黄金の経験値【カクヨム版】

第42話「ギル、って呼んでくれ」（ウェイン視点）

　ウェインはわけがわからなかった。

　一緒に森に入った日から、レアには会えていなかった。

　何かリアルで用事でもあるのか、あるいは単に時間が合わないだけなのかと思いながらも、フレンド登録をしていないためウェインからは連絡の取りようもなかった。

　そうこうしているうち、大規模イベントの日を迎えてしまった。もし彼女も参加するつもりならば現地で会えるだろうかなどと考えていた。

　結局イベント会場でもそれらしき人物は見かけることなく、残念ながらウェインもブロック２で予選敗退してしまったため、観客席でひとりで決勝を見ていた。

　予選と比べても、決勝戦は圧倒的な速さで勝負がついた。黒い全身鎧を着た謎のプレイヤーが、まさに鎧袖一触に他のプレイヤーを屠っていった。

　ウェインが混乱したのはその後だ。

《お疲れ様でした。第一回公式イベント：バトルロイヤルの優勝者は【レア】様です。おめでとうございます》

《予定の時間を大幅に残してイベントが終了しましたので、優勝者の【レア】様のご協力を得まして、参加自由のエキシビションマッチを開催したいと思います》

《ルールは同様のバトルロイヤルですが、優勝者である【レア】様を打倒されたプレイヤーの皆様には特別賞をご用意しております》

《参加をご希望の方は中央の闘技場の中へ──》

　レアだと。レアと言ったのかシステムは。

　このゲームではすでに使用されている名前を使用することは出来ない。ゆえに「レア」という名前のプレイヤーはウェインの知るあのレアしか居ないはずだ。

　ではモニターに映る黒鎧はあのレアなのか。

　ウェインと会わずにいた２週間で何があったのか。

　初めて会った時は初期装備を着た、ただの初心者だったはずだ。魔法も初めて見るようなことを言っていた。それが、あんな。

　とにかく、本人に会わなければならない。会って確かめなければ。

　ウェインは闘技場へ降りていった。

　エキシビション参加締め切りのアナウンスが流れ、それから程なくして、参加者たちはフィールドへ転送された。

　ウェインが降り立ったのは草原だ。とにかくレアを探さなければ。

　システムのアナウンスによれば、優勝者であるレアを倒せば特別賞とやらがもらえるらしい。ならば参加者たちのほとんどの目的はレアだろう。

　「打倒したプレイヤーの皆様」というからには、複数人で倒しても全員が賞をもらえるはずだ。つまり、通常の戦闘でパーティに分配される経験値などと同じということだ。

　ということは、目的がレアであるなら参加者同士の競合は考えなくていい。

　であれば、他のプレイヤーたちが集まっていく先にレアが居るはずだ。まずはそうした参加者を探すことにした。

　草原から林へ差し掛かるあたりには、数人のプレイヤーがいた。遠目に目があったような気がしたが、特にウェインに対して反応したりはしなかった。つまり、あのプレイヤーたちの目的は参加者同士のバトルロイヤルではなくレア単体だ。

　ウェインは警戒されない程度に気をつけながら徐々にそのプレイヤーたちに近づいていった。

「やあ。目的は優勝者か？」

　会話ができる程度まで近づくと、向こうの方から話しかけてきた。

「ああ、そうだね。君たちも？」

「もちろん。バトルロイヤルとはいっても、あの様子だと普通にやっても勝つのはあの優勝者だろうし、一般のプレイヤーが結果を残そうと思ったら徒党を組んでラスボスを倒すしかない」

