第130話「3秒ルール」





 旧ヒルス王都、その玉座のある謁見の間。

 玉座に座る鎧坂さんの膝の上で、レアはゆっくりと目を開いた。


「……ふふ。すっきりした」


 実にいい気分だった。

 あのエルフの女は、確かレイド戦でレアを指して魔法特化だと思ったとか何だとか勘違いをしていたプレイヤーだ。

 そんなに魔法が好きならと、最後は魔法で片付けてやった。これで彼女も満足だろう。


 あのエルフパーティと戦ったクイーンアラクネアは、レアが操作していた。

 初めは視覚や聴覚だけ借りておくつもりだったのだが、道中の彼女らの戦闘を見ているうちにウズウズしてきてしまったため、無理を言って身体まで借りたのだ。

 精神をまるごと眷属の中へ『召喚』しその制御を奪ったとしても、その状態で使用できるスキルはその眷属のものだけだ。

 クイーンアラクネアに取得させていた魔法はそれほど強力でもない各属性の単体・範囲の攻撃魔法のみだったため、能力値の上昇分を見込んでもエルフ女の魔法と相殺させるのが精一杯という威力だった。しかし糸によるトラップを駆使することで一方的に殴ってやる事ができた。

 クイーンアラクネアにとってもいい勉強になったことだろう。彼女たちはINTを優先的に上げている。数値に表れない、学習による成長は馬鹿にならないはずだ。


 SNSの旧ヒルス王国攻略スレを覗いてみれば、先ほどのエルフと思しきプレイヤーが早速書き込みをしている。彼女が時折SNSで見かける「名無しのエルフさん」だったのか。ふざけた名前だ。

 おおむねレアの希望通りに、難易度可変ダンジョンであるという自説を賢しげに披露している。

 管理自体はクイーンたちに丸投げだが、方針としては「名無し」の言うとおりに進める予定だ。その点で彼女の書き込みは間違ってはいない。

 ただに対してだけは、レベルに関係なく難易度がカンストする場合があるというだけだ。


 レアの支配地域のダンジョンは実に順調と言える。初日としては素晴らしい滑り出しだ。

 もっともラコリーヌにしか来客はないが。


「……☆4くらいだったら客もくるかな。トレとリーベは重要拠点だから譲れないけど……。王都は多少下げても問題ないかな? わたしが居るのに☆4というのは不自然かな? そもそも下げられないか」


 レアが王都に居なければ問題ないかもしれない。

 しかしその場合は、SNSに直接書き込むことなくそれをプレイヤーに周知させる必要がある。

 レアの友人関係は全て表向きNPCということになっている。それぞれ事情は違うが、レアも含めて本名を知られることさえ避けたい。SNSに書き込みなどできない。


 SNSでアピールできないとなれば、どこか目立つ所に「災厄」として出現してみせるしかない。

 そして今、一番目立つ場所と言えばダンジョンだろう。

 そこそこ人気がありそうな適当なダンジョンに姿を見せ、なんならそのダンジョンを制圧し、しばらくはそこに居座る。

 並行して王都の難易度を☆4になるまで調整し、プレイヤーの来客を促す。


「ならまず最初の問題はどのダンジョンに行くかだな」


 ダンジョン、とは言っても、別に入口からしか出入りできないとか、内部は隔離された空間であるとか、そういう効果は一切ないということはよく知っている。そもそも「ダンジョン」自体、公式の呼称ではない。

 洞窟型ならいざ知らず、森や街などのオープンなフィールドなら、エリアボスがいそうな場所に上空からアプローチしてしまえば話が早いだろう。


「だったらやっぱりウルルを落下させてやりたいな。派手だし」


 どんなダンジョンだったとしても、おそらくそれで攻略出来る。

 いや違った。目的はダンジョンの攻略ではない。

 レアが目立つことで、旧ヒルス王都には災厄は不在だというアピールをすることが主目的だ。ダンジョンの制圧はあくまでついでにすぎない。

 そうなると新設セーフティエリアの近く、つまりプレイヤーたちにとって一般的な入口からエントリーするのがよいだろう。普通にダンジョンを攻略したほうが目的には沿っていると言える。


「では次に、どういう動機で「災厄」がそこらのダンジョンにアタックをかけるのかという理由付けだな」


 どうもプレイヤーの皆さんはカバーストーリーというのが好きらしいし、それらしい動機を持って行動したほうがいいだろう。

 それ自体は別にわざわざ公開する必要はない。ただ聞かれたら答えるという程度で用意しておき、聞かれなければ答えない。不思議に思えばあちらで勝手に深読みするだろう。まったく脈絡がない行動というのは避けた方が無難かなというだけのことだ。


 SNSに挙げられている転移先リスト、そして旧ヒルスとオーラルの地図を眺めながら考える。

 この2国にこだわるわけではなく、単にこの2国の地図しか持っていないためだ。

 ヒルスは特徴がないというか、特に突出したものはないが、立地や環境的な不安要素もない恵まれた国だ。いや恵まれた国だった。国土も平均的な広さと言える。

 それに比べるとオーラルは少々国土が広い。大陸の中央部を押さえているのはオーラルだ。かつてどういうやり取りがあってこの国が旧統一国家の首都を治めることになったのかは不明だが、それゆえにほとんどの国と隣接している。とはいえ国境には魔物の領域が広がっているケースが多く、国土が広いだけに国内の魔物の領域の数も接している領域の数もヒルスよりも多い。

