第23話「心に潜む闇」





 まずはスガルに実験台になってもらう。


「スガル、フレンド登録をしようじゃないか」


 とりあえずダメ元で直球で言ってみた。スガルはきょとんとしている。効果はいまひとつだ。


 そもそも、フレンド登録という行為を脳波コントロールで行うにはどうしたらいいのだろうか。友達になればいいのだろうか。しかし、システム的な友達の定義とは何なのか。

 友達なんてどうやって作ったらいいのか。

 少なくともレアは作り方を知らない。


 深く考えてはいけない闇が噴出しそうになったので、この方向からのアプローチはいったん凍結することにする。


 システム的に違いがないのなら、同様の行動をすれば同様の結果が得られるはずだ。

 まずはプレイヤー同士でフレンド登録をする時と同じようにやってみればいいだろう。


 しかし、クローズドテストのときは誰かとフレンド登録をしたりなどしなかった。どうせテストが終われば消え去るキャラクターデータだったし、好奇心にまかせて自由に楽しみすぎたため、あまり一般のプレイヤーに好かれるようなプレイスタイルではなかったからだ。

 今回のオープンβでももちろん誰ともフレンド登録をしたことがない。というか、他のプレイヤーと会ってすらいない。


 レアはヘルプに頼ることにした。


「ええと、フレンド登録の仕方……でいいかな」


 検索してみると、ユーザーズマニュアルにちゃんと載っていた。


 フレンド登録:

 フレンドの申請をする場合、フレンドカードが必要です。フレンドカードはインベントリ内のフレンドカードを取り出すことで作成されます。インベントリ内にはフレンドカードの項目が常にあり、取り出すことで無くなることはありません。

 作成されたフレンドカードをフレンド申請をしたい相手に渡し、その相手が自身のインベントリへ収納することでフレンド登録が完了します。

 フレンド登録を解除したい場合は、解除したいフレンドのフレンドカードを取り出し、破り捨てることで解除されます。

 ふたたび同じ動作を行うことで、一旦解除したフレンドとふたたびフレンド登録をすることが可能です。


「なるほど……」


 わかりやすく説明するならば、つまりは名刺交換だ。名刺交換というか、この名刺は渡すだけで登録完了出来るらしい。交換までする必要はない。


 レアは自分のインベントリを確認し、フレンドカードの項目を見つけた。

 インベントリの中身はシステムメニューでは一覧が見られるが、システムを介さず行なおうとすれば取り出したいものを明確に意識する必要がある。仮にインベントリを使えるNPCがいたとしても、彼らがフレンドカードを意識することはまずありえないだろうし、そうなるとフレンド登録が出来るのは基本的にプレイヤーだけなのだろう。


 レアは取り出したフレンドカードをスガルに渡し、それをインベントリに収納するよう指示した。


《キャラクター【スガル】とフレンドになりました》


 フレンド登録も問題なく行なわれたようだ。


 NPCともフレンド登録出来るとか、このゲームはどうなっているのか。

 こんなゲームにのめり込むような人間にはどうせ友達なんていないだろうとでも言いたいのか。

 なんて運営だ。正直助かる。


「フレンドチャットはどうやるんだったかな……、というかやったことないんだけど。あ、これか」


〈スガル、聞こえるかい?〉


 びくり、とスガルが震えた。


〈スガルもこれと同じことがわたしに対してできるはずだけど、どうかな? 頭の中で、わたしの名前を思い浮かべて、そこに向かって話しかける感じなんだけど〉


〈……ボスボスボスボス……あ、できた? こうですか?〉


〈おお! できたね! これなら遠く離れていてもいつでも会話ができるんだよ。声に出す必要もないから、隠密性も抜群だ〉


 ケリーたちはいまだに敬語が話せないが、スガルは話せるのか。といってもスガルが実際敬語を話しているわけではないので、スガルの思考を翻訳した結果がこの口調なのだろう。

 フレンドチャットは確か、一定期間はログに残る仕様だったはずだ。おそらくそのために人語に翻訳されているのだと思われる。


 フレンドチャットまで使えるとなれば、取れる手段が飛躍的にアップする。


 そしてレアは、これまでの眷属たちとの検証の結果から、もうひとつ仮説を立てていた。


 すなわち、NPCがプレイヤーと同様にシステムを利用できるならば、システム的に差がないというのならば、プレイヤーもまたNPCと同様にテイムできるのではないか、ということだ。


 これがもし正しければ、他のプレイヤーの得た経験値をすべて自分のもとに集めることができる。

 まさかの公式推奨姫プレイだ。

 アバターは自分自身の全身感覚で動かし、自分で話さなければならないため、他のVRサービスと同様このゲームでも性別や体型を大きく偽ることは難しい。男性と女性では骨格や筋肉の付き方がかなり違うからだ。

 が、別に出来ないわけではない。

 ゆえにいわゆる「ネカマ」や「ネナベ」も一定数は居るはずである。

 そしてこの考察が間違っていないのなら、金銭やアイテムのみならず、経験値さえ貢がせることができる事になる。パワーレベリングなど目ではない。


 これまでの歴史の中で、全てのオンラインゲームが凝縮してきた闇が、今まさにここに結実したと言えよう。


 しかしながらゲームのサービスである以上、ユーザーの意思を無視したことはさすがに出来まい。

 仮にプレイヤーが何者かにテイムされそうになった場合、能力値差で抵抗を封じられたとしても、おそらく警告かエラーのメッセージが出るはずだ。

 NPCとの違いはそこだろう。もしかしたらNPCにもそうした警告は送られているのかもしれないが、チュートリアルの説明が正しければNPCはシステムメッセージを受け取れないので意味はない。


 レアは検証したくてウズウズしてきた。

 しかしこれを行った時点で、どうであれ相手プレイヤーに『使役』の存在が知られてしまう事は間違いない。

 であれば、検証するならよほど信用のおけるプレイヤーでなければならない。さらにそのプレイヤーに、ことによってはレアにテイムされることを了承してもらわなくてはならないかもしれない。

 さすがにそのような知り合いはいない。


 というか、知り合いがそもそもいない。


 そういえば他のプレイヤーを見たことがないが、魔物の領域で始めるプレイヤーというのはどのくらいいるのだろうか。

 そして想定される魔物プレイヤーよりも魔物の領域のランダムスポーンポイントの方が多く設定されていた場合、魔物プレイヤーのスポーンポイントが重複する可能性はかなり低くなる。だとすると協力プレイやフレンド登録など事実上不可能だ。

 レアがこれまで誰とも出会っていないという事は、その可能性が高い。魔物で始めて友達と遊びたい人はどうするのだろう。


 いずれにしても、別に友達と遊びたいわけではないレアには関係のないことだが。

 この先、ソロでは難しいだろう攻略があったとしても、その時はケリーたちがフォローしてくれる。

 なんなら、ケリーたちのINTを上げまくれば下手なプレイヤーより的確なムーブをしてくれる可能性まである。

 全くもって素晴らしいシステムを見つけたものだ。用意してくれた運営にはやはり感謝の念を禁じえない。


 ケリーたちが起きたら、敬語を覚えさせよう。経験値に余裕ができればINTも上げてやり、物語などでは滅多にお目にかかれない「全員が賢いデキる四天王」を目指そう。


 とりあえずしばらくは、アリたちの回復を待って周辺の森を制圧させながら経験値を貯め、スガルのLPとMPが回復したらアリを増やし、貯めた経験値でレアとスガルの眷属強化を取得し。


 まずはこの森全体の掌握を目指すことにしよう。





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