第75話「ウェイン、王都に立つ」(ウェイン視点)





《1時間以内なら蘇生を受け付けられますが、ただちにリスポーンしますか?》

《イベント期間中につき、経験値の減少はありません》


《あなたのリスポーン地点が見つかりません。リスポーン出来ませんでした。他にあなたの既存のリスポーン地点がありません。初期スポーン地点にランダムにリスポーンします》


「……はあ」


 全く駄目だった。

 あの街のNPCは、衛兵などの戦闘要員でもウェインと比べて非常に弱かった。

 エアファーレンの街の衛兵たちには少なくとも現在のウェインと同程度の戦闘力はあったので期待していたのだが、街によって衛兵の強さには随分とバラつきがあるようだ。


 考えてみれば当然のことかもしれない。

 あたりに魔物の領域などがあれば、その魔物たちから街を守るために戦闘力が必要だ。

 しかしそういった脅威がなければそこまでの戦力は必要ない。

 戦力を抱えているだけでもコストはかさむことになるし、必要が無ければ街も衛兵や傭兵を雇ったりはしない。ならば戦闘力に自信があるものは領域近くの辺境へと移り住んでいくのだろう。


 開幕と同時に街の食料の生命線である大麦畑に火を放たれたのも痛かった。

 異常なほどの勢いで燃え上がり、消火をするか迎撃を優先するかで揉めている間に、あっという間に畑は灰になってしまった。

 指揮官の統率力のなさや、いざというときの優先順位の曖昧さが招いた悲劇だ。

 普段から魔物などと組織的に相対していれば、あのような無様な結果にはならなかっただろう。


 そもそも辺境の街であれば、イベント中の現在は魔物の集団に襲われているはずだ。当然、その周辺でも戦闘が起こっている可能性がある。

 であれば、アップデートによって初期スポーン位置の安全性が高められた今、そんなところにランダムリスポーンする可能性は低い。

 ウェインがリスポーン出来た時点で、こうなることは決まっていたのかもしれない。


 しかし、だとすると何故そんな平和な街にいきなりアンデッドの群れが現れたのかは全く不明である。そういう街で遊んでいるプレイヤーのための救済措置か何かだろうか。

 生産スキル特化など、非戦闘プレイヤーにとっては悪魔のような余計なおせっかいだが、運営なりの考えがあるのだろうか。


 救済措置なら例えば、戦闘系のスキルを取得しているプレイヤーに反応してイベントが起こるような設定になっていた可能性もある。

 だとしたら、あのアンデッドたちが現れたのは。

 あの街にはプレイヤーはいないようだった。

 いたのはウェインだけだ。


「……俺の……せいなのかな……。俺があの荒野にリスポーンしたから、もしかしてあの街は……」


 いや、さすがにそんなことはないはずだ。プレイヤーひとりひとりに配慮してイベントを発生させるなど、いくらなんでも現実的ではない。

 それならばまだ、たまたま発生したアンデッドが、ウェインという獲物を見つけたため追いかけ、その先に偶然街を見つけた、と考えた方が自然だ。


「だったらやっぱり俺のせいじゃないか……」


 悔やんでも悔やみきれないが、今さらどうしようもない。

 ここは気持ちを切り替え、これからのことを考えるべきだ。


 徐々に日が登っていく。イベント2日目の始まりだ。









 今回は楽に街を見つけることができた。

 あたりはすっかり明るくなっている。


 そうして日の光に照らされ、見えてきた街には、見たこともないような立派な城と城壁があった。

 城壁を見て一瞬辺境かと期待したが、辺境にあのような雄大な城があるわけがない。


 あれはおそらく王都だろう。

 今最も安全な、つまりイベントからは遠い場所だ。


 しかし、行くしかない。

 確かイベント期間中は、距離に関係なく隣接した街への転移サービスとやらがあったはずだ。


 それを利用し、王都近郊から徐々に辺境へ向かうしかないだろう。





 王都にたどり着いたウェインを出迎えたのは、いやに機嫌のいい門番だった。

 門番なんてつまらない仕事のように思えるが、彼にとってはそうではないのだろうか。

 まるで門番であることを神に感謝でもするように熱心に、それでいて人当たりよく仕事をこなしている。


 トーマスと言うらしいその彼の案内に従い、とりあえず傭兵組合を目指した。

 プレイヤーがもしいれば、ちょっと話を聞いてみたい。


 しかし、さすがは王都だ。街並みも美しい。ただ歩いているだけで楽しいなんて、なかなかない。

