第101話「スゴロク」(ブラン視点)





「ただいま。視える範囲では、たぶんプレイヤーはもう残ってないかな。

 何してるの?」


 ブランがSNSをチェックしている間に、侵攻してきたプレイヤーたちはすべて撃退されたようだ。


 当初イベントの内容が発表された時、ブランは魔物側プレイヤーなのだから侵攻側でのみ参加するものだと考えていた。

 確かに侵攻側として街を落とした結果が今ではあるのだが、それによって立場が逆転し、こうして防衛側としても楽しむことができている。


 ──今回のイベント告知、見逃さなくて本当によかった。友達もできたし。


「ああ! お帰り! いやーすることないから暇でさ。ぼーっと見てるのも悪いから、SNSでもチェックしておこうかと思って。あと経験値の増え方とかも見たよ。レアちゃんがなんかしてくれたときだけ減ってたよ。半分くらいかな」


「ああ、そんなところまで見ていてくれたのか。ありがとう。プレイヤーの中に何名か、数の暴力では押し切れなさそうな者がいたからね。ちょっと『自失』とかで軽く妨害しながらサポートしてみたんだよ。

 しかしあれだけで半分も分配されてしまうのか。気をつけないといけないな」


 礼を言われてしまったが、もともとはマゼンタの提案である。若干バツが悪い。


「えーと、それとあのあれ、SNSなんだけど。

 なんかスゴロク?盤を作った人がいるんだって! すごくない?」


「……双六盤? 盤双六? 作ったというのは……。ええと、ゲーム内で製作して販売したとかそういうこと? こんな殺伐とした世界で娯楽品なんて売れるの? というか、サイコロとかあったっけ?」


「さいころ? 関係あるの?」


「えっ」


「えっ」


 話がかみ合っていないように思える。お互いの認識に相違があるせいだろう。

 レアの反応からすると、スゴロク盤というものは現実にも存在していて、レアが言っているのはそれのことだろう。


「んと、この大陸の街同士の位置関係をおおざっぱに書いた簡易地図みたいなのを作った人がいるらしいのね。それがスゴロク盤ていうのに似たような感じになってるんだって話なんだけど」


「……ああ、そういう。今回はちょっと難易度高めだったな……。

 しかしなるほど、そんなもの作った人がいるのか。

 確かに今なら、隣接している街の名前だけなら転移サービスによってわかるという話だったね。それとSNSなどでの口コミなんかを統合すればそういうものの作成も可能だということか。

 たしかにそれはすごいな。それって誰でも見られるの?」


「見れるんじゃないかな? えとねー、見てたスレッドは──」


 さきほどのスレッドを教えると、レアはブランに断ってSNSのチェックに集中しはじめた。

 その間に今の戦闘のリザルトを確認することにする。


「全部、とはいかないけど、強化系のは取れそうかな。あと『召喚』のは最初からとっていかないとだめだから結構経験値使っちゃうけど……。えーと、あと『空間魔法』だっけ。お、視覚とかいけそう。精神とか自分とかもとれそうだけど、これってなんだっけ」


「『術者召喚:精神』が眷属の肉体を遠隔操作するスキルですね。自身というのが確か眷属の側にご自身を『召喚』させるスキルだったかと」


「あそうなんだ、便利そう。全部取っちゃえ」


「えっ」


「よろしいのですか? 翼を生やすとか……あとわたくし達の『闇魔法』とか。わたくし達の」


「あっ」


 そういえばそのような話をしていた。しかしもう取得してしまったし、今さら手遅れだ。

 それ以前に、冷静に考えてみれば眷属の視界を借りると言っても、空を飛んでの偵察などができそうな配下がいない。これらのスキルは無理して今取る必要はなかったかも知れない。

 もともとこれまでに街を制圧して得た経験値は、使い道が思いつかなかったため大半がそのままになっていた。それに加え、今の戦闘で得た経験値を費やしてようやく取れたスキルだ。まとまった量の経験値をまた得ようと思ったら同じくらいの労力が必要である。


「翼はまあ……どのみち聞いてみないとわからないし、しょうがない……。『闇魔法』はそんなに高くないから、なんかあったらすぐ取れるよきっと」


 もうどうしようもない事は考えても仕方がない。それより未来のことを考えるべきだ。

 さしあたって今欲しいのは、航空偵察が可能な眷属である。


「ちょうどいいのいないかな」


「吸血鬼関連のツリーから伸びている『使役』を使用するとゾンビになるのでしたよね。殺して『死霊』で蘇らせてから『使役』してもどうせゾンビになるのですし、生死不問で鳥を捕まえればいいということでよろしいでしょうか」


「全部がゾンビにはならないんじゃないかな。吸血鬼に関係ありそうな、コウモリとか狼とかならたぶん生きたまま『使役』できるよ」


 これはアザレアたちを最初に眷属にしたときのことから明らかだ。そしておそらくそういう、生きたまま眷属化が可能な種族に対して血を与えることで、吸血鬼の亜種に転生させることができるのだろう。


