第207話「呪いはタイミングを逃さない」





 ──あんなにたくさんいたのか。道理で。何百年もこの地に君臨してきた災厄にしては弱すぎると思った。


「『ジェノサイドアロー』」


「『ジェノサイドアロー』」


「『ジェノサイドアロー』」


「『エクスプロードアロー』」


「『エクスプロードアロー』」


「『エクスプロードアロー』」


 現れた大量の大天使たちは何の挨拶もなく、各々光り輝く弓矢を手に取ると、まさに矢継ぎ早に数々のスキルを放ってきた。


 無数の攻撃を必死に躱しながら、『天駆』を発動し徐々に上へと昇っていく。

 接地したまま攻撃を回避しても、それが『エクスプロードアロー』だった場合、地面に着弾して余波を受ける事がある。

 最初に避けた時のようにうまく遠くに飛んで行ってくれればいいのだが、こう周囲を囲まれていてはそうもいかない。


 そうしてどれだけこの弾幕を掻い潜るような時間を過ごしただろうか。


 大天使の増援が現れてからはこうして防戦一方になっている。当然といえば当然だ。文字通り手数が違う。

 こちらも隙を見て『魔眼』で魔法を撃ってはいるのだが、さすがにそれ一撃で倒すことはできないため、次の一撃を放つ前に回復されてしまっていた。

 小賢しいことに、これだけの数がいるというのに『ダークインプロージョン』の範囲には常に1体しか入らないようにポジション取りを行なっている。中々のチームワークだ。


 周囲に浮かぶ大天使の数は、50体は超えているだろう。

 まさかレイドボスの方が人数を揃え、単体のプレイヤーにレイド戦を仕掛けてくるとは。


「『ペネトレイトアロー』」


「ちっ!」


 『魔の盾』で敵の矢を受けた。

 どうしてもすべてを躱しきれないと判断した時、被弾する攻撃に選ぶのはこの『ペネトレイトアロー』にしていた。

 このスキルはおそらく防御無視攻撃だと思われる。『魔の盾』には防具がないため、レア本体より防御力が低い。スキルとしての性能を防御無視に振っている『ペネトレイトアロー』にとって、『魔の盾』は攻撃しても旨みが少ないと言える。相手にとってなるべく利益が少なくなるよう立ち回る事で、少しずつでもアドバンテージの差を埋めていく。


 しかしそれもそろそろ控えた方がいいだろう。おそらく気付かれている。

 『ペネトレイトアロー』による攻撃頻度は下がってきているし、これは──


「『ジェノサイドアロー』」


「『エクスプロードアロー』」


「くぅ!」


 『ペネトレイトアロー』を受けた直後に、高速の貫通攻撃と爆発する矢の直撃を受けてしまった。狙って撃たれたというよりは、あらかじめそこに置かれていたという感じだ。


 やはり、誘導されていた。

 回避しきれない場合、必ず『ペネトレイトアロー』の方向へ移動するという癖を読まれ、その先でちょうど被弾するように別の攻撃を準備されていた。

 可能性としてはこのように読まれる事も考えていたが、こうも相手の攻撃密度が高いと、ブラフまで考えて行動しきれない。被ダメージをなるべく抑えるために『ペネトレイトアロー』を選んでいたのだが、もはやその意味もなくなった。


 反撃に、リキャストの終わった『ダークインプロージョン』を『魔眼』の『魔法連携』で放つ。しかし。


「ぐああああっ!」


「『大回復ハイ・ヒール』」


 今度は間髪入れずに回復されてしまった。与えたダメージをすべて回復されてしまったわけではないが、かなり減衰されてしまったようだ。

 これも同じだ。読まれている。

 『魔法連携』で魔法を撃つためには、目標にする相手か、起爆地点を視認する必要がある。つまりこちらの視線から攻撃がくる位置を予測し、すぐに回復できるようスタンバイしていた個体がいたのだろう。