 到着した傭兵組合も、エアファーレンのどこかけだるい雰囲気とは大違いだ。


 どうやら食事処が併設されているようで、いい匂いがたちこめている。

 ゲーム内時間はまだ昼まで時間があるが、朝食も摂っていない。

 しかし満腹度はまだ余裕がある。経済的なことを考えればインベントリ内のショートブレッドでも齧った方がいい。味はお察しだが。

 ここで食事を買うことにメリットはない。無駄な行為だ。


 肉の脂が弾けるぱちぱちという音が聞こえ。ソースの焦げる香ばしい香りが漂う。


「……なにか、軽くつまもう」


 ウェインが食事処の方へ足を向けると、組合へどかどかと、豪華な鎧を身に付けた騎士が入ってきた。

 通常、あんな立派な騎士が傭兵組合に来ることなどない。何事だろうか。

 気にはなりつつも、彼のことはいったん置き、まずは腹を満たすために食事を注文した。


 食事が来るのを待つ間、何となく騎士の方を気にしていると、どうやら騎士は傭兵を集めたいらしく、組合のカウンターで受付にそんなような事を伝えている。「保管庫持ち」がいればなおいい、とも。


「旦那、申し訳ねえんですが、保管庫持ちの奴ら、どいつも昨日からまったく姿をあらわさねえんでさ。いつもは時間に関係なく押しかけてくるってのに、どうしたことなんだか」


 騎士はプレイヤーに用があるようだ。プレイヤーたちが昨日から姿を現さないのは、イベントに参加するため、もっと辺境に近い街へ向かったためだろう。

 ウェインもプレイヤーに会えないかと考えて組合まで来たのだが、無駄足になってしまったようだ。

 だがこればかりは仕方ない。


 出来上がったホットスナックを受け取り、インベントリからお金を取り出し、おばちゃんに支払う。


「あれ。お前さん保管庫持ちなんかい」


「ああ、そうだよ。俺も他の保管庫持ちに会いに来たんだけど、どうやら今日はいないみたいだね」


 するとその声を聞きつけてか、騎士がこちらへやってきた。


「すまない! 貴殿は保管庫持ちの傭兵なのか?」


「え、ああ、そうですけど」


「保管庫持ちは、どれほど距離が離れていても保管庫持ち同士で連絡が取れるというのは本当か?」


 フレンドチャットのことだろうか。

 しかしあれはフレンド登録した者同士でなければ使用できない。

 現在のウェインで言えば、前回のイベントでフレンドになったギノレガメッシュのみだ。

 しかし専用SNSなどを使えば不特定多数のプレイヤーとの会話も可能とも言える。


「まあ、そうですね。できないことはないけど……」


「そうか! 申し訳ないのだが、城までご同行願えないだろうか。火急の事態なのだ!」









 ウェインは自分の実力はよく理解していた。それは前回のイベントからも明らかだ。上には上がいて、その上にもさらに上がいる。

 そんな自分が王城という場所に入るなどという経験ができるとは思っていなかった。

 もちろん別のゲームでならそういうこともあったが、このゲームに関して言えば作り込みのレベルが違う。

 外から眺めて迫力ある雄大な城だと感じたままに、内部も荘厳なものだった。


 騎士の後をついて歩いていくが、次第に上へ、奥へと入り込んでいく。廊下は広いが入り組んでおり、もはや一人で帰れと言われても帰れる気が全くしない。イベント期間中ならば、死んで戻った方が早いくらいだ。こんなことなら城下町の宿でいったんログアウトしておくのだった。今死んだらまたルーレットだ。


 途中から、すれ違う人たちの視線が厳しくなっている。おそらく本来であれば、傭兵などが入ってきてよいエリアではないのだろう。

 騎士がなぜここまでウェインを連れてきているのかわからないが、ウェイン程度なら騎士一人でも制圧できると考えているのだろうか。身のこなしを見るかぎり、それは間違ってはいなさそうだが。さすがは王都の騎士だ。


「失礼します! 保管庫持ちの方を1名お連れしました!」


 やがて到着した重厚な扉の前で、騎士がノックをし、入室の許可が出たため入っていった。ウェインもそれに続いた。


「失礼しまーす……」


「おお、よくぞいらっしゃった! ローソン、保管庫持ちの方はおひとりだけなのか?」


「は。どうやら昨日から組合にはどなたも顔を出されていないようです」


「ううむ。辺境各地で起きている防衛戦では、普段より多くの保管庫持ちの傭兵が協力してくれていると聞く。そちらの方へまわってくれているのやも知れぬな。何せ今のところは、王都は平和だ」


