第128話「名無しのエルフさん」(名無しのエルフさん視点)





「ちょっと騒がしいって言えば騒がしいけど……。思っていたより普通の森ね」


 名無しのエルフさんは森を見渡し呟いた。

 ここは旧ヒルス王国の、ラコリーヌの街跡にできた巨大な森だ。運営による公称では「ラコリーヌの森」となっている。


 これまではポートリーで活動していたのだが、あの国は☆1のダンジョンと☆4、5のダンジョンしか存在しない。

 名無しのエルフさんは一応トップ勢と呼ばれることもあるプレイヤーであるし、今更☆1ダンジョンで初心者たちの狩場荒らしをするのも憚られる。

 かと言って、いきなり☆4や☆5のダンジョンに突撃するほど向こう見ずでもない。一応ポートリー用の攻略スレは覗いていたが、少なくとも中堅くらいの実力はあると思われるプレイヤーパーティでもろくに結果を残せず全滅していた。

 名無しのエルフさんたちのパーティならばもっとやれるだろうが、浅層の雑魚の情報しかないダンジョンに行くくらいならば、傾向がわかっている☆3のダンジョンにアタックしたほうが実入りがいいだろうという判断だ。


「クモ系の魔物ってポートリー地元の領域にはあんまり出ないのよね。☆4とかの森にはいるみたいだけど、浅層で雑魚だけ狩って退散っていうのもね」


 ダンジョン実装初日であるし、そういうプレイもありかもしれないが、トップ層のやり方ではないと思えた。


「いや、☆3の情報がある程度出揃うまで様子見っていうのも大概なんじゃ……」


 パーティメンバーのハルカがそう突っ込む。


 このパーティは前衛が3枚、後衛が1枚の4人パーティだ。

 後衛はもちろん魔法職の名無しのエルフさん、前衛はハルカ、くるみ、らんぷの3人。全員がエルフの女性という華やかなチームである。

 前衛は明確にタンクというロールがいるわけではなく、3名の近接物理職が常にスイッチしながら攻撃し、3名で交代でヘイト管理をすることでタンクとアタッカーを兼任している珍しいタイプのパーティである。

 非常にテクニカルな立ち回りが要求されるが、即死級の攻撃が少ないこのゲームにおいては一定の結果を出している。

 災厄とのレイドボス戦では、名無しのエルフさんをポートリーから運ぶ事に注力したため参加はしていなかった。もっとも参加していたとしてもアーティファクトの仕様上前衛の数が絞られていたため、サポートか王都内でのアンデッド狩りくらいしかできなかっただろうが。


「災厄みたいに、攻撃全部が即死級とかのぶっ壊れた敵が出てきたらウチらじゃ抑えきれないし、ある程度の情報収集は必要でしょうよ」


「そうねぇ。あたしたち装甲は紙だしぃ」


 くるみとらんぷの言い分ももっともである。彼女たちの防御力や回避能力を疑っているわけではないが、専門のタンクに比べれば見劣りするだろう。


「まあ、そうなんだけどさ」


「ハルカも納得したところで、本格的に攻略を始めましょう。

 SNSを見る限り、中堅くらいのパーティで十分戦えるみたいだし、私達には意外と戦いやすいフィールドかもしれないわ」


 常に内部が変動するというダンジョンの攻略法自体はまだ見つけてはいない。

 ただ脱出できたプレイヤーパーティは方角だけはきっちりと管理し、たとえ迷ったとしても入ってきた方角にとにかく進み続けることで生還したというケースが多い。

 その過程でメンバーが死亡してしまったパーティも多いが、彼らと比べれば名無しのエルフさんたちのパーティのほうが地力は高い。うまくすれば被害を出さずに脱出できるだろう。

 より方角を正確に知るため、あらかじめポートリーで方位磁針を購入してある。

 航海用の羅針盤しか販売されていなかったので非常にかさばるが、確認する時だけインベントリから取り出せば問題ない。金額もそれなりにしたが、この森のクモから取れるらしい糸などの素材を売れば十分にペイできるだろう。


