第111話「オーラル革命」





 宝物庫の中のすべてのアイテムをインベントリに放り込んだレアは、ホクホクとした顔で廊下へ出た。

 宝物庫のあるフロアへ続く扉には魔法的な鍵がかけられているため、開くことはできない。それは内側からでも外側からでも同じだ。

 しかしひとたびこのフロアへ入ってしまえば、その内部の扉にはたいしたセキュリティはかけられていなかった。鑑定前のものとそれ以外のものを分けてあるのは、単に分類上の意味しかないのだろう。

 献上された剣崎をここへ入れておいてくれたおかげで侵入の苦労は全くなかった。魔法的な鍵、というものには特に空間全体に作用する結界のような効果があるわけではないらしい。


 次の問題はこのフロアからの脱出だが、進入ができたのなら脱出も容易だ。

 あらかじめ、ライラにはレアの眷属を共回りとして付けてある。

 コネートルとかいう街での仕事を終わらせたケリーたちだ。

 この国はヒューマンの多い国だが、獣人が全くいないわけではない。騎士ともなれば非常に稀だが、ゼロではない。それにどうせ全身鎧で覆い隠してしまうため、元々の種族などわかりはしない。


〈終わったよ。そっちはどうかな〉


〈お疲れ様。実に順調だよ。いや、なかなかよくできた配下じゃないか。うちの騎士より優秀かもしれない。今はさっき呼び出した襲撃部隊と連携して、城内の王族や貴族を探してもらっている。私の側についてくれているのは……ケリーというんだったかな〉


〈わかった。じゃあケリーを目がけて飛ぶとしよう〉


 レアは剣崎を手に握り、『迷彩』で姿を隠し『召喚』を発動した。





 辿り着いた先は豪華なレッドカーペットの敷かれた広い空間だ。

 謁見の間だろう。

 『迷彩』は『召喚』時のエフェクトまでは消してはくれないらしく、何人かがこちらを見ている。

 しかしゲートから何も出てこなかったためにすぐに視線をライラに戻していた。


「……また、騎士などを呼びつけたのかと思ったが、どうやら不発に終わったようだな」


 謁見の間の中央の床に座らされている、いかにもな男性が蔑むように言い放った。

 状況から見て、彼が国王なのだろう。


 謁見の間はすべての出入り口などに騎士が立ち、剣を抜いたまま外を警戒している。

 部屋の中央には4名ほどの王侯貴族らしき者たちが座らされており、その周囲をこれも剣を抜いたままの騎士が固めている。

 床にキスをしている死体は抵抗した者だろうか。


〈真ん中の4人は何? 1人は王様? 他の3人は?〉


〈その他だよ。側近かな。宰相と王妃と農務大臣とか言ったかな〉


〈王妃は王族枠じゃないのか。え、農務大臣? なんで?〉


〈王妃は別に王家の血は引いていないからね。農務大臣がいたのは……なんでかはわからないけど、まあなんでもいいよね〉


 公式サイトの更新とライラが王族を始末したタイミングがおよそ合致していることから、王族が滅ぼされた事でヒルスという国家が消滅したことは明らかだ。公式によってヒルス王族がもう誰も生き残っていないと証明されている、と言っていいだろう。

 しかし常識的に考えて、歴代王家の血を引くものが王家の中にしかいないとは考えづらい。王弟などが新家をたてて公爵となったり、王女が降嫁して臣籍に入ったり、あるいは誰かの隠し子がいたり、そうしたこともあったはずだ。


 だが公式にはすでにヒルス王家は滅んだことになっている。

 ということは、王家とは厳密には血筋ではなく何か別の条件、例えば王位継承権を国に認められたとか、そういう事情を持った者のことなのではないだろうか。レアとライラはそう推測した。

 であれば、オーラルの王位継承権を持つすべての者をどうにかすれば、クーデターは完了のはずだ。


 本来、ライラには別に王族を根絶やしにする理由などない。しかし王のみ倒したとしてもその子や系譜、あるいは国そのものに追われる事になるだろうし、だったら全部片付けて国ごといただいてしまおうというだけのことだ。