 応接間らしいデザインの、やわらかそうなソファーを勧められた。ウェインが言われるままにソファーに腰かけると、すかさず紅茶が差し出された。

 こんな城の奥の方に応接間なんて使いづらくて仕方なかろうに、どういう時に使うのだろう。

 紅茶を出してくれた使用人らしい人は、一礼すると部屋を出ていった。


「まずは来ていただいて感謝する。私は陛下よりこのヒルス王国の宰相を仰せつかっておる、ダグラス・オコーネルと申す。よろしくお願いする」


 宰相だと。

 大物である。一介の傭兵が面会していい立場の相手ではない。

 なぜウェイン──いや、プレイヤーを呼んだのだろうか。


「──あ、ええと、ウェインといいます。姓とかはありません。傭兵をしています。よろしくお願いします」


「うむ。ウェイン殿は、なぜ自分がここへ呼ばれたのか不思議に思っておろう」


「……はい」


「実は今、王国各地で魔物による襲撃が起きておってな。我が国はその対応に追われ、私も昨日から寝ていない」


 まさかの寝てないアピールだ。ウェインもよくVRリーマンの友人にこれをやるが、ゲーム内世界でもこんな文化があったとは。謎の親近感が芽生える。

 それはともかく、各地の襲撃とはイベントの事で間違いない。ウェインは頷いた。


「だが実のところ、事の起こりは今からおよそ10日前までさかのぼる」


 なんのことだろう。初耳だ。

 イベントが始まったのは昨日からのはずだ。10日前から運営の仕込みがあったということだろうか。

 確かにその頃と言えば、イベントの詳しい内容が発表された頃、あるいはその少し前くらいだ。


「10日前、我が国の国教であるヒルス聖教の総主教聖下が、神託をたまわったと発表された」


「神託……ですか」


 胡散臭い、と一瞬だけ思ったが、よく考えればここは剣と魔法の世界。神託というシステムが本当にあったとしても不思議はない。


「左様。神託とは、総主教聖下や主教座下が、神より賜る不思議な御言葉で、世界全体の趨勢すうせいにかかわるような内容であることが多い」


 システムメッセージのようなものということだろうか。ウェインには何も覚えがないため、もしかしたらイベントの告知をNPC用に行うための仕掛けなのかもしれない。

 だとすると、神というのは運営のことか。もしそうならば、ある意味でプレイヤーと同じものを信仰していると言えるのかもしれない。


「それによれば、新たな「人類の敵」が誕生したとのことであった」


 人類の敵。


 ウェインはピンと来なかったため、察した宰相が説明をしてくれた。


 それによれば、人類の敵とは世界の色々なところに全部で6体いる特殊な魔物のことで、その存在1体でたやすく大陸を滅ぼすほどの力を持っているらしい。人の力では抗うことさえ不可能なため、「災厄」と呼ばれている。

 災厄には大悪魔や真祖吸血鬼などがいるらしいが、これまでこの国が戦ったことがあるのはそのうちの大天使のみだそうだ。

 と言っても大天使自体は表に出てくることはなく、配下の天使をけしかけて気まぐれに王都や大きな街を襲うくらいらしいが。


 そんな災厄の、七番目が誕生したと言う。


「おそらくそれが、魔物どものこの大侵攻の引き金であろう」


 なるほど、と思った。やはり10日前の神託とやらはイベントの仕込みだ。

 その七番目の災厄とやらがこのイベントの黒幕で、神託とかいうのはイベントフラグの発生アナウンスだ。


「本格的な侵攻が始まったのは昨日からだ。保管庫持ちの方々が昨日から見られないのは、おそらく各都市に救援にかけつけてくれているのではないかと」


 ウェインは頷いた。だいたい合っている。

 ウェインだけが王都にいるのは偶然の結果だ。帰るべき宿が破壊されたため、各地をさまよって、王都にたどり着いただけである。

 そう伝えると、宰相は悲痛な表情を浮かべた。


「そうであったか。ウェイン殿はあのエアファーレンに……。そうか」


 この口ぶりでは、宰相はすでにエアファーレンの街が壊滅したことを知っているのだろう。あれからおおよそ1日が経過している。エアファーレンからこの王都までがどういう位置関係になっているのかさっぱりわからないが、たとえば伝書鳩などを使っているなら遠くの情報が届いていてもおかしくはない。


