第25話「ボーナスステージ」(ブラン視点)
「ゾンビかー……。その発想はなかったわー……」
ブランはリスポーンしながらうなだれた。
しかし確かに、スケルトンとかいう骨格標本が居るくらいなのだから、動く死体のゾンビがいても別に何もおかしくはない。
むしろどちらかといえばスケルトンよりゾンビの方が肉の分だけまだ人間に近いとも言える。腐っているが。
「すでに死んでるのでは?って意味ではわたしのお仲間っちゃーお仲間と言えなくもない……ような……いや無理だな。
まぁ前向きに行こう! 仲間じゃないなら焼いてもいいよね! これから毎日ゾンビを焼こうぜ!」
ブランは今度こそ、これまでの事を教訓に油断しないことを心に誓い、歩き出した。
洞窟から石壁へと切り替わる境界線のところに、先程の──かどうかは不明だがゾンビが一体佇んでいた。
一瞬ビクッとしたが、教訓が生きたか過度に動揺はせず、取り敢えず『フレアアロー』を放った。
腐敗によって可燃性のガスでも出ているのか、ゾンビは実によく燃えた。アリよりも圧倒的に体積は大きいはずだが、燃え尽きるまでにかかる時間は大差なかった。
「……魔法ほんと強いな。てか『フレアアロー』が特別強いのか魔法が強いのかこれじゃわかんないな。あ、わたしINT上げてたんだった。わたしの魔法だから強いという可能性もあるな……」
検証のため、出来れば『フレアアロー』以外の魔法も使ってみたいところだ。
しかし『フレアアロー』で確殺出来ている現状、あえて他の魔法をわざわざ使う必要もない。一撃で殺せなかったらまた何かしらのトラウマを刻むことになるだろうし、MPも余計に消費してしまう。『フレアアロー』が結果を出しているのなら『フレアアロー』でいい。
兵器において何より重要なのは信頼性と実績なのだ。
地面にはドロップアイテム──とは言っても焼け残ったゾンビの下半身がなんの役に立つのか全く見当もつかない──が落ちている。
アリと同様インベントリにしまおうかとも考えたが、出来るだけ触りたくないということもあり、放っておくことにした。
しかし。
「うわぁ! また来た!」
もう一体、ゾンビが現れる。
しかしブランには目もくれず、焼け残ったゾンビの下半身に食らいついた。
新たなゾンビは、人型の生物が行なう食事としては違和感しかないというほどのスピードでブランの戦利品を貪り食っていく。
人型のものが人型のものを食らうという、かなり精神に来る絵面だ。
「結局トラウマ植え付けるのかよお……」
こんな事なら拾っておけばよかった、と顔を青くしながら、その隙だらけの頭部に『フレアアロー』を放つ。
「……まぁ青ざめるったって顔色は白一色なんですけどね」
するとその音に反応してか、あるいは死体が焼ける匂いにつられてか、次々とゾンビがやってきた。
「こういう映画あったよ昔! ええと、『サンダーボルト』!」
輝く雷光がブランの手に集まり、一瞬の後にはゾンビに突き刺さっていた。同時にゾンビは全身が一瞬だけ稲光に包まれ、黒焦げになって倒れ伏す。
どうやら『サンダーボルト』でも一撃で倒せるようだ。
「『アイスバレット』! 『ウォーターシュート』! 『エアカッター』!」
その後も油断せず、続けざまに魔法を放ち、ゾンビを片付けていく。
ブランのINTの高さならば、このゾンビたちはどの魔法でも関係なく一撃で倒せるようだ。違いは死体の形状のみである。
「……いや、ゾンビだし最初から死体か?」
少なくともブランの目には、ブランが倒したゾンビと立って歩いているゾンビの区別はつかない。どちらも腐った死体だ。
しかし、なぜゾンビたちは動く仲間には反応せず、倒された死体にしか群がらないのだろうか。立っていようと倒れていようと死体に変わりはないのでは。
「うーん。そういうゲームってことなのかなぁ。てか、数多いな! まだ来るのかよ!」
すでに攻撃魔法は5連打してしまったため、少し待たなければ攻撃できない。最初に撃った『フレアアロー』など、撃てるようになるまでまだ20秒ほどかかる。
一旦下がり、なるべくリキャストタイムを稼ぎながら1体ずつ倒していくしかないだろう。
幸い背後の洞窟はさほど広くはない。無軌道な歩き方をするゾンビたちなら、2体並んで攻撃をしてくるようなことはあるまい。
ブランは死体に群がるゾンビたちから目を離さないようにしながら少しずつ後ずさった。
