第53話「擬態」





 かつてのディアスの同胞ということは、この森もリーベ大森林と同じく、原因不明のアンデッドの大量発生が起きたということだ。何者かが意図的に発生させたとしか思えない状況だが、リーベ大森林の場合は突如出現したアンデッド以外に何者の痕跡もなかった。


 あの時発生したアンデッドは大した強さでもなかったが、1体だけ突出した戦闘力の個体がいた。それがディアスだ。結局アンデッドたちはレアによって処分され、ただ1体自我を持ったまま残ったディアスは亡国へ捧げる復讐を胸にレアの軍門に下った。


 ここのアンデッドの中にもディアスのような特殊個体はいるのだろうか。もしいるのなら、ぜひとも配下に加えたい。ディアスに同僚を作ってやりたいということもあるし、なぜ1体だけ自我を持っているのかの調査のためのサンプルは多いほうがありがたい。


〈ねえ、ディアス……〉


〈お優しいですな、姫。おおかた、ここのボスを穏便に支配しようとおっしゃるのでしょうが、儂をおもんぱかってのことでしたら無用ですぞ〉


〈ううううん、まぁ結果だけ見たらそうなるのかもしれないけど、別にそういうつもりではないんだけど。まあ純粋に戦力としても欲しいところだし、うちの森もアンデッドのボスが出るって噂が広がりつつあるから、それ系の弱めの駒もあったらいいなって〉


 その場合は騎士の怨念が手に入るかどうかは微妙なところだが。ディアスたちのケースからすると、一度アンデッドとして復活してしまうと骨や装備に残されていた怨念は失われ、ただの素材アイテムになってしまうからだ。

 アンデッド兵団が手に入らず、代わりに騎士の怨念が手に入るようならば、全て鉄か何かで骸骨兵士を作り上げてもいい。ただし、またあのMPポーションをがぶ飲みしながらのデスマーチが始まると思うとさすがのレアも気が沈む。しかも今回は純粋な戦力ではなく、あえて弱く造るのだ。色々ともったいない。


〈そんなわけで、わたしはできればアンデッド兵団が欲しいのさ。ディアス、わたしにそれを献上してくれないか?〉


〈……仰せのままに〉


 するとそれまではほぼ直進していたディアス隊だったが、微妙に蛇行して進み始めた。敵の哨戒ラインを避けながら行軍しているらしい。どうしても避けられない見張りは、スカウトが静かに仕留めている。

 『死霊結界』でレアがまとめて支配下に置いてもいいが、すでに別のキャラクターの支配下に置かれているアンデッドは『支配』状態にはできても『使役』は出来ない。アリと初めて邂逅し、『使役』を放った時と同じエラーが出てしまう。


 かつてディアスとともに現れたアンデッドたちは野良扱いだったが、ディアスには『死霊』系スキルと『使役』スキルがはじめからあったため、あのまま放っておけばアンデッドたちをすべて眷属にして森を制圧していただろう。

 そうなっていれば、スガルと同じレイドボスの誕生だ。

 リーベ大森林という揺り籠になぜスガルとディアスという2つの勢力のレイドボスがいたのだろうかと思っていたが、もしかしたら片方が片方の経験値となるべく配置されていたのかもしれない。


 この森も同じ状況だとしたら、勢力争いに勝ったのはアンデッドということだ。ならば、それは完成されたレイドボスということになる。


「楽しみだね……」


 この森も相当な広さだ。中心部にたどり着くまで、かなりの時間を要する。ディアスもアダマンシリーズも疲労を感じないし休む必要のない種族だが、レアやケリーたちは別だ。どこかで野宿する必要があるだろう。

 レアが寝てログアウトしている間は経験値の収入がストップするため、休憩中はなるべく戦闘して欲しくないが、タイミングが合わなければそれもやむを得ない。

 とはいえどのみち現在リーベ大森林ではひっきりなしにプレイヤーがアタックしてきているため、必然的に取りこぼしも増えている。それを加味しても牧場経営より収入はいいのだが、もったいない感は否めない。


〈というわけで、戦闘はなるべくわたしが起きている間にするよう調整してくれると助かる〉


〈奇襲などを受けなければ可能でしょうが……〉


〈相手次第な部分は仕方がないと諦めよう。あくまで努力目標ということで〉


 それからはディアスは少しペースを上げ、慎重さはある程度残しつつも、大胆に行軍するようになった。ときおり遭遇するアンデッドは、一見するとスケルトンナイトか何かのようだ。スカウトが見逃したというより、暗殺に適さない部隊規模だったためスルーしたようだ。たいていはアダマンナイトが一刀の元に斬り捨て、死体と言っていいのか不明だが、残骸を回収していた。


 その日の野営地を設営した場所は、地図によれば中心までのおよそ1/3ほど進んだところだった。

 森の広さを考えれば異常な進行ペースだ。休憩をほとんど取っていないのが理由と言えるだろう。ちなみに野営ではあるが、夜営ではない。レアは基本的に夜行動し、昼眠るからだ。