 もともとこの森へはそのクモの素材を入手するために来たようなものだ。

 前衛の3名の装備は革素材と金属素材を組み合わせた、コートオブプレートのような造りのものである。毛皮が取れる魔獣は様々な難易度帯に存在するため、革素材は比較的自分の実力に見合ったものを選びやすい。金属素材も資金次第で調達可能だ。

 しかし名無しのエルフさんが着るローブなどの素材になる、防御力の高い布を作れるような素材はよほどの高級品でなければ流通していない。

 今回この森で発見されたクモは、ポートリーの奥深い森にいるとされるクモ型モンスターの下位種と思われ、高額で取引されているクモ糸素材の下位互換の素材が取れるという話だ。

 素材のランク的にはそこまででもないが、流通量が少ないために現在は性能に見合わぬ高額で取引されている。

 それにこのラコリーヌの森ではその上位種の存在も確認されている。

 この森の危険性をSNSで拡散した最初のパーティにトドメを刺したという魔物がそれだ。

 一回り大きく、体色も濃かったらしい。吐く糸の強度も高く、毒針への必要抵抗値も高かったそうだ。

 そうした上位のクモを数体狩り、そのあたりから退却に転じればおそらく生還できるだろう。

 彼ら──ホワイト・シーウィードというプレイヤーたちの書き込みを見ればそう思えた。

 この名無しのエルフさん率いるパーティは人数こそ彼らより少ないが、実力は遥かに上だ。


 SNSへの書き込みから、目印や経路の記憶は無意味であることはわかっている。罠なども無いようだ。

 警戒すべきは奇襲だけということであり、タンク同様に専属のスカウトもいない名無しのエルフさんのパーティにはむしろありがたい。

 エルフということで全員がロールプレイの一環として『聴覚強化』を取得しているが、この森では残念ながらそれほど有用ではなさそうだ。これも先の書き込みにもあったのだが、実際に来てみればたしかに常に木々がざわめいており、気配が掴みづらい。


 しかしこれだけざわめいているのなら、こちらとしても多少の音は気にする必要がないとも言える。

 最低限邪魔になる枝葉や藪を払いながら、足元の木の根を引っ掛けないよう気をつけつつ進む。

 進行速度は森歩きにしてはかなり速いほうだろう。浅層で出てくる魔物はおおよそ知られているし、その魔物以外には意識を割かなくてもいい。


「あ、なんかいるね」


「情報が正しければ、アリかクモかな」


 アリは以前に存在した大森林の初心者ダンジョンで初心者たちがそれなりに素材の持ち込みをしていたこともあり、市場ではややダブついている。流通の最大手であったヒルス王国はすでに無いが、強かな商人たちは他国にもいくらか持ち込んでいる。他国は他国で似たようなアリのいる荒野などもあるため、需要が高いわけでもないのだが、そちらはアリと人類の生活圏があまり重なっていなかったこともあり、それなりに適正な価格で取引されていた。


「クモの方がありがたいけど、まあアリでもいいかな。売れないことはないし」


 茂みから現れたのは、果たしてクモだった。

 現れるなり毛針を飛ばしてくる。


「『ガスト』」


 しかし事前に知っていれば対処は容易だ。

 『風魔法』の低級魔法の『ガスト』で吹き散らす。

 突風を吹かせるだけの攻撃力のない魔法だが、今のように小型の飛翔物なら吹き散らす事ができたり、あるいは足元の砂を巻き上げ目くらましにしたりと、専属魔法使いにとっては中々使える魔法だ。MP消費もわずかであり、リキャストタイムもほぼ一瞬だ。

