第175話「天使襲来」(ウェイン視点)





 いよいよ第三回イベントの開始だ。


 といってもウェインたちは特別普段と違う事をする予定はない。経験値ボーナスやデスペナルティ軽減を利用してエルンタールのボーンドラゴンに挑むくらいだ。

 ただ、☆2と言えど飛行手段を有する天使というのが戦闘にどう影響を及ぼすのか不明なため、一応その戦闘力を肌で確認しておこうと、最近拠点にしているエルンタールの最寄りの宿場町で待っていたところである。

 この宿場町は周辺のダンジョン攻略の橋頭堡というか、前線基地のようになっているため天使から守ろうというプレイヤーは多い。少なくともオープンβ開始時のエアファーレンにいたプレイヤーよりは確実に多いだろう。ウェインたちが守ってやる必要はない。イベントモンスターの確認が済めばすぐにでもエルンタールに行くつもりである。


「あ、おい。あれじゃないか? 何か飛んできたぞ」


 ギルが指さす方向からは鳥の群れのようなものが近付いてきていた。

 オールラウンダーを目指すウェインは『視覚強化』も取っているが、距離の為かまだずいぶんと小さく見える。


「いや、違うな……。あれはもともと小さいんだ。あれが天使だっていうのか? 本当に?」


「……SNSを見ていたんだけど、それが天使で間違いないみたいだよ。──ああ、僕にも見えてきた。これは確かに戸惑うよね。でも他の街とかだとすでに襲われてるみたいだし、あれが今回のイベントのターゲットだ」


 はるか上空から現れた翼持つヒト。


「──子供じゃないか。大丈夫なのかこれ。倫理審査通ってるのか? 攻撃してもいいやつなのか?」


「まあある意味でイメージする天使らしい天使とも言えるけどね。なんとかっていうお菓子メーカーのトレードマークもこういうのじゃなかった?」


「どっちかっていうとマヨネー……」


「ギル! くるぞ!」


 プレイヤーがいくら戸惑っていたとしてもそれは相手には関係がない。

 愛らしい姿の天使たちは、そのシルエットからは想像もつかないほど醜悪な形相を浮かべてそこらの人を襲っている。

 この宿場町はNPCより圧倒的にプレイヤーの方が多いため、現在襲われているのはプレイヤーのみだが、もっと数が増えてくればNPCにも被害が出てくるだろう。


「ええい、襲ってくるならやるしかない! 『サンダーボルト』!」


 ウェインの放った雷の矢は天使の1体に突き刺さり、撃ち落とした。

 撃ったのは『雷魔法』の中でももっとも初期に取得できる攻撃魔法だ。さすがにそれで一撃というわけにはいかなかったようだが相応のダメージは与え、飛行状態を中断させ地面に落とす事は出来た。


「やりづれえなくそ! おらっ!」


 落ちた天使にギルが剣で止めを刺した。そういうつもりはなかったがギルには嫌な役回りを押しつけてしまった。攻撃するのなら中途半端はやめにして一撃で葬り去るようやるべきだった。今のウェインたちなら容易に出来る。


「お? 消えて……なんかアイテム残ったぞ。ドロップ残して死体は消える系か。あーよかった。さすがにコレを解体っつーのはハードル高いってレベルじゃねーからな……」


「『ブレイズランス』! 死体が消えるのなら、最初のインパクトほど心理的な抵抗は感じずに済みそうだ」


「SNSでもそんな感じだね。さすがにこれを解体させる仕様っていうのは規制が入っちゃうからじゃないかな」


「SNS見てないで戦えよ明太!」


「ごめんごめん。すぐやるよ」


 飛行して襲ってくる上、攻撃しにくい見た目のために厄介な魔物だが実力的にはウェインたちの敵ではない。その気になれば戦闘中にあたりを見渡す余裕も作れる。


 周囲の他のプレイヤーたちも次第に状況に慣れ、徐々に天使たちに対応できるようになっていた。

 もともと周辺のダンジョンは☆1から☆5と段階的に難易度を備えているため、この宿場町にも幅広い層のプレイヤーが出入りしている。☆1のダンジョンで稼ぐルーキー以外にとってはこのくらいの敵は問題にならない。