 しかしウェインがここへ呼ばれた話とは繋がらない。攻撃を受けているのはあくまで辺境であり、ここ王都が魔物の襲撃を受けるなど考えられない。火急というからには王都の安全に関係する内容だと思ったのだが、なぜ今なのだろう。


「であれば話は早い。実はその七番目の災厄が生まれたのは、エアファーレンのそば、リーベ大森林なのだ」


 衝撃をうけた。しかし同時に納得もできるような気がする。

 リーベ大森林から溢れ出し、街へ押し寄せてきたアリの衝撃力はとんでもなかった。

 初心者の多い、SNSなどでは大森林先生などと呼ばれるようなフィールド型ダンジョンから現われていい魔物では無かった。

 あの森には普段は弱いアリやゴブリンなどしか現れず、それも一定以上殺すと強制的に死に戻りするというよくわからない仕様のダンジョンだ。ゆえに最近では、引き際を見極める目を養うと同時に、戦闘の基礎を学べるチュートリアルダンジョンとして初心者プレイヤーに人気のある場所だった。


 それもあって、エアファーレンの街には初心者プレイヤーが多い。

 ただ前回イベント優勝者のレアもあの森で稼いでいるという、ウェインが流した噂もあるため、ときおりトップ層のプレイヤーが現れたり、ウェインのようなストーカーじみた追っかけもいたりはするのだが。いやウェインは断じてストーカーなどではないが。


 そんなまったり傾向の辺境に突然現れた殺意の塊のようなアリの大軍だ。

 瞬く間に街は破壊され、おそらくすべてのプレイヤーとNPCは殺された。プレイヤーたちは王国各地にリスポーンしたはずだ。


「言うまでもないだろうが、エアファーレンの街はわずかな間に滅んだ。そして時を同じくして、少し離れた場所にあるルルドの街というところも、植物型の魔物に街ごと飲み込まれ、消え去ったのだ。ほとんど同時に壊滅したこと、襲った魔物の種類が全く違うことから、直接の関係はないと思われるが、影響がなかったとは限らない」


 宰相の言うことはもっともだ。イベントなのであらゆる辺境からモンスターが出てきたのだろうが、影響というか、キーとなっているのはボスであるその災厄だろう。


「そしてそのおよそ1日後、つまり今日だな。ラコリーヌの街という、辺境からはかなり離れた場所にある、我が国の交通の要所が、巨大なハチの大軍に襲われた。ハチは各々がアリを抱えていたらしく、そのアリの放った、上空からの謎の攻撃によってラコリーヌの街は滅び去った」


 あのアリだ。

 あの砲弾を放つアリを、ハチが抱えて強襲したのだ。

 人が空を飛ぶことなど考えもしないこの世界で、航空爆撃など、全く想像の埒外に違いない。その街がどれほど大きな街だったのかはわからないが、街の規模に関わらず、おそらく滅びる運命だったのだ。


「……エアファーレンに現れたアリと同種だと思います」


「やはりそうか……。エアファーレンを襲ったアリ型の魔物が災厄の手の者だとすれば、その手はラコリーヌまですでに伸びているという証明になるな……」


「その、ラコリーヌという街は、ここから近いんですか? 今日陥落したということは、まだそれほど経っていませんよね?」


 仮にそうだとすれば、鳩による知らせだとしてもハチが鳩よりよほど遅いのでなければ、知らせが来る頃にはこの王都が襲われていてもおかしくはない。

 しかし街道から見える範囲ではそんな様子はなかった。災厄の配下は王都とは違う場所に向かったのだろうか。


「いや、徒歩で8日ほど、行軍ならば9日ほどかかる場所だ。早馬でも2日はかかるだろう」


「では伝書鳩などでその情報を……?」


「いや。鳩は送ったが、送ったその時点では壊滅の事実は知らなんだし、返事も帰ってきていない。かの街の状況を知ったのは別のルートだ。

 ……実は、9日ほど前に災厄討伐軍を編成し、リーベ大森林へ向け出撃させたのだが」


 9日前というと、総主教たちが神託を聞いた翌日くらいの計算になる。

 つまり神託を聞いてすぐに軍隊を編成したということだ。よほど思い切りがいいか、よほど追い詰められていなければ一国の首脳部がそんな決断はできないだろう。

 この世界のNPCにとって、災厄とはそれほど恐ろしいものなのか。


「その討伐軍が、つい先程全滅した。ラコリーヌでな」


「なっ──」


「討伐軍司令からの最後の連絡が、今朝がた届いた伝書鳩だ。内容は、ハチの大軍がラコリーヌの街に展開しているため、災厄討伐を優先するか、ラコリーヌの援護をするか、どうするか問うというものだ」


