……。馬車に使われている馬もたしかモンスターだとかいう話を聞いたことがある。あれをどこで捕まえてきているのかNPCに聞いてみれば、野生のモンスターが普通に生息しているフィールドを特定することも可能かもしれないな」


 もはや用済みになったハチたちに止めを刺しつつ、今後の事を話し合う。


「あとは、そうだな。ダンジョンボスを討伐した時、ほとんどの雑魚は死亡した、と書き込みがあった。ほとんどの、ということは、死亡しなかった個体もいたということだ。なら少なくともそいつらが、誰にもテイムされていない野生のモンスターであることは間違いない」


「なるほどな。つまり、まずは手ごろなダンジョンのボスを討伐し、その後ダンジョン内で生き残っている雑魚を探して使役する。これを班分けして順繰りにやっていきゃあ、効率よくテイムできるってわけか」


「それがよさそうかね。ウェインとアマテインがいると話が早くて助かるぜ」





「──キチキチキチ……ギチ」





「っ! 何かいるぞ!」


「上だ! 空だ!」


 聞いたことのない音──あるいは声かもしれないが──に顔を上げると、そこにはヒト型の蟲が浮かんでいた。

 ヒト型といっても全体のシルエットがヒトであるというだけで、その腕は蟲さながらに多く、顔の造形はヒトに似ているが、まるで硬質なマスクをしているかのような質感である。

 空中に静止しているようだが、背中から生やした翅はあまり動いていない。翅で飛んでいるというよりも、何らかのスキルで飛んでいるようだ。

 頭部や胸元はフワフワの羽毛のような毛で覆われており、どこか美しささえ感じられる。


「……すまない、手元に集中し過ぎて見落としていたようだ」


 ヨーイチが絞り出すように言ってくるが、元より誰も責めるつもりなどない。


「いや、気にすんな。どうせ1体だけだ。この人数なら──」


「違う、そいつのことだけじゃない……! 俺たちは、囲まれている……」


 あわてて周囲を見渡すと、確かにヨーイチの言う通り、上空にはウェインたちを囲むように、まるでドラゴンのような姿の蟲が何体も浮かんでいた。

 ヒト型の者はその集団から1体だけ、高度を落としてウェインたちを挑発しに来ただけのようだ。

 すでに逃げ場はない。


「……災厄さんはさあ、最近ドラゴンにハマってんのかな」


「……どうかな。こいつらはドラゴンに似てるだけで、どう見ても蟲だぞ」


「……何で急にこんなに? 時間か? 一定時間以上ダンジョン周辺に留まっていると現れるってことなのか? それとも別の」


「考察は後だ! 来るぞ!」


 上空のドラゴン型の蟲たちは急降下し、一斉にウェインたちに襲いかかった。

 大地に穴を穿つつもりなのかというほどの勢いの体当りだ。

 ドラゴン型だけにブレスのような攻撃でもするのかと漠然と考えていたのだが、まさかの物理である。


「『挑発』! くそ、遅いか!」


 とっさにギノレガメッシュを始めとするタンクたちが敵対心を稼ぐも、すでに狙いを定めて攻撃を始めてしまった敵の軌道をそらすには至らず、蟲たちは勢いそのままに降下を続けている。


 基本的に、すでに発動してしまっているアクティブスキルや魔法の対象を変更するという事はできない。それは『挑発』などによって敵対心を強制的に高められたとしても同じだ。

 まさかこの蟲たち1体1体が大天使級のMNDを持っているとも思えないし、おそらくすでに何らかのアクティブスキルを発動した後なのだろう。

 それに『挑発』が抵抗された事で不発に終わったのだとしたら、ギノレガメッシュたちタンクもそう言うはずだ。


 自身の重量と加速度によってボーナスを与えられたその体当たりは、魔法使い系のプレイヤーならば一撃で容易に粉砕する威力を秘めていた。

 直撃を受けた後衛職は次々と光になって消えていく。おそらく昨日ログアウトした、最寄りのセーフティエリアでリスポーンしたのだろう。

 この周辺は天空城落下の影響で特に遮蔽物もない。リスポーンしたならそう時間をおかずにここへ再び来られるはずだが、イベントも終了している今、デスペナルティで1割の経験値ダウンを受けた状態でリベンジしても勝てるとは思えない。

