第91話「第七の災厄」
スガルに命じ、ラコリーヌに歩兵や工兵アリを空輸するよう手配した。
今度は地下もしっかりと探索させ、他に忘れ物がないかきっちり確認しておくためだ。
これでようやく、ラコリーヌに関してはクローズできるだろう。
その後王都へ『術者召喚』を利用して戻り、ようやくSNSを調べた。
「災厄は把握されているだけでわたしを除いて6体か」
主にNPCの国に伝わる伝承などから拾い上げた情報らしく、その確度はどこまで信用できるものかはわからない。この検証班のプレイヤーたちがどのレベルで裏取りなどを行ったのか定かではないが、別にそれはどうでもよい。
レアが確認したかったのはあくまでプレイヤーやNPC間における共通認識であって、真実ではないからだ。
プレイヤーやプレイヤーに知識を与えたNPCが、この世界に存在する災厄はこれまで6体であり、新たに生まれた魔王が7体目だと認識しているのなら、レアがそのように振る舞ったとしても誰にも不審に思われないだろう。
「──しかしやはり、NPCが把握している災厄の数は正確ではないと見るべきか」
ゲーム外の知識ではあるが、一般的に考えて大悪魔というのは大天使と対極にある存在と考えてよいだろう。
であれば、関係としては魔王と精霊王に似ていると言える。
真実はどうあれ、ヒルス王国首脳部が精霊王を自分たち寄りの存在だと考えていたところを見るに、精霊王は人類にとって脅威となる勢力とは判定されない可能性がある。
ではその場合、精霊王は「特定災害生物」とやらとしてアナウンスはされるのだろうか。
「その判定──というか設定をしたのはおそらく開発側だろうし、NPCがどう思っていようが関係ないだろうけど……」
レア自身をひとつの「勢力」として考えた場合、開発の想定では「魔王勢力は人類側勢力に敵対する」とされていたと思われる。これはレアが魔王になった際にアナウンスされただろうメッセージから明らかだ。
ならばその対極にあるであろう精霊王という存在が、人類の敵対勢力として人類側にアナウンスされるということは考えづらい。
同様に、宰相から聞いたアーティファクトの仕様から、精霊王と大天使は本来敵対しない側の勢力であると想定されていることがうかがえる。ならば、大天使誕生の瞬間、人類側にはその事実がアナウンスされていない可能性がある。
この結論はあくまで仮定に推論を重ねた思考実験的なものに過ぎないが、もしそうだとしたら。
「特定のスキル持ちにもたらされるワールドアナウンス──神託とかいうのだったかな。あれの有無には関係なく、災厄とやらは決められている可能性があるな」
神託によってもたらされる情報は優先的に災厄とし、それに加え、人類に仇なすと考えられる勢力を災厄に追加する。そういうルーチンであったならば納得できる。
「なんとかしてその、神託とかいうものが聞こえるスキルを手に入れられないものかな。もっと言えば、その魔物側バージョンがあれば、それも欲しいな。両方の勢力のお知らせが届くなら、これ以降に新たに発生するリスクについて管理が可能だ」
この王都で手に入れられそうならば手に入れておくべきだった、と後悔する。
しかしレアが神託の存在を知った時点で、すでに都内の大半の住民は片付けてしまっていた。
神託とか言われているくらいであるし、おそらく宗教関係者だろう。どうでもいいと思っていたため、神殿や教会など気にも留めていなかった。
おそらく今は王都のどこかでアンデッドに生まれ変わっているのだろうが、神託系のスキルはもう残っていないだろう。アンデッド化されると、能力値はだいたい生前を踏襲した傾向のゾンビになるのだが、スキル等は一切引き継がれない。
「しまったな……。これからはもし宗教関係者らしき者がいたら、殺さずに支配してみなくては。どちらかのスキルが判明すれば、もう片方も考察できるだろうし」
この国の他の都市に神託を受けられるNPCがまだ残っているかは定かではない。もともと王都にいたプレイヤーはイベント開始後すぐに辺境の街などに移って行ってしまったようだし、ヒルス国内でNPCから災厄の話を聞いたというプレイヤーは少なかった。
他の国では街角などでの説法ですら説かれていたということだし、自国内で発生した災害だったためヒルス国内では情報規制のようなものが敷かれていたのかもしれない。
「他国とリアルタイムで情報のやりとりをすることができるわけではないからね。
……しかし、これからもそうとは限らないな。この国にはいなかったようだけど、もしプレイヤーが騎士などになったりして、国の中枢に食い込んでいるような場合があれば、その国の情報収集能力は普通とはケタ違いになる。わたしがヒルス王都を掌握したことすらこの時点ですでに知っている国家があってもおかしくないな」
