第50話「物理一辺倒は甘え」





 カーナイトの相手にちょうどいい、適当に強いプレイヤーでも来てくれないかと思っていたが、そう都合良くはいかないようだ。

 レアはライリーに捕獲してもらいテイムしたフクロウ型の魔物、フォレストオウルのオミナス君の目を借りて、獲物のプレイヤーを探していた。


 大森林の中にはイベントの決勝で戦った程度の、弱いパーティーが居た。

 欲を言えばもっと強い方が色々試せていいのだが、居ないようだし仕方がない。

 弱いプレイヤーの彼らには少し負担をかけてしまうが、テストに付き合ってもらうことだし、感謝を込めてボーナスとして少しいい装備を持って帰ってもらえばいいだろう。


 レアはアリに命じてさり気なく彼らの進路上に鍛造品のテストで作った剣や鎧を用意させた。いつもの鋳造品や街で売っている量産品よりは性能が高いはずだ。

 彼らは装備を見つけると喜び、さっそく装備した。そしてさらなる成果を求めて森を奥へと進んでいく。最近では、誘導の意味も含めてだが、歩きやすいように踏み固めた人工的な獣道も用意している。


 だいたいのプレイヤーなら、そろそろ引き返す判断をするだろう、というくらいのところで、満を持してカーナイトを投入した。

 突然現れた、これまでに見たことのない魔物に、パーティーは動揺している。


「なんかやべえのが!」


「このあたりのボスか!?」


「いやいや、これまでアリとかゴブリンくらいしか出てこなかったのに、いきなりアンデッドのボスとか不自然だろ!」


「不自然でもなんでも、逃げられそうにないなら戦うしかない! さっき手に入れた装備なら、相手が多少強くても相手になるはずだ!」


 覚悟を決めるのが早いのはいいことだし、確かに逃がすつもりはないので賢明な判断ともいえる。しかしあの程度の装備をいいものだと言っている程度の実力ではどういう判断をしたところでカーナイトの相手にはならない。

 ボーナスのつもりで与えた剣だが、カーナイトと戦ってしまったらすぐに駄目になってしまうかもしれない。彼らが欲しがりそうなアイテムを与えてやったつもりだったのだが、考えてみれば、彼らが欲しがるということは使う予定があるということで、使うのならばこうなることは予想が出来たはずだ。

 今後は臨時ボーナスの中身はもっと吟味すべきだろうか。高そうであっても対象が使わなさそうな装備だとか、純粋に金貨とか。


 今後の課題は置いておいて、まずは目の前のテストだ。

 これまでの教訓を踏まえ、カーナイトにはまず相手の攻撃を受けさせてみることにした。

 弱いとはいえ、このレベルのプレイヤーがこの街のおよそ平均程度の戦力であることはこのところの観察で把握している。

 このプレイヤーたちの攻撃に耐えきることができるなら、十分な戦力と言えるだろう。なにしろカーナイトはたくさんいる。

 

 何もせずに佇んでいるカーナイトに、プレイヤーの1人が先ほど拾った剣で斬りかかる。


「はぁっ! 『くらえ』!」


 スキルを使用したようだが、何のスキルかは不明だ。

 普段、攻撃時に自分が言いそうな掛け声を発動キーにしたのだろう。なかなか優れたやり方だ。発動の瞬間はたしかに何を発動したのかわからないが、その後の動きを見ていれば『スラッシュ』であろうとわかる。

 今後、こうしたプレイヤーが増えていくとしたら、プレイヤーが使いそうなあらゆるスキルをじかに見て覚えておかなければ、ハイエンドなPvPにはついていけなくなるだろう。

 発動キーで推測出来ないのなら、スキルの初動を見て判断するしかない。

 幸い、アダマンシリーズは色々なタイプがいる。タイプごとに別々の系統のスキルを習得させていけば、レア自身が取得せずともスキルの予習はできるはずだ。

 とはいえ冷静に考えたら、だからといって別に実際消費する経験値が減るわけではないというか、むしろアダマンシリーズは軍隊規模で存在するので莫大な経験値が必要になる。これはプレイヤーの皆様にはぜひどしどしご来店いただかなければ。


 そのようなことを考えている間にも、オミナス君の眼前で行われている戦闘は続いている。おそらく『スラッシュ』だろうスキルによる攻撃は全くの無傷に終わり、スキルを放ったプレイヤーは、いつかの重戦士のようにその手の得物を取り落している。

 パーティには魔法使いは居ないようで、他のメンバーも武器による攻撃を浴びせてくる。メイスによる攻撃は特によく観察してみたが、カーナイトのどこかが欠けたりといったことはないようだ。メイスの方は一部が平らになってしまっていたので、おそらくあの部分がカーナイトにぶつけた部分なのだろう。メイスの材質は鉄だろうか。


