第164話「ポートリー王ウスターシェ」(別視点)





 ポートリー王国。

 大陸南部に位置するこの国は、一年を通して温暖な気候の過ごしやすい地域である。

 土壌は固めで、大地は起伏が大きいために耕作地には向かないが、国土のほとんどが森林であることもあり、温暖な気候を生かした果樹園などが多く見られる。

 国民の9割以上を占めるエルフたちの主食はこの果樹園からとれる果実である。


 しかしここ最近は、一部の果樹園が何者かによって襲われ、また農民などにも被害が出ているという事件が頻発していた。


「──野盗だと?」


「は。北西の国境付近の一部の都市で、野盗と思われる者どもによる食糧の強奪の被害が増えております」


 ポートリー王都、その中枢にある宮殿の執務室では、現ポートリー王ウスターシェが、宮殿勤めの官吏から報告を受けていた。

 本来ウスターシェにとって、いち地方の国民の食糧が奪われようがどうなろうが知ったことではない。

 しかし第七の災厄が出現し、隣国ヒルスが滅亡したというこの激動の時代である。

 何が国を滅ぼすきっかけになるかわからない。

 ヒルス王国に潜りこませていた草からの報告を見る限りでは、ヒルスの対応に目立ったミスは無かった。

 一度は策を講じて退けたという話であるし、つまり結果的に純粋に力負けしたということだろう。


 ハイ・エルフであるウスターシェやポートリーの貴族たちはヒルス王国の貴族とは比べ物にならないほど強い。種族としての違いもあるが、積み上げてきた年月の差だ。エルフの寿命は長い。

 しかしだからといって災厄級の魔物に対抗できると考えるほどうぬぼれてはいない。アーティファクトが起動出来れば可能性はないでもないが、あれの起動は王都でしか出来ない。試したいとは思わない。


 最悪の事態に備え、食糧をはじめとする物資の確保には細心の注意を払わねばならないのだ。

 だというのに、王家が信頼して統治を任せているにもかかわらず、被害が出ているというのならそれは領主の責任だ。


「野盗ごときにいいようにされるのは、その街の防衛力がなっていないからだろう。領主は誰だ」


「報告が上がっているのはパスキエ子爵と、コベール辺境伯の領地になります」


「コベールの? ……あそこは大きめの領域もそばにあるし、自前でかなりの規模の騎士団を抱えていたはずだな? 野盗ごときにどうにかできる戦力ではないはずだ」


「報告によりますと、その領域の魔物たちがこのところ落ち着きがないようで、出現する魔物の種類にも変化が起きているようです。

 そちらへの対処にかかりきりで、野盗については手が回らないと」


「……魔物の種類が変わったというのは、つまり上位の種族が多く現れるようになったとかか?」


 冗談ではない。

 領域の中の魔物の格が上がっているという事は、その首魁である領域のボスの格もまた上がっているはずだ。

 だとすればいつまた領域から外に出て街を襲うかわからない。

 ついひと月ほど前にも、国中の領域から魔物が氾濫し、少なくない被害を出したばかりだ。

 災厄が生まれたことがきっかけとされているあの大氾濫である。


「いえ、まったく別の種類が現れたようで」


「またアンデッドか?」


 前回の氾濫では各地の魔物の領域からアンデッドが湧き出してきた。そのアンデッドが周囲に溢れるか、あるいはアンデッドに刺激された土着の魔物があふれるか、そういう形で氾濫が起こったのだ。

 この時、大発生したアンデッドによって生態系が変化した領域がいくつもあった。


「いえ、上がっている報告では、ゴブリンやコボルトなどバラバラの魔物が現れたと」


「……なんだそれは。そんな事があるなど聞いたことがないぞ。正確な報告書なんだろうな」


「コベール辺境伯のサインもございますので、間違いありません」


 この男が言うのなら間違いない。彼は宮廷の抱える紋章官でもある。主要な貴族の筆跡もすべて覚えさせてある。

 手紙が来る度に呼びつけて『看破』をさせるのも迂遠なため、国王付きの官吏としての仕事もするよう命じたのだ。彼にとっては仕事が増えて面倒だろうが、紋章官と言えば大昔は軍使や伝令として国中を駆け回っていた職業である。それと比べればましだろう。


「最近はいろいろときな臭い。何が起きているのか、調査が必要かもしれんな。北では第七の災厄が誕生している。それと関係があるかもしれん。

 ことによれば、野盗たちでさえ関係ないとは限らん」


「野盗はヒューマンのようですが」


「災厄によって滅ぼされたヒルスから流れてきたと考えれば、無関係とはいえんだろう」


「……確かに、被害は北西部ですが、ヒルス国境から遠いわけではありません」


 ヒルス王国はポートリーから見て北東であり、北西部と言えばオーラル王国がある。

 しかしクーデターがあったばかりとはいえ、現在は驚くほど政情的に安定しているオーラルで、野盗に身をやつすほどの難民が発生するとは考えづらい。

 おおかた野盗が悪知恵を働かせ、自分たちの拠点が旧ヒルス国内にあるという事を悟られないよう偽装工作をしているのだろう。


「コベールのところへは調査のために騎士を派遣しておけ」


「パスキエ子爵の領地へは?」


「そちらには懲罰官を派遣しろ。パスキエが何か不正をしているようなら王都に連れて来い。何も不正をしていないのに野盗に対応できていないのなら、パスキエの無能は深刻だ。殺せ」


