第163話「風評被害」





 融合実験に使用するゾンビは、まずはレアの配下からだ。正確にはジークの配下だが、スケルトンと同じく王都で暇を持て余している者たちである。

 ゾンビはスケルトンよりも弱いため、本来まっさきに実験に使うべきではあったのだが、彼らは転生させてやれば人間に近い仕事が行えるようになる。ジークの地道な作業によってすでに半分ほどはレヴナントに転生し、王城の各所で働いていた。それならそれでもいいかと考えていたためスケルトンを優先したのだ。


 しかし追加で経験値を必要としただけあり、融合モンスターの武者髑髏は強力なユニットだ。アリの女王級より強い。

 それであれば、残ったゾンビを使い同格の魔物が生み出せれば大幅な戦力強化につながる。





「普通のゾンビ10体でフレッシュゴーレム、レヴナント10体でジャイアントコープスか」


「スクワイア・ゾンビでもフレッシュゴーレムになっちゃうんだね」


 スクワイア・ゾンビは吸血鬼への転生ルートがアンロックされている点以外は通常のゾンビと変わりがないようだ。

 また、ひとたびフレッシュゴーレムに融合してしまうと吸血鬼の情報も失われてしまうようで、元スクワイア・ゾンビのフレッシュゴーレムにブランが血を与えてもジャイアントコープスにしか転生できなかった。


 いずれにしてもゾンビ10体よりもフレッシュゴーレムの方が強力であり、レヴナント10体よりもジャイアントコープスの方が強力であるため、呼んだ分は全てまとめてしまった。王都にはまだゾンビたちが多数いるが、ここに全ては呼べないので後回しだ。

 さらにジャイアントコープス10体で何か造れないか試してみたが、卵に近づけても何の変化も起こらなかったため失敗に終わった。

 これは武者髑髏でも同様で、巨大なユニットから超巨大なユニットを生み出すのは無理なようだ。


「で、次はどうするの?」


「そうだね。無理な時はそもそも卵に入らないってわかったし、試すだけならデメリットは無さそうだ。だったら次は鎧坂さんと剣崎たちかな。魔法生物である彼女たちなら、何か出来る可能性は高そうだ」