 それで知ったという事だろうか。しかしそれでは、朝にラコリーヌの街がハチに襲われたかもしれないということしかわからない。ラコリーヌの街が壊滅したという確証は得られない。


「私は悩んだが、ラコリーヌの街は見捨ててでも、災厄討伐を優先してリーベ大森林に急げ、と文を返した。この時点では、攻めて来ておるのはハチだけで、肝心の災厄は巣である大森林から出ておらぬだろうと考えておった」


「それは……なぜでしょうか。配下を率いて攻めてきたという可能性もあったのでは……」


「無論そうだ。しかしこれは経験則というか、先に他の災厄について話しただろう? その中の天使どもとだけ我々は戦ったことがある。

 天使どもを支配しておるのは大天使という災厄なのだが、この大天使は通常、居城である天空城から一切外には出て来ぬ。出会ったものが全て死んだため、見たことがないだけだという噂もあるが、少なくとも我々や他国の持っている文献には大天使が天空城から出た記録すらないのだ。

 此度の第七災厄はまだ生まれたばかり。であれば、余計に自分の城から出ては行かないのではないかと判断したのだ」


 一理ある、だろう。しかしイベント的にそれはどうなのだろう。大陸中に散っているプレイヤーの討伐目標が、いち地方の片田舎の森から出てこないなど、イベントとして成立するのだろうか。


「なるほど、わかりました……。しかしそれでも、ラコリーヌの街を討伐軍がその、見捨てたという事にしかなりませんよね? 壊滅したかどうかとは、少し違うのでは?」


「うむ……。保管庫持ちの方ならば、知っておるやもしれぬが、我らのような貴族階級は、眷属というものを持つことが出来る」


「はい、存じてます」


「では詳しい説明は省こう。眷属は死しても、1時間後に最後に眠りから覚めた場所に蘇生することができる。これはよいかな」


「はい」


 たしか、公式のFAQで見た事がある。

 しかしまた話が飛んだ。それがどうかしたのか。ラコリーヌ壊滅と何の関係があるのだろう。


「私は討伐軍に、自分の眷属の騎士を3名同行させておいた。3名がお互いを常に監視するよう特殊な訓練を課し、それを修了したものだけを選んだ。3名の騎士には特殊なポーションをひと月分持たせておる」


 話が見えてこない。


「そのポーションは、眠りを妨げる強力な効果のあるものだ。私が送り込んだ3名の騎士は、たとえ行軍が何日に及ぼうとも、決して眠ることはない。そして行軍中に死したときには、最後に目を覚ましたこの王都で復活するのだ」


 ウェインは絶句した。

 そこまでするというのか。

 いやするのだろう。ここは彼らの世界だ。彼らの生きる国なのだ。


「その我が騎士が先程蘇生し、報告してくれた。ラコリーヌ壊滅の報、そして災厄襲来の可能性ありとな」


 これ以上ないほど確実な情報だ。これがプレイヤーであればフレンドチャットやSNSなどで情報の共有を行なうのだろうが、それが出来ないNPCが、まさかこのような手段でもって間接的に長距離通信を行なうとは。


 だが、すでに騎士の死に戻りによって情報を得ているのなら、何のためにプレイヤーを探していたのだろうか。ウェインが今からすべきことはなんなのか。


「ウェイン殿にお願いしたのは、だ。なるべく多くのお仲間に、この王都に集まってもらえるよう呼びかけていただく事だ。おそらく高確率で、次はこの王都に災厄が襲来する。それも、災厄本体が」


「なっ! なぜ……! その根拠はなんなのですか!」


「うむ……」


 宰相が目配せをすると、先程のローソンという騎士が大きな地図を持ってくる。羊皮紙かなにかで出来ているらしいそれをローテーブルに広げ、宰相がその一点を指差した。


「ここ。ここがリーベ大森林だ。そしてここがエアファーレンの街」


 地図など見るのは初めてだが、こんなふうになっていたのか。言われてみればよく分かる。確かにこれはあの街だ。もっとも、もうあの街は無いため、この立派な地図も描き変える必要があるだろうが。