 そのあとに隠し子などに襲われたとしても、その時はその相手の方が犯罪者である。堂々と処分できるなら、ライラにとっては経験値袋がやってくるというだけのことでしかない。


 当初はこんなに早いタイミングで事を起こす予定ではなかったため、ライラも何も計画していなかった。そのため適当に王族を全部消しておけばいいかくらいにしか考えていなかったが、レアという「災厄」が全面的に協力するとなれば話は別だ。実際のところ、ライラが想定していたよりもレアの持っている手札は多い。


「ええと、確かあとは第一王子と第二王子、それと第一王女で全部だったかな。宰相、他にはいないよね?」


 しかし宰相と思しき男は答えない。いや、正直に言えばレアにはどれが宰相なのかわからないのだが。

 とにかく誰も口を開こうとしない。


「……しょうがないね、『魅了』」


 しかし変化はない。

 ライラが不快げに眉をひそめた。


「……通らないか。やれやれ、最近私の『精神魔法』は全く振るわないな」


「通るか、痴れ者めが! 仮にも我らは一国を治める身よ、真っ先に精神力を鍛えておくのは当然だ!」


 国王らしき男が吠える。

 言っていることはもっともだ。

 トップが精神を握られてしまう恐れがあれば、国家運営など安心して行えない。

 騎士たちから得られる経験値は、必要分は騎士に還元するのだろうが、他はすべて『精神魔法』対策としてMNDや、あるいは毒対策でVITなどに振っておくのだろう。


〈わたしがやろうか? たぶん、ライラよりは得意だよ〉


〈……どうしようかな。レアちゃんの姿を見せるなら、確実にここにいる4人は始末しなければならなくなるけど〉


〈それははじめからそのつもりでしょう? 一人だけ残しておけばいいなら、まあ王女あたりを探して生かしておけばいいんじゃない?〉


 当初、ライラは王族はすべて殺してしまうつもりだった。クローズドテスト時の別アバターではあるが、自分に自決を選択させたこの国を許す気がなかったからだ。

 しかしその場合、国を簒奪したとしても、ヒルス同様に公式にはオーラル滅亡と判定されてしまう恐れがある。


 なるべく無害でありそうな王族をひとりだけ生かしておき、そのキャラクターを『使役』する。

 そうすることで公式サイトからオーラルが消えるのを防ぎ、プレイヤーたちにクーデターはシナリオ的に予定調和だったのだと思わせる。

 クーデターによる政権交代も印象づけるなら、その操る王族は現王ではなく直系の子女がいい。

 王子か王女をライラの眷属にし、その者に国を継がせ、政権交代完了だ。

 このクーデターは国を憂いた若き王族の志に応えた真の騎士、真の貴族によって起こされたのだ。という事にする。


〈王子と王女がもし逃げてしまっていて、それでブランちゃんが全員キルしちゃってたら困ったことになるけど……。その場合はもうどうしようもないな。

 王女には会ったことがあるけど、真っ先に逃げるような性格じゃなかったから大丈夫だとは思うけど〉


〈そしたらもう全部ぶっ潰して、生き残った王族のフリでもしてアーティファクト持って他の国に亡命したら?〉


〈私の顔けっこうNPC貴族に割れてるからどうかな……。レアちゃんのところで養ってくれてもいいけど〉


 せっかく人類国家の貴族であるのだし、その立場は最大限利用して立ち回ってもらいたいところだ。

 どうしても来たいというのなら、その場合は仕方がないが。


〈一応、姿を隠したまま『魅了』できるか試してみようか。要はわたしが災厄だと確信をもたれなければいいんでしょう? わたしの『魅了』ボーナスは顔だけじゃないし、試してみる価値はあるよたぶん〉