「ていうか、君たち飛べないの?」


「飛べますが……。先ほどのレア様の眷属のように長距離を飛行して偵察を行うのは無理ですね。街なかなどの偵察だとしても、それほど高くまで上昇できませんから、広範囲を索敵と言われても難しいかと」


「そのかわり、狭いところや暗いところでも入り込めますが」


 それはそれで有用なのだろうが、街全体にアンデッドを放ち、掌握している現在ではわざわざやる意味は薄い。


「……わたしが生きたまま『使役』できる、空が飛べそうなのがコウモリだけって考えると、もうゾンビしか選択肢ないな……」


 運よく鳥型の魔物を発見した際に考えた方がいいのかもしれない。

 しかし魔法などで吹き飛ばしてしまえばゾンビ化した際にちゃんと鳥の形をしているかわからないため、慎重にやる必要がある。


「──お待たせ。スレッド教えてくれてありがとう。おかげでいろいろわかったよ」


 レアが現実に帰ってきたようだ。いや、現実からゲームに帰ってきたというほうが正しいのかもしれないが。


「いろいろわかったの? すごいね! わたしはスゴロクさんが誰なのかすらわからなかったのに」


「すごろく、というのは人名ではないよ。古い、まあボードゲームの一種だよ。バックギャモンを子供向けにしたようなものなんだけど」


「ばけぎゃ……?」


「知らないならいいや。それより、その簡易地図もそうなんだけど、もっと興味深い書き込みがあってね」


 レアは変なことに興味を持つことがあるため、あのスレッドのどこに興味を惹かれたのか全く分からない。


「オーラルの、ヒューゲルカップという名前だったかな。その街の騎士が、どうもすでにヒルスが滅亡したという事を知っていたみたいなんだよね」


「あー。なんか書いてあったね。それがどうかしたの?」


「ヒルスが滅んだのは3日目の夕方だから、つまり昨日だね。ただしこれは運営が判定した滅亡であって、現地のNPCがどう考えているのかはわからない。王都壊滅は2日目の夜のこと、つまり2日前になるんだけど」


「2日前の事なのにもう知ってるっていうのがおかしいってこと?」


「それもあるけど、問題はもう一つある。実はその時点で王都壊滅の可能性について他国が知っていても不思議じゃない理由はある。

 ヒルスの宰相はヒルスの王を他国に亡命させていたんだ。

 この亡命が成功するために絶対に必要なポイントは、他国の王侯貴族がヒルス王族が生きている事実を知っているって事だ。死んでるかもしれない王族が亡命したいですって現れたところで、すんなりいくわけないからね。

 だから王都壊滅の時点で周辺国家に宰相から、王都壊滅と王族の亡命について連絡が届いていたとしてもおかしくはないわけだ」


「ふむふむ?」


 なんかあったら王族は亡命させますから、生きている前提で受け入れてくださいね、とあらかじめヒルス王国宰相から連絡が回っていたという事だろう。


「しかしこの、ユスティースというプレイヤーの話では、王都壊滅ではなく国そのものが滅亡したというニュアンスの事を話していたとある。騎士ということはおそらく貴族と繋がりがあるのだろうけど、公式の更新と同じタイミングですでにそれを知っていたというのはおかしい。

 その騎士がヒルス宰相からの亡命の打診の件を聞いたとして、亡命の話からヒルス王都壊滅の可能性を察したのだとしても、それが国家滅亡に直結するかはわからないはずだからね」


 確かに、例えば現代日本でいうと首都はトーキョーという事になっているが、あそこが壊滅したとしても日本という国が無くなるわけではない。

 このゲームのヒルス王国のように、王政国家であるなら王都の重要性はもっと高いのかもしれないが、それも王都に王様がいるからこそだろう。その王様を始めとする王族が逃げ出しているのなら、王都の安否は国家存亡には直接関係ないとも言える。

 王族亡命から推測したのであればなおさらだ。


「この……明太子さんが言ってるみたいに、一部のNPCにはそういうアナウンスがあったっていう可能性は?」


「それなら他の街の騎士たちも知っているはずだ。気になってついでに他のそれっぽいスレッドも覗いてみたけど、このプレイヤーのこの書き込み以外は見つからなかった。

 まあもっとも、ヒルス滅亡についてはプレイヤーたちの方が詳しいだろうから、NPC関連の書き込みを探すこと自体が難しいんだけど。

 でも検証班でも知らなかったみたいだし、ここは他にはなかったと考えていいと思う」


 あの短時間でよく探したものだと思うが、何かコツでもあるのかもしれない。翼の件とあわせて後で聞いてみることにする。

 とりあえず今はとても楽しそうに解説してくれているので、邪魔しないほうが良いだろう。


「だとするなら、まずこのプレイヤーがそういう嘘を意図的に流しているという可能性が考えられる」


「……何のために?」


「それはわからないけど、まぁでもその可能性は低いと思う。もしそうなら他の類似のスレッドでも同様の発言をするだろうし、あるいは協力者を募ったりして複数人で書き込むだろうし」