 これからは目をつぶったまま、『魔眼』はターゲティングだけを行ない通常の発動キーで放った方がいい。


「『ガトリング』!」


 今しがた回復を飛ばした個体目がけて短剣を掃射した。

 だがまた別の個体が『回復魔法』を発動し、そのダメージも消されてしまう。

 さらに別の複数の個体が『回復魔法』を発動すると、『ダークインプロージョン』を受けた個体のLPが全快まで回復した。

 回復役から潰すというセオリーは通用しそうにない。

 大天使たちは、おそらく全員が『回復魔法』を使う事が出来ると思われる。


「パーティ全員がヒーラーで、アタッカーで、タンク並のLPを持っているレイド戦か。できればわたしもそちら側で参加したかったな」


 言っても仕方がないし、おそらく大抵のプレイヤーはゲームのボス戦で一度はそのような事を考えたことがあるに違いない。

 あるいは逆に、ボスモンスターの方も毎回プレイヤーに対して「自分もそっちがいい」と考えているのかも知れない。

 しかし軽口を叩くというのも精神を落ち着かせるために重要な役割を果たしてくれる。

 焦り、怒り、動揺、そうした心は正常な判断力を容易に奪う。

 たとえノーミスであったとしても勝てないかもしれないほどの戦闘である。まずは精神的動揺によるミスをしない事が重要だ。


 『ペネトレイトアロー』で誤魔化すことで節約してきた『魔の盾』のLPも、『ジェノサイドアロー』や『エクスプロードアロー』を連続して受けてしまえば加速度的に減っていく。


 そうこうしているうち、ついに破壊される『魔の盾』も出てきた。意識して決まった盾で攻撃を受けるようにしていたからである。仕方ない。

 敵の攻撃には範囲攻撃が多いため、すべての盾を平均的に使うよりも、ひとつの盾にダメージを集中させた方が最終的な被ダメージは低くなると考えての事だ。

 もちろん可能な限りは回避しているが、どうしようもない時もある。

 こちらの『盾』のひとつが破壊されたのを見てか、大天使たちの攻撃はさらに苛烈さを増す。


 リズムの変わった攻勢にも何とかタイミングを合わせ、しばらくは耐えていたが、やがて『ジェノサイドアロー』の直撃を受け、またひとつ盾が破壊された。

 一撃のダメージは『ジェノサイドアロー』の方が大きいが、『エクスプロードアロー』は爆発するため、他の盾やレア本体にもダメージが入ることがある。

 ダメージの合計値で言えば、すべての盾とレア本体が爆風を受ける場合は『エクスプロード』の方が痛いが、盾2枚とレア本体がダメージを受けると『ジェノサイド』とトントン、といったところだ。

 しかし爆発は面倒なため、『エクスプロード』は可能な限り回避したい。


 一方でこちらの攻撃はといえば、もちろん有効ではあるのだが、回復を挟まれるせいで決定打にはなりえない。

 このままではジリ貧になる。というかもうなっている。


 まず位置取りが最悪だ。全周囲をレイドボスに囲まれているとか聞いたことがない。

 なんとか逃げ回り、敵を一方向にまとめてしまいたいが、逃げたい方向には大抵すでに誰かの撃った『エクスプロードアロー』が置いてある。ダメージ覚悟で突っ込んでも、爆発によるノックバックを受けている間に回り込まれ、再び囲まれてしまう。


 後先考えずに魔法をいくつか連発すれば包囲を脱するだけなら可能だろうが、それで出来るのは逃げることだけだ。

 だったら最初から『キャスリング』でも何でもすればいいだけであり、それをするにはレアのLPもMPも残りすぎていた。

 尻尾を巻いて逃げだすにはまだ早い。


 本来は強大な1体の大天使とレアが戦い、取り巻きは大型モンスターたちが抑え、雑魚たちは小型の兵隊が陽動して封じておく。そうなる予定だった。


 しかしまさか、こんな。

 イベントボスの大天使が複数出てくるとは。


 確かに大天使は強大な1体の敵と言うには現在のレアにとっては少し弱い。

 しかしボスの取り巻きとカテゴライズするにしては強過ぎる。

 ユーベルやメガネウロンたちではおそらく敵のアクティブスキル数発で瀕死になってしまうだろうし、彼女たちは的も大きいため避けられない。おまけに数でも負けている。時間稼ぎにしかならないと分かっていてここに呼ぶわけにはいかない。