そうしたロールプレイをしているのなら、その本人はSNSに書き込んだりはしないだろう。レアと同じく、ただ情報を吸い上げるだけだ。
「そういう可能性もこれからは考えていかなくては。そんな尖ったプレイをしているプレイヤーに、例のアーティファクトなど使われては、また負けてしまうことになりかねない」
なんとなれば、SNSを利用して情報操作などをしかけてくる可能性すらある。
「この情報はふっ、フレンドと共有しておく必要があるな。さっそくフレンドチャットを……。いや、でも戦闘中とかだったら迷惑になるかな。国外に出てからでいいか……。でも早い方がいいかもしれないし……」
結局、この日はフレンドチャットは送らなかった。
*
「ヒルス王都、それから国内有数の大都市は落とした。しばらくはじわじわと手を広げつつ、地盤を固めることに注力したほうがいいか」
せっかくのイベント期間であるし、期間中はできるだけ侵攻を進めるという手もある。
しかしいかに補給を考える必要が薄いとはいえ、拡大した戦線を支えるだけの数的余裕があるとは言えない。
すべての都市を灰燼に帰すのであればそれでもいいのかもしれないが、中途半端に破壊し、引き上げた後にすぐに復興されてしまったのではやる意味も薄い。
「理想的なのは、落とした街の中央に世界樹の端末を植え、アリとトレントを放ち、緑あふれる廃墟街にして、エサ用の獣や魔物なんかを養殖することなんだけれど」
これが可能かどうか、まずは実験してみる必要がある。
それに当初の計画では、とにかく王都を廃墟型の領域にしてみたいという程度のものしかなかった。
そして想定外の事態はあったにしろ、それは達成された。
これ以降の動向を詳細に定めるためには、新たに計画を立てなければならないだろう。
「まずは大目標かな。これはもちろん大陸制圧でいいか。残る5ヶ国を滅ぼすということは、必然的にそうなる。人類側プレイヤーすべてと敵対することになるけど、まあこれはブラン、ちゃんみたいな子が他にもいるだろうし、そちらと協力プレイができれば対抗できないこともないかな」
しかしレア自身が災厄と呼ばれるレイドボスであることや、他にも公にしたくない情報などはたくさんある。利害が一致しているとはいえ、安易に協力してむやみに手を広げるのは危険だ。
これはブランを信用していないとかそういう事ではなく、戦線を広げればそれだけあらゆるリスクが上がってしまうという意味だ。
それに確認の必要はあるが、レア同様に人類種のアバターで開始して、人類種を狩るプレイをしているプレイヤーもいるかもしれない。協力できるかは交渉次第だが、ことさらに敵対する必要もないだろう。
「大陸制圧のための中間目標として、とりあえずはヒルス王国全土の掌握だ。この掌握の定義についてはよく考える必要があるけど……。すべての街や村の侵略とかになると、ちょっと数が多すぎるな。普通の戦争なら、首都を陥落させたんだから首脳部に降伏宣言を出させて、こちらに有利な終戦協定を飲ませて……ってするんだろうけど、交渉の余地がないからな。というか、国家元首が亡命してしまっているからな」
精霊王の遺産とやらは、国家よりも重要なものだということなのだろう。レアに限らず、他の災厄などに対抗するために必要不可欠なものであるため、敵に奪われるわけにはいかないということだろうか。
「でもあれ天使に効きが悪いとか言っていたな。この大陸天使しか攻めてこないのになんで後生大事に持ってるんだろ。もしかして他に──」
たとえば王族などの限られた者にしか伝わっていない脅威などがあるのだろうか。
しかしそうだとして、何のメリットがあってそのような情報の制限を行うのだろう。
「そういう存在を王族とかだけが知っていたとしたら、精霊王を倒したのが実は自分たちだってことも王族とかだけには伝わっていそうだ。だとしたら面の皮の厚い人たちだなあ」
これも推論に過ぎない。今考えてもわかることはない。
いま重要なのは、この後残る国内の都市をどうすべきかである。
「まずは、アリとトレントの楽園都市が実現可能かテストしよう。それが可能なら、街をひとつずつ人類とアリ、家屋とトレントで入れ替えていけば、そのうち制圧も完了するでしょう」
そのためにはまず解決しておかなければならない問題がひとつある。
スガルの転生だ。
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