〈顔見せるならスキルいらないもんねレアちゃん。みんな見ただけで即落ちだよ〉


〈そういうの今いいから〉


「──『魅了』」


 国王を狙ったのだが、変化がない。魔王であるレアの『精神魔法』に抵抗するとは見事なものだが、そもそも見えもしない相手に魅了されるというのもおかしな話だ。その点で大きなマイナス補正がかかっているのかもしれない。

 国王は『魅了』をかけられたことに気がついてすらいない。


〈無理だこれ〉


〈なら仕方ない。出てきてもいいよ〉


 『迷彩』を解除した。なるべく目立たないよう、全ての翼はたたんで身体に巻き付けてある。

 突然現れた純白の存在に、4人がどよめく。


「!?」


「なん、何者だ!」


「ヒューゲルカップ卿と……同じ顔……!?」


「お、鬼……? ヒューゲルカップ卿は魔物と関係があるのか!?」


 翼がなければ、レアは鬼にも見えるらしい。角のせいだろうか。

 しかし、NPCに鬼と呼ばれたということは、それに相当する魔物がこの大陸にいる事になる。まさかゴブリンなどではあるまいし。

 もしレアをゴブリンと見間違えたのだとしたらこの、宰相か大臣かわからないが、この男は許すわけにはいかないが。


「……まあいいか。先に仕事を済ませてしまおう。『自失』、『魅了』」


 姿を見せるというリスクを負ったにもかかわらず、失敗するわけには行かない。念の為『自失』で下準備をした。


 かかった。という確信があった。国王と思われる男性はぼうっとし、濁った眼でレアを見つめている。


「っ陛下? 陛下!」


 傍らの王妃が国王を揺するが何の変化もない。その程度では『魅了』は解けない。


「……ライラの質問に答えよ」


 国王に近づき、耳元でささやいた。


「……ありがと。

 これで落ち着いてお話ができるかな。さて、国王陛下。この国の王位継承権を持つ者をまずは教えてくれたまえ」


「……王妃アウグスタ、第一王子ギュンター、第二王子ルドルフ、第一王女ツェツィーリア。だ」


「え、王妃にも継承権あるのかい?」


「王妃。は余の従妹にあたる、ためだ」


〈ガバガバじゃないか……〉


〈王妃の実家なんて調べてないよ。想定外だ。まあ今わかってよかった〉


 ケリーしかここに居ないということは、他の3人はライラの騎士に協力して城内を捜索しているのだろう。フレンドチャットを飛ばしておく。


〈ライリー、レミー、マリオン、目標は第一王子ギュンター、第二王子ルドルフ、第一王女ツェツィーリアだ。それっぽいのを見つけたら謁見の間まで連れてくるように。生死は問わないが、最低でも1人は生かしておいてくれ〉


 とはいえ、ライラの騎士には指示は出せないし、外に出て行ってしまえばブランとモルモンたちが殺してしまうだろう。

 そうなったら困るが、困るだけだ。

 レアは戯れにライラに協力しているだけだし、ライラにしても先程話していた通り、その時は全員殺して逃げるだけだろう。あるいはこのまま国王を『使役』してもいい。


 この、なんというのか、無責任というか、どう転がっても別にかまわないという一段上からの目線というか、そういうものには妙な快感と気楽さがある。

 本来レアはこういう気楽なゲームプレイを望んでいたのだった。今のレアはまさにエンジョイ勢と言えるだろう。

 姉はまあどうでもいいが、フレンドも出来たし、実に充実したゲームライフだ。マルチプレイを最大限楽しんでいる。


「ええと、そうだな。宰相と農務大臣はもういらないかな」


 ライラが目配せをすると、周りを固めていた騎士が4人動き、おじさん2人を両脇からかかえて別室へ連れていく。

 どこかで始末するのだろう。

 レアならこの場でやってしまうかもしれないが、王妃の精神状態に配慮したのだろうか。夫が精神を操られ、子供たちの未来も明るくない。さらに目の前で家臣に死なれては、ヤケを起こすかもしれない。