 これも上級の魔物の攻撃には対処できないのだろうが、下位種と思われるこのクモ程度の攻撃ならば問題ない。


「はっ!」


「えいぃ!」


 左右からハルカとらんぷが切りつけ、クモは絶命した。

 くるみは後続を警戒しているが、どうやら単体のようだ。


「……オーバーキル感あるね。一撃でいいかも」


「そうねぇ。この程度なら集団で襲われても平気かも?」


 前衛3人は片手剣に盾と、攻撃にも防御にも一定の比重を置いたスタイルだ。もちろん回避も重要なため比較的軽量な鎧を身に着けている。つまり全てが平均的に高く、突出した攻撃力というものはない。魔物を一撃で倒すことができるかといえば保証はできないため、念の為初見の敵は二人以上で攻撃すると決めていた。


「殲滅速度が予定より早くなる分には問題ないでしょう。さ、その死体をしまったら進むわよ」


 出てくる敵がアリでもクモでも問題はない。

 最初以降は一体で出てくるということもなく、常に複数で、時にはアリ・クモの混合の集団などにも襲われた。


 森を進んでいくにつれ、敵の数は徐々に増えてきている。

 つい今しがた全滅させた集団に至っては木々の間から滲み出るように次々現れ、終わりがないかのように思われたほどだ。ちょっとしたモンスターハウスである。

 ただ、それも名無しのエルフさんのパーティにとっては脅威というよりカモでしかなかった。


「……面倒だけど、まー狩り効率はいいっちゃいいかなぁ」


「アリとクモが共存してるってことかしら? 餌として森に侵入する人間を狙っているために共闘している? それともそういう話とは関係なくダンジョンだからってことかしら」


「なっちゃんさあ。ゲームでいちいちそんな事気にしてもしかたなくない?」


「なっちゃん言うな」


 確かに理不尽と言うか、非合理的というか、ゲームらしい謎生態の魔物もいることはいる。

 しかしその多くは魔法生物的なファンタジーな存在ばかりであり、獣や虫などの現実の生物をモデルにした魔物などは意外と生態系を作っていたりするのがこのゲームだ。こういう考察は馬鹿にならない。


「そんなことより、なんかSNSで書かれてたより難易度高くない? こんなに集団エネミーとのエンカウント率高くなかったイメージなんだけど。妙に数が多いっていうか」


 確かにそれもある。

 ホワイト・シーウィード氏のパーティを中堅くらいと考え、彼らの戦闘時の描写を読む限りでは、もっと難易度は低くてもいいはずだ。


「最初に出てきた……まあネズミとかは別として、最初に出てきたモンスターがともに1体のクモだった事を考えると、少なくともその時点では同様の難易度だったはずよね。

 そこから徐々に私達だけ難易度が上がっていったということかしら? だとしたらもしかして、挑戦するプレイヤーの戦闘力を測りつつ、それに合わせてエンカウントする魔物も変わっていくということ?

 中身が変動するダンジョンって聞いてるけど、まさか難易度さえも変動させられるというの……?」


 だとしたら恐ろしい話だ。

 事実上、このダンジョンだけで初心者から☆3程度、あるいはそれ以上の強さのプレイヤーまで鍛える事が出来るということになる。

 ☆1が適正のパーティが最初のクモを倒せるかどうかは賭けになるが、それが可能ならこの近くの転移ポイントを拠点にして、狩り場を変えることなく経験値稼ぎができる。一定の強さまでは。


「自分の強さに応じて敵の強さが変わるゲーム、大昔にあったよね」


「災厄ってリアル女王とか言われてたっけぇ? それが出てくるゲームがそうじゃなかったぁ?」


「配下アリだし、そうなのかも。アンデッドとかクモとかはよくわかんないけど」


 前衛3人組の呑気な会話はともかく、もしこれが事実なら見通しが甘かったと言わざるを得ない。

 中堅パーティがひとりふたりの脱落で脱出できたなら、自分たちなら被害なしで脱出できるはず。

 そういう目論見でアタックしたのだ。

 こちらが強ければそれに合わせて相手も強くなるというなら、無傷で脱出できるという保証は無くなる。


「……今日はそろそろ撤退しましょう」


「え? まだやれるよ」


「そうそぅ。LPもMPも減ってないしぃ」


「空腹度ってか、スタミナとかも十分だし」


「いえ、とりあえず新たにわかったこともあるし、進行ペースと時間から考えて相当深く入ってしまっているはずよ。予定の時間まではまだあるけど、戻りながらでも狩りはできるはずだし、続きは次回にしましょう」


