第110話「と思ったらコレだよ」(ブラン視点)





 あの後、ふたりきりになったレアとライラがどのような話をしたのかはわからない。


 しかし帰ってきたレアの表情を見た限りでは、きっとあの時のブランの行動は間違ってなかったのだと思う。









「──いいことだと思うんだけどね。よかったと思うよ本当に。レアちゃんも毎日楽しそうだしさ。ライラさんともよくチャットとかするし、たまにお城にお邪魔してお茶会とかするし」


 ブランは先日得た『飛翔』を使い、オーラルという国の王都を上空から見下ろしていた。

 長かったイベントももう、今日と明日の2日を残すのみだ。

 この『飛翔』や『召喚』、『調教』関連のスキルに大量に経験値を振ったことで、いつのまにか「上級グレーター吸血鬼ヴァンパイア」になっていたブランは、ついに完全に日光を克服したのである。





 このオーラルという国は他国より騎士が多く、しかもその騎士も強めであるらしい。

 先日戦った限りではレアに大したダメージも与えていなかったようだったが、あれは内地勤務がメインの者だったからだ。

 国が抱える、王都を守る騎士や、辺境に配備される騎士などはかなりの強さを持っているようだ。

 そうした騎士を養うことができない貴族は出世できない国であるとも言える。

 ではプレイヤーたちはすることが少ないかといえば、そうではない。


 この国に生息している魔物は他の国のものと比べて相対的に強く、魔物の領域も広い。いや、深いというべきかも知れない。領域に分け入れば、奥に行けばいくほど魔物の脅威度は上がり、強くなっていくそうだ。

 端のほうにいる魔物は大した強さではないのだが、それでも稀に深部から強力な魔物が現れることもある。

 そういった脅威から街を守るために、騎士の育成に力を入れているのだという。

 ゲーム的に言ってしまえば、中・上級者向けの国であると言えるだろう。





 ブランの眼下では今、騎士たちが街中で剣を交えている。

 別にそういう祭りや行事というわけではない。彼らは真剣に戦っている。

 人類の騎士同士が争っているのだ。

 多くは全身鎧を着ているのでわからないが、たぶん、ヒューマンだろう。

 この国もヒルスと同じくヒューマンが最も多い国だ。公式サイトの説明ではそうなっていた。

 国民はともかく、どの国も王家の種族については全く言及されていないのだが、これはおそらく彼らが「ノーブル・ヒューマン」などの上位種族であるために、それを隠す目的だったのだろう。レアとライラがそう言っていた。


 争う騎士たちは、王城へと向かおうとする騎士たちと、それを阻止しようとする騎士たちに分かれている。


 もう言うまでもないことだが、この王城を目指し攻め込んでいる騎士たちはライラの配下だ。

 ライラの治める街はここから北にあるヒューゲルカップだが、オーラルの一都市だ。

 つまりこれは、端的に言えばクーデターである。


「──仲直りはよかったと思うんだけどね。よかったと思うけど……」


 もともとは、2人はおそらく仲のいい姉妹だったのだろう。

 ライラからは、いかにもレアが可愛くて仕方がないという雰囲気を感じるし、レアにしても本当に嫌いならあんな話し方をずっとしたりはしないはずだ。

 だから仲直りすれば、協力プレイをしたくなるというのもわかる。

 そもそもレアにはブランしかプレイヤーのフレンドがいなかったし、ライラもレアとブランが初フレンドだ。

 ライラもその独特すぎるプレイスタイルから、狙っているわけではないようだが周りからはNPCだと思われているようだ。


 ライラが言うには、もともと「災厄」のような超戦力を手に入れたかったのはクーデターを起こすためだったらしい。

 動機はたいしたものではなく、単にアーティファクトが欲しかったからだとか、この国の王家には借りがあるから100倍返しをしてやりたいだとか、その程度のことだ。


 たいした動機はないけど苛ついたからとりあえずクーデターを起こしてやろうとか、もう本当に姉妹だなというか、歳を重ねているぶんがアップデートされているなという感想しかない。


 しかし、実際に王の前に招かれたことのあるライラにはわかっていた事だそうだが、プレイヤーがまともにプレイしていて国家を転覆させるのは容易ではない。

 事業や立場を利用して近づくだけなら可能なため、ライラが王を暗殺することはできるだろう。しかし王1人を暗殺したところで国家転覆とはならない。

 ライラによれば、このゲームで国家を滅亡させようと思ったら、王族を根絶やしにするか国土を奪うかのどちらかの条件が必要らしい。


 そこへ現れた、ヒルス王都を滅ぼしたイベントボス「災厄」である。

 ヒルス王族そのものはライラの入れ知恵によって難を逃れたのだが、仮にライラも、そして例の宰相とやらもいなければ、彼らは王都とともにレアに滅ぼされていただろう。


 そこでライラは考えたという。

 この「災厄」をなんとかして従えることができれば、オーラルを滅ぼすことも可能かもしれない、と。

 王家の者をすべてライラの街におびき出すのは不可能だが、「災厄」をおびき出すなら可能かもしれない。災厄をおびき出し、従えて、王都を滅ぼす。

 先日のあれはそういう思いつきによって仕掛けられた一件だったということだ。


 しかし「災厄」の正体を知った今となっては、「災厄」の力を利用したいならば無理に従える必要などない。

 「災厄」がプレイヤーであるなら、交渉して協力を仰げばいい。

 しかもそのプレイヤーはお互いに数少ないフレンドであり、長年のわだかまりが解けた姉妹の関係だ。


「でも仲直りの結果がこの惨状なんだよなあ」


 この騎士たちの目的は城下の混乱であり、王城を目指して侵攻しているのは王城に圧力をかけるためでしかない。

 そもそも王都の騎士たちとライラの騎士たちでは数に大きな差がある。正面からぶつかり合っては勝てないし、地の利もあちらにあるだろう。

 今なんとか混乱を維持していられるのは、イベント期間で各地の魔物が活性化しているため、王都の騎士たちもいくらかは辺境へ出張しているからだ。


 ライラの治めるヒューゲルカップも内地にあるのでそうしたことも考えていたようだが、ヒルスの異変を受けて急遽キャンセルした。

 さらにライラはプレイヤーであるため、辺境の混乱がひとまず明日までであることを知っている。しかしそれは王都の首脳たちにはわからない。今も戦況に応じて援軍を送るべく手配の準備をしていたりするはずだ。