「それでは、わたしは少しばかり眠るとしよう。そうだな、5時間弱くらいで起きるだろうから、それまでこの野営地を守っておいてくれ。進んでおいてくれてもいいが、未知のモンスターや未知の素材などがあったらわたしも見てみたいから待っていてくれ」


〈それは難しいですな。おとなしく、野営地を守っておるとしましょう〉


「じゃ、わたしはリーベに帰って寝るよ。ケリーたちはどうする? 一緒に一旦帰るかい?」


「はい、ボス。お供します」


「わかった。じゃお先に」


 そう言うとレアはスガルを『座標指定』し『術者召喚』を発動した。

 

 女王の間に戻ると、今度はケリーたちを『召喚』する。


「ただいま、スガル。それとおかえりケリー、マリオン、銀花」


〈おかえりなさいませ、ボス。それと皆さん〉


「ただいまスガル、久しぶり」


〈お久しぶりです、マリオンさん〉


 レアはいつも通り、玉座に深く座り込み、ログアウトの準備をする。ケリーたちも鎧坂さんの妹たちを脱ぎ、女王の間の奥のパーティションの向こうへ消えていく。そこにはベッドがしつらえてあり、レアの側仕えがレアと共にこの部屋で休む際に使用する仮眠スペースがある。

 銀花はレアの足元に丸くなる。氷狼である彼女は、巨大な熊の毛皮が敷いてあるこの床で十分快適に眠ることが出来る。


「ではね。また後で。おやすみ」









 翌日、およそ時間通りにディアスたちのもとに戻ったレアは、昼の不在の間の事を尋ねた。


「それで、わたし達が眠っていた昼の間に襲撃とかはあったのかい?」


〈は。申し訳ありませぬ。未知の魔物の襲撃を受けましたゆえ、撃退してしまいました〉


「申し訳ないってことはないけど。じゃあアンデッド以外が現れたのか。夜はアンデッド、昼は別の魔物が現れるということかな? この森は」


〈かもしれませぬ。現れたのは木の魔物、倒したむくろの中に収納してございます〉


「植物系モンスターだから、日中は光合成して活発になるということかな……? わざわざ襲ってくるということは、光合成のみでは栄養が足りてない? まぁ動き回れるほど下半身?が発達してるなら、それだけ根としては退化しているってことだし、そりゃ栄養は吸収しづらかろうけど……。進化の方向間違えてるよね絶対」


 しかしこれは朗報だ。植物系モンスターなど、これほどマジカルな植物はあるまい。これを捕獲するなどして、リーベ大森林に一大農場を建設しよう。


「とりあえず、次に見つけたら捕まえよう。まだ来ると思うかい?」


〈どうでしょうな。まだ日は落ちてませんので、くるやもしれませんが……〉


「ふむ。まあ進みながら考えようか。昼間アンデッドが出てこないなら、距離を稼ぐ機会でもあるし。野営中に襲ってくるくらいなら、移動中にも襲ってくるでしょう」


 そのレアの言葉がフラグになったかどうか。

 移動をはじめてすぐ、奇襲があった。


「なるほど! まさにそこらに生えている木に擬態しているのか! それでスカウトの警戒網にかからなかったんだね!」


 野営中ならば向こうから動いて来るしかないため絶対に察知できるが、こちらから移動している場合は向こうはただ待っていればいいだけのため、見つけようがないというわけだ。

 しかし突然木がモンスターに変貌して襲いかかってくるという状況でも、ディアスの指揮するアダマン隊は冷静だった。そもそも冷静でない状態になるのか不明だが。


 レアに見せるためだろう。どうせ攻撃を受けたとしてもノーダメージだろうが、あえてアダマンナイトが盾で枝による振り下ろしをいなし、アダマンメイジが『雷魔法』で攻撃する。植物モンスターはその一撃で引き裂かれ、縦に真っ二つになって倒れ伏す。

 その向こうでは、ディアスがその剣で横一文字に植物モンスターを薙ぎ払っていた。モンスターはそれだけで上下に分かたれ、絶命する。繊維の方向などを考えれば縦に斬ったほうが斬りやすかろうが、これもレアに対するデモンストレーションということだろうか。

 ディアスが剛剣だというアピールポイントといえばそうだし、縦斬りの方が楽なのに横斬りして無駄に体力を使った判断ミスといえばそれも事実である。評価の難しいところだ。


 何にしても、30体からいるアダマン隊だ。周囲を囲まれていたとしても、物の数ではない。戦闘はすぐに終結し、辺りには木材が散乱するばかりになった。


「こいつらは……アンデッドと共存しているのかな? それとも同一の存在が両方支配しているのか……」


 いずれにしても、このまま進めばわかるだろう。レアたちは木材を回収すると、歩みを進めた。




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