「……そうかも。それに本当に何のためにやるのか意味分かんないし」


「そうなんだ。動機がまるで見当たらない。だからこれは考えなくてもいいと思う」


 アザレアたちが街の周辺の見回りに出かけるようだ。退屈しているのだろう。

 彼女たちは一応ブランの護衛のためにここに残っていたのだが、レアがいる限り、バルコニーの安全は保証されていると考えていい。


「もうひとつの可能性は、この騎士たちが、亡命するつもりだったヒルス王族を全員殺したため、ヒルス王国が滅亡したということを誰より早く知っていた場合だ」


「なるほど! ……でもなんでわざわざそれをプレイヤーに言ったのかな?」


「そこは全くわからないけど……。そもそも、このユスティースというプレイヤーの街での立ち位置もわからないし、もしかしたら騎士と懇意にしている関係なのかもしれない」


「懇意! え、プレイヤーとNPCってそういうのあるの?」


「え? そういうの? どういうこと?」


 レアはきょとんとしてブランを見つめている。本当にわかっていないように見える。

 では単純に仲がいいだけの関係だという意味での発言だったのか。時々レアがわからない。


「まぁいいか。懇意っていうのは例えば、このユスティースってプレイヤーが騎士系のスキルが欲しいとか、誰かの眷属になりたいとか考えていて、貴族との繋ぎの目的で騎士に近づいたとかだね」


「ビジネスライクな関係だなぁ……。夢が……」


「夢?」


「いやいいよなんでもない」


 レアは少しだけ怪訝そうな表情をしたが、いつものことか、みたいな仕草で話に戻った。解せぬ。


「わたしは実は、そのヒルスの王族という者たちの行方を探していてね」


「あ、そうなんだ。完璧主義ってやつ? 取りこぼしは気持ち悪いみたいな」


「いやもっと実利的な……。彼らが持ち逃げしたアイテムに用があるだけだけど、どっちでもいいか。

 それで、亡命先はどこかもわからないし、いきなり他国にノックもなしにお邪魔するのは危険だし、どうしようかなって思ってたところにこの情報というわけなんだよ」


 それでこのテンションの高さというわけなのだろう。


「うーん……。でもなんか、怪しくない?」


「怪しくないといえば嘘になるけど、でもまさかわたし──イベントボスの災厄がSNSを見てるなんて思わないだろうし、仮に何かの罠だとしてもわたしを狙ったものじゃないはずだ。

 それなら一度確認してみて、わたし以外の誰かを狙った罠だとしたらそのまま叩き潰せばいいし、罠でないなら新たな情報になる」


 言っていることは間違っていない、ように聞こえるが、仮にレアを狙ったものでなかったとしても、罠だとしたら相手にも相応の備えがあるはずだ。

 それに罠だとしたら、プレイヤー1人がSNSでただ一言だけ発言したというのは不自然極まりない。少なくとも、SNSを確認するプレイヤー向けの罠ではないだろう。ギャンブルにすぎる。

 ブランではうまく説明できないが、なんともいえないモヤモヤを感じる。

 しかしそんな感覚的な説得ではレアを止めることはできないだろう。なにせ、とても楽しそうなのだ。


「ものすごーく怪しいと思うんだけどな……。うまく言えないけど。うまく言えないけど!」


「うーん……、そんなに言うなら、ブランもついてくるかい?」


「いくぅ!」


 レアの方が遥かに強いのだが、見ていて心配で仕方ない部分がある。世間知らず感があるというか。

 おそらく、こういう人物を世間ではポンコツというのだろう。大変失礼なため本人には絶対に言わないが。

 これまでブランはレアには与えてもらってばかりである。護衛をすることでそれを少しでも返せるなら願ったりだ。


「ああ、でも飛べないか。どうしようかな……」


「あ、それなんすけど、その、よかったら羽根とか生える方法とか教えてもらえないかなーって」


「ああ、そうすれば『飛翔』が取れるかもね。じゃあ、とりあえず今取れそうなスキルには何があるのか教えてもらっていいかな。あ、こういう情報は非常に重要だから、本来他人に言ったりしちゃだめだよ」


「言わないよ! 何だと思ってるんだよ!」


 その後、なんとか羽根が生えそうなスキルを発見したが、経験値が足りなかったためもう1日この街に逗留し、翌日現れたプレイヤーをキルして稼ぐ事にした。


 そうしてなんとか、無事羽根を生やす事ができた。想像通り、コウモリの羽根だった。


「出かけるのはいいんだけど、明日以降もプレイヤーが遊びにくる可能性が高いな。とりあえず、女王級を……そうだ、リーベで遊んでいる甲虫の女王を一体『召喚』して、実地テストもやらせておこう。ブラン、いいかな?」


「いいよー! てか、気使ってくれてありがとう!」


 そしてレアと連れ立って、問題のヒューゲルカップという街へ飛び立ったのだった。

 レアはディアスから何やら言われていたようだが、最終的に女友達二人旅で押し切っていた。


 イベント開始から5日目、折返し地点のことだった。






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