「まあ、なっちゃんがそう言うなら」


「なっちゃん言うな」


 3人共性格は違うが、基本は素直だ。パーティリーダーである名無しのエルフさんが決定したことには基本的に従う。呼び方だけは別だが。


 来た道を戻る、と言いたいところだが、来た道はすでに無い。

 これがルートが変動するということだろう。

 プレイヤーたちから近い位置、見える範囲などで変化があるわけではないようだが、少し分け入って進むともう変わっているようだ。

 どういう原理かさっぱりわからないが、ゲーム的というか、何かのシステムでそれが可能になっているのなら、大掛かりな魔法のようなものでもかけられているのだろうか。


 大掛かりな魔法といえば、思い出されるのはあの純白の災厄だ。

 アーティファクトという強力なイベントアイテムの影響を最大限受けていたと思われるにも関わらず、奴の魔法はどれも即死級の威力を秘めていた。前衛を務める選ばれし少数のプレイヤーには耐えていた者もいたが、弱体化させていなければ問答無用で即死だっただろう。タンク職が即死する範囲魔法など悪い冗談だ。

 第一回イベントの優勝者も大概な魔法の使い手だったが、今の自分たちなら近いことはできる。

 あの災厄に対してもいずれそう感じる日が来るのだろうか。


 この森の場所に元々あった街を壊滅させたのはその災厄だったという話だし、災厄がなんらかの魔法をかけて森を造り、ダンジョン化させたという可能性は十分考えられる。本当にあるのか不明だが、カバーストーリーのようなものがあればその辺りの事情もわかるだろう。


「いつか公式のサブストーリーまとめムックみたいな電子書籍とか出るのかしら? ゲーム内アイテム付属とか」


「あーアイテム付が出るんだったらあれがいいな。エステアイテムみたいな。ちょっとこの、アゴのラインとか弄りたいんだよね」


「私はぁ髪色かえたいなぁ」


「いや、髪色変更だったら普通にありそうじゃないか? 錬金アイテムとかで」


 4人は雑談をしながらも警戒は怠らない。

 ホワイト氏のパーティでは引き返し始めたこのタイミングで囲まれたということだった。

 論理的に考えれば、彼らは木々のざわめきに紛れて常に魔物の集団に尾行されていたと判断するのが妥当だ。だから引き返してすぐに前方を抑えられ、もし進んでいたら出会っていたのであろう集団に背後を抑えられた。

 では、今回はどうか。


「──やっぱりね! 『サイクロン』!」


 やはり、想像通りに背後を取られた。前方からも何かが来ているのが見える。

 とりあえずまずは範囲魔法を後方に放つ。これで後ろからの糸や毛針は吹き散らせるはずだ。『ガスト』でも可能だったかもしれないが、ホワイト氏たちを囲んだ魔物は上位のクモだったという。低級の『ガスト』で対処できなかった場合に行動阻害や状態異常を受けるのは避けたい。名無しのエルフさんたちが抵抗に失敗するかは不明だが、今命がけで試すようなことでもない。


 思惑通り背後の敵の飛び道具は無力化できた。前方からの攻撃は前衛の3人がうまく盾と剣を使って防いでくれたようだ。

 ほどなくクモたちが現れる。情報通り、一回り大きく体色の濃いタイプだ。上位種だろう。


「まずはこの包囲を脱せるかどうかが第一関門というところかしら……」




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