 さすがは長年に渡り大陸を恐怖で縛ってきた災厄である。

 大天使は数百年という長い時の中で蓄積してきた経験値を、1体のキャラクターに集約するのではなく、多数の強大な仲間を生み出すことに費やしてきたということだ。


 実に合理的な判断と言える。

 レアでもそうする。というか、している。


 地上であれば、他にディアスやジーク、ウルル、そしてスガルがいた。

 スガルについては飛行可能であるため、今からでも呼べば戦力にはなるが、数で大きく負けている現状、1人呼んだところで焼け石に水だ。

 レアと違いスガルには『魔の盾』がない。囲まれて一斉射撃を受ければすぐに死亡してしまうだろう。

 独りで何とかするしかない。


 何か手があるはずだ、とは思わない。


 このゲーム世界は、黄金にも等しい経験値によって支配されている。

 それはこれまでその恩恵をたっぷりと受けてきたレアもよく知っている。

 しかし同時に、時に入念な準備と連携によってそれを覆す事が出来る事も知っている。


 この場にいる全てのキャラクターの中でもっとも強いのはおそらくレアだ。それは間違いない。

 しかしこの場にいる全ての勢力の中でもっとも強いのは大天使たちである。それも間違いない。


 大天使たちが勢力として持っている経験値の量で言えば、レアより遥かに上なのだろう。そして今、連携においても圧倒されている。

 それだけの事であり、それだけならば覆す事はできない。


 しかしまだ、レアの全てを出し切って戦っているかといえば、そうでもない。

 使っていないスキルも数多くある。もちろんこの場で『調理』などしても無意味だが、それも含めて戦闘中に未使用のスキルなどいくらでもある。


 何か手があるはずだ、ではない。

 手ならあるのだ。いくらでも。

 重要なのは使い方だ。


 たとえどれほど無意味に思えるスキルだとしても、うまく使えば逆転の一手になりうるかもしれない。


 敵は強大だ。強大な「勢力」だ。

 個人ではない。


 対するレアは個人だ。独りだ。そのつもりはなかったが、結果的にそうなってしまった。


 そして魔王は他の災厄に比べ、独りである時に最も強い種族だ。伯爵がそう言っていた。

 ならば数で負けているというのは言い訳にはできない。


 大天使はどうなのだろう。

 この多数いる状態がもっとも有利な状態なのか。それともそうではないのか。


 レアは魔王でありながら、他の眷属たちにも経験値を使い、強化し、一大勢力を築いてきた。それが間違っていたとは思わない。

 この大天使もレアと同様に考え、突出して強い1体のキャラクターに頼るのではなく多数の配下を用意して──


 ──ということはつまり、こいつらは多数のレイドボスなどではなく、1体の主君とその眷属たちだということだな。


 天使自体は複数の大天使の眷属なのかもしれないが、それらの大天使を束ねる主君も必ずいるはずである。

 そうでなければ「六大災厄」にはならない。

 すでに災厄になっている何者かの配下が大天使になったがために、人類を始めとする他の勢力はその存在に気づいていないのだ。だから「六」のままだったのだ。

 つまりこの場のほとんどの大天使は、1体の災厄に『使役』されているという事だ。


 そして天使を使って大陸中から経験値を吸い上げていたのなら、その経験値は天使を、大天使を使役している1体に集約されているはずである。 

 天使ルートの頂点が災厄・大天使であるなら、主君も眷属も共に同じ大天使だということになる。


 ならば、このどこかに、いわゆる「本体」がいるはずだ。

 そいつさえキルしてしまえば、すべての大天使と天使は汚い宝石に変わる。


「『ダークインプロージョン』! 『イヴィル・スマイト』! 『ガトリング』!」


「ぐっ! があああああああ……!」


 たとえ多少のリキャストタイムやLPを支払ってでも、確実に1人ずつ倒す。

 まずはそこからだ。

 十分数を減らしたら、本体を探す。減らした中に本体が混じっていれば最高だ。

 しかし、もし──


「『復活』」


「知ってた!」


 やはり、蘇生魔法らしきスキルも全員が持っている。リキャストがどの程度かは不明だが、50体からいるのならリキャスト待ちで蘇生を途切れさせるというのは現実的ではない。