 それどころか通常攻撃しかしてこないこともあり、遠距離主体のプレイヤーにとってはカモでしかないようだ。


 ただし特殊攻撃がない分基本の能力値は高めのようで、ウェインたちと同程度の実力のプレイヤーでも、まともに食らえばそれなりのダメージをもらってしまう。もっともウェインは鎧のおかげで食らったとしても大してダメージを受けることはないだろうが。


「だけど攻撃が単調だな。食らえば痛いのかもしれんが、避けるのも楽だぜ。これなら初心者くらいの能力値でもプレイヤースキルが高けりゃ回避できるかもな」


「それは見えてるからじゃない? AGI上げると動体視力も相応によくなってくらしいから、まったく上げてないくらいだと無理じゃないかな」


 回避主体のスタイルであるウェインは一撃ももらってはいない。

 戦闘力の調査という意味では一撃くらいは受けておいた方がいいのかもしれないが、回復手段の乏しいこのパーティで余計な消耗をするのは避けたいところでもある。いくらダメージを受けることはないだろうと言っても鎧が消耗していけばいつか修繕が必要になるし、この鎧の修繕にはおそらく相当な金貨がかかる。


「……そろそろか、だいぶ減ってきたよ。敵の数」


「お、そうだな。第一波終了ってとこか」


 天空から襲来した天使はプレイヤーたちに倒されることでその数を減らしていき、やがてすべていなくなった。

 普通の生物なら群れが全滅してしまう前に退却するものだが、それをしないということは普通の生物の行動ルーチンではない、つまりは上位の存在に全滅するまで戦うよう指示されていたということだろう。

 ヒルスで宰相閣下に聞いたとおり大天使によって支配された存在とみて間違いなさそうだ。


 ふと見れば明太リストが地面に落ちている赤い宝石を拾い上げている。

 何かと思えば天使を倒した際にドロップしたアイテムのようだ。

 この町だけでも相当の数が落ちており、またこの襲来が大陸において定期的に起きているとなれば金銭的価値は低そうだが、普通の宝石に比べ濁ってはいるがまあ綺麗と言えなくもない。


「これ、何に使うアイテムなのかな」


「とりあえず倒した分は拾っとこうぜ。もしかしたらこいつの所持数で成績が決まるとかもあるかもしれねーし」


「なるほど、それはありうるな」


「さすが、前回1位は目の付けどころが違うね」


「まあな」


 前回は防衛ポイントだか侵攻ポイントだかといったマスクデータが集計されており、その成績によって順位が決まったようだった。今回も同様のポイント制だと考えるのが妥当だが、匿名性について気にしているようだったし目に見える形でのポイントに変更していたとしてもおかしくはない。

 その場合わかりやすいのはドロップした専用アイテムを計数するというやり方だ。そうすれば目立ちたくないと考えるプレイヤーは、天使を倒したとしてもアイテムを拾わずにいればいい。

 ただ匿名を希望するプレイヤーはその旨を意思表示しているはずなので、ゲーム内でも物理的に仕様を変更するまでの必要があるのかはわからない。

 それに仮にそうだとしても告知しないならマスクデータと変わりない。


「鑑定とかができるようなアイテムも販売されるんだっけ。前回のパターンからするとこのイベント後のメンテナンスからかな。今あればこれがなんなのかわかったんだけどね」


 それをさせないための販売タイミングのような気がしてならない。


 ともあれ、敵の侵攻第一波は大した被害もなく凌ぐことができたようだ。

 空を見渡してみても今すぐに第二波が来るような気配はない。

 どうやら常に攻撃を受けるとかそういうことはないらしい。

 仮にそうだとすればこうした騎士団の居ない町には常にプレイヤーや傭兵たちが張り付いていなければならなくなるだろうし、イベントとして現実的ではない。ある意味当然の仕様と言える。