「ていうか、なんでライラさんが仕切ってるの? 帰らないんですか?」


「え、ひどくない?」


 帰れとまでは思わないが、確かにライラはもう居てもすることがないはずだ。


「暇なの?」


「暇ってことはないけど。まあ現状やることは全部やってあるし、結果待ちなところもあるからね。

 いいじゃん別にいても。え? だめなの?」


「ダメとかじゃ全然ないっすよ! ただ純粋になんで居るのかなって」


「……いちばん効くわそういうのが」


「じゃあ、ミスリルちょうだい。どうせ調理器具にしか使ってないなら、まだ余っているでしょう?」


「じゃあって何だよ。まあ余ってるのは確かだけど。レアちゃん知らないかもしれないけど、あれ市場価格だと結構するんだよ。滅多に流通しないからっていうこともあるけど」


 ──なるほど、市場価格か。


 であればグスタフなどにミスリルについて聞いてみれば望む情報が返って来たかも知れない。

 運営から直接受け取った物という事もあり、NPCに聞いてみるという発想が浮かばなかった。

 考えてみればレミー配下の職人たちでも知っていたものがいた可能性がある。

 もうすでに『鑑定』によって性能を把握できるため必要ないが。


「──ライラ。物の価値っていうのはね、その時、その場所によって流動的に変化していくものなんだよ。この世に普遍的な価値のある物なんて存在しないんだ。

 であるならば、そう、今この瞬間にライラ自身が必要としているかどうかこそが何よりも雄弁にその物の価値を語っているんだよ」


「え、今私けっこう高いって言ったよね?」


「その前に余ってるって言ったじゃない。ならおくれよ」


「そういうところさ、なんて言うか末っ子だよね。まあ、いいけど」


「……レアちゃんに甘いなーこの人」


 ミスリル、ゲットだ。


 王都から鎧坂さんを呼び寄せた。

 かわりに武者髑髏やジャイアントコープスたちを下がらせたいが、王都に戻すというわけにもいかない。下手に戻して王都の難易度が☆5になってしまっても困る。

 また彼らはサイズが大きすぎるため、王都で運用しようとしても大通りくらいでしか満足に活動出来ない。何か効果的な運用を考えてやる必要がある。


 とりあえずジークを一旦リーベ大森林へ行かせ、巨大アンデッド達はそのそばの草原に待機させておくことにした。かつてはウサギ狩りをする初心者たちがよく訪れていたが、今は誰も来ない。ちょっとくらい巨人が闊歩していても駆逐されたりはしないだろう。

 そのままだと日が昇った時にアンデッド達の健康に良くないので、リーベに待機している女王に連絡して草原の地下に空洞を掘るよう指示しておくのも忘れない。


 ブラン配下のフレッシュゴーレムやジャイアントコープスがまだ残っているが、検証目的で生み出した数体だけだ。このくらいなら端に寄ってもらっておけば邪魔にはなるまい。


「じゃあ、さっそく試してみよう。『哲学者の卵』」


 鎧坂さんを促すが、卵は反応しない。

 肩の剣崎たちを外させてみたが変わらなかった。

 鎧坂さんや剣崎たちは融合素材にならないということらしい。魔法生物だからといって、気軽に融合出来るというものでも無いようだ。

 あるいは現状成功しているのはアンデッドのみのため、アンデッド特有の現象であるという可能性もある。


「……残念だけど、今回は諦めよう。さて、じゃあ他は──」


 しかし鎧坂さんたちがたまたま融合できないだけかもしれない。レアから見ても、鎧坂さんたちは特殊だ。もっと普通というか、一般的な魔法生物で検証して見る必要がある。

 となればアダマン隊かカーナイト隊、あるいはロックゴーレムか。


「ねえレアちゃん? 使わないならミスリル返して?」


「これから使うって! 『召喚:ロックゴーレム』」


 通常サイズのロックゴーレムを1体喚び出し、卵に入れた。こちらはすんなりと飲み込まれていく。アンデッドのみという仮説は覆された。

 続いてライラから徴発したミスリルを投入し、『アタノール』の火にくべる。

 そして賢者の石を飲み込ませれば、いつもの美しい虹色模様だ。


「よかった。ゴーレムはいけそうだ。『大いなる業』」


 入れたミスリルインゴットは1本のみだが、問題なく処理は進行した。

 やがて水晶を砕いて現れたのは、白銀に輝く堂々たる岩の戦士だった。ゴーレムの姿そのままに、全身が白銀に輝いている。鉱石で出来ているというより、単にミスリルをわざわざ岩の形に成形したかのような、自然な形状で不自然な輝きをしていた。レアは天然のミスリル鉱石など目にした事がないため、あるいはこの世界の魔法鉱物とはこういう物なのかもしれないが。


「ちっさ! なにこれ! 可愛いな!」


 ライラが指をさして笑うが、無理もない。

 姿はゴーレムそのままなのだが、サイズがずいぶん小さくなっていた。レアの腰くらいまでしかない。

 投入したミスリルよりは大型化しているが、もともとのゴーレムのサイズよりも相当小型化している。ロックゴーレムを構成していた岩はどこに消えたのだろう。

 もっとも武者髑髏やジャイアントコープスたちは明らかに元の眷属たちの合計重量より巨大化しているし、文句を言える筋合いでもない。一番変化が顕著だったのはスケリェットギドラだが。


 『鑑定』によると、この小さな戦士の種族名は「ミスリルゴーレム」となっている。ゴーレムということならば問題ない。経験値をつぎ込んでやれば勝手に大型化するはずだ。

 この小さなサイズでさえ、ロックゴーレムと比べ全体的に能力値が高くなっているが、INTとMNDの数値が特に高い。見た目にそぐわないが、ミスリルの魔法親和性が高いという金属特性がここに表れているのだろう。