 その領域の脅威度も高めであり、それに伴ってか騎士もヒルスより優秀な者が多いという話だ。


 現状その騎士のほとんどを掌握しているライラは、国家運営の一環なのか何なのかは不明だが、SNSに挙げられていた転移先に領域を攻略すべく軍を向かわせているとか。リストに載っていない領域ならプレイヤーにバレることなく制圧できるだろうという考えらしい。

 何のためにそんなことをしているのかは不明だが、別にレアの邪魔をしないならどこで何をしていようと構わない。


「もしわたしとライラの容姿が似ているということがバレた場合、元々血縁関係だったとかそういうストーリーにするんだったかな。

 ライラがヒューゲルカップの領主であるなら、その付近のダンジョンにちょっかいをかけるというのは何らかの動機として成立するか……?」


「もともとがライラ様と姉妹であるということでしたら、失われた肉親の温もりを無意識に求めて、というのはどうでしょう」


 ジークの提案だが、聞いている途中からすでに眉間に皺が寄ってしまっているのを感じていた。

 心情的には納得しがたいが、一定の説得力はある、ように思える。


「……ディアス殿がいたらお小言のひとつも飛んできかねないお顔をされておりますよ。

 もうひとつ申し上げるなら、確か人間たちには、リーベ大森林を出た「災厄」はほぼ一直線に西へ向かいこの王都を攻め落としたと、そう認識されていたかと思います。

 それであれば、もともとの目的はこの王都ではなく、さらに西のオーラルの領土だったのだと思わせてやれば、ここより西の方角にあるダンジョンを攻撃する理由になるのではないでしょうか」


 悪くない案だ。

 ウェインたちには確か「ヒルス王都が美しかったから手に入れたくなった」と説明していた。

 それ自体は別に嘘でもないが、そもそもなぜ王都が見えるようなところまで移動してきたのかについては特に聞かれなかったため答えていない。


 レアはプレイヤーであるため、実際のところ大した理由はない。出来そうだからやってみた、とかその程度だ。

 しかしこれがNPCであったなら、もっと強い動機があった方がいいだろう。

 それが「西へ向かう」という目的であり、その過程でたまたま王都を見かけて支配下に置いた。そういうことにすれば、「災厄」の行動にそれなりの一貫性を持たせることができる。

 肝心のその西へ向かうこと自体の目的であるが、気は進まないが暫定的にライラの元を目指していたという事でいいだろう。


「……わかった。ジークの案を採用しよう。ヒルス王都から西のダンジョンというと……。

 オーラル領土に入る前にひとつあるな。近くに街もあるようだ。リストによればここは☆1の低難易度フィールドのようだが……。わたしがNPCだとしたら難易度によって襲う場所を選別するのも不自然だし、順番に潰していくしかないかな」


 ついでに街も滅ぼしてしまってもいいが、この☆1の領域を今後レアが管理するのなら、ここに普通の街があってくれた方が都合がいい。なにしろもうご近所に普通の街がない。ケリーたちに潜入工作をさせたくても、行かせる場所がない状態だ。

 それに国がなくなっても立派に運営を続けている街だ。オーラルに近いことだし、今でもライラと交易をしているかもしれない。直接はしていないとしても、もっとオーラル寄りに街があるなら、そこからオーラル製品を購入している可能性もある。

 ライラの国家運営がどうなろうとどうでもいいが、別にわざわざ邪魔してやることでもない。


「このダンジョンの名前は【テューア草原】か。近くに街があって、低難易度の草原ということは、これは普通にスタート地点用の初心者エリアのひとつなのかな?」


 始めたばかりの初心者プレイヤーが、この街──リフレの街を拠点にテューア草原で稼ぎ、実力と自信をつけたら他の街へと巣立っていく。

 かつてはリーベ大森林やそのそばの草原でも行われていたことだ。あの草原は特に名前が付けられていたわけでもないし、今やエリアとしては大森林に統合されてしまっているようでリストに載りもしていないが。

 リーベ大森林も含めて初心者向けのフィールドといえる難易度だったが、今は魔境と化している。

 この上さらに初心者フィールドを制圧してしまうというのはいささか心苦しいと思わないでもない。


 しかし考えてみれば現在、初期スポーン位置として「ヒルス王国」は選択できるのだろうか。

 公式サイトの国家紹介から「ヒルス王国」の名が消えている以上、選択できない可能性が高い。

 それがいつからなのかと言えば、おそらく第2回イベントの3日目以降だろう。


 それより前からゲームを始めていたプレイヤーなら、あのイベントで大陸のパワーバランスがめちゃくちゃになったことは知っているはずだ。あのイベントではポートリーという国を除く、すべての国で何らかの事件が起きていた。

 言うまでもなく最もめちゃくちゃになったのはヒルス王国である。プレイヤーたちは今さらヒルスの初心者フィールドに甘い期待などしていまい。


 転移サービス実装以降に不幸にもこのダンジョン目指して飛んできたプレイヤーはいるかもしれないが、わざわざ【その他】のダンジョンを選んで飛んできたなら自己責任と言ってもいいだろう。

 レアが言うのもなんだが、非常にわかりやすいレイドボスのいる国だ。来る方が悪い。


 もっともレアとしても主目的は王都から離れた場所で目立つことだ。多少はプレイヤーにいてもらわなければ困る。

 ずっとその草原にいるつもりもないため、用が済んだら適当に弱い眷属に管理を任せてまた☆1に戻してやるつもりではある。いっとき多少蹂躙してしまったとしても、戻してやれば文句はあるまい。

 大昔には3秒ルールなるしきたりもあったと聞いているし、一瞬だけならギリセーフと言えるのではないだろうか。





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