 となれば数を減らして本体を探すのは無理だ。

 この状態のまま、本体を見つけ出し、それを確実にキルするしかない。


 仮に本体がこの中に含まれているとしたら、『魔眼』や『真眼』で見えるLPやMPから察するに、本体も眷属も能力的にそう差はない。

 これだけ多くの、そして外見的に似通った眷属を用意できるのなら、自分だけを多少強くするよりも眷属たちの中に埋もれてしまったほうが生存率は上がるということだろう。

 嫌になるほど合理的な敵だ。


 そして仮に本体がこの中に含まれていないとしたら、どこにいるのか。可能性があるのはあの天空城の中だけだ。


「『ホワイトアウト』! 『タービュランス』! 『ダウンバースト』!」


 いかに『真眼』で見えると言っても、肉眼を潰されるその一瞬にはどうしても隙ができる。そこへ乱気流を起こして短時間行動力を奪い、上空から寒気を降ろす『氷魔法』を叩きつけ、周囲の敵にダメージを与えつつ打ち下ろしの風でひるませる。

 包囲に大きな隙を作ることには成功したが、だからといって有効な何かができるというわけでもない。立て続けに大魔法を連発したためにリキャストも溜まってしまった。敵に対して最も有効である『ダークインプロージョン』が撃てるようになるまでにはかなりの時間を必要とするだろう。

 的を絞って『フェザーガトリング』を掃射すれば何体かは倒せるかもしれないが、その程度ではすぐに蘇生されて無駄に終わる。


 しかしリキャストが重なって『ダークインプロージョン』が遠のくとしても、この隙を作ることに意味があった。


 レアは大天使たちをその場に置き去りにし、さらに上空へと飛び上がる。『飛翔』と『天駆』を合わせて使い、今出せる最高の速度で上へと向かう。

 天空城の尖塔をも越え、もっと高く、やや北よりに。

 視界は回復していないまでも、『真眼』でレアを捉えたらしい大天使が何体も追いかけてきたのが見える。

 しかしレアは別に逃げたわけではない。欲しかったのは高度だ。

 そしてそれはもう達成されている。


「風向きは……気にしなくてもいいか。的も大きいし、照準も適当でいいだろう。『召喚:ウルル』」


 レアは目の前にアダマンタロスのウルルを召喚した。


 現れた漆黒の巨大な神殿は、重力に従ってゆっくりと加速し、天空城めがけて真っ逆さまに落下していく。


「対市街地兵器のウルル・インパクトだ」


 あわよくば天空城は接収するつもりだったが、もういい。

 天空城を叩き落とし、もし中にまだ大天使が残っているのなら炙り出す。


 何を考えているのか、それを押し留めようと何体もの天使たちが落下軌道に割り込んでくるが、そんなもので止められるわけがない。


 冷静な何体かは『ジェノサイドアロー』で撃墜しようと攻撃を仕掛けている。

 正直これが一番痛いのだが、こればかりはどうしようもない。

 やはり『ジェノサイドアロー』は貫通属性の範囲攻撃に分類されるらしく、ウルルに突き刺さると多段ヒットしながら突き抜けていった。かなり馬鹿にならないダメージだ。

 距離がある事とスケール感が違う事でようやくわかったのだが、やはり『ジェノサイド』はレーザーというには遅い。よくて音速と言ったところだろう。十分速いが。


「『大回復ハイ・ヒール』と。これでまた、リキャストが溜まってしまった」


 大天使たちの攻撃をレアの『大回復』によって凌ぎながら、ウルルの姿は少しずつ小さくなっていく。


 やがてウルルと天空城の姿が重なり、衝突した。


 いつかヒルスの片田舎で見た光景だ。

 あまりの衝撃に、一瞬だけ衝突した部分が光り、数秒遅れて音と衝撃が上空のレアのもとにも届いてくる。

 巨大で荘厳だった天空城は一瞬で破壊され、島全体に生い茂っていた木々も漏れなく吹き飛んだ。

 しばらくすると、魔法の光が『魔眼』でいくつか見えた。ウルルに特にダメージが入っていないところを見るに、おそらく死亡したか大ダメージを受けた大天使を回復したりしているのだろう。

 ということは、今の攻撃ではまだ本体は死んでいない。


「じゃあ、おかわりだな。『召喚:ウルル』」


 天空城が移動した分だけ、レアも自分の位置を微調整すると、再びウルルを『召喚』した。

 すると眼下の浮遊島にめり込んだ巨大な神殿がフッと消え、レアの目の前に再び現れる。


「『大回復』。これじゃ一向にリキャストが終わらないな」


 ウルルに追加でポーションもありったけ投げつけておく。

 これなら下に降りるまでに死ぬことはないだろう。


「お疲れ様だけれど、もう一度頼むよ」


 落ちゆくウルルに、無残な姿になった天空城から天使たちが飛び上がり、再び群がっていく。

 さすがに今度は先ほどよりも弓で攻撃する者が多い。しかし蘇生や回復がおいついていないのか、そもそも人数が少なくなっている。そのお陰でウルルが受けるダメージも一度目とさして変わらない。