 AGIはゴーレムらしく低めだし、移動砲台として運用するのがよさそうだ。武者髑髏やジャイアントコープスの代わりに王都へ連れ帰り、防衛兵器として使うのもいい。

 ライラが持っていたミスリルインゴットは全てミスリルゴーレムに変えた。


 次はある意味本命だ。十分に場所を開け、ウルルを『召喚』した。


 すぐ側に世界樹がそびえ立っており、スケリェットギドラもいるためそれほど大きく見えないが、これはおそらくサイズ感が麻痺しているだけだ。それは傍らのミスリルゴーレムと比べればよく分かる。いや、これも比較対象として正しくないが。


「これが王城サイズってやつ? さすがに王城の方が大きいと思うけど。でもこんなのどこにいたの?」


「火山のふもと」


 もはや慣れた作業で水晶の卵にウルルをおさめ、アタノールの火にくべた。

 インベントリに残っているアダマス──これがアダマン何たらの正式名称らしい。鑑定によって判明した──をありったけ放り込む。以前にヒルス王都で回収した残りだ。当面必要な分はリフレの職人街に渡してあるため、レアが持っているのは本当に余剰分である。

 その大きさゆえに追加MPもスケリェットギドラ並に消費したが、問題なく工程は進んだ。

 オンリーワンであり、名前付きの配下でもある。ここは奮発して賢者の石グレートを使用することにした。アイテムをケチって小型化されても困る。

 さらにブランの真似をして、レアの血を混ぜてみた。

 例によって勢いよく吸われていったが、命の危険を感じるほどでもない。これはダメージではなくコストと認識されているようで、『魔の鎧』発動中でもLPの方から徴収されていった。


「『大いなる業』、発動」


《眷属が転生条件を満たしました》

《「エルダーアダマンゴーレム」への転生を許可しますか?》

《あなたの経験値1500を消費し「アダマンタロス」への転生を許可しますか?》


 当然選択するのは「アダマンタロス」だ。

 消費される経験値からすると、どうやら災厄級の魔物らしい。

 やがて水晶を砕き、ウルルが再誕した。


「……なに、これ」


 現れたウルルの威容を仰ぎ見て、ライラが呆然と呟いた。

 ライラのそんな姿を見るのは非常に稀な事だ。

 レアは少しだけ、得意な気持ちになった。


「種族も視えないの? アダマンタロスだって」


 それはまるで、古代ギリシャ神殿が人の形をとったかのような姿だった。

 手足は神殿の柱のようなデザインで、胸部はそのまま神殿の形だ。

 神殿の内部には赤く光る水晶が安置されているのが見える。

 頭部も短い柱で出来ており、真ん中には横に切れ目が入っている。おそらくあそこに目があるのだろう。

 そしてそのすべてが黒い金属光沢で覆われていた。


「タロスって、神話だと青銅製の自動人形とかじゃなかった? アダマンタロスって、アダマンでできたタロスってこと? そんなのアリなの?」


「見ての通りだよ。しかしタロスという事は、あの胸の奥の赤い光は神の血ということになるのかな。

 つまり、ウルル再誕のために血を提供したわたしは逆説的に神だということになるね。崇めてもいいよ」


「レアちゃんが神かどうかはともかく、あれが弱点なのは確かだろうね。伝説じゃ、胴体にある血管を破壊されたタロスは失血死したってなってるし」


「かかとの釘を抜かれたら、じゃなかった? そんなの無いみたいだけど。それとも露出されてないだけなのかな」


「すげー!