 ライラはレアよりほんの少しだけ長く生きているぶん、そうした部分で配慮が細やかだ。それならもっと配慮すべきところがあるだろうと言いたいところではあるが。


〈ボス、第一王女と思われる人物を発見しました〉


〈ありがとう。首実検をしたいから謁見の間へ丁重にお連れしてくれ〉





「失礼します」


 謁見の間の扉を騎士が開け、ライリーが入ってくる。メイドのような服装をした女をひとり連れている。


「お? おかえり、ええと君は、ライリーだったか。その娘は……メイドの格好をしているが、顔はツェツィーリア王女かな……?」


「はい、王女と思われます。侍女と服を交換していたようです」


 ライリーの返事に、ライラが驚いた。


「……よくわかったね。顔を知っていたわけじゃないでしょうに」


「王女の服を着ていた女の手が荒れておりましたから。そしてこのメイドの手はきれいなままです。念のため侍女も連れてきておりますが」


 後ろにはライラ配下の騎士が王女の格好をした女性を連れている。


〈ええ……。すごいなこの子〉


〈でしょう〉


「──ライラ様! どうしてこのようなことを!」


 メイド服の王女が突然、ライラに駆け寄ろうとした。しかしライリーに腕を捕まれ、それはかなわない。


「……ツェツィーリア王女、私もこのようなことはしたくなかった。しかし仕方なかったのです!」


〈なんか始まった〉


〈ちょっと黙ってて〉


 ライラはうつむき、手の甲を顔に擦りつけて、涙を拭うふりをした。


「私がかねてより、他国の王族の方々に亡命──万一の際には我が城へとお逃げくださるようお勧めしていたのはご存知でしょう」


「……はい。立派な志だと思っておりました」


 ここでライラは再びうつむく。


「しかし、ああ。しかしです。ここにおられる国王陛下はそれを聞き、あろうことか、逃げてきたヒルス王家の方々を弑逆し、所持していたアーティファクトを奪うように私に命じられたのです!」


〈フォローよろしく〉


〈仕方がないなあ〉


 このツェツィーリアという王女の目にはライラしか映っていない。

 こっそりと『迷彩』で姿を消し『魅了』にかかったままの国王の耳元で再度ささやく。


「ああ。間違、いない」


「っ!」


 王妃が何かを言おうとしたが、『自失』でキャンセルさせた。


「……そんな……お父様……。なぜ……」


 国王の耳元に適当にありそうな事を吹き込む。


「……ああ、ヒルスの。王族は、ブタだ。あのよう、なものたちは。我が国の家畜、にすぎない。殺して、何がわる、悪いというのだ」


 実際にはレアはヒルス王族に会うことなく永遠に別れることになってしまったため、どんな人物たちだったのか全く知らない。もしスリムであられたのなら申し訳ない。

 しかし未曾有の災害に見舞われている王都を捨てて自分たちだけ逃げるくらいだし、そう大幅に間違ってはいまい。


「……ひどい……」


 王女が泣き崩れた。ライリーが腕を掴んだままのため、片腕だけ掴まれた宇宙人のようになっている。

 そこへライラがゆっくりと近づいていき、王女の前に跪いた。


「ツェツィーリア王女、私は義によって立ち上がったのです。このような蛮行、決して許すわけにはいきません。

 王女殿下、どうか陛下の代わりに、この国の女王となってはいただけませんか。

 それがかなうならばこのライラ、王女殿下、いえ、女王陛下に生涯の忠誠を捧げましょう。

 ──そう、このように。『使役』」


 王女の全身から一瞬、力が抜け、しかしすぐに立ち上がった。


「──もちろんですわ。ライラ様。わたくしがお父様を倒し、この国をライラ様の元で統治してまいりますわ」


〈……これさっきの小芝居必要だったの?〉


〈『自失』とかの手間が省けたはずだよ。たぶん天然の自失状態とかだったんじゃないかな。まあ検証の一環だよ〉


 そういうものなのだろうか。

 確かに戦闘で打ち負かすなどをして心を折れば『使役』の際の抵抗がなくなるのはジークの時に実証済みだ。『精神魔法』は精神の状態異常を誘発する魔法のため、勝手に状態異常になっているのならわざわざ掛ける必要はないのかもしれない。