 そして再び天空城、いや、もはやただの瓦礫の乗った浮き島に衝撃が走った。

 二度の衝撃には浮き島もさすがに耐えきれず、島全体に多数の亀裂を作ると、徐々に高度を落とし、雲海に沈んでいった。

 どういう力でもって浮かんでいたのかわからないが、そのシステムに致命的なダメージが入ったのだろう。


 ヒルス王都まではまだ距離があったはずだ。この辺りに落下する分には、レアの支配地に影響はない。

 名も知らぬ魔物の領域が吹き飛ぶかもしれないが知ったことではない。

 墜落を確認するためにレアも急いで雲海の下に潜った。





 地上では曇り空が割れ、巨大な島が姿を表したところだった。

 これほど目立っていれば、王都からでも見えるかもしれない。

 好奇心旺盛なプレイヤーなら近くで見ようと寄ってくる可能性もある。しかし不用意に近づけば落下の衝撃に巻き込まれてリスポーンするはめになるだけだ。

 もっとも今はデスペナルティが緩和されているため、こんな一大イベントを見学できるのなら安いものなのかもしれないが。


 大天使らしきLPとMPの塊がいくつも浮き島の下部に向かい、落下を押し留めようと頑張っているが、DEX型の彼らの能力値では到底止められるものでもない。

 天空城が駄目になるかならないかなのだが、結果はもう見えている。やってみる価値はない。


〈──はろー。レアちゃん、今いい?〉


 唐突にライラからフレンドチャットが届いた。しかし正直かまっている暇はない。


〈よくない。今超忙しい〉


〈だろうと思ったけど。システムメッセージ読んだ?〉


〈忙しいって言ってるんだけど? ブロックされたいの?〉


〈いやほんと重要な要件なんだって! 大天使に関することでさ〉


〈……それ今じゃなきゃ駄目? 多分だけど、うまくいけばもうあと数手でチェックメイトなんだけど〉


〈え? マジで? 倒せるの? 今の大天使を? うーん、じゃあいいか。どうなるかわかんないけど、終わったらすぐ連絡してね〉


 全く要領を得ない内容のチャットだった。

 しかし大天使に関することで、しかもシステムメッセージも関係しており、かつライラが何かを知っているというのは少しだけ気になる。

 もしかしたら少し前、ライラがどこかから受けていたチャットらしき何かに関係することかもしれない。

 仕方がないのでこれが終わったら連絡してやることにする。





 しかして大天使たちの健闘むなしく、ついに天空城が墜落した。


 浮き島とウルルという巨大質量が地表に衝突した事で凄まじい衝撃波が発生し、辺り一面を荒野に変える。

 衝撃波は空を覆う厚い雲をも吹き飛ばし、さわやかな青空が広がり、太陽がいっとき、悲惨な大地を照らし出した。

 しかしすぐに舞い上がった粉塵が空を覆い隠し、視界を砂のノイズ一色にする。

 なかなか見られないだろう光景だったので我慢して目を開けていたが、ここで目を閉じ『魔眼』と『真眼』に切り替えた。


 落ちた天空城にはもはや未練はないのか、大天使たちの群れがレアの元に集まってくるのが確認できた。

 さすがにあれだけ破壊され、大地に墜落してしまった城──はもう無いが、島の残骸に本体だけが残っているというのは考えられない。

 『魔眼』で見える限りではあの島の残骸にはもうMPを持つ生き物はいない。瓦礫に埋まってしまっているというのなら話は別だが、それなら大天使たちが悠長にレアに構ったりはしないだろう。


 大天使たちは『ジェノサイドアロー』を始めとするアクティブスキルを撃ちながら近づいてくるが、先ほどまでの囲まれての射撃と違い、一方向からのみの攻撃ならば躱すのも難しくない。