いかにゾンビが多いとはいえ、ブランの手によりただの死体も増えている。食事が終わるまでまだ少しはかかりそうだ。
「……んー、とりあえず『エアカッター』」
更に1体、死体を生産した。
攻撃したブランには目もくれず、ゾンビたちは死体を貪っている。餌が残っている限り、ブランが攻撃対象に選ばれることはなさそうである。
「お、リキャスト全部終わった。『フレアアロー』」
このペースなら、リキャストタイムを待ちながら魔法を撃ち続けても問題ないように思える。
であれば次の懸念はMPの枯渇だ。もう少し、ゆっくりとしたペースならばMPの自然回復とも釣り合ってくるだろうが、食事の風景からすればそれには流石に足りない気がする。
「アリの大群なみにやばみある気がするんだけど、思いがけずまったりとした時間が流れてるな……」
かといって寛げるかと言えば、まったくそうはならない光景なのだが。
薄暗い洞窟で延々と仲間の死体を貪る死体の群れと、それを少し離れて眺める骸骨。
この世にもしも地獄があるとするのなら、この光景こそまさにそれだろう。
「これどうしようかな……。まったりと詰んでるって感じするな……。このゲームって実はめちゃめちゃ上級者向けなのかも。わたしなんて運が良かっただけでホントだったらもっと前に詰んでた気もするし」
今思えばアリに囲まれた時点で詰んでいた。
リスポーン地点がシャッフルされたのも幸運だったと言えるかもしれない。
時折思い出したかのように『フレアアロー』を撃ちながら、なにか打開策でもないかと頭を巡らせる。
このままでは事態が好転しないのは確かなので、例え悪化する可能性があるとしてもMPの回復を優先させたほうがいいだろうか。
MPさえあれば、最悪の場合でも悪あがきくらいは出来るだろう。
そうこうしているうち、とうとう動かない死体が残りひとつになってしまった。MPは全快ではないが、戦闘ができそうな状態は維持している。
あの死体が無くなった時、ゾンビたちはどう動くのか。
とりあえずそれを確認してから次の行動を起こすことにした。
死体をすべて食べきったゾンビたちが立ち上がる。
そしてブランの方を向き、しかし。
「……あれ? こっちこないな」
石壁と洞窟の境界線でウロウロしている。時折ブランの方を向く個体があるが、その場で足踏みし、すぐにまたウロウロし始める。
「あの遺跡みたいなとこから出られないのかな? もしかして」
ソロリソロリとゾンビたちに近づく。ブランに気づくゾンビが増えるが、かといって行動に何か大きな変化があるわけでもない。
「あいつらやっぱこっち入ってこられないのか。え? これもしかして」
ボーナスステージ到来である。
ブランはMPの自然回復と釣り合うくらいのペースで、淡々とゾンビを焼き始めた。
*
ゾンビの数が少なくなってきたな、と思い始めて数分後、入り口付近に群がるゾンビはついに全滅した。
何体狩ったかわからない。死体もゾンビが食べてしまうので、最後に残っていたゾンビとそのゾンビが食べていた食べ残しくらいしか残っていない。
「……おかしいな。食べたものどこに消えたんだろ」
ともあれ、ようやく遺跡の探索が開始できそうである。
当初の目的は、遺跡の敵を狩り尽くし、遺跡の土地の所有権を主張することであった。
ゾンビの死体を踏みつけながら慎重に遺跡の通路を覗き込む。動くものはない。
遺跡に入ってみる。物音一つしない。
「ほんとに狩り尽くせたのかな?」
仮にゾンビが残っていたとしても、ブランの足なら逃げ切れるだろう。幸いこの通路は洞窟と違い走りやすいし、洞窟へ入ったならゾンビは追いかけてこられない。囲まれたとしても、1体倒してしまえばゾンビの興味はその死体に向く。
敵がゾンビである限り、やられるようなことはないように思える。
ブランは洞窟を出て、石壁の続く遺跡の通路を歩き始めた。
「そういえばもうけっこうプレイしてるよね……。うわ8時間も経ってる! うーん、まぁいいか。起きててもすることないしね」
幸い、ブランの使用しているVRモジュールは医療用の高額なモデルであるため、長時間覚醒しなくても警告などはないし、生命維持にも問題はない。
いつの時代のものかさえもわからないような古い遺跡の中を歩くという、現実どころか他のVRコンテンツでさえなかなかできない経験をブランは満喫していた。
先程までの地獄から一転して、もはや観光気分である。
