第37話「鎧坂さんからは逃げられない」





 『空間魔法』やさまざまなスキルによって『召喚』ツリーにアンロックされたスキル『術者召喚』。

 すでにあまりに色々なスキルを取得していたため、果たして取得条件がなんだったのかはもはや検証しようもないが、このスキルの効果は「眷属のいる場所に自身を召喚する」というもの。


 召喚対象が「自身」と限定されているにも関わらず、発動させると通常の『召喚』と同じく召喚可能リストが表示される。その中に「自身」に属するものが個別に並べられており、現在装備中の武具なども対象に出来る。

 装備可能なもの限定だが、物資の仕送りが出来るというわけだ。逆に通常の『召喚』を行えば眷属も装備もろとも呼び出せるのだから、その逆というわけだ。


 このリストの中には「精神」という項目もあり、これは術者の精神を召喚し、眷属の肉体に宿らせるというものだった。眷属の視覚を召喚し、自分の視覚に宿らせるスキルと逆のプロセスと言えるかもしれない。


 またこの効果によって眷属に精神を宿らせた場合、『眷属強化』などのスキルとは別に、憑依した眷属に術者のすべての能力値の1割が加算される。

 憑依していられる時間は術者のMNDに依存しており、現在のレアのMNDならば数日憑依させたままでも活動できる。


 ただしあくまで動いているのは眷属のため、たとえ術者が取得していても眷属が取得していないスキルは使えない。

 ゆえにレアは鎧坂さんに『剣』スキルや『敏捷』のスキルなどを取得させていた。スキルによって直接体を動かす感覚はレアにとっては違和感が酷かったため、自身では取得してこなかった。しかし全身が金属鎧であるせいか、そもそも自分の体でないせいか、鎧坂さんに憑依して発動させる分にはそれほど違和感がなかった。ならばとこれもゲームの醍醐味と割り切って取得することにしたのだ。


 この『術者召喚:精神』を初めて発動させてみた時など、レアは鎧坂さんの視界を通して玉座で眠る自分の姿を見て、まるでVRゲームの中でVRゲームをしているようだとおかしくなってしまったものだ。

 しかし大昔のMMOでもゲーム内で麻雀ゲームが大流行しただとかのニュースを図書館で見かけたことがあった。人のやることなどそうは変わらないのかもしれない。





 この状態は眷属のアバターを使用しているため、喋ると眷属の声が出る。しかし鎧坂さんは喋れないので、今のレアは会話が出来ない。

 

 ――まぁもともと、他のプレイヤーと仲良く会話する予定なんかないけど。


 またインベントリも鎧坂さんのものになるため、フレンド登録も出来ない。


 レアは客観的に自分の隠れる木のウロを見て細部の偽装を調整すると、獲物を探して歩き出した。

 公式によれば、1つのブロックに振り分けられたプレイヤーは概算で200人ほどのようだ。

 最大同接数や登録者数を考えれば少ないように思えるが、このエリアだけでそんなにもプレイヤーがいるとは普段の街の様子を考えると非常に多く感じる。正式サービスを迎えた今でも、最寄りの街には数十人程度のプレイヤーしか確認できていない。


 適当に歩いていればプレイヤーも居るだろうと考え、とりあえずは何も考えずにブラブラと歩く。

 しばらくすると不意に、背中に括り付けてあった剣崎君(おそらく三郎)が突然抜剣し、飛来した矢を切り払った。


 ――なるほど、指示とか出さなくても危険が迫ったら自動で迎撃したりはしてくれるのか。


 リビングウェポンの有用性がさらに一段上がった。この様子だと、憑依ではなくレアが普通に着込んでいる場合の鎧坂さんも自動行動してくれそうである。


 連続して矢が飛来するが、どちらの方角から飛んでくるのかわかっていれば躱すのも、また矢をその手で掴み取るのも難しくない。


「──っな!」


 遠くからそんな押し殺した声が聞こえた。このようなときのため、鎧坂さんには各種感覚強化系のスキルも取得してある。そうした五感だけで言えば、普段のレアよりよほど鋭い。特に視力は段違いだ。

 それゆえに、今や鎧坂さんは消費した経験値の量で言えばレア、スガルに次ぐNo.3の実力者である。


 ――やじりは鉄製かな? 指先で簡単に曲げれるな……って指に傷ひとつつかないな! マジ何で出来てんだ鎧坂さん。この程度ならそもそも躱す必要もなかったかな。


 鎧の隙間も同じ材質の帷子かたびらで埋めてあり、しかも実際にレアが着用する時のために鎧の内側には大森林でも強力な魔物の毛皮を裏打ちしてある。毛皮は関節部分の帷子の下もカバーしてあるため、鎧坂さんを普通に上手に着るのは不可能に近い。鎧坂さんが自動的に介護してくれなければ1人で着脱も出来ない。

 その毛皮を持つ強力な魔物はライリーが放った矢を毛皮だけで弾き返していたので、普通の鏃ならば毛皮だけでも十分な防御力だろう。現実の防弾防刃服と同程度の強度はあるかもしれない。


 矢が通用しないならば警戒する必要も薄い。レアは飛来する矢を無視して、矢が放たれてくる方へ悠々と歩き始めた。


 ――なんかちょっと楽しくなってきた。ふふふ! 効かん! 効かんぞ! 虫けらめ!