 というか、これだけ何度も撃たれていれば、嫌でも慣れてくるというものだ。

 今では撃つ前のモーションから何が飛んでくるのか予測可能なほどである。

 弓を持つ手の小指が立っていたら『ジェノサイド』だ。小指見てから回避余裕である。

 『エクスプロード』と『ペネトレイト』は撃たれてから回避行動に移っても十分間に合う。『クラウドバースト』はどうせ避けようがないため気にするだけ無駄だ。

 飛来する『クラウドバーストアロー』を『魔の剣』で生み出した薙刀で払い、『魔の盾』で防いだ。さらに1枚の盾が破壊されてしまったが、もう構わない。


「……やってくれたな、畜生ふぜいが! 天空城の威光を地に堕としたその罪、万死に値するぞ!」


 何やら代表ぶって話しているが、この個体が本体かどうかはわからない。おそらく違うだろう。せっかくこれだけ手の込んだ隠蔽をしているのに、そんなマヌケな事をするとは思えない。


「天使の住まう島にしては俗っぽいというか、立派なお城しかないというのはどうかと思ってね。差し出がましいかとも思ったけれど、神殿を進呈させてもらったんだよ。喜んでもらえたようで何より。ああ、あくまでレンタルだからすぐに返してもらうけどね」


「ちっ! そのような減らず口がたたけるのもこれまでだぞ! 貴様の頼みの綱であるあの巨大な神殿もあの通り大地にめり込んでおるし、あれを再び落としたところで無駄だ。守るべき天空城がないのなら、我らにあんな攻撃など当たる事はない!」


 それはそうだろうとは思うが、偉そうに言うことなのか。つまり高らかに宿無しを宣言しているだけである。


「それにあの攻撃で我らが受けたダメージもほぼ回復している。死亡していた者は『復活』し、大きなダメージも回復した! しかも貴様を守る、生命力を持つ妙な障壁も残り1枚! そしてそれももう一息で破壊出来るだろう! もはや貴様に勝機は無いぞ!」


 確かに『魔の盾』はこれまでの戦闘で消耗し、もうわずかなLPの1枚しか残されていない。

 つまり敵は大型レイドボス級4体分のライフをほぼ削り切ったという事であり、さすがのDPSだと感心する他ない。レアの回避率も相当なものだっただろうが、相手も人数が多いだけのことはある。


 改めて数えてみれば大天使の数は56体だった。

 たぶん、最初に大量に出てきた時と同じ数だろう。最初から全員が外にいたらしい。そしてそれが全て復活しているということだ。仕切り直しである。


 巧妙な大天使たちは、会話しながらも少しずつレアの背後に回るよう位置取りをし、包囲を完成させつつあった。

 これではせっかく苦労して包囲から脱したというのに、振り出しに戻ったと言える。


 しかしレアがやりたかったのは仕切り直しでも、包囲からの脱出でもない。ましてや天空城を落として嫌味を言うためでもない。


 大天使たちを全て視界範囲に収めることだ。

 もし、天空城内部にまだ残っていたりしたら面倒だった。いちいち確認するよりも、天空城が無くなってしまえば話が早いと考え、ああしただけである。

 より正確に言えば、視界に収めるのはレアではなく、大天使たちの方なのだが。


 すべての大天使が漏れなく確実にレアに注目しているという、この状況を作りたかった。


 今まさに一斉攻撃を仕掛けんとしているこの瞬間に、よもやよそ見をしているお茶目な個体などいまい。


「──いいや、わたしの勝ちだよ。必要な手札はもう揃った。『集団暗示』」


 レアを視認しているすべてのキャラクターに『暗示』をかけ、そのSTRを微増させる。選んだ能力値に意味はない。何でも良かったが、リストの一番上がSTRだったのでそれにした。


 『暗示』はバフ効果でもデバフ効果でも自動的に抵抗判定が入るが、レアのINTは全能力値の中でもMNDに並んでトップである。変態実験によりある程度均されたとはいえ、それは変わらない。

 おまけに長く激しい戦闘でお腹が空いてきた。『飢えは多くのことを教えるMulta docet fames.』の効果により、INTはさらに上がっている。

 数が多いだけで、1体1体の能力値ではレアに負けている天使たちでは『暗示』に抵抗できない。


 予想通り、全ての大天使に『暗示』がかかったのが感覚でわかった。


「これで終わりだ。わたしの軍門に下るといい! 『賢者は心を支配し、愚者は隷属するAnimo imperabit sapiens,stultus serviet.』!」