「ラスボスか……」

「ぴったりだろう？　それがかなわないにしても、せめてあの兜の中を見てみたいところだけど」

　ウェインはそこに垢抜けない猫獣人の少女の顔があるということを知っている。

「そうだね……」

　ウェインは彼らに同行することにした。闇雲に探すにしても、人数が多いほうが見つけやすいだろう。

　林の木々はさほどの密度でもなく、ある程度見渡すことができる。その林の中を、一定の方向へ向かっていくプレイヤーがちらほら見える。

「あのプレイヤーたちも目的は同じかな？」

「フレンドか何かがボスを発見して、それで連絡をとったりしているのかも」

「よし、ついていってみよう」

　林を抜けると、そこには多くのプレイヤーたちがいた。

　彼らの視線の先に、おそらくレアが居るのだろう。会いたい。

「よーし！　これだけ集まればいけるだろう！　行くぞ！　レイド戦だ！」

　誰かが音頭をとり、戦端が開かれた。

　ウェインは近接でも遠距離でも戦えるが、目的はレアに会うことなので前へと走る。戦闘が始まってみれば、自然と皆が自分のポジションと射線を確保するためにバラけ、動きやすくなってくる。

　人波をかき分けるというほどの密度もなくなった戦場を駆ける。

　そうして辿り着いた最前線では、盾を持ち、金属の胸当てなどで防御を固めたプレイヤー数人が、黒い全身鎧を取り囲んでいた。

　遠距離からは魔法や矢が飛び、それをうまく避けつつ剣や槍を持ったプレイヤーが盾役の脇から黒い鎧に攻撃を仕掛けている。

　そこへウェインも混ざりに行く。

　決勝戦で臨時パーティを組んでレアに挑んだプレイヤーのような、実力者ばかりであればウェインは浮いてしまっただろうが、意外とそうでもないようだ。幅広い層のプレイヤーがここで共闘している。

　ならばここにウェインが混ざっても、悪目立ちすることもない。

　攻撃を仕掛けながら、ウェインは呼びかけた。

「レア！」

　レアがウェインの方を向いた。今浴びせられている攻撃はどれもまったく効果が無いようで、ウェインを気にしたところでレアに致命打が入ることはない。

「レア！　どういうことなんだ！　なぜ君が！」

「なんだあんた！　チャンピオンの知り合いか！？」

「あんた、あとで話聞かせてくれよ！　何やったらあんな強くなれんのか、ヒントだけでも！」

　今は他のプレイヤーの相手をしている場合ではない。

「レア！」

　しかしウェインの声にも他のプレイヤーの声にも答えず、レアはおもむろに片手を掲げると何かを呟いた。

　瞬間、レアの手からおびただしい数の雷撃が放たれ、渦を巻いて周囲を荒れ狂い、周辺のプレイヤーをまとめて薙ぎ払った。

　戦闘はそこまでだった。

　ウェインは一瞬で戻された観客席で呆然としていた。

「──あんた、さっきチャンピオンに話しかけてたよな。フレンドなのか？」

　そんなウェインに話しかけてきたのは先程フィールドの最前線で盾を構えていたプレイヤーだ。

「……いや、何度か一緒に狩りに行ったことがあるくらいだ」

「なんだ、そうなのか。しかし、今の所だれもあのプレイヤーを知らないからよ、あんたが唯一の情報源なんだ。なんとか、彼女にコンタクトを取れないかな？」

「……もし、会うことが出来たら。今日のことを聞いてみる。俺が知っている限り、彼女はあんなに強いプレイヤーじゃなかったはずなんだ」

「じゃあ短時間で一気に強くなれる方法があるってことなのかもな。ますます気になるぜ。あんた、よかったら俺とフレンドになってくれないか？　何かわかったら連絡してくれよ」

　そういってフレンドカードを差し出してくる。ウェインはのろのろそれを受け取ると、インベントリに入れた。

《キャラクター【ギノレガメッシュ】とフレンドになりました》

「俺のことはギルって呼んでくれ。本当はギルガメッシュがよかったんだが、取れなくてよ」

　そうであれば「ギル」では略称にさえなっていない。しかしこうして実際にフレンドになったりさえしなければ、どうせ彼の本名などわかりはしない。別にギルと呼ぼうが誰も困らないだろう――

「……」

　一瞬、ウェインは何かがひっかかった。しかし今は考えがまとまらない。

　ギルとは一旦そこで別れ、ウェインはもう今日は戻ってログアウトしてしまうことにした。

　イベントの参加賞の事を忘れていたが、後日メンテナンスの後にインベントリの中に送られてきていた。