 エルフは寿命が長いためか、他種族に比べて繁殖力が弱い。絶対数が少ないのだ。

 その少ないエルフの中で、ハイ・エルフはさらに稀少だ。


 最近は国外にも国内にも、どこからともなく現れた品のないエルフの傭兵が増えているようだが、そもそも傭兵という職を選ぶ時点で高貴なエルフとは言えない。あれらは姿かたちが似ているだけの別の種族だ。さすがに公の場で口にすることはないが、ウスターシェは連中を耳長蛮族と呼んでいた。


 そんな希少なハイ・エルフたちは、選民思想にどっぷりと浸かっている。

 ただでさえ数の少ないエルフ達の中で、さらに選ばれし存在であるのが自分たちハイ・エルフなのだ。

 ゆえに無能であることは許されず、ハイ・エルフに生まれたからには例外なく優秀でなければならない。

 無能なハイ・エルフとは、悪事を働くハイ・エルフよりも害悪なのである。


「それと、いかに飢えたりとはいえ、高貴なエルフの住まう国に土足で立ち入るとは許しがたいな。

 野盗のねぐらがあると思われる、もっとも近いヒルスの街へ兵をやれ。奪われた物を奪い返す必要がある」


「よろしいのですか? まだ野盗の住処と確定しているわけではありませんが」


「かまわん。ヒルスという国はもはやこの世に存在しない。ならばヒルス国民というのもまた存在しないということだ。人違いだったとしても、存在しない民をいくら殺したところでどこからも文句は出まい。

 奪われたのは主に食糧であるし、仮に本当に奪い返すとしてもどうせそのままというわけにはいかん。奪われた食糧の相当分を略奪すればいい」


 ほとんどの国が自国内で経済が完結していることもあり、これまで大陸では他国と事を構えようという国はなかった。

 また各国王家がそれぞれアーティファクトを所有しているという事情もある。万が一全面的に衝突するような事態になり、あれを使用されても面倒だ。

 あるいは仮に戦争が起き、どちらかの国が2国分のアーティファクトを所有するようなことにでもなれば、他の国も黙ってはいないだろう。

 そうなる前に劣勢な方に肩入れするか、優勢な方と手を結び、奪ったアーティファクトを山分けするか。どの国もそう考えたとしたら、大陸全土を巻き込む大戦に発展する。そうなれば、仮に最終的に勝てたとしてもタダでは済まない。


 奪わなくても満たされているし、戦争に至るほどの強い動機はどの国にもない。

 そもそもどの国にしても、すぐ隣には魔物が潜んでいるのだ。言葉の通じる者同士で争っているほど暇ではない。

 仮に対立するような事が起きたとしても、アーティファクトの存在によって表向き平和は保たれるはずだ。

 だがそれは裏を返せば、それを持たない国は国としてはなんの脅威でもないということでもある。さらにヒルスに関して言うのなら、王族も居ないのではもはや国でさえない。

 ならばそこに住んでいる者に遠慮をする必要などなく、それが自国に不利益をばらまいているのなら、駆除するのが当然だ。


 野盗がオーラル王国から来ているという可能性もあるが、だとしても正直に尋ねるわけにもいかないし、オーラルの都市を攻撃するわけにもいかない。

 相手がまともな国家であれば、踏まえるべき手順というものがある。

 それに野盗が国境を超えて襲ってきたからと言って、相手国に全ての責任を問うようなことはできない。国家が主導して略奪行為をさせているというなら話は別だが。

 どこの国に所属しているわけでもない野盗などというものは、つまりそこらの魔物と本質的には変わらない。本来は守り切れない街の方が悪いのだ。


 だからと言って泣き寝入りをするつもりはウスターシェにはなかった。奪われた分は奪い返す必要があるし、正直なところ、奪い返す相手が本当に野盗であったかどうかは重要ではない。文句を言わないであろう相手かどうかが重要なのだ。


「あ、と。言い忘れていたが、派兵するのは街にのみだ。決して魔物の領域には近づかぬよう厳命しておけよ。

 あの国には災厄がいる。つまらん事で刺激したくない」









 ポートリーの国民はほとんどがエルフであり、数が少ない。

 加えてハイ・エルフは『使役』のコストが重く、あまり多くの眷属を抱えることができない。

 そうした理由からポートリーの抱える国軍は数が少なく、騎士団もごくわずかしかいない。

 しかしその兵の持つ力は他国とは比べ物にならないほど大きなものであり、言うなれば兵士1人1人が一騎当千である。


 魔物の領域も遠く、専属の騎士団を持たない農業都市では彼らに対抗することなど不可能であった。

 ヒルスの南端にあるその都市は、戦闘開始から一夜にして壊滅し、地図から名前が消える事となった。


 都市跡地はポートリー軍によって「第一前線基地」という名に改められ、すべての住民は殺された。

 農業をメインでプレイするプレイヤーやたまたま立ち寄っていた商人プレイヤーも例外なく殺され、リスポーンする事になった。元いた街に戻された者は運がいい方で、この街から出たことのないプレイヤーなどは、すでにヒルス王国が存在しないために大陸中でリスポーン地点の抽選が行われ、ランダムリスポーンしていった。


 この事件についてはSNSで話題になり、街を取り戻すための義勇軍を組織するという話が出るほどプレイヤーたちは白熱した。しかし取り戻した後引き渡すべき住民がすでに軒並み殺されていることに気付いた者がそれを止め、ポートリー王国に対する悪感情のみをプレイヤーに募らせて一旦話は終息した。


 だが話は終わったとしても、SNSのログが消えるわけではない。


 そして、決して書き込むような事はしないが、ヒルス王国には定期的に「ヒルス」と名がつくスレッドをチェックしているプレイヤーがいた。







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