 これは発動者のバフやデバフの影響下にあるキャラクター全てを、発動者による支配状態にすることができるスキルだ。バフを受けてさえいれば、抵抗すら許さない。

 通常の『精神魔法』では「光輪」により抵抗されてしまうかもしれないが、これは『精神魔法』ではない。呪いだ。


 呪いは正しく発動し、暗示の効果を受けた全ての者がレアの支配下に置かれた。

 しかし相手も腐っても災厄級である。この状態がいつまで維持できるかわからない。

 このまま一気にケリをつける。


「では全員に命じよう! ”お前の眷属を全て大地に下ろせ”!」


 次々と大天使たちが降下していく。


 この命令は全ての大天使に確実に聞かせる必要があった。

 そのために全ての大天使を同時に支配した。

 もし本体を漏らしてしまえば、いくら眷属たちを一時的に『支配』したところでさして意味はない。リスポーンまでに1時間かかるというならまだやりようはあるが、いかんせん奴らはすぐに蘇生して戻ってくる。


 これでただ1体、空中に残っている者が誰の眷属でもない者、つまり本体という事になる。

 上空でまだ虫と遊んでいる天使たちも降りてくるかと思ったが、どうやら距離が遠すぎて命令できないらしい。

 彼らはフレンドチャットなど使っていないだろうし当然といえば当然だ。


 『魔眼』による視界では、レアの背後にひとつだけ、大天使の形をしたMPの塊が浮いている。

 レアはゆっくりと振り返った。

 こいつが本体だ。


 レアを囲んでとどめの攻撃するという時になってさえ背後に回り、レアとの会話も眷属にさせるという徹底した隠蔽ぶりである。

 その用心深さ、合理的思考、隙のないビルド、どれをとってもなかなか強敵だったと言える。


「……でも、いつかの宰相閣下ほどではなかったな。『使役』」


《警告。予期せぬエラーにより、処理を続行できません》

《『使役』は実行できません。対象のキャラクターはシステムにより保護ロックされています》


「おっと、さすがに本物のイベントボスは『使役』できないのか」


 古城で伯爵にやらなくてよかった。

 もしやっていたら、『使役』に失敗したうえに今後の関係にも影を落としていただろう。

 もっともブランが世話になっていることもあるし、最初からそんなつもりも無かったが。


「じゃあ、君には用はない。死ぬといい。”無駄な抵抗はするなよ”。『恐怖』『イヴィル・スマイト』『ダークインプロージョン』『解放:糸』『斬糸』『ガトリング』」


 そして程なく、天使が同時にすべて消えた、というユーベルからの報告を受け、これで決着がついた事を確信した。

 たとえ大天使がダンジョンボスとして設定されていたとしても、そのダンジョンであろう天空城はもう存在しない。リスポーンは出来まい。

 おそらくこれが不死身のダンジョンボスを滅ぼす唯一の手段。「ダンジョンを破壊してからボスを倒す」だ。普通にやって可能なことなのかどうかは別として。





「──ぉぉおおおおお!」


 ふいに何かが聞こえてきた。

 下を見てみると、見覚えのある、プレイヤーらしき人物が吠えている。

 どうやらわざわざ見学に来たらしい。

 先ほどの天空城落としの衝撃で死んでいないとは見上げたものだが、このままここにいられるのも困る。これから上空にいる虫たちに命じて大天使のドロップ品を捜索させなければならない。

 天使のドロップ品はもうどうでもよいが、大天使のそれには興味がある。というか、他のNPCやプレイヤーに渡す訳にはいかない。

 あそこにあのプレイヤーがいると非常に邪魔だ。


「『召喚:ユーベル』。あそこにいるプレイヤーを始末しておいてくれ」


 もうすることもあるまいし、上空からユーベルを呼んだ。

 ついでに始末が終わったら、大天使のドロップ品を探しがてら、この近辺に他にプレイヤーがいないか捜索するように言っておく。


 そしてレア自身はとりあえずトレの森に帰ることにした。

 現在レアのLPとMPは3割ほどしか残ってない。それでもよほどのことでもない限り死ぬ気はしないが、安静にしておくに越したことはない。『魔の盾』もボロボロのものが1枚だけだ。

 それに地面に半分埋まったままのウルルを森に『召喚』して帰してやらねばならないし、ライラの話も落ち着ける場所で聞く必要がある。







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