 しかし、レアが思うに『自失』や『支配』で下準備をした方が圧倒的に早い。


「さて、じゃあもういいかな」


 『迷彩』を解除し、直接話す。この場にいる者でフレンドチャットが使えるのはレアとライラだけという事になっているため、声に出さなければケリーやライリーと意思疎通しづらい。


「お前、お前は一体……!」


 そういえば、まだ王妃がいたのだった。彼女には、もうこの一連の茶番がライラと謎の魔物レアによるものだとわかっているのだろう。


「ああ、どうしようかな……」


「もう、王族全員『使役』してしまえば? 彼らにも専用の騎士団とか侍従がいるだろうし、戦力が一気に増えるよ多分」


「……ううん、でもな……。ノーブル・ヒューマンに対する『使役』にはボーナス乗らないんだよね……。あとコストが重いから今日続けてやるのは厳しいな……」


「……ボーナス? コスト? 何のこと?」


「えっ」


 レアが知っている『使役』とは違う。

 どういうことかとライラに訪ねてみると。


「ノーブル・ヒューマンの種族ツリーで取得できる『使役』は、発動者に近い下位種族、この場合はヒューマンだけど、その『使役』への成功率にボーナスがつく効果があるんだよ。

 そして『使役』発動のコストはLPとMPの消費。なんだけど、これは『使役』に成功した相手のランクによって消費量が変わるんだよね。ヒューマンとかなら気にならないくらいなんだけど、種族が遠くなると重くなっていく。

 ノーブル・ヒューマンなら近いからいいかなって思ったんだけど、今の王女の『使役』で持っていかれたLPは2割強だ。どうやら上位種族は近いとか遠いとかは関係ないらしいね。

 だから今すぐ2人にやるのはリスクが高い」


 そんな仕様になっていたのか。

 しかし考えてみれば、ブランの『使役』には眷属がすべてアンデッドになってしまうという制約があった。

 つまり同じ『使役』と名のつくスキルであっても、それぞれに効果が微妙に異なっているという事だろう。

 違う効果なのに同じスキル名である理由はだいたい想像がつく。

 レアの「角」にあるように『使役』にボーナスが与えられるスキルや特徴がいくつかあるのだろう。その際に一緒くたに強化したり抵抗を強めたりするためだと思われる。


「なるほど、勉強になった。ありがとう」


「いや、ありがとうじゃないよね。え? レアちゃんの『使役』は違うの? てか違うんだよね? 教えてよ」


「ありがとう、お姉ちゃん!」


「ぅぐっ! い、いや、ごまかされないよ。教えなさい!」


 しかしハイ・エルフになった時に一度『使役』を確認してみたが、エルフを対象にした際のボーナスなどは特に無かった。


 すでに『使役』を取得している場合はそちらが優先されるという仕様であったとしたらわからない。しかしもし、新たに同名スキルを獲得した際に追加の効果だけが追加されていく仕様であった場合、転生時にエルフに対する『使役』ボーナスが増えていてもおかしくないところだ。


 そう考えると、元々ハイ・エルフの『使役』には特別なボーナスはないのかもしれない。それでいてコストやデメリットだけはあるのだとしたら。

 他の上位種の『使役』と比べ、ハイ・エルフのそれは明らかに劣っている事になる。

 もしかしたらハイ・エルフは本来眷属を増やすことに向いていない種族なのかもしれない。


 考えてみれば、ハイ・エルフに転生したのは世界樹を支配下においた時だが、ハイ・エルフになることで『使役』が開放されるというのはおかしな話だ。普通にやってはハイ・エルフに転生することなど不可能だということになる。

 ハイ・エルフにもノーブル・ヒューマンにおける「蒼き血」のような特別なアイテムがあるのだろうか。


「聞いてる?」


「……色々手伝ってくれるなら、教えても良いけど」


「それはさすがに、内容によるかな」


「ひとつはこの大陸の制圧。人類種の国家を全て滅ぼし、魔物の領域を広げる。その領域すべてがわたしの支配下であればなおいいけど。ああ、この国に関してはもう制圧済みという扱いでいいよ」