慣れたゲーマーならばマッピングして歩くのだろうが、ブランはノープランでぶらついていた。
何度か角も曲がっているし、分岐もあった。階段もあった気がする。
もはやここから先ほどの洞窟に戻れと言われても、おそらく無理だろう。
しばらくぶらぶら歩いていると、やがて古いながらも精緻な彫刻が施された、重厚な扉が姿を現した。
「おお、最深部って感じだ! いやここが遺跡のどこかもわからないから最深部なのかどうかは不明だけど。ていうかもしかしてこれ迷子かな……?」
ここから戻ろうとしても最初の洞窟に行けるとは限らない程度には迷っていた。
ならばもはや進むしかない。
果たして自分の筋力でこの扉をひらけるのかは不明だが、ブランは覚悟を決めて押してみた。
ゴゴゴ、と重い音を響かせながら、しかし扉は意外なほど軽く開いた。というより途中から勝手に開いていった。
部屋の奥には玉座のようなものがあり、その玉座には金髪の美しい男が座っている。
「──侵入者か……。いつぶりだ、侵入者など。先程から我が従者どもの姿が見えぬが、貴様がやったのか?」
「うわ話しかけてきた! てか人だ! 第一村人発見だ!」
ゲーム開始から初めて遭遇する言葉の通じるNPCである。ブランは興奮した。
「誰が村人だスケルトン風情が……。その前に質問に答えよ。我が従者どもは貴様がやったのかと聞いておる」
なんか俺様系の村人である。我とか言っているのでどちらかと言えば我様系だろうか。部屋の雰囲気と豪奢な服装のせいで違和感があまりないが、冷静に考えると少し痛々しい。見ているブランの方が恥ずかしくなってくる。
これは確か共感性羞恥といわれる現象だったか。今は関係ないが。
「従者って誰のこと……ですか? この遺跡にはゾンビしかいませんでしたけど?」
「そのゾンビのことだ! それと、遺跡ではなく我が城だ! 貴様、喧嘩を売っておるのか!」
「売ってません! ゾンビは燃やしましたすいません!」
どうやらあのゾンビはボーナスステージではなくこの我様系の使用人だったようだ。
彼らは同僚の死体さえ食べてしまうような者たちだったが、使用人としてその行動はどうなのだろう。彼らを使用人と言うにはかなり無理があると思われるが、雇用の際に面接などは行なわなかったのだろうか。
あるいは食事も満足に摂れない程度の給金しか支払われていなかったのかもしれない。とんだブラック企業である。
「燃やした? 貴様は手ぶらのようだが……。まさか魔法が使えるのか? スケルトン風情が?」
「ええまぁ……」
むしろ魔法しか使えないまである。
「いや、それ以前に会話ができる知性あるスケルトンだと? 貴様……何者だ?」
会話くらい別に、と思ったが、この我様系の従者が全てあのゾンビたちだったのだとすれば、確かに会話が出来そうな人材は居なかった。
ならばきっと人との会話に飢えているのだろう。
それを拗らせて我様系の話し方になってしまったに違いない。
「会話くらい別にしてあげてもいいですよ。戦い詰めで疲れてるし」
ブランは生暖かい目付きで我様系を見た。もちろんブランの頭部は骸骨なので、目はない。
「ふむ……。まあ、面白いか。貴様を我の従者にしてやろう」
まさかの採用面接だった。
しかも会話が出来るというだけで一発採用である。さすがに採用基準がガバガバすぎでは。
しかしブランはたまたまこの遺跡にランダムスポーンしただけであって、できれば外に出て冒険などしてみたい。
ここを拠点にするというのはいいが、ここに縛られるのはうまくない。
それに食事代すら稼げないような低賃金で働かされるのもごめんである。
「いや、結構です。間に合ってます。御社の発展をお祈りしてます」
違うな。これは採用されなかった時に企業側から言われるやつだ。
内定を蹴る時は何て言うのがマナーなのだろう。
「貴様に選択権などない! 『魅了』!」
選択権もないらしい。ブラック企業ここに極まれりである。
《抵抗に失敗しました》
我様系の言葉の直後、謎のシステムメッセージが聞こえた。
そしてその瞬間、ブランの目から見ても玉座の男のイケメン度がさらに上がった。
確かにイケメンではあったが、会話の途中で急に顔が良くなるなど普通に考えて有り得ない。
――馬鹿な! 何だこのイケメン力は! まだ上昇するだと! あれ!? 声が出ない! てか動かない! あと視界がピンクい! なんだこれ! あ、状態異常ってやつか!