 ウェインはこの付近にいるフレンド全てにフレンドチャットを飛ばした。


〈死亡した者はそのままセーフティエリアで待機だ! 人数が揃っていたとしてもおそらく勝てない! 残念だが今日は撤退だ!〉


 何人もの無念そうな返事を聞きながら、今生き残っている者たちをどうやったら撤退させられるかを考える。


 今生き残っているのはほとんどがタンクと近接職だ。

 タンクはその盾で衝撃をいなしつつ、持ち前の防御の高さで何とか持ち堪えていた。

 近接職は主に回避と『パリィ』の組み合わせだ。

 回避行動を取ることで直撃を避けることが出来れば、あとは『パリィ』でダメージを軽減してやれば即死はなんとか免れる。

 弓や短剣でどうやったのか、ヨーイチとサスケも無事なようだ。


 パーティメンバーは半減してしまったが、その中でも朗報はある。

 高所からの急降下がどうやら落下の判定を受けたらしく、大地に突撃したドラゴン蟲たちはいくらかのダメージを受けているようなのである。

 それは無数にある脚が数本ちぎれ飛んでいる者や、硬そうな装甲が割れている者が居ることからも明らかだ。

 ヨーイチを見ればかすかに頷いている。LPも減っているのだろう。


「……敵はダメージを受けているようだ。だとしたら今のような攻撃は連発出来ないはずだ。何とか翅や脚を部位破壊して──」


「──……」


 その時、ヒト型の蟲が何かをした。


 淡い光のようなものが周囲に降り注ぐと、周辺のドラゴン蟲の装甲の傷が塞がれていく。


「範囲回復魔法!? 蟲モンスターが!?」


 そうだ。この光は確かに『回復魔法』のものだ。

 しかしこれほどの範囲の『回復魔法』となると、取得している者はプレイヤーでもそういない。ウェインの知る限りでは先程死亡したその手が暖かくらいであろう。

 ちぎれ飛んだ脚が再生するような事はないことから、あくまでLPを回復させる効果しかないようだ。

 装甲の傷が消えているのはあれが身体の一部であり、かつ部位破壊判定を受けていないからだろう。


「……なるほど、1体だけ雰囲気が違うのが居ると思ったら、あれは指揮官とヒーラーを兼ねていたってわけか」


「これ、倒すにはあの指揮官から狙わないと駄目だって事か? 大天使戦じゃねえけど、何か対策か、お助けキャラが必要な案件だぜ……」


 そうそうNPCの手助けばかりに頼るわけにもいかないが、たしかに難易度的には大天使に通じるものを感じる。

 こちらがドラゴン蟲の攻撃で即死しないあたり、攻撃力の面で言えば大天使の方が厄介だが、手数の多さと得体の知れなさで言えば大天使以上かもしれない。


 回復したドラゴン蟲たちは、その尾──昆虫ならば腹なのかも知れないが、脚が多いため昆虫ではないのかも知れない──で手近なプレイヤーを薙ぎ払う。体当りよりも攻撃範囲が広いため、回避するのは困難だ。

 威力は流石に急降下体当りよりは低いようだが、タンクであれば何とか耐えられるが、体当りで減らされている近接アタッカーのLPなど一撃で刈り取られてしまう。

 こちらの数が減ってくれば、生き残ったタンクにしても相手にする敵の数が増えてくる。次はもう耐えることはできないだろう。


「これは流石に詰みみたいだな……」


「せめて看破のルーペで情報だけでも──だめだ、何も見えねえ!」


「ダンジョンの雑魚……じゃないな、ボスと中ボスか?が、まさか重要NPC扱いだとも思えないし、一部のキャラクターには効果が無いってのは、もしかして相手の強さによるってことなのか?」


「……ヒト型の奴の情報も何も見えないみたいだ。見える見えないの判定基準が強さだとするなら、あっちのヒト型も少なくともドラゴン型並に強いって事だな。こりゃマジで大天使級の案件じゃねーか」


 指揮官であるらしいことも考えれば、ヒト型はドラゴン型より強い可能性がある。

 普通指揮官といえば戦闘力は別に必要ないのだが、こうしたゲームや物語などでは何故か指揮官が1番強かったりするものだ。

 考えてみれば、大天使が倒される事でアンロックされたダンジョンなのだから、そのボスの強さは大天使以上だという可能性は十分にあった。

 これはウェインたちの見込みが甘かったのだろう。

 大天使でさえ聖女たちの力を借りねば勝てなかったのだから、その更に先のコンテンツに挑戦するにはまだ早すぎたのだ。


「あ、もう俺たちもやば──」






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