「……成功は保証しないけど、手伝うのはまあいいよ。どうせ私としても、今後はその方向でプレイしていくことになるだろうし。

 ひとつってことはまだあるんだよね? 次は? ていうかいくつあるの?」


 ふたつある。というつもりで切り出したのだが、これは言うべきかどうか迷う。


「……もうひとつは、特定のプレイヤーの捜索かな。名前だけは何人かはわかっているけど」


「ああ! レアちゃんをキルした連中か! そうだね、そいつらの名前なら私も知っている。お祝いスレ見たからね。あ痛い!」


 これだから言いたくなかった。

 しかしすでに知っているなら話は早い。


 そしてライラに現在レアが使用している『使役』の仕様を教え、取得方法も教えた。

 だがこれを取得してしまうと、ライラの保険用の経験値が必要値を割ってしまうため、ライラは非常に嫌がった。

 とはいえ実のところ、もうあまり時間がない。

 説明の途中でブランから連絡が入ったのだが、ライラ配下の騎士団はもう全滅寸前であった。

 一国の王都を守る騎士団に、たかが一地方の領主の私兵で挑んだのだ。目的は街の混乱がメインだったとは言え、そう長い間もたせられるものでもない。

 2人の王子は始末したらしいので、これで国王と王妃をなんとかできればミッション完了である。

 これらを始末してしまえば、外で戦っている王国側の騎士たちもいくらかは倒れるだろう。しかしそれはオーラルの軍事力の低下も意味する。今後ライラがこの国をオモチャにするのなら、あまり弱体化してしまうのもまずい。


 レアは面倒になり、ライラにライフポーションとマナポーションを飲ませながら『使役』を強要した。

 最悪はレアが『使役』してしまってもよかったのだが、ややこしいことになるだけだ。


「ああそうだった、ブランちゃんに言って、始末した王子2人の顔を確認しておかないと。王女が変装していた以上、王子も同じことをしていたとしても不思議はない」


「そうだね、連絡しておく。それよりも、さっきの話だけど。

 ライラの『使役』にそういう制限があるのなら、「災厄」の『使役』なんてどれだけコスト要求されるかわかったもんじゃなかったんじゃない? どうするつもりだったの?」


「ぐっ、本当はもっと、成功率を上げる手段とか、コストを軽減する手段とかを調べておくつもりだったんだよ。でもレアちゃんが来るのが早すぎるから……」


 コストは置いても、成功率については仮にレアを完膚なきまでに叩きのめす事ができれば成功はしていたかもしれない。相手を実力でねじ伏せる事が出来れば、抵抗判定を挟まず『使役』出来ることはジークの件から明らかだ。

 まあ、それはライラもすでにどこかで試しているだろう。戦闘による成功率のボーナスを知っていたからこそ、今回ロールプレイによってもそれが可能であるか検証したに違いない。

 もっとも、いずれもレアがNPCであればの話だが。


 ともかくこれで現国王と王妃、そして次期女王がライラの手に入ったことになる。


 シナリオとしては、王女が現国王の非道な行ない──ヒルスの王族を殺害してアーティファクトを奪ったこと──を裁くべく、忠義に篤い貴族を引き連れクーデターを起こし、王位を簒奪した。現国王夫妻はどこかに幽閉し、償いとしてその騎士団を女王の元で運用する。といったところだろうか。

 あるいはヒルスから奪ったアーティファクトは行方不明ということにして、その所在を吐かせるために拷問中ということにしてもいいかもしれない。

 あとは公式に新女王が今は亡きヒルス王族に対する謝罪の言葉を適当に述べれば完了だ。


 今日はもう日が落ちるので、それは明日になるだろう。

 長かったイベントの締めが隣国の政権交代の声明になるとは、まさか予想さえしていなかった。





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