確認すると、ブランは魅了状態になっていた。
自分の意思で自身の身体は操作できず、発言も出来ない。なお相手のイケメン化と視界のピンクの靄にはシステム的な意味はない。
「よし、かかったな。では『支配』だ」
《抵抗に失敗しました》
「そして『使役』。さあ、我が従者となるがいい」
《抵抗に失敗しました》
《特殊条件を満たしました。
《【デ・ハビランド伯爵】があなたをテイムしようとしています。問題がない場合は5秒以内に了承してください。意思表示がない場合は5秒後に破棄されます》
――待って! 展開の速さについていけてない子もいるんですよ! わたしですけど!
《タスクを保留します》
――あ、待ってくれるんだ。
待ってくれるなら助かる。
この隙に順番に考えよう。
まずは先程から出ている「抵抗に失敗しました」というメッセージ。これはあの、システムによれば「デ・ハビランド伯爵」とやらがブランにかけている『魅了』やら『支配』やら『使役』のことだろう。ブランの知らない内容だが、何らかのスキルだろうことは何となく分かる。
ゾンビを従者にしていたことといい、こんな古城の玉座に座っていたことといい、この伯爵はおそらく吸血鬼とかそういう存在なのだろう。
そして今ブランは吸血鬼の魅了による支配を受けようとしている。というか、抵抗に失敗したのですでに受けている。
そのせいで身動きが取れなくなり、テイムとやらをされそうになっているのだろう。
次に「転生が可能です」という言葉。従者とか言っているし、そのスクワイア・ゾンビというのは通路で焼き払ったあのゾンビたちのことだろう。転生というのは知らないシステムだが、それを受諾した場合はブランはあのゾンビと同種のモンスターに変化すると考えるのが妥当だ。
それはちょっと、いやかなり抵抗がある。
最後にテイムだ。テイムというシステムも知らないが、一般的に考えてブランがあの伯爵のペットになるということだろうか。
プレイヤーがNPCのペットになるなんてことがあるのか。いや、システムが保留中ということは、あくまで選択権はこちらにあるのだろう。あの伯爵は選択権はないとか言っていたが、実はあったようだ。
NPCはシステムメッセージが聞こえないという話だし、もしNPCだったなら選択の余地なく一発テイムされていたということかもしれない。
「ぬ、抵抗されたという感覚はほとんどないが、まったく我の力が通っていかぬな……。やはり面白いスケルトンだ」
なんか言っているが、とりあえず置いておく。
しかし気になるのは、「従者に転生すること」と「配下になること」が別のメッセージで告げられている点だ。普通はそれは同じことを意味しているのではないだろうか。このメッセージの通りだと、従者に転生をすることは受諾しつつ、テイムされることは拒否するなどということも出来てしまいそうだ。まるで身体を改造された後、脳改造の直前に逃げ出すかのような。
――なんだその、初代マスクドバイク乗りみたいな……。
あのゾンビのようになるなどまっぴらごめんだが、しかし初代マスクドバイク乗りのことを考えると少し気持ちがぐらついてくる。
現代に至るまで語られる、あの伝説のJapanese Live-actionの主人公と同じ行動がとれるなど──普通に生活していてはまずありえない。「一生に一度は言ってみたいセリフ」に匹敵する魅力だ。
ブランは悩んだ。幸い、伯爵はブツブツ独り言を言いながら待ってくれている。
今のスケルトンの身体に不満はない。美白だし。体重も気にする必要がないし。
強いて不満を上げるならば、表情が(物理的に)硬いことと、頭が(物理的に)軽いこと、胸が小さい……というか全く無いことと、アリに遭遇したら即死することくらいだ。
おかしいな。不満のほうが多かった。
しかしだからと言ってゾンビというのも抵抗が大きい。スケルトンよりもゾンビのほうが人間に近い気がするとは考えたが、別に人間になりたいわけでもない。だったら最初から人間で始めている。
――しかしだ。改造はされたい。違った。転生はしてみたい。
悩んだ挙げ句、ブランは転生を受諾した。
もちろんテイムは拒否した。
《条件を満たしています。
――え、じゃあレヴナント?で
ゾンビでないならなんでもいい。ブランの望みは改造であってゾンビではない。
《条件を満たしています。経験値100ポイントを支払うことで
――ちょいまち!
《タスクを保留します》
――プレイヤー超便利だな!
レッサーヴァンパイア。つまり、目の前の伯爵のお仲間だ。レッサーとついているくらいだし、伯爵よりは幾分格下だろうが、従者や死者よりは上等だろう。
日光の下で活動できないだとか、ニンニクに弱いだとか弱点はありそうだが、考えてみればゲームを始めてから日光の下になど出たことがない。何ならこのゲームには日光の当たるエリアが存在しない可能性まである。ニンニクも最初から苦手だし、実質デメリットゼロと言える。
ブランはゾンビでしこたま稼いだ経験値を半分支払い、
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