「次の波がいつになるのかはわからないし、今のうちにエルンタールに行っちゃおうか。

 この感じなら上に気をつけてさえいれば戦闘に乱入されても対処できそうだし、まあ最悪ミスっても今ならデスペナ無いしね」


「そうしよう。よし、じゃあアイテム拾ったら出発だ」









 エルンタールの近くにはプレイヤーは少ないようで、街の周囲にはまだいくらかの天使が飛んでいた。

 昼間であるためエルンタールの街にいるゾンビたちは家に籠っている。そのせいで天使を討伐する者がいないのだろう。

 街の外からではエルンタールのゾンビに対して天使が敵対行動を取っているのかどうかはわからない。

 つまり災厄同士で敵対しているのかどうか不明なままだ。


「街の中に入ってみよう。ゾンビたちが家に籠っているなら、街に入ってもゾンビと天使が敵対しているかどうかはわからないかもしれないけど」


「家のドア開けたままにしといてやれば、天使もそっちに入ってったりするんじゃないか?」


「そんなことしなくても家くらい壊せるんじゃないのかな。どうなんだろう」


 そんな疑問は街に入ったところで解決した。

 街の周辺にはいくらか飛んでいた天使も、街の中には全くいない。ただそこらに例の濁った宝石が落ちているだけだ。

 つまり街に侵入した天使はすでに何者かによって倒されたということである。

 この街を支配しているのがおそらく例のボーンドラゴンであることを考えれば、これをやったのは奴か奴の配下だろう。


「ということは、少なくともボーンドラゴンと天使は敵対していると考えてもいいのか」


「アンデッドと天使だしな。仲が良いって言われるよりは納得できるわ。んでもってボーンドラゴンを生み出したのが災厄……第七災厄だとするなら、つまりは第七と大天使も敵対してるってことだな」


「じゃあやっぱり第七はアンデッド寄りって事なのかな。天使のアンデッドって説も有力かなあ。人間だってゾンビと仲が悪いわけだし、普通に有り得る話だね」


 あの時ヒルス王都で邂逅した第七災厄──の中身は、アンデッドというには生命力に溢れすぎていたように思える。黄昏時の夕闇の中でさえその全身は白く輝き、圧倒されるような存在感を発していた。

 なんとか倒せた一度目はそれほど強い印象は受けなかったが、こちらが為す術もなく倒された二度目は特に圧巻だった。

 閉じていた目を開き、赤い瞳に虹色に輝く魔法陣を浮かべて何らかの攻撃をしてきた時など、その瞳に吸い込まれて消えてしまうのかと思ったほどだ。


 しかし第七災厄の正体がアンデッドだったにしろそうでなかったにしろ、とにかく今大天使の勢力と敵対しているらしいことは間違いない。

 これならば第七麾下きかのダンジョンでプレイする限り、必ず三つ巴の戦いになるはずだ。位置取りにさえ気をつければこちらだけが特別不利になる事はないだろう。


「三つ巴……って言ってもあれか。このダンジョンに関して言えばすでに倒されてしまっているみたいだし、よく考えたらいつもと変わらないな」


「まあそうだね。問題は誰がどうやって倒したのかって事だけどね」


「……あー。キミたち。それだったら多分正解はアレだぜ。ほれ、街の周囲をだな──」


 ギルの見ている方向を見やると、ドス黒いオーラをあたりに撒き散らしながらあのボーンドラゴンがゆっくりと飛行していた。

 骨しかない翼でどうやって揚力を得ているのかわからないが、まるで普通の生物か何かのように優雅に飛んでいる。もっとも優雅なのはその姿勢や態度だけであり、醸し出す雰囲気は最悪だ。

 遠目で見て初めて分かることなのかも知れないが、あのドス黒いオーラがおそらく例のスリップダメージだ。

 なぜならボーンドラゴンはただ飛んでいるだけであるにも関わらず、近くにいる天使たちが次々と濁った宝石に変わり消えていっているからだ。


 スリップダメージの範囲に入った瞬間に死亡するという感じではない。天使たちはボーンドラゴンを第一の攻撃目標に定めているらしく、がむしゃらとも言える無謀さでボーンドラゴンに対して攻撃を仕掛けている。

 しかしボーンドラゴンには一切ダメージは通っていないようだ。その無駄な攻撃を繰り返すうちにスリップダメージによってLPが底をつき、死亡しているのだろう。


「ありゃ、本当にただ飛んでいるだけだな」


「ていうか、飛べたんだねあいつ……」


「そうだな……。あのまま俺たちの上空を追いかけて来たりしたら絶対に勝てないぞ。どうやって倒すんだ」


 イベント中もエルンタールに挑戦する事を決めたのは、デスペナルティのない間にあのボーンドラゴンに挑み、ゾンビアタックを繰り返してでも弱点や有効な攻撃方法を探り、今後に活かすという考えがあったためだ。

 しかしそもそも攻撃が届かない距離にずっと居られてはそれも叶わない。


「……まあイベント期間は長いし、ダメそうなら別の、王都やラコリーヌにでも行こうか。とりあえずしばらく待ってみよう、奴が降りてくるのを」






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