「そしてここがラコリーヌの街になる。エアファーレンとラコリーヌに現れた魔物が同種のものである以上、同じ勢力、つまり災厄による襲撃であることは間違いないだろう。

 これを見ると、エアファーレンの街はリーベ大森林の西側に位置しているのがわかるな。

 そしてその更に西にラコリーヌがある。つまり奴は、ほとんど一直線に西に向かって進軍しているということだ」


 確かにそのようだ。さらに言えば、その先には王都がある。宰相の言いたいのはそういうことだろう。


「そして次に、災厄本体が進軍に同道している可能性についてだが。

 我が騎士が死亡したのは正確にはラコリーヌ壊滅時ではない。その後だ。

 ラコリーヌ壊滅はたしかにハチとアリの魔物による攻撃によって行われたのだが、その攻撃で滅ぼされたのはあくまで街並みと、痛ましいことだが主に街の住民と錬度の低い兵たちだ。討伐軍の上位の兵士や騎士たちはその攻撃では死ぬことはなかった。

 生き残った兵士や騎士たちを倒すにはハチどもでは力不足とみてか、その後ハチどもの軍は急に姿を消したのだ。これがどこに消えたかはわからないという事だが、ともかく、居なくなったことは確かだ」


 ウェインは頷く。宰相は話を続けた。


「問題はその後だ。騎士たちの上空に突如、アンデッドの群れが現れ、地上に落下してきた。落下してきたアンデッドは異常な強さで、街を壊滅させる攻撃すら耐え抜いた騎士たちでも太刀打ちできなかったそうだ。傷一つつけることが出来なかったと聞いている」


 ウェインも噂だけなら聞いたことがある。リーベ大森林に異常に強いアンデッド騎士が現れたことがあると。

 アリが、災厄がリーベ大森林から生まれたのなら、そのアンデッドも間違いなく同じ勢力だ。


 ウェインがそう伝えると、宰相も頷いた。


「なるほど。やはり災厄の配下で間違いなさそうだな」


「しかしそれだけでは災厄本体がそこにいたということにはならないのでは?」


「うむ。だが考えてもみてくれ。突如上空にアンデッドが現れるなど、普通に考えて有り得ぬ事態だ。現れたのが地上であればまだわからぬでもないが、上空だぞ。いったいどういう理由があればそんな現象が起こるというのだ」


 宰相の言うことはもっともだ。不自然極まりない。


「それを素直に受け取るくらいなら、何らかの手段で不可視となった何者かが、何らかの手段で空中に浮かび、そこで魔物を喚び出したと考えるほうが遥かに納得できる。

 事実、自らの姿を見えぬようにする魔物は存在する。大量のアンデッドを喚び出す魔物も確認されている。

 そしてエアファーレンから1日足らずでラコリーヌに到着したハチの大群、それに同行していたならば、当然災厄も空を飛ぶ手段を備えているということだ。

 災厄であれば、単体でそれら全ての能力を行使できるとしても不思議はない」


 宰相の話も十分荒唐無稽に聞こえるが、ひとつひとつ分解してみれば確かにその方が有り得そうに聞こえる。そして災厄がその全てを行える可能性があるというのも納得できる理屈だ。


「ハチどもを下がらせたことから、この王都もハチに攻撃させるつもりがあるのかどうかはわからない。その気になれば、災厄は我が騎士たちでも勝てぬアンデッドを召喚することも可能だからだ。

 だが少なくとも、現時点で災厄本体がリーベ大森林を出て一直線に西に向かって来ている可能性は非常に高いと言えるだろう」


 そこで宰相は紅茶を飲んだ。

 ウェインも初めて、自分の喉が非常に乾いているのを自覚し、宰相に倣った。

 紅茶はすっかり冷めてしまっている。


「……それで、プレ、保管庫持ちの情報網を利用して、王都に防衛戦力を集めて欲しいということなのですね」


「そのとおりだ」


 ウェインは考えた。どうやったら多くの、それも実力のあるプレイヤーをこの王都に集めることが出来るかを。

 断ることは考えていない。昨夜壊滅してしまった、名も知らぬ街のことを思う。ウェインにもっと力があれば、あの街は滅びずに済んだかもしれなかった。

 力がないのは今も同じだが、力を集めることは出来るかもしれない。


「わかりました。どれだけ出来るかわかりませんが、やってみましょう」







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