 できれば魔法使いが居てくれればよかったが、大森林で主に出てくるのはアリかゴブリンだ。このレベルのプレイヤーなら魔法がなくてもやっていけるのだろう。効率を考えれば魔法使いが居たほうがいいのだろうが、魔法使いばかりが活躍すれば経験値をそいつに持っていかれてしまう。

 どのみち魔法使いが居ようが居まいが、一定以上稼いだプレイヤーは森を出る前に死ぬのだが。


 しばらく戦闘を眺めていたが、もうこれ以上このパーティーから得られるものはなさそうだ。

 イベントでレアがしたように、カーナイトにプレイヤーの頭を握って潰させた。STRが数字通りの性能を発揮しているようでなによりである。

 逃げようとしたプレイヤーも追いかけて同様に殺す。カーナイトのAGIはたしかに低いが、AGIに優先的に振っているわけでもないプレイヤーくらいは捕まえられる。これに懲りたら、次は是非パーティー全体の対応力を上げてから挑戦してきてほしい。


 得られた経験値は大したものではないが、これほどの実力差でも経験値がもらえているということがまず素晴らしい。プレイヤーはやはり実入りがいい。


 死んだプレイヤーたちが光になって消えていくさまを眺める。

 戦力としては満足という意味ではテストの結果は上々と言えるが、大森林の新しいバリエーションのモンスターという意味では失格だろう。

 このようなモンスターばかり徘徊していては、誰も挑戦しなくなる。もっと適度に弱いモンスターが必要だ。あるいは、訪れるプレイヤーのレベルを上げていくかだ。


 アリたちにはしばらくは接待プレイを命じ、プレイヤーの成長を促してやるべきだろうか。

 これまでより少しだけ、キルする取得経験値のラインを甘くしてやるだけだ。急成長してしまうようなら、スガルが対処するだろう。

 アダマンシリーズたちに、スガルからの出動要請にはレアの許可なく応じていいと指示を出し、とりあえず後はスガルに丸投げした。

 アリたちの総力、それにアダマンシリーズの戦力まで加えれば、プレイヤーが多少成長したところで大森林を突破することなど出来ない。というかおそらく現在のレアでも大森林を単体で突破するのは困難だ。


 レアはふと、しかしそれは問題があるのでは、と思った。

 この戦力がそのまま敵に回ることはありえないだろうが、レアと同様のことをしているプレイヤーが居ないとも限らない。そしてプレイヤーができるのなら、NPCやモンスターがすでにやっていてもおかしくはない。というか、おそらくそうした結果が6国家などなのだろうが。


 現状は小康状態というか、表立って敵と見做されているわけではないが、少なくとも人類国家と仲良く出来る要素はない。であれば、いつかは彼らが敵に回ることを想定して戦力を増強していくべきだ。


 それにまだ確認しておかなければならない事もある。

 主君が死んだ場合、眷属たちがどうなるのかは定かではない。

 もし共に死んでしまうとか、そのような仕様である場合、レアが倒されるのは致命的だ。

 プレイヤーは真の意味では死ぬことはないので、NPCなどの場合とはまた違うのかもしれない。だが最悪の想定として、レアが死んでいる間は眷属も死亡状態になると可能性も考えておくべきだろう。


 ならば、レア自身が滅多なことでは死なないような強化が必要だ。

 レアの能力値の向上は『眷属強化』によって全体の戦力の底上げにつながるため、得た経験値のうちの何割かは、常にレアの能力値の上昇に使うようにしてルーチン化している。しかしもっと別の手段での成長も考えてみるべきかもしれない。もっと突拍子もないスキルだとか、隠し玉がほしい。


 そう考えた時、レアの脳裏に浮かぶのは「転生」というシステムだ。


 公式アナウンスによれば、吸血鬼の支配下に入れば「吸血鬼の従者スクワイア・ゾンビ」とやらに転生できるらしい。

 これはあくまで一例であり、公式のアナウンスの本文は「特定条件を満たしたキャラクターが特定のイベントを起こすことで」というような言い方だった。ならば、他にもあるはずだ。


 ひとつ、レアの手札で可能性がありそうなものがある。


 『錬金』の秘奥、『大いなる業』によって作成できるであろう「賢者の石」。


 このゲームではどうかはわからないが、もともと賢者の石といえば、たいていは人を不老不死にするだとか、卑しきものを貴きものに変化させるだとか、そういう伝承のあるものである。

 だとしたら、何らかの条件を満たした状態でこれを使用すれば、キャラクターの種族などを変化させたりできるのではないだろうか。

 仮にそこまでは無理だとしても、何かが何かには変化するだろう。


 もともと、『大いなる業』とは賢者の石を創造する作業の事を意味しているとされている。卑金属を貴金属に変化させる事を指すとも言われるが、賢者の石の特性を考えれば、同じことを言っていると考えていいだろう。


 ならば、ないはずがない。


 レアは『大いなる業』のレシピを眺めた。





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