 ねねね、ウチのバーガンディと戦ってみない?」


「……どこでさ」


「え? やるの? やめときなよ、ぜったいロクなことにならないよ」


 ブラン以外の全員の反対にあい、さすがに怪獣大決戦は見送られた。


《災害生物「アダマンタロス」が誕生しました》

《「アダマンタロス」はすでに既存勢力の支配下にあるため、規定のメッセージの発信はキャンセルされました》


 せっかく『神智』を取得したのだが、メッセージがキャンセルされてしまったために検証することができなかった。

 しかし「特定」とついていないということは、アダマンタロスは正道のレイドボスということになる。

 かなり色々とおかしな処理をした自覚のあるレアとしては腑に落ちない。


 あるいはアダマンタロスとは、アダマンゴーレムから順調に転生していけばいずれ至れる種族なのかもしれない。

 そういう意味では正道と言えるだろう。『大いなる業』でロック系からアダマン系に無理やり軌道修正しただけで、転生自体は通常のルートだったということだ。


「アダマスを使ったからアダマンタロスになったということか。仮にミスリルを使っていればミスリルタロスで、青銅を使っていればただのタロスになったのかな」


「てことは金を使えばキンタロ──」


「ストップブランちゃん!」


「……クリソタロスでしょ。ギリシャ語だったら」


 他に、アダマス以上の金属もゲーム的には存在しているに違いない。

 であればアダマンタロスを超える性能のタロスもどこかにはいるかもしれない。

 見たところ寿命のなさそうな魔法生物のようだし、人類の誰も気がつかないままどこかに、それこそこの大陸の地下などに埋まっていたとしてもおかしくはない。


「次は? 次は何をやるの?」


「ていうかライラは本当にいつ帰るの?」


「どうせ帰りは一瞬なんだから、別にいいじゃん!」


 ブランはスケリェットギドラとフレッシュゴーレムを戦わせて遊んでいる。

 フレッシュゴーレムはそれほど強くはないが、VITとLPだけは多いようで、ギドラが手加減した攻撃ならば一撃で死亡することはないようだ。一方フレッシュゴーレムの攻撃ではギドラには何のダメージも入っていない。ギドラの耐久が気になって『鑑定』で確認したため間違いない。


 ギドラに『鑑定』を発動したとき、こちらを気にするようなそぶりはなかった。

 抵抗判定の結果通知はシステムメッセージのため、NPCには聞こえないということだろう。

 状態異常を与えるような行動に対してならば、メッセージが聞こえなくても何かされているということはわかるのだろうが、こういった対象に何も変化を起こさないスキルの場合、反応したかどうかでNPCかどうかを推し量ることができるということだ。

 これは大きい。


「まあいいけど。次はアダマン隊かなぁ。前回ヒルスの騎士と戦わせた時、割と危なかったんだよね。今は装備もアダマス製のものに換装してあるから、多少マシになってるとは思うけど」


 ラコリーヌにいた討伐隊とやらの一般兵士はほとんどが砲撃で死亡してしまったが、あれを生き延び、アダマン小隊と戦闘をした騎士たちは強かった。

 また王都でアダマン達を投下した時にもアダマンを押さえている騎士がいた。といってもこちらが一方的に倒されてしまうほどではなかったが。

 あのクラスが旧ヒルス王国の最上級の騎士だったと考えてよいだろう。


 ヒューマンがメインであるヒルス王国の軍は、どちらかと言えば質よりも数を頼みにしている国家であると言える。

 ならば違う種族が治める国なら、もっと強力な騎士を擁している可能性がある。現状の戦闘力では心もとない。


 しかしこれも、鎧坂さん同様に水晶の卵が飲み込むことはなかった。

 彼らの強化は一体一体賢者の石で行なうしかなさそうだ。





 結局、今回合体出来たのはアンデッドだけだった。

 ゴーレム系はまだ可能性としてはありうるが、火山にもうあまりゴーレムが残っていない。

 放っておけば増えてくるだろうし、ある程度増えてからまた捕まえに行けばよい。

 望みの金属と大量のMPがあれば好きなゴーレムを作成できそうではあるため、ベースとなるロックゴーレムさえ押さえておけば他は必要ない。火山だけで十分だ。


 次回のお茶会の予定は立ててはいないが、場所だけはリフレの街に決まっている。誰かに何かの用事が出来れば召集されるだろう。

 あのスケリェットギドラはどうするのかと思っていたが、ブランは普通に連れて帰ったようだ。

 あんなもの、領主館には入らないだろうし、街に放しでもしたら大惨事だ。





 後日確認したら案の定、エルンタールの難易度が☆5になっていた。

 あの街も災厄と関係があると考えられているようで、SNSではレアのせいにされていた。別にいいのだが。






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