 かなり近づくまで無駄な抵抗をしていたようだが、ようやく勝ち目がないと悟ったのか、木の上に居たと思われるプレイヤーが茂みを揺らしながら逃げていった。


 ――無駄だ! 鎧坂さんからは逃げられない!


 AGIも伸ばし、『敏捷』スキルも取得している鎧坂さんは、並のプレイヤーより脚が速い。

 鈍重そうな見た目に思えるが、実際は鎧だけで50キロ、剣を入れても80キロにも満たない。競技場を疾走するラグビー選手よりよほど軽いのだ。そして筋力――筋肉はないが――は人間の比ではない。

 

 大森林の木々に比べ、まるで麩菓子ふがしのように脆い木を鎧の形に削り取りながら、レアはまっすぐに獲物のもとに走る。その音に感づいてか、獲物が振り返り、叫び声を上げた。


「──なんだそりゃ! そんなんありかよ!」


 しかし、この弓士はやけに確信を持って逃げているように思える。まるで初めて来た森ではないかのようだ。となればもしかしたら、この先には。


 木々を抜け、少し開けた場所に出ると、四方から無数の矢が飛んできた。


 ――やっぱり罠か。まあでも……。


 おそらく何人かの弓系スキルの保有者で一時的に徒党を組んで、ここをキルゾーンにして囮猟のようなことをしていたのだろう。レアが森で寝床を探している間にプレイヤーたちはプレイヤーたちでこのような同盟を組んでいたというわけだ。


 今回のルールでは、制限時間近くまで生き残ったプレイヤーが複数いる場合、強制的に闘技場に転移させられ、そこで決着をつけることになる。いわゆるサドンデスだ。

 このように弓士ばかりで組んで他のすべてのプレイヤーを狩ることが出来れば、闘技場には弓士ばかりが転移させられることになる。そこに近接特化の戦士がいれば弓は不利だが、同じ弓士ならば条件は五分となるだろう。うまいやり方だ。


 ――でもこれ最初に持ちかけたやつは絶対近接スキル取ってるだろうな。


 自分だけが有利になるような切札を持っているからこそ、そんな提案をしたのだろう。少なくともレアならそうする。


 無数に飛んできた矢だが、どれ一つとして鎧坂さんに傷をつけたものはなかった。


 ゆえにレアは矢には全く頓着せず、スピードも落とさずにそのまま迫り、逃げていく囮のプレイヤーの首根っこを後ろから捕まえた。


 しかし長時間全力を出して走っていたことと、普段の感覚と微妙に違ったことで力加減を誤り、そのまま首を握りつぶしてしまい、プレイヤーは死体になった。


 ――ああ、しまった。ま、いいか。


「なあっ!? ジーンズ!」


「あ、握力だけでプレイヤー倒したってのか!」


「うろたえるな! どうせSTR極振りだ! 捕まんなきゃやられることはない!」


 ――極振りさんならそもそも走って捕まえられないと思うんだけど。


 あまりにもたくさんの矢が飛来したため、どこから撃ってきているのか先程はわからなかったが、強化された聴覚が今の会話からおおよその場所を割り出した。


 ――というか、せっかく弓矢という遠距離攻撃で固めてるのに、会話できる程度の近距離に固まってるってどうなんだ……。


 フレンドチャットを使っていないことからも、彼らがこのイベントだけの急造チームである事が伺える。

 急造でもチームはチームだ、と言い切れるだけの指揮官でもいれば別だったかもしれないが、残念ながらそのような者はいないようだ。


 レアは腰から剣崎一郎を抜き放ち、抜いた勢いそのままに声のした辺りに投げつける。

 放たれた剣崎一郎は回転しながら木々を切り倒し、その木の影にいたプレイヤーをも切り裂いた。


「いくら何でも極振り過ぎんだろ!? なんだそりゃ!」


「やべえ、逃げろ! やってられっか!」


 しかし剣崎からも逃げられない。

 投げられた剣崎一郎はそのまま自力で飛び、レアの命令に従って木を切り倒しながら他のプレイヤーに迫る。大半のプレイヤーは、まさか投げ放った剣が弧を描いて自分たちを斬りに来るとは思いもしていなかった。そのため、そのほとんどがなぜ死んだのかもわからずにリタイアした。


 ここに何人居たのかはわからないが、鎧坂さんの耳によれば、この周辺に逃げようとしている物音はもうない。

 ひとまず片付いたようだ。剣崎一郎は11人斬ったと報告しているので、最初に握りつぶしたものも含めて12人。レアが着替えるまでの間に斬り捨てたものも入れると14人キルしたことになる。


 ――早く終わらせるためにも、さっさと次を探しに行こう。幸い、森は走る障害にはならないってこともわかったし。


 レアはできればこのブロックを制限時間よりも早く終わらせ、観客席で他の試合を見てみたかった。

 他のブロックで勝ち上がってくるようなプレイヤーがどの程度のレベルなのかを確認したかったのだ。


 レアは耳と鼻を頼りにプレイヤーを探して走り始めた。しかしすぐ、自分の立てる音がうるさすぎて周りの音がかき消されてしまうことに気づき、走るのをやめた。獲物を発見するまで、走るのは控えたほうがいいだろう。


 




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