 国土の全てに注意を払わなければならない王国軍と、とりあえず王都を混乱させられればいいライラの軍とでは、例え地力に大きな差があったとしてもどちらが有利に立ち回れるのかなど考えるまでもない。


 そのライラは今、ケリーやライリーというレアの眷属たちを伴い、王城内にいるはずだ。

 このクーデターはあくまで、人類によるものだと示さなければならない。

 対外的には国を憂いた若き貴族によって保身に腐った王家が倒され、新たな国が樹立されるというシナリオになっているからだ。成功すればだが。

 「災厄」の力を借りるとしても、それは露見しない形で行われるのが望ましい。

 魔物として「災厄」を『使役』していたのならば数と力で圧殺するしかなかったろうが、そうでないならできるだけ穏便に進めたいというのがライラの意向だった。


 王城の中では今頃、ライラが先日王家に献上した剣崎さんをターゲットにレアが出現している頃だろう。

 レアの仕事は『迷彩』で姿を消し、宝物庫にあるアーティファクトをすべて掻っ攫うことだ。

 これを使用されてはレアとライラが揃っていたとしても押し切ることは難しい。


 話によれば、献上された武器や装飾品などはすぐに宝物庫に入れられることはないという。

 いったん鑑定前の宝物などを保管する部屋に持って行かれるのだが、この部屋は宝物庫と同じフロアにあるそうだ。鑑定前とはいえ、高価な品である可能性の高い献上品だ。宝物と同じセキュリティに守られる場所に安置される。そしてその部屋から宝物庫までは、間に廊下を挟むが扉二つの障害しかない。





 作戦の流れはこうだ。

 まずライラが騎士に扮したレアの配下を連れ、王城に入る。先日献上した剣について追加の情報があるとか適当なことを言って王へ取り次ぎを願う。

 そして謁見の間へ向かう途中の通路の窓から、上空を飛んでいるブランたちへ合図を出す。

 それを見たブランが城下町に待機しているライラの騎士たちに伝え、蜂起させる。ライラの騎士たちは王都の騎士を軍事的に刺激しながら王城へと向かう。

 城下町でそれを確認したレアが、『術者召喚』で宝物庫に飛び、アーティファクトを奪う。

 城下で戦闘が行われているというプレッシャーによって王城を実質的に封鎖し、王族の逃亡を牽制する。ライラ配下の騎士たちの主な仕事はこれだ。


 そしてブランとアザレアたちの次の仕事は上空から手分けして街を見張り、王城から脱出しようとする者がいれば速やかに捕らえることだ。

 あらかじめ王都を制圧しておく事ができればそのような面倒な事はしなくてもよいのだが、王城側に気付かれずに王都を制圧するのは不可能だし、戦力もまったく足りない。アリやアンデッドを使用してよいなら話は別だが。

 どうせまともなクーデターではないのだし、最終的には王族さえ何とかできれば細かい部分はどうでもいいそうだ。


 城外の騒ぎはすでに城に伝わっているのだろう。

 城はにわかに慌ただしくなっている。

 いや、あるいはライラが行動を起こしたのかも知れない。

 王家の喉元、王城内深くまで入っていけるのはこのメンバーではライラだけだ。

 可能な限り王の近くまで行き、そこに領地で待機している虎の子の襲撃部隊を『召喚』する。

 そうなればあとは仕事を終えたレアとライラがひそかに連携し、城内の王族を片付けていくだけだ。


「……城から誰も出てこないね。残らず狩れたのかな? わたしもちょっとは仕事したかったんだけど」


「ご主人様」


 そこへアザレアがやってきた。

 エルンタールに攻めてきているプレイヤーを倒して貯めた経験値で、彼女たちにも『飛翔』や『闇魔法』を取得させている。


「王子と思しき者達を始末しました」


「えっ。いつの間に」


「城の北側、おそらく物資の搬入などを行なう通用口かと思われますが、そちらからみすぼらしい馬車と、それを護衛する騎士たちが出てまいりましたので、騎士は始末して馬車は制止しました。中には豪奢な服装の若い男が2人と、侍従と思われる者達が乗っておりましたが……」


「おりましたが?」


「申し訳ありません。馬車を無理に止めた時の衝撃で、死亡させてしまいました」


「王族というお話でしたし、先日ラコリーヌで出会った貴族と同程度の強さを想定していたのですが、思いの外虚弱だったらしく……」


 死んでしまったのか。

 しかし、ライラも「出来れば捕まえて」とは言っていたが、「無理なら始末して」とも言っていた。

 逃さなかったのならまあ良しとするしかないだろう。


「えー。わたしも活躍したかったんだけど。まぁ、そういうことなら仕方ないか。いいよ、わかった。お疲れ様」


「ライラ様のお話では、あと王女が残っている可能性があるのですよね? 国王と王妃はこれからライラ様がお会いになられるはずですし」


「そうだね。引き続き王女を探して警戒だけしておこう。もう残りは王女だけだから、見つけたら殺さずに